第7話 暗殺実行
次の日になった。半蔵たちは朝から教会の前のビルを徹底的に捜索した。しかし信二の姿もその手掛かりも何も見つからなかった。
(暗殺計画が露見したと悟って止めたのかもしれない。)
疾風はかすかな望みを持っていた。しかし信二も忍びであった以上、何らかの手でカンジ教祖を暗殺してくることは大いに考えられた。
一方、半蔵は近くの高いビルの屋上から辺りを見渡していた。彼には信二がどこかに隠れていてひそかにカンジ教祖を狙撃する機会をうかがっているのを気配で感じていた。
「止めなければならぬ。」
カンジ教祖を暗殺してもこの現状は変わらない。いや、むしろ悪い方に傾く。カンジ教祖は教会の悪い体質を変えようとしているのだ。そばにいた半蔵にはそれがよくわかっていた。だからこそ信二を止めなければならない。
半蔵たちが必死に信二を探しているのに時間ばかりが過ぎていた。やがて昼に差し掛かろうとしていた。ビルの中を捜索していた疾風はふと道路に目をやった。するとそこにラーメン屋の屋台があった。軽自動車を改造したもので、それはいつも昼前からそこに止まってラーメンを出しているのだが、今日に限り客が誰も並んでいなかった。
(もう昼なのに・・・いや、待て・・・)
ラーメンを食べようと客が並んでいてもおかしくない時間だ。そこに誰もいないというのは店が開いていない・・・つまり異変があったからだ。疾風は慌ててビルの階段を駆け下りてその屋台に向かった。
その屋台の軽自動車はまだ締め切った状態で、準備中と札がかけられていた。だが人の気配がした。疾風は静かにドアに手をかけた。
「ガシャーン!」
疾風が開ける前にドアが勢いよく開き、中から大きな荷物を抱えた人影が走り出た。
「信二! 待て!」
それは紛れもなく信二だった。彼はビルに向かって走っていた。それを追う疾風の手には電子手裏剣があった。この距離でも信二の背中に突き立てられる。しかしそれでは信二の命を絶つことにもなる・・・。疾風はどうしてもそれを投げることができなかった。
信二は走り続け、ビルの入り口の近くまで来ていた。するとその前に半蔵が姿を現した。
「信二! やめるのだ! お前がやろうとしていることはトウライ教に苦しむ者たちのためにはならぬ!」
半蔵は両腕を広げて少しずつ迫ってきた。信二は一瞬、立ち止まった。だが彼の決意は固かった。お頭たちと争うことになろうがやり遂げる気だった。
「放っておいてください! 俺が奴らに制裁を加えます!」
信二は半蔵の手をかいくぐって、ビルの中に逃げ込んだ。
「待て! 待つのだ!」
半蔵が呼び掛けたが、信二はそのままビルの階段を昇って行った。その後を疾風が追いかけた。信二も忍びの術に長け、身も軽いためその姿を追うのは容易なことではない。やがて疾風は信二を見失ってしまった。
「このままでは・・・」
疾風は気ばかりがせいて焦っていた。
やがて昼になった。黒塗りの高級車が教会の車寄せに停まった。ドアが開き、カンジ教祖が降りてきた。いつもは温和な微笑みを見せる彼も、今日ばかりは厳しい顔をしていた。この新東京教会を腐りきった幹部をすべて排斥して、新しい教会の教えを広める体制を作ろうと決意していた。
カンジ教祖は並んで挨拶する幹部を無視して、教会のビルのドアに向かって歩いていた。その姿は周囲のビルからははっきり見えた。
半蔵はビルの屋上を必死に信二を探した。するとその屋上の貯水槽の陰に銃を構える信二の姿が認めた。もう照準が定まり、引き金に指がかかっていた。
「信二! やめろ!」
半蔵は大声で叫んだ。だが間に合わなかった。引き金が引かれ、銃弾が発射された。それは一直線にカンジ教祖に向かっていき、その頭を貫いた。鮮血がパッと飛んで、カンジ教祖は崩れるようにそこに倒れた。
「きゃあ!」「うあっ!」「教祖様!」
大きな悲鳴が街にこだました。カンジ教祖は頭を撃たれて即死したのだ。
信二は初めて人を殺めたことに呆然としていた。あれほどの敵意と決意があったのにもかかわらず・・・。半蔵は目の前で起こってしまった惨劇に唇をかみしめ、やがて信二に向かって叫んだ。
「なぜ撃った? どうして撃ったのだ!」
その言葉は信二の心に突き刺さった。彼は大きな銃をその場に捨てるように落とした。
「お頭。すいません。俺は・・・」
信二がそう言いかけた時、もう一度銃声が響いた。
「うわー!」
信二は胸を撃ち抜かれ、その場に崩れるように倒れた。その銃弾は教会のビルの方向から放たれたのだ。
「信二!」
半蔵はすぐに駆け寄って信二を抱き起した。信二は胸を血に染めて、もうすでに虫の息だった。
「しっかりしろ! 信二!」
彼は残った力で半蔵の手を握り訴えた。
「お頭。お願いです。多くの苦しむ者のために奴らをなんとか・・・」
そこでこと切れた。半蔵は目を伏せて大きくため息をつくと、そっと信二をそっと地面に下ろして立ち上がった。そのそばには疾風も駆けつけてきていた。
「お頭。信二は?」
半蔵は首を横に振った。疾風は横たわる信二を見て必死に涙をこらえていた。
「お頭。一体、どうして信二が!」
疾風にそう問われて半蔵は教会のビルに顔を向け、鋭い目つきでじっと見ていた。