第1話 トウライ教の現状
この日、市街地では珍しく大規模なデモが起こっていた。最近は取締局の弾圧を受けてデモ自体が少なくなっていたのに、これほど大人数が街を練り歩くのは久しぶりだった。だがそれは今までの地旧独立運動ではなかった。それは宗教の自由を訴えるものであった。その多くは地球人ではあったが、マコウ人もかなり多く含まれていた。彼らは総督府の取締に対してトウライ教の信者が立ち上がったのだ。
「トウライ教の信仰に自由を!」
「総督府はトウライ教を認めよ!」
デモの人々は口々に叫んだ。それは街にこだまし、大きな騒ぎになっていた。
トウライ教とは『すべての人に幸福を』という教義のもと、トング星人のカンジが広めた宗教である。多くの星で信者がいるが、この地球ほど熱狂的な信者が多い星はなかった。それは異様とも思えるほどだった。
デモにはマコウ人も多くいたものの、そこまでになるとさすがに取締局も弾圧に乗り出した。バイオノイドを先頭に立ててそのデモに向かわせた。そこで人々に剣を振るって解散させようとしたが、デモの人々は逃げようとしなかった。必死にトウライ教の信仰の自由を唱えて倒れていった。
やがてデモは終わった。その後には多くの血が流れた。それに街も破壊され廃墟のみが残された。取締局、いや総督府にもこの弾圧に対して多くの疑問をさしはさむ者も出て来た。
このデモでかなりの犠牲を出したのは確かだ。だがこれで終わりになるとは思えなかった。各地のトウライ教の信者がまた各所でデモを起こす動きがあったのだ。
◇
総督府ではリカード管理官はドグマ副総督に呼び出されていた。このたびのデモの弾圧に対する被害状況などを報告するように言われたのだ。
「・・・という数字が出ております。デモの弾圧で甚大な被害が出たようです。」
「うむ。そうらしいな。少しやり過ぎたのではないかね。」
「確かに。取締局の方も今まで通り、脅せばすぐに解散すると思っていたようです。」
「それがそうでなかったのだな。」
「彼らは盲目的に信仰しており、死ぬことを恐れず向かって来たようです。それで多くの死者が出ました。」
リカード管理官は冷静に言った。
「しかし困ったことだ。またデモが起こるというじゃないか。我々ももう少し考え直さねばならんかな。」
「ということはトウライ教を認めよとおっしゃるのですか?」
リカード管理官は目を一瞬、光らせた。そもそもこのデモを徹底的に弾圧するように命じたのはドグマ副総督ではなかったか・・・彼はそう思った。
「君の言いたいことはわかる。だが協調も必要だ。」
「しかし・・・」
リカード管理官はデモを強硬に弾圧するのは反対だった。しかし今のトウライ教を認めればもっと社会に大きな影響が出ると考えていた。しかしドグマ総督は手のひらを返したようにトウライ教を擁護するようになっていた。
「とにかく信仰の自由は地球人と言えども、ある程度は許さねばならん。その方針で取締局と協議するように。」
ドグマ副総督からそう言われてリカード管理官は渋々従うしかなかった。
◇
笠取荘の玄関に女将さんが異様な形の置物を飾り、きれいな布で丁寧に磨いていた。そこに正介が通りかかった。
「女将さん、どうしたんです? その置物は。」
「罰当たりなことを言うんじゃないよ。これは神の宝というんだよ。」
「神の宝?」
「ああ、そうだよ。この旅館の厄をすべて払ってくれるのさ。」
女将さんはきれいになった置物を誇らしげに見つめた。
「厄って? この旅館に何かあるのですかい?」
「それがあるのさ! この間、トウライ教の先生が来ただろう。するとこの旅館を一目見て言ったのさ。『この旅館は呪われている!』って。」
「えっ!」
「だからさ。『その呪いから逃れるにはどうしたらいいですか?』って聞いたんだよ。すると『この神の宝を飾っておくとよろしい。これでこの旅館に振りかかるすべての厄を払ってくれるはずだ。』とおっしゃってくださったのよ。」
「女将さん。もしかした高いお金を出して買ったんじゃないでしょうね?」
「この旅館には代えられないじゃないか。だから旅館中のお金をかき集めて売ってもらったんだ。これで安心だよ。」
女将さんは鼻歌を歌いながら歩いて行った。それを見て正介はため息をついた。
「仕方がないな。女将さんまでが引っ掛かってしまうなんて・・・」
確かに最近、トウライ教の信者が急激に増えていた。それはこの地球のひっ迫した状況につけ込んでうまいことを言って強引に勧誘しているためでもあった。そしてその信者になった者を巧みな手で何でも言うことを聞くように洗脳していった・・・それで厄除けの高いものを買わせたり、高額な寄付を要求するなどで搾取して、周りの人たちを次々に勧誘させていた。
正介が玄関の掃除をしていると向こうから一人の老人が歩いてきた。見たところ、地球人ではないようだった。正介はそばによって声をかけた。
「いらっしゃいませ。」
「すまんが宿泊できるかね。」
「もちろんです。さあ、どうぞ。」
正介はその老人の荷物を持つと、玄関に案内した。
「すまんね。しばらく厄介になる。」
その老人は玄関で女将さんが飾った置物に目を止めた。
「君。あれは?」
「あれですか? なんでもトウライ教の厄払いの置物だそうです。この旅館に降りかかる厄を除いてくれるそうで、かなり高くついたようですよ。」
「そうか・・・」
老人はため息をついていた。