プロローグ0、まだJKだし、とりま渋谷なう
『3・2・1』カシャ!
「今日ぜんっっぜんっ盛れてないわ!!!」
「えー普通にカワイイじゃーん」
ー☆☆☆
「ほら、ペン持って、マリ先生よろしくぅー!」
くぐもった歌声がさらに複数の人工音でマスキングされていく、まさに騒音とも呼べる耳障りがわたしには馴染み深いヒーリングミュージックのような生活音の一部になっていた。
シリコン製の暖簾の内部で、コツコツと叩くような筆音と共にパネル上をペンが走る。
「なに書いてんのー?」
猫が甘えるようにわたしの右側からアイが手元を覗き込んでくる。
「無視ですか___マリは絵となると一心不乱だもんねー、あれ?一心不乱ってどういう意味だっけ?」
耳元のアイの声も店内の喧騒の一部になってしまう程、今のわたしは右手と目玉しか機能していない。
『あと30秒だよ☆』
機械に急かされたアイが、わたしを急かそうと再び覗き込む。
「うわっすごっ!これもう完成?」
2人が映し出された画面に施された装飾に、アイが時間制限を忘れて感銘する。
テスト終了を告げるチャイムが鳴り響く中、最後の一問を解答し切った生徒のように、ペンを画面横の溝に勢いよく投げ仕舞う。
ペチーン!「ヨシ終わり!」
久しく言葉を発していなかった気がした。
おおお〜と小さく拍手するアイ。
「ありがとう!」褒められた気がしたので返しておいた。
「なんか、こう、よくわかんないけど、少女漫画ってかんじでした」
街頭インタビューに突撃されたかのように、経験のなさと語彙力のなさを誤魔化す丁寧語から、アイが必死に何か答えようとしているのが伝わった。
「ウケる、どうしたの」
尋ねておいてなんだが、アイの態度から、わたしのイラストに驚いてくれていることを察していた為、とても嬉しかった。
流行と賑わいで汚された街《渋谷》
タピオカミルクティーを飲みながら、ボストンバッグをぶら下げたミニスカートなローファーが練り歩く。
「マリ、プリンじゃね?そろそろ染めなよ」
ショートボブがプリクラを睨んで話しかける。
「げ!気づかんかったー」
亜麻色のポニーテールがスマホを取り出して太いストローを咥える。
「次の土曜日空いてるかなー?」
美容室のアプリを探すところから彼女の場合は始まる。
スマホに恋人の興味を取られた彼女のような気持ちになったつぶらな瞳の少女は、自分へ意識を戻すことができる話題はないかを思考する。
「そーいやさー、マリの行ってる美容院にー、マツモトっていう新人が入ったらしいんだよー」
「んー」
栗色ボブの話にテキトーな相槌を打ちながら予約状況を確認する。
「あーーー、カジタさん土曜日埋まってるじゃん」
つけまつげポニテが呟く。
「日曜は?」
「バイト」
「朝から」
「そ」
「がんばれ」
「おー」
卓球のラリーのようにテンポ良く言葉を打ち合う。
「ん?マツモトって誰?」
没頭すると言葉が音に変わってしまう癖があるサマーニットを腰に巻いた少女は、先程聞こえた音の一部を脳内再生して慌てて聞き返した。
「アルコバレーノに入ったっていう新人だって」
「え?知らない」
「おとといかららしいよ、でさ!その人がなんと!」
嬉しそうなニヤケ顔で下から覗き込んできたのが、スマホ越しにわかった。
「ユータのお兄ちゃんなんだって!」
「「「ぶーーーーーーっ!!!!!!」」」
「ちょっとー!きったないなー」
麗しき乙女の顔面に土色の液体を盛大に吹きかけてしまった。
ゲホッゲホッ
麗しき乙女とは思えないほど、激しくむせて1分ほど苦しんだ。
ピンクのミニタオルで顔を拭き終えたアイが、わたしの心配をし始めた。
「ちょっと大丈夫?拭きな」
ミニタオルでわたしの胸元を拭こうとする。
「ぢ ょ っ ど、 ぞ れ、
が お ふ い だ や づ ぢ ゃ ん」
言葉にならない声で抵抗する。
「いやおめーの口から出たもんだろ」
駅構内のベンチに座ると、アイはアイシャドウのミラーで顔を確認しながらメイクをする。
「もう帰るだけじゃん、直すの?」
「だって誰に見られてるかわかんないし」
「ごめん」
申し訳ない気持ちが湧き出た。
「こっちこそ変なこと言ったし、全然気にしてないから〜」
表情から本当に気にしていないことが窺える。
ユータはわたしにとって初めてできた彼氏。
元だけど。
高1の夏に付き合って、高1の冬に別れた。
それから4ヶ月間フリー。
「なんかね、結婚して名字が変わったんだって、マスオさん?みたいなやつ?」
マスオさんは婿養子ではないが、言葉が出てこないから近似したものを記憶の引き出しから引っ張り出したのであろう。
「でもユータって言うだけでなんでそんな慌てるかね、この子は」
「うるさいなー、アイだってリョウヤのことあまり話さないじゃん」
「いやさ、話さないんじゃなくて、話すことがないんだよねー、付き合ってわかったんだけど、意外とタンパク質っていうか」
確かにリョウヤは筋肉質ではある。
「もう別れるの?」
「いやー、特に何も考えてないかなー。ほらー、うちってさ、愛情より友情!ってタイプじゃん?」
初めて知った。
「第一、オナコウ(同じ高校)で別れたら気不味くね?」
そう言う所気にしないタイプだと思っていたが、触れないでおいた。
「そういやさー、ユータとはなんで別れたの?」
やっぱり触れておけば良かった。
「普通だよ普通!あっちは部活でこっちはバイトで忙しいから、中々会えなくて」
それっぽい理由でアイは納得した。
「それじゃまた明日ねー、マジ卍〜」
「はいはい卍〜」
アイと別れてから次の駅で降りる。
ポコポコ
アイからのLINEだった。
わたしが壁に手をついてむせている画像が、丁度イケメン俳優の広告ポスターに壁ドンしているように見えて、揶揄われた。
最寄駅から徒歩10分の帰路、歩みを進めるにつれどんどん閑静が増していく。
それでも数十メートル離れた前後に会社帰りと思われるサラリーマンがちらほら見える。
わたしはこの景色が好きだ。
それぞれ行き先は違えど、それぞれに帰る場所がある。街灯は少ないが、家々の窓が白や黄色に彩られている。
わたしは星の光よりもこの人工的な光の方が好きだ。
そして、
おじいちゃんおばあちゃん、パパとママ、
弟のトモキ、ペットのカラカラ(犬)が待つこの家が、
好きだ。
アイと過ごすくだらない毎日が
大好きだ。
___だから、取り戻す。
ここから後書きです。
好きな寿司ネタはなんですか?
わたしはマグロです。