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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第4章
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第87話

フラウネールが帰ってきたのは4時間後のことだった。

すぐに集まってくれと呼び出され、まだ若干寝ぼけた状態だが再度フラウネールの執務室に行くと、すでに他の3人は集まっていた。

アンリがちょっと汚れているのが気になるが、本人は気にしていないのでコルトも何も言わなかった。

そしてコルトも集まったことを確認すると、フラウネールがどこか面白そうな顔をしながら口を開いた。


「西側最大の討伐拠点ヘンリンが独立を宣言した」

「……兄さん、まだ日は出ていますよ。もう一度いいでしょうか?」


ハウリルが真顔で聞き返した。


「おっ、冗談言えるようになったな、俺は嬉しいぞ。いいか、よく聞けよ。ヘンリンが独立を宣言した。今朝方ヘンリンから来た司教とコルネウス枢機卿が突然教皇庁に来たらしくてな、独立と教会への敵対を宣言したあとに枢機卿の署名入りの書簡を置いて逃亡したらしい。目的は不明だ」


ハウリルが過去一番の盛大なため息とともに頭を抱えた。

ヘンリンという街がどういうところなのかよく知らないので聞いてみると、魔物の多い西側では駐留している上級討伐員が一番多い地区らしい。

コルネウス枢機卿の家系は教会で英雄と言われている人物の家系で、代々ヘンリンを中心に魔物討伐の第一線で活躍してきたらしい。

それが突然独立を宣言した。

書簡が偽物ではないかという話も出たが、以前の署名と比べたところ筆跡が一致。

また司教が持っていた身分証も、間違いなくヘンリンで発行された正規のものだった。


「さきほど東が独立する可能性について話しましたが、まさか先にヘンリンが独立を宣言するとは……。一体どうなっているんです、教会はどうするつもりなんですか?このまま放置というわけには行きませんよね?」

「各地の異端審問官や司教、討伐員を集めて戦うつもりのようだ」


つまり戦争をするつもりなのだろう。


──ここでも殺し合うのか。


共族同士が殺し合う。

それに対して何も出来ない自分が悔しい。


「勝てますか?」

「……俺は難しいと思っている。理由は後で言う」

「なら逃げたという枢機卿たちの追跡は?」

「他にも仲間が複数いたみたいでな、まかれたらしい」


かなり手慣れた軽快な動きで、建物の上を複数人でお互いに援護しあいながらあっという間に逃げてしまったらしい。

枢機卿の屋敷ももぬけの殻状態で、以前から計画していたことは明白だ。


「直近のヘンリンの様子はどうだったのですか?」

「至って普通で全く変化がなかったそうだ」


ヘンリンには定期的にルンデンダックから人を派遣したり、子飼いの商人から様子を聞いたりしていたらしいが、特に変わった様子は全くなかったらしい。

枢機卿も特に何も変化はなく、おかしな様子も見られなかった。

本当に突然なんの前触れもなく独立を宣言した。


「それで他の枢機卿はなんと?」

「俺が何かしたのかと聞かれたよ」


そんなわけないだろう。とフラウネールは笑い飛ばした。

一頻り笑い飛ばしたフラウネールが落ち着いたころ、ルーカスが眉間に皺を寄せながら自分たちにもそれを聞かせた理由を聞く。


「勝つのが難しい理由と重なるが、魔族が裏で糸を引いてないかい?」

「はぁ!?」


んなわけねぇだろ!とルーカスは呆れた声を出すが、フラウネールの表情はどちらかと言うと真剣だ。

なのでコルトはどうしてそう思ったのか聞いてみた。


「あまりにも突然すぎて、ここ数年の短期間での計画とは思えない」

「それでなんで俺らの話になんだよ」

「俺達より数倍長い寿命があるんだろ?何十年も前から裏から支配して、時が来るまでずっと待っていたのではないかと思ったんだ。魔族相手じゃ俺達が束になっても勝てなさそうだしね」

「無理やり従わされたって事ですか!?」


思わず叫んでしまった。

そんなところまで魔族の侵略が迫っているのかと焦る。

だがフラウネールはそれには疑問を呈した。


「それはどうだろうな。一応距離としてはかなり離れているし、コルネウスがルンデンダックから離れることなんて滅多にないからな。一応聞いておくが、近くに魔族の気配はあったか?」


ルーカスは魔人と言えと文句をつけ、疑問には微妙な返答だった。

こちらに渡って来れるような魔人の気配は全く感じていないが、同時にそのレベルの魔人だと同族から気配を隠す技術も高いのではっきりした事は言えないようだ。

出来ればこんなところで魔族同士で戦って欲しくない。


「さすがに俺もこんなところで戦う気はねぇよ」

「向こうが向かってきたらどうすんだよ」

「無理やり場所移しゃいいだろ」

「出来んのか?」

「やるんだよ」

「話がそれましたが、まとめるとあなたは他の魔人の気配は感じていない。無理矢理の可能性もない、でいいでしょうか?」


無理矢理については洗脳の可能性を示したが、ルーカスが洗脳という概念自体を知らなかった。

一応説明してみたが、魔族がそんなめんどくさい手段を取るとは思えないし、従わせるなら暴力に訴えたほうが早いと、如何にもらしい見解を示した。

そしてフラウネールとハウリルも洗脳であれば必ず変化や違和感が出るはずなのに、長年それが現れなかったので”無い”という意見だ。

長年外界と交流のある街1つを洗脳し続けるのはどう考えても不可能。

それを言われると、コルトもそうだなとしか思えなくなった。


「それで結局魔族が裏にいるのかいないのかどっちなんだよ」

「いねぇだろ」

「あり得なくはないと思います」

「割れてんじゃん!」


ツッコミを入れたアンリはソファに座ると頬杖をついた。


「ちなみに私はあり得ると思ってるぞ」

「アンリ!?」


まさか肯定するとは思わなかったので、今度はコルトが大声を上げた。


「だってさ、ルーカスって私らと全然変わらないじゃん。仲間のふりして入り込むのは簡単だろ」

「あのなぁ、お前らが生まれてから死ぬまでの期間で俺らは見た目が変わんねぇんだぞ?そんなやつがいたらどう見てもおかしいだろう」

「なら、最初から正体を知った上で協力関係にあると考えればいいだろう」

「なんで俺らがお前らと協力すんだよ。そもそもお前ら教会とは敵同士だろうが」

「現在協力関係にあるあなたがそれを言うのですか?」

「………」


言い返せないのか憮然とした表情になり、アンリとは反対のソファにドカッと座るとふんぞり返った。

なんで偉そうな態度なのか分からない。


「彼女も言ったが、君は価値観も感情も共有できて俺達と何も変わらない。君がそうなら他の魔族もそうだろう、君自身が他の魔族に仲間意識がある時点でそれを証明している。それならなんらかの思惑が一致して協力関係になったとしてもおかしくない。それに、教会の神が魔族なのはコルネウスも当然知っている。それも当時の英雄の家系だ。俺らが知らない何かを知っていて、それが理由で魔族と手を組んでいる可能性はある」

「魔族側もあなたが知らないだけで何かあるのではないでしょうか。あなたは自分が情報規制されている自覚があるのですよね?」

「………」


ルーカスは目を瞑ってそれ以上は何も反応を返さなかった。


「だから俺は仮に魔族と協力関係にある場合、勝つのは難しいだろうと思う。自称上の下の君でさえ街一つ一撃で消し飛ばせるらしいからな。そんな存在が何故共族と手を組むのか。本当にいるならついでにそれも調べて来て欲しい」

「調べるだけでいいんですか?」

「いやっ、場合によってはこちらも協力関係になりたい。教会と敵対するなら、俺達とも手が組めそうだからな」

「それは……魔族がいるいないに関わらず、ですか?」

「そうだ。だが、交渉内容はハウリルに任せる。お前ならこちらに都合が良いように進められるだろう」

「分かりました。なるべく兄さんの期待に沿えるように努めましょう」


──魔族がいたら、その魔族と手を組むのかな。侵略者なのに……?


「他に何か質問はあるかな?」

「ヘンリンまでどのくらいかかるんだ?」

「馬車で3ヶ月くらいでしょうか」

「遠っ!?」


思ったよりも大分遠かった。

1ヶ月くらいかななどと楽観的に考えていたが、思ったよりもかなり大変な道のりになりそうだ。


「西大陸は東よりもかなり広いと前に言ったはずですが」

「それでもそんなに掛かるとは思わないって!」

「とりあえず、数日以内に出発できるように手配を進めよう。御者ができる者はいるか?」

「私ができるぞ」

「素晴らしい。ならとりあえず解散だ、ゆっくり休んで英気を養って欲しい」


フラウネールは解散を宣言すると、さっそくシュルツに何か指示を出し始めている。

ハウリルも外の屋敷に行ってくると部屋を出ようとしたときだった。


「忘れる前に言っておくことがある」


座ったまま動かなかったルーカスが口だけ開いた。


「ふむ、なにかな?」


フラウネールが聞く体勢になると、ルーカスが目を開けて立ち上がった。

代わりにコルトはすこし警戒して身構える。


「お前の弟がお前が魔人に近いんじゃないかとか余計な心配をしてやがった」

「ルーカス、何を言い出すんです!」


ハウリルが戻ってきて抗議の声を上げるが、ルーカスが軽く手を上げるとハウリルが浮き上がり空中で固定されてしまった。

突然の暴行にフラウネールも眉間に皺を寄せる。

だがルーカスは構わず腕を捲くって鱗に覆われた魔族の体を見せつけた。


「ラグゼルには魔力を無限に吸収して魔人並の再生が出来るやつがいる。あいつらはそれを世代を重ねた結果の突然変異だのなんだの言ってたが、お前もその類だろ。他と違ったところで、魔人とは根本が違うんだよ」


頭部から生え始めた角に変化した肌。

それを正面から見せつけられて面食らった、フラウネールもシュルツも動かない。

魔人による力の誇示とも取れる行為だ。


「コルト。お前もだ、分かったな」


完全に元の魔族の姿に戻ったルーカスは、コルトも威圧する。

コルトは反応できなかった、威圧されたからではない。

それどころではなかった。


──世代を重ねた突然変異。……生物の進化、適合。


生物が生き残っていく上で当たり前に起きる事象。

どうしてそんな当たり前の事を忘れていたのか。

シュリアが共鳴力と魔力の掛け合わせに生まれたなら、魔力持ちだけをかけ合わせ続ければそのうちフラウネールのような魔力に適合した存在が生まれてもおかしくはない。

フラウネールの状態は生物として正しい状態だ。

それを自分は設計した通りの人間ではないから気持ち悪いと思った。

思ってしまった。


──僕は…僕は……どうしてこんな大切な事を忘れていたんだろう。


人間の設計図、仕様を知っている。

それが何を意味するのか。

魔族の言葉で思い出すなど言語道断だ。

コルトはしばらく動けなかった。


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