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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第5章
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第94話

街に入って真っ先に宿を取り終えた2人は情報収集のために街で一番大きな酒場の前に来ていた。

情報といえばここしかないだろう。

中に入ると一斉に視線がこちらを向いたので怖気づいてしまったが、ハウリルが気にせずスタスタとカウンターに向かったので、慌てて追いかける。

ハウリルはカウンターに硬貨を何枚かおいて、酒場の親父にそれで飲めるものを2人分注文する。


「あの僕、お酒は…」


ラグゼルでは酒は法律で成人してからのものだ。

科学的にも体が未成熟な状態での飲酒は良くないとされているため、気分的に飲みたいものではない。

だがそれを聞いた酒場の親父が露骨に嫌な顔をした。


「かれはお酒に弱いんです。ここには仕事で来ているので、それで使い物にならなくなってはわたしが困るので勘弁していただけませんか?」

「………ここは酒を飲む大人の社交場だ。酒も飲めねぇガキが来るところじゃねぇ」

「そういうことでしたら諦めましょう」


ハウリルはカウンターに置いた硬貨を回収しようと手を伸ばすと、店の親父に掴まれた。


「なにか?」


笑ってない目でハウリルが問いかけると、それまで黙ってこちらの様子を伺っていた周囲の者が集まってきた。

こちらに敵意を向ける目はどう見ても友好的ではない。

コルトは短く悲鳴を上げると、ハウリルと背中合わせになった。


「これはどういうことでしょう。この街には来たばかりなのですか」

「お前ら教会のもんだろ」

「そうですが、………異端審問官に何かされましたね?」


ハウリルが直球で問うと、途端に周りの顔が変わった。

まさに激怒という顔だ。

どうやらハウリルの問いは正解だったらしい。


「何か?何かだと!貴様らのせいで俺たちがどんな目にあったと思ってやがる!」

「残念ですが、わたしたちは異端審問官とは別の敵対派閥なので」

「それで見逃されようってか?」

「困りましたね、実際本当になにも関係がありませんので、事情知らないことにはこちらも対応しかねます」

「あくまでしらを切るか、ならこっちにもやりようってのがあるんでな」


そういって、集まった1人がコルトに掴みかかった。

それにハウリルも素早く反応して、周囲に風が渦巻いたときだった。

酒場の扉が音を立てて蹴破られ、反対側の壁まで吹っ飛んだ。

突然の出来事にその場の全員が入り口を見る。

そこにいたのは案の定ルーカスだ。

抜き身の剣を左手に持ち、蹴破った右足を上げた状態で立っている。

そしてルーカスはゆっくりと店内を見渡すと、真っ直ぐにこちらに近づいてくる。

護衛の仕事を真っ当するつもりらしい。


「なんだてめぇ、お前もこいつらの仲間か!」


その言葉と共に一番近くにいた男が斬りかかった。

ルーカスは顔すら向けず最小限の動きでその一太刀を避けると、流れるように男の顔面を掴んでそのまま近くのテーブルに叩きつける。

それを見て興奮した周囲も一斉に襲いかかるが、それら全てを回避やら剣で受け止めるやらでいなすと、足を引っ掛けての転倒や顎に裏拳を入れたりなどで、あっという間に無力化してしまった。

力量の差が歴然だった。

残っているのはカウンターの向こうにいる店の親父だけだ。

ルーカスはその男を一瞥すると、コルトたちに顔を向けた。


「街に入って1時間もしないで揉め事とか、何やってんだお前ら」

「なにもしていませんよ。あえて言うなら教会所属なのが悪かったようで」

「どうにもなんねぇな」


呆れ顔のルーカスはカウンターの下に転がっている男の体に足を入れると、乱雑に蹴り飛ばして移動させハウリルの隣に座った。

カウンターの親父は額から汗を垂らしてその様子を見ている。

ハウリルはそれに視線を投げ、いつの間にか離されていた手の下の硬貨を再び店の親父に突き出した。


「情報が欲しいです。ここに来た教会のものは異端審問官だけですか?」


その横ではルーカスが親父のほうは見ていないが、剣を肩に掲げ視線は床に落ちている男たちに向けられている。

答えないとこいつらがどうにかなるぞという無言の脅しだろう。

どうみても悪のやることだった。

コルトは条件反射で口出ししないようにと2人に背を向けて目と耳を閉じる。


──うっ、我慢だ我慢。これはしょうがないんだ……、話を聞かないで先に襲ってきたのは向こうだし。


今ここで自分にできることはなにも無いし、手出しは逆に邪魔になる。

それと恐らく2人はこれ以上は暴力には訴えないだろうというなんとなくの確信があった。

だが目と耳を閉じて、黙って成り行きに任せた。

どのくらい経っただろうか、肩を叩かれて目を開けるとハウリルに行きますよ、と店を出るように促される。

言われるがままに店を出て、前を行く2人に無言でついていった。


「異端審問官以外の教会関係者はしばらくルンデンダックからは訪れていないようです」

「やっぱ手前の街に寄ったほうが良かったか?」

「どうでしょうね。目的地は一緒なので最終的にヘンリンにわたしたちがつけばいいだけの事ですし、事前に補足したいのはあくまでルーカスがいるというアドバンテージを活かしたいだけです」

「………魔人がいること前提だな」

「前提です。それに今回でほぼいると思っています」

「根拠は?」

「足にわたしたちと同じ方法を使っているのではないでしょうか?」


同じ方法とはシロのことだ。

魔人がいれば魔物を容易く手懐けることが出来るのであれば、運搬用に適した魔物を予め用意しておき、逃亡に使ってもおかしくはない。


「それならいつまでも追いつけないのも仕方がありません。同じ速度で移動しているものに追いつくのは不可能ですから。あなたもそろそろいること前提で、該当しそうな人物の目星をつけといていただけませんか?」

「……ちっ、分かったよ」


苦虫を噛み潰したような顔のルーカスに満足したハウリルは、歩きながら次はコルトに視線を向けた。


「それより驚いたのはコルトさんです。てっきりわたしはいつ口を出してくるかとハラハラしていたのですが」


変なものでも食べたのかと言いたげな顔だ。


「……僕も、僕もちゃんと目的に向けて余計な事はしないようにって思っただけです」

「思うのが遅ぇよ。でもまぁ自力でそう思ったのは褒めてやる」

「それは良かったのですが。余計なことということは、今までのことは”余計なこと”だったと思っているのですか?」


コルトはそれに口を噤んだ。

人を助けることを余計な事だとは思っていないし、思いたくない。

でも周りの迷惑を考えずに、自分のエゴだけで無作為に首を突っ込んで迷惑を掛けた事も確かだ。

だから答えたくなかった。

そんなコルトに2人はそれ以上なにも言わない。

顔を見合わせてこのままここに泊まるかどうかの話に移った。


「揉め事起こしてしまいましたからね、止めておきましょうか。鞍を見てそれから宿はキャンセルしましょう」

「お前宿行って来いよ、俺はこいつ連れて先に鞍みておくから」

「おやっ、宿でも揉めたらどうするんです?」

「戯けたこと抜かしてんじゃねぇ、お前1人ならどうとでも出来んだろ」

「まぁそうですね…、では行ってきます」


そう言ってハウリルはスタスタと宿のほうに歩いていった。

コルトはルーカスに連れられて鞍を売ってそうな店を探して歩く。


──そういえば、ルーカスを2人になるのは久々な気がするなぁ。


アンリと出会ってからはアンリと一緒にいることが多かったし、アンリの村から出たときもすぐにハウリルが追いついてきた。

こうして2人になるのは実際は1週間もなかった。


「不満か?」


ずっとコルトが無言なせいか、立ち止まって聞いてきた。


「いやっ、別に……。久々だなって思ってただけだ」

「……そういやそうだな」


そしてまた会話が途切れた。

しばらく店先を覗きながら目的の店がないか探し続ける。


「俺はお前ら、共族って種族自体と敵対するつもりはねぇ。そんな事するより友好的でいたほうがうまそうだからな」


身長を活かして人の頭越しに店の中を覗きながら、脈絡もなく喋り始めた。


「唐突に何」

「お前は俺が嫌いだろ。なら神が魔族と共族の敵対が正しいって言ったらお前はどうする?俺と殺し合うか?」

「勝てないのが分かってて言ってるだろ」

「勝てるなら殺すってことか?」

「…っ!」


言葉が詰まった、そしてズルいと思った。

俺を殺したいか?と聞いてきたのだ。

殺したいほどの理由が自分にあるのか、果たしてそこまで本当に憎いのか。

なぜ憎いのか?

魔族が共族を襲ってるから?

でもルーカスはそれには関わっていないという。

そして敵対するつもりもないという、友好的でいたいという。

ルーカスの協力は共族にも利益がある、それは確かだ。

でも魔族全体ではどうだ、ルーカス個人がこちらに協力したとして、魔族がそれを良しとしなければどうなるのか。


──何が正解なんだ、何を選ぶのが正解なんだ、どうしたらいいんだ。


分からない、分からない。

自分では答えが出せない。


「悩んでるなら今はそれでいい」

「いいのかよ」

「俺は種族の代表じゃねぇからな」

「なら逆に聞くけど、種族の代表がやれって言ったらやるのか?」

「やらねぇよ。言っただろ、俺はお前らと仲良くしてたほうが都合が良いんだよ」

「神が言っても?」

「あぁそうだ。どういう理由で俺らを作ったのかは知らねぇが、俺はもう生きてんだ。なら俺は俺の意志で行動する。上から押さえつけるってんなら神でも容赦しねぇ、ぶっ殺してやる」


それは確かな意志を持った神への反逆宣言だった。

だが世界に対する反逆ともとれるそれに、コルトは何故か強烈な羨望を覚えた。

そう、羨望だ。

そして同時にそれを欲しいとさえ思った。

敵うはずのない存在でも、それでも立ち向かおうという強い意志。

それが欲しいと思った。

だがどうにも違和感がある。

それが何なのか分からなかった。


──僕は一体なんなんだ。神は僕をなんで作ったんだ。なんでこんな思いをしなきゃいけないんだ。


コルトは拳を固く握りしめ、やり場のない感情を押さえつけた。


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