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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第5章
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第98話

「止まれ!何用だ!」


街にある程度近づくとどこからともなく現れた額に傷のある鋭い眼光の男が立ちはだかった。

巨大な戦斧を肩に担ぎ、根を張ったように全く体が動かない。

それだけで男が並の者ではないことが分かった。

ルーカスが肩越しにどうする、とハウリルを見る。

あらかじめ魔人が近づいてくればルーカスは剣を問答無用で引き抜くと決めている。

だがその手は柄に手を置いてはいるが、握ってはいない。

魔人は近くにはいないらしい。

ハウリルは1つ頷くと前に出た。


「わたしたちはフラウネール枢機卿の使者です。コルネウス枢機卿がヘンリンの独立を宣言したため、中央とは関係なく枢機卿の個人の意志で取引ができないかとやってまいりました」

「………」


男はそれに眉1つ動かさない。

反応がないためこちらも次の判断ができずにいると、騒ぎを聞きつけたのかどんどん武器を持った人間が集まってきた。


「どうすんだよこれ……」


アンリが頬を引き攣らせている。


「困りましたね……」


するとルーカスがまっすぐ前を向いたまま右手で剣を引き抜きながら一歩前に出た。

威圧するように剣を構えた姿に、集まった男達も武器も構える。

それとほぼ同時にアンリも斧を抜き取ろうとするが、ルーカスが左手で静止する。

すると、ヘンリンの者たちの後方からのんびりとした声が上がった。


「武器持って戦うつもりたぁ、坊もこっちに来てかぶれたか?」


その声に集まった者たちがビクリとなり、後ろを振り向いた。

そしてあちこちからお屋形さんと声が上がる。


「いいだろぉ共族は。俺らには無い技術がある」


現れたのは人の耳の代わりに犬の耳を持ち、臀部から生えたふさふさの尻尾を揺らした大男だった。

縦はルーカスよりも20センチは高く、横は3倍はありそうな老年に片足を突っ込んでる巨漢だ。

どうみても魔人だった。

それを認めた瞬間、コルトは全身が総毛立つのを感じる。

直感で感じた。

こいつは”知っている”と。

こうなった理由を知っている。

そしてどうしようもない怒りが湧き上がる。

そのコルトの怒りを感じたのか、シロがブルルと鳴いて体を震わせた。


「コルト、大丈夫か?」


アンリもそれに気付いて声を掛けてきた。

コルトはハッと我に返り申し訳ない気持ちで大丈夫と謝る。


──落ち着け。今はダメだ…まだダメだ。


ここで自分が原因で争いを起こすわけには行かない。

落ち着くために目を瞑って深呼吸をする。

そうしてコルトが落ち着いたころ、ルーカスが小さく呟いた。


「バスカロン」


いると予想した第一候補の魔人の名前だった。


「えっ、バスカロン!?いるのはネフィリスってやつじゃないの!?」


ルーカスの呟きにアンリは驚きの声をあげた。

すると聞こえたらしいバスカロンは犬歯を剥き出しにしながら大声をあげて笑い出す。


「ガハハハハ、アイツがいるのに気付いてるのか。やっぱ竜人の目は誤魔化せねぇなぁ、どんなに気配を消しても貫通して見やがる」

「………」

「しかも名前を知ってるたぁ後ろの3人もお前が魔族なことを知ってるな?面白ぇじゃねぇか、2年前にロストしたときは失敗したかと思ったんだがなぁ」


ルーカスの目が細くなり、明らかに不機嫌になっていく。


「おぅオメェら、ここはもういい、持ち場に戻んな。コイツが例の奴だ」

「いいのか?それと後ろの男はフラウネール枢機卿の使者だとか言ってたが」

「あぁ?じゃあ誰かコルネウス呼んでこい」


すると男が1人挙手をして街の中に走っていった。

それを見送ったバスカロンは再度こちらに向き直るとコルト達に手招きをする。


「おう、お前らとりあえず着いてこい。色々聞きたい事とかあんだろ?ここじゃちょっと落ち着かねぇからな」


バスカロンはそれだけ言うと踵を返して街に戻ってしまった。

残されたコルトはアンリとハウリルの顔を見てどうするのか問う。

ルーカスは真っ直ぐ前を向いたままだ。


「かなり予想外の展開ですが、とりあえず向こうはこちらに危害を加えるつもりは無い、という事でしょうか?」

「なんかこの様子だとここの奴らも無理矢理って感じは無さそうだよね?」


それだけは本当に安心だった。

バスカロンが出てきた瞬間は怒りが湧いたが、そのあとの共族達の態度は虐げられている者のそれではない。


「とりあえず行きませんか?何か企んでても話を聞くだけ聞いてみたいです」

「そうですね……では行きましょう。……ルーカス、行きますよ」

「あぁ……」


街の中はとても賑やかで明るかった。

そして前を歩く魔人のバスカロンについても、それが当たり前の状態とでもいった感じで誰も気に留めない。

途中で酒に誘われたりもしていたが、用事があると笑顔で断っていた。

そしてバスカロンに促されるがまま歩いて到着したのは、ヘンリンの中心にある巨大な城だ。

城と言ってもラグゼルにある豪奢なものではなく、全く飾りっ気の無い質実剛健といった風の石造りの城だった。

バスカロンはそこの門番に戻ったと挨拶し中に入ると、コルトたちもそれに続いた。

そして門のすぐ内側にいた存在に、アンリが驚きの声を上げた。


「あれって」


そこにいたのは、鷲の上半身と獅子の下半身を持った魔物だ。

それが20匹ほどが柵の内側で共族に世話をされていた。


「こいつらがグリフォン?」


アンリの好奇心と疑問の混ざった声に、バスカロンが嬉しそうに振り返った。


「おっ、知ってんのか。こいつはいいぜ、背に乗れば移動が楽になる。なんせ飛べるからな」

「乗って飛べるのか!?」

「ヒヒン!?」


アンリの喜色の声にシロが焦り始めた。

さすがのシロも空は飛べない。

そしてライバル出現とばかりにグリフォンを威嚇し始めたので、アンリが慌てて弁解している。

バスカロンはそれを見て大笑いした。


「ガッハハハ、そんだけ懐いてんならそいつのほうがいいかもな。こっちは慣れるのに時間が掛かる」

「そっ、そうか……」

「それより今はこっちだ。あっ、そいつはダメだぞ。動物は中に入れらんねぇ」

「ヒヒッ!?」

「当たり前だろ、なんで入れると思ってんだ」

「ヒヒン、ヒヒヒン、…ブヒュ!?……ヒーン…」


自分が入れない事にシロは猛抗議していたが、バスカロンに何やら威圧されたらしく、その後すぐにしおらしくなってしまった。

コルトはシロの背中から降りると慰めた。


「ごめんね。ちょっと待っててくれないかな、僕達の荷物を見てて欲しいんだ。シロにしか頼めないよ」

「……ヒヒン」


シロはその言葉に諦めたらしい。

そのままぽっくりぽっくリと、城の壁のほうに歩いていった。

それを見送ってから城の中に入り、通されたのは応接間だ。

両開きの扉をバスカロンは大きな手で一気に開ける。


「遅い。どこを寄り道していた」


部屋に入るやいなや、咎める声が降り掛かってきた。

声のした方を見ると男なのか女なのか分からない魔人がふんぞり返ってイスに座っていた。

切れ長の目の端はまつげの代わりに綺羅びやかな羽根が生えており、ノースリーブの腕は手首までびっしりと羽毛に覆われている。

そしてむき出しの素足は鱗に覆われていた。

恐らくこれがネフィリスだろう。


「せっかちだな。大した時間じゃなかろう」

「お前がのんびりしている間に共族はあっという間に死ぬぞ」

「おいおい、さすがにそこまでのんびりしたつもりはないぞ」


ネフィリスはそれにフンと鼻を鳴らすと、視線をこちら、正確にはルーカスに寄越した。


「久しいな、ルイカルド。2年前に死んだと聞かされたときは、腹が割れて飛べなくなるかと思ったわ」

「そのまま自重で沈んでろよ」

「口の聞き方に気をつけよ。我の無き分際で無駄な口を叩くな」

「強者に震えて自由に飛べもしねぇ奴が何言ってやがる」

「…言うようになったではないか。その生意気な口が聞けないよう、昔のように鱗剥ぎ取ってくれようか」


開幕から不穏な口喧嘩を始めたため、3人は困惑していた。

止めようにも魔人同士だ。

どこで大火になるか分からない。

バスカロンもため息をついて止める気がないようだ。

コルトは再び怒りが湧いてきた。

共族の地で身勝手に喧嘩を始める魔人を今すぐこの場で消してやりたいと思った。

だがその気持ちが頂点に来る前に、場の空気を壊すものが現れた。


「バスカロン殿。フラウネールの使者が来たと伺ったのですが、何故喧嘩をしておられるのか」


振り返ると、扉の前に立っていたのは司祭服に身を包んだ壮年の男だ。


「コルネウス枢機卿」


ハウリルの呼びかけにコルネウスも気がついた。


「お主はハウリルか。なるほど、フラウネールの使者というならお主だろうな。それよりこの場での喧嘩はやめていただきたい、魔人の喧嘩など街がいくつあっても耐えきれまい」

「おうそうだ、大人げないから止めろ。ライに言いつけるぞ」

「お前は何を言い出すか、あぁやだやだ、風見鶏はこれだから。全く茶番だ、付き合ってられん、さっさと話を始めるがよい」


自分から喧嘩を吹っ掛けておいてそうのたまうネフィリスは、手をひらひらさせると部屋の端のイスに移動した。

随分と自分勝手だなと思ったが、それはアンリも同じだったようで本人から見えない位置で舌を出している。

ルーカスはそれで完全に相手にするのをやめたようだ。


「色々話す前に先にそちらの立場を聞いておきたい。そちらの魔族の彼はロストしたと聞いていたが、それが何故お主と共にいる。フラウネールは知っているのか?」

「彼とは東の地で会いました。こちらのコルトくんと共に壁の悪魔、彼らは自らをラグゼルと呼んでいますが、彼らの調査でこちらにいるところで出会い、色々あってこうしてここに。兄も当然知っていてすでにラグゼルとは取引関係があります。こちらも教会に反逆したということで、手を組めないかと思ったのです」

「なるほど。お主らの今までを考えれば妥当なところだな。壁の悪魔とすでに取引していたのは予想外だが」

「彼らは無魔と魔力持ちのそれぞれの利点を活かして、かなり発展した文明を築いていましたよ。正直世界が違い過ぎてどう形容すればいいのか分かりませんが、こちらとは隔絶した技術を持ち、またかなり理性的で合理的です。少なくとも支配層はこちらが利益を提示できればよい取引相手ですよ」

「ほぉ、面白そうだな。坊は会ったか、奴らどんなだ?」


ルーカスはその呼び方を止めろと不機嫌な顔を隠さず文句を言うが、それで臍を曲げて黙ることもなく、仕事相手には十分な相手だとだけ答えた。

ここまで来ると色々と隠されていたのは確定的なため、先にそっちの情報を開示しろとも付け加えている。


「分かってる分かってる。ったく、嫌な役回りだ。さて、何から話そうか、何が聞きたいか」


各々がイスに座ると、バスカロンが顎に手をあてながらそう切り出す。

話題を探っているようだが、コルトは耐えきれず口を開いた。


「どうして共族にいきなり攻撃をしたんですか?何の理由があって侵略なんて始めたんですか?こんな事を長く続けて許されると思ってるんですか?」


出てきたのは相手に対する糾弾。

抑えられなかった。

納得行かない出来事の理由がすぐ目の前にあるのだ。

これだけはどうしても聞かなければならない。


──ソレデ納得デキナケレバ、ドウシテクレヨウカ。


怒りに燃え始めたコルトを周囲は静かに見て、そしてバスカロンに顔を向けた。

みんなそれを疑問に思うのは当然だ。

バスカロンはそうだな、それからだなと言って天井を見上げる。

そして静かに言葉が紡がれた。


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