婚約者が四天王最弱なのですが、愛により真の力に目覚めたとか、そんな設定いりません。
ゆるっとラブコメです。
「……」
「……」
ひと言の会話もない、婚約者のお茶会。
目の前で優雅にお茶を飲んでいるのは、黒髪に鋭い金色の瞳をした見目麗しい私の婚約者。
「婚約破棄、してくださいませんか?」
本当であれば、この国で五本の指に入る実力を持っている上に、侯爵位を賜っている婚約者に、伯爵家令嬢程度の私が、婚約破棄を申し出るなんてあってはならないだろう。
けれど、そんなこと言ってもいられない。
「――――今、なんて言ったんだ?」
「婚約を破棄してください、と言いました」
「……」
「……」
「婚約、破棄」
珍しく音を立てて置かれたカップと沈黙。
金色の瞳が、いつもより剣呑に輝いて見えるのは気のせいなのだろうか。
そんなはず、ないと思う。
だって、目の前の婚約者は、私に興味なんてないはずなのだから。
次の瞬間、私は口づけされていた。
清く正しい二人の交際。
他人行儀ですらあった距離は、一瞬にして詰められてしまった。
「むぅ!?」
でも、私はなんとしても、目の前にいるジーン・ラクティス侯爵との婚約を破棄しなくてはいけない。
だって、彼は破滅確定の、四天王最弱、なのだから……。
もちろん、彼の名もなき婚約者の破滅も、確定しているに違いないのだから。
* * *
そもそも、とても好きだったゲームの世界に迷い込んだことに気がついたのは先ほどのことだ。
婚約者としてのお茶会は一月に二回、定期的に繰り返されていた。
ジーン様は優雅にお茶を飲んでは、ほとんど何も話さずに席を立つ。
貴族であるが故に、ほとんど会話が弾まない人と結婚するのも仕方がないと思っていた。
目の前にいるジーン様は、とてもかっこよくて、王国でも五本の指に入る実力から騎士団でも一目置かれている。
私はことあるごとに周囲のご令嬢に嫌がらせをされるほどだ。
美しく着飾ったご令嬢たちを差し置いて、私が婚約者に選ばれたとき、貧乏伯爵家の我が家は騒然となった。
「――――姉様。もしや禁断の魔法薬をジーン・ラクティス卿に」
「……仮に禁断の魔法薬を手に入れたとしても、会うこともないお方には盛れないわ?」
「それはそうか。そもそもあまりに平凡無害な姉様が、そんな薬を手に入れられるはずない」
「……微妙に失礼だわ」
失礼だとは思うけれど、それは残念なことに事実だ。
茶色い髪に緑色の瞳という私は、小動物に例えられることはあっても絶世の美女というわけではなく、王国で知らない人などいないジーン様の婚約者になんて、普通に考えてなれるはずもない。
それでも、私とジーン様は、まったく面識がなかったわけではない。
ジーン様は、第四騎士団の騎士団長様だ。
その関係で、私の領地がクリスタルを求める隣国に攻め込まれたときに、助けてくださったことがある。
(クリスタルを守ろうと、必死に抱きしめた私を助けてくれた後ろ姿。とてもかっこよかった……)
私たちの接点なんて、それだけだ。
それは間違いなくそれが私の初恋だから、婚約打診の時には、天にも昇る心地だった。
* * *
「でも……。きっと、これはジーン様がクリスタルを守る四天王であるための物語の強制力」
「……どうして」
「――――ジーン様?」
どこか悲しそうな表情を浮かべたジーン様。
でも、ジーン様はとてもお忙しくて、婚約してからも決められたお茶会以外に会う機会もなかった。
ようやく会えてもほとんど会話が弾まなかった。というより、私たちは沈黙を愛でていた。
だから、きっと我が家門が守り続けているクリスタル、その価値のために婚約が結ばれたのだと思うようにした。
(で、でも、まさか……。何の変哲もない大きいだけの宝石だと思っていたクリスタルが、勇者が覚醒し壊れかけた世界を救うための重要アイテムだなんて。そんなこと思ってもみないよね!?)
目の前のジーン様は、最初の戦いで勇者パーティーを完膚なきまでにたたき伏せる。
ゲームの中で私は、そんな悪役、ジーン様に夢中になった。
そして、彼が倒された時には、泣きはらした。
それなのに……。次のターンで『奴は、四天王最弱』だなんて、そんなこと……。
離れていく唇と吹き抜けた冷たい風に思わず震える。
金色の瞳は、私をまっすぐに見つめていて、心の臓が止まりそうになる。
「――――どうして、婚約破棄などと」
「私のこと、お好きではないでしょう? それに、四番目、というのがよろしくないと思います」
四天王最弱。その婚約者なんて、破滅フラグしかないではないか。
でも、悲しそうにされると、一瞬にして心奪われそうになる。
だって、ジーン様は私の大好きな……。
「なるほど」
「むぐ!?」
次の瞬間、もう一度口づけが落とされた。
微笑んだジーン様は、多分主役だと言われれば、そのまま信じてしまいそうなほど色気がある。
「……ステラ」
「ジーン様?」
「愛しい君が望むなら、もっと高みを目指すと誓おう。面倒だが、致し方ない」
「え……?」
しがらみが面倒だったとか、婚約者が愛しいとか、そんなの四天王最弱らしくない。
その瞬間、完全に小説の世界の主人公は、ジーン様になってしまったのだろう。
だって、どう考えても、ゲームの中でジーン様が一番格好よくて強いのだから。
そこから、勝利だけを私に捧げ続けるようになったジーン様は、真の実力を隠していたのだろうか。
それとも、転生したことに気がついた四天王の名もなき婚約者である私が、物語を歪めてしまったのだろうか。
世界の命運を左右する四つのクリスタル全てを手に入れた第四騎士団長は、もう四天王最弱などではない。
物語は改変される。
それは、四天王最弱の騎士様が、平凡な婚約者を溺愛しているのだと自覚した日から始まったのだった。
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