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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第4章
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第90話

「馬車が出せなくなった」

「はぁ!?」


その日夜も遅い時間に帰ってきたフラウネールは4人を執務室に呼び出すと、開口一番に馬車の手配が出来ない事を告げてきた。

どうやらヘンリンと本気で戦争を始めるつもりらしく、戦闘員の輸送のために近場の馬車を根こそぎ集めているらしい。


「おいおいおい、何考えてんだ。戦えるってだけで対人はド素人ばっかだろ?使い物になんのかよ」

「そこは邪神に魅入られた裏切り者とでも言っておけばいいだろう。正義はこちらにあり、向こうは秩序を乱す悪であるとでも言えば、正義に駆られていくらでも人は凶暴になる」

「そうじゃねぇよ、魔物と違って人同士の殺し合いはただ力だけのゴリ押しじゃ勝てねぇだろって言ってんだ。前にアシュバートの奴が共族は単体が弱ぇからこそ色々な策を用意するって言ってたぞ。ヘンリンもお前らレベルのアホばっかなら数がありゃいいんだろうけど、そうじゃねぇなら死にに行くバカの集まりだぞ」

「そんな事は分かっている、もっと懸念すべきは魔族が向こうに戦力として味方した場合だろう。一網打尽にされる可能性がある」

「出来てやらねぇ理由はねぇな」

「そうなれば教会の戦力が一気になくなりますね…。魔物の対処をする戦力については考えていますか?」

「向こうは魔族がいる可能性なんて考えてないし、端から負ける可能性なんて考慮していない」


負ける可能性を考えていないなら、おそらく未来についても今の状況から変わらない地続きとして考えるだろう。

どう見ても楽観的過ぎる。

仮に勝てたとしても間違いなく人は減るのだ。

今と同じ状態で魔物に対処出来るとは到底思えない。

だが長年の安定と権力欲によって、現在の教会のトップはそれらを考える頭が無いらしい。

彼らにとってはただの数字でしかないのだ。

フラウネールは困った連中だと苦笑いをしている。


「兄さん、現実逃避している場合ではないでしょう。何か策を考えねば」


ハウリルが咎めると、フラウネールはすでに足止めの餌は巻いてあると言い、そしてとんでもない事を言い出した。

東はアウレポトラが王の侵攻によって陥落、それに伴いラグゼルが制圧を開始しており、東の教会がほぼ機能していない事を告げたらしい。

東にもヘイトを持っていき両方に対処させる事で、判断を迷わせて足止めさせる気のようだ。


「いずれは知られる事実だ、なら効果的に情報を使いたい」

「……まぁいいだろう、それでそれだけか?」

「いやっ、もっと直接的に集めた馬車の破壊なども行いたいが、さすがにこれはバレずにやる方法に見当がつかない」


今のところ出兵に反対しているのはフラウネールだけである。

その状態で破壊工作などをすれば疑われても仕方がない。

コルトはなんとか破壊せずに済む方法はないかと考える。


「馬車ってどこに集められてるんですか?」


それには先ずは情報収集だ。


「主に西の広間や門の外に作った駐屯エリアだな」

「食料が無いので街の中に入れられないようです」

「食べ物無いのに大勢を出兵させるんですか!?」

「馬鹿だと思うだろ?好きなだけ罵ってくれ」


どう考えても殺される以前の問題だ。

馬車でさえ3ヶ月掛かる距離に、食料無しでたどり着けるわけがない。

さすがに酷すぎて言葉が出なかった。

その間にハウリルとフラウネールはどうするかと考え始め、教会のことはお前らが決めろと宣言したルーカスは勝手に棚を漁って茶を入れ始める。


「……コルト、大丈夫か?」


コルトもあまりの酷さに呆気にとられていると、視界に不安そうなアンリの顔が入ってきた。


「大丈夫…かな。ちょっと驚いただけ」

「ホントか?お前争ってるの嫌いだろ」

「うん……そうだね。でも本当に大丈夫だよ」


大丈夫なのは本当だ。

色々思い出したお陰と言っていいのか、精神的な負担が大分減った。

そしてコルトはどうするか話し合っている2人に話しかけた。


「どうせ止める方法なんてないですしたどり着けるとも思えないので、僕ら4人は徒歩でもいいからヘンリンに向かったほうがいいと思います」

「おやっ、コルトさんはそういう発言をしないと思っていました」


昨日までのコルトなら、無駄に命を散らすのかと怒って真逆のことを言っていただろう。

でも今は違う。

共族の生き残りと未来のために適切に”取捨選択”しなければいけない。

神が何を考えているのか問いたださないと、この先もっと被害が広がる可能性がある。

それなら今は先を見越して目を瞑るしかない。

今は出来ることをやるだけだ。


「僕だって止めたいとは思ってる。でもヘンリンに行ったほうが向こうの謎も解けるし、そもそも神に会うっていう大目的もあります」

「……そうだな、君の言うことはもっともだ。俺としたことが、最近時勢が一気に動いて目がくらんでいたらしい」

「まさかコルトさんに言われるとは思いませんでした、何か悪い夢でも見ましたか?」

「…そういうわけじゃないですけど」

「冗談です。ではわたしたち4人はヘンリンに急いで向かうでいいでしょうか?」


誰も反対をしなかった。

ならなんとか馬車を用意するとフラウネールが言ったところ、ルーカスが待ったをかけた。


「ある程度距離が開いたら、俺が足を用意してやる」


あてがあるのかと問うと、騎乗できそうな魔物を捕獲して服従させればいいと言い出した。


「そんな事ができるならなんで最初からそうしなかったんだよ」

「お前ぇらは碌に魔物を飼いならせねぇだろ。緑美鳥すらダメとか貧弱過ぎる、あんなもん尾羽根持ってちょっと振り回せばすぐ大人しくなるぞ」


その発言にその場の全員がドン引きした。

コルトは生き物に対する暴力に対して、他の者はそもそも尾羽根を掴むのすら大変なことをそんなものは出来て当たり前という魔族という種に対してだ。

アンリも掴めてもあれを振り回すのは無理と、試験を思い出したのか無表情だ。

それはともかく、共族が頑張っても飼いならせないものを魔族であれば無理矢理服従させることができる。

ただそれは同時に目撃されれば目立ってしまうため、あまり目立ちたくないコルトたちの目的を考えれば使いづらい。

不可能なものを当たり前のように熟すのはどうしても注目されてしまう。

だが今回はそうも言っていられない、なるべく早い移動手段が欲しいという緊急案件だ。


「それでもなるべく街道からも外れたところをいきましょう。急ですが出発は明日でいいでしょうか?」

「分かった」

「いいぜ」

「分かりました」


それで今日はとりあえず解散となり、各自の荷物は各自でまとめるということになったのだが、そこでハウリルがあっと声を上げた。


「忘れていました。ルーカスには身分証が無いので、門番で引っかかります」


全員があっ、と声をあげた。


「そもそもどうやってここに入ってきたんだよ」

「夜中に空から侵入したに決まってんだろ、雲の上を飛んでたし気づかれてねぇはずだぜ。さすがに教会の真上に降りるのは何があるかわかんねぇからしなかったけどな」

「壁上にも魔物の侵攻に備えて監視の目があるはずなんですが」

「俺はもともと闇に紛れやすい色だし、空気の振動も極限まで魔法で抑制すりゃお前ら程度の五感くらいどうとでも欺ける」

「それに加えて壁上警備はあくまで地表や遠くからの魔物の侵攻の監視だからな。雲の上を飛ぶ魔物の存在も確認されたことはないから、そんなところから侵入されるとは夢にも思わなかったんだろう」

「はぁ…。そういえば、あなたはココさんをあの状況から連れ出した前科がありましたね。ならわたしたちが明日の日中に出発して、あなたはそのあとの夜でいいですか?」

「それでいいぜ、南西のほうだろ?今度は余計な魔力がねぇからすぐみつかんだろ」


よゆーよゆーと手をヒラヒラとさせ、ついでに荷物も運んでやるよなどと調子のいいことまで言っている。

ハウリルもそれならばと、軽装で遠出をしないように偽装しましょうと言い始めた。

荷物が軽くなるなら願ったりかなったりだ。

そしてこれで本当にその日は解散となった。






コルトとアンリはハウリルに連れられて、例の助けられた人たちがいるという屋敷に来ていた。

遠出用の荷物の準備のため、ルーカスのみフラウネールの屋敷に残っている。

コルト達は街に出掛けたふりをして屋敷で荷物の準備をし、そのまま西門に向かう予定だ。

助けられた人たちがどうなるのか心配だったため、立ち寄れたのは僥倖だった。

だがまだそんなに日数もたっていないため、ほとんどの人がまだ寝たきりの状態らしく面会時間は極わずかだった。

なので、コルトはとりあえず色々と話しかけてくれた女性に会うことにした。

彼女は比較的まだ元気なようだ。

室内に入るとソファに座って休んでいた、ベッドが足りないらしい。


「体はもう大丈夫ですか?」

「あぁ、他の人よりは平気だよ。君の方こそ大丈夫かい?ずいぶん長い間殴られてただろ」

「一応もう大丈夫です」

「…そうか、君は強いな。普通はあれだけやられたら怪我に慣れた討伐員でも泣き出すんだけどな」

「顔は避けられてたので……」


顔もやられてたらまだ起きてなかったはずだ。

お姉さんはそういうものなのかと呟くと、同行してはいたものの壁際に待機しているアンリのほうに視線を向けた。


「そっちの君のもお礼を言わないとな、助けに来てくれてありがとう」


お姉さんのお礼に何故かアンリは不満そうな顔をした。


「こいつのついでだったし、そもそもほとんど何もしてない」

「それでもお礼を言わせてくれ、ついでだったとしても助けられたのは事実なんだ。関係ないならその場に放置でも良かったはずだろ?こうして看病して匿ってももらってる」


さすがにあの場に放置するのは人でなし過ぎるのでその選択はあり得ないと思うのだが、こちらの考えでは放置が常なのだろうか。

でもハウリルも残す人を選別するようなことを言っていたので、こちらではそれが当たり前なのだろう。


──それだけこっちには余裕が無いのかもしれない。


冷静な頭で出した思考は無情だった。

余裕があって初めて人は他人に優しくできるのだ。

そんな己の思考に少し落ち込んでしまったコルトだったが、お姉さんのほうはそれどころではなかったらしい。

何か口籠りながらコルトとアンリを交互に見ている。

コルトはそれに気付かず己の思考に引き続き落ち込んでいると、アンリに頭を叩かれて現実に引き戻された。


「お姉さん、まだなんかうちらに用あんの?」


頭をさすりながら抗議の目をアンリに向けると、視線がお姉さんから動かないのでコルトもそちらを見た。

何故かお姉さんの顔が赤い、熱でもあるのかと問うとそうではないらしい。

それならどうしたのかと色々聞いてみるが、どうも要領を得ない。

仕方なくお姉さんが喋る気になるまで待っていると。


「もっ、もう一人いたじゃん?赤い髪の彼なんだけど…、今日は彼はここには……」


言ってしまったと顔を覆うお姉さんの耳は完全に茹でダコ状態だった。

それで全てを察してしまった。

思わずアンリと顔を見合わせると、お前が言えとアンリが肘で小突いてきた。

こちらに押し付けられても何を言えばいいのか分からない。

だがコルトが口を開くよりも先に、素早い動作でアンリが扉のほうに下がっていった。

捕まえる間もなかった。

そして下がった位置からこちらを応援している。

コルトはがっくりと項垂れると、未だに顔を覆っているお姉さんに声をかけた。


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