表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第4章
86/273

第86話

「フラウネール様!緊急招集です。ただちに教皇の間にお集まり下さい」


扉を開けたのは祭服を着た男だ。

部屋の中に思ったより人がいたので一瞬驚いたが、ハウリルの顔を見ると一瞬侮蔑の色が浮かび、ルーカスを見てあからさまに不快な顔をした。

そして足を踏みならしながらフラウネールのいる机の前に移動してくる。

丁度視界に入っていなかったアンリはそのまま男の視界に入らないようにひっそりとコルトを引っ張ると、ルーカスの陰に隠れる。

それを見たルーカスがゆっくりとソファの近くに移動し始めたので、それに合わせて2人も移動すると、今度はソファの裏に移動してそちらに隠れた。

そしてソファの陰から観察する。

何故隠れたのか分からない。


「何事ですが。いきなり訪問して騒がしい、失礼では?」

「フラウネール卿、緊急事態です。すぐにお集まり下さい」


ハウリルをサラッと無視した男は、再度フラウネールに呼びかけた。

フラウネールは困った顔をしながら男を見ると、こちらも忙しいのだが自分も必要な内容か?と聞き返す。


──緊急って言っているんだから行けばいいのに。


フラウネールと訪問者を交互に見ながら、コルトはそんな事を思った。


「いつも通り5人で話合えばいいじゃないか。今までだって俺抜きでそうやって勝手に緊急会合を開いてただろ?」

「シューデルハンズ様がお呼びするようにと」


その名前を聞いてフラウネールは深くため息をついた。


「分かったよ。全く、手に負えないからこちらに責任を押し付けるつもりなんだろ」

「………」

「ハウリル。少し行ってくるから留守を頼む」

「わかりました」


そしてフラウネールは男を伴ってそのまま部屋から出ていった。

アンリが後ろ姿に思いっきり舌を出している。


「誰だよアイツ」

「シューデルハンズ卿の名前が出たので、そこの子飼いの者でしょうね」

「しゅーなんとかさんは偉い人なんですか?」

「英雄達の子孫の一人で、枢機卿です。権力だけなら今一番ありますよ、現教皇の弟でもあります」

「めんどくせぇのに呼び出されてんな」

「そうですね。普段好き放題にやって勝手に承認もないまま進めているので、今回緊急招集が掛かったのはよっぽどの内容だと思います」

「仮にも強者がよっぽどを拒否してんじゃねぇよ」

「一回で応答すると言いなりみたいではないですか」

「…なんか分かる。あぁいう時は一回は拒否したいよな」


アンリがうんうんと腕を組んで同意している。

コルトも気持ちは分からないでもないが、やっぱり仕事なのだから責任は全うして欲しい。

そして4人の中に沈黙が流れた。

破ったのはハウリルだ。


「さて、兄が行ってしまったのであれですが、わたしたちはわたしたちで今後の話でも進めましょうか」

「おう、明日出発でいいぞ」

「いくらなんでも性急すぎでしょう。2日待って下さい、コルトさん誘拐のさいに一緒に助けられた方たちについてまだ片付けが終わっていませんので」

「あの人達は今はどこにいるんです?無事ですか?どうなるんですか!?」

「落ち着いてください、今は居住区のわたし名義の屋敷にいます。そこで回復を待って、わたしたちの派閥の手駒に使えそうなかたはスカウトし、それ以外の方には出ていってもらいます」


出ていってもらうということは、そこから先は知らないという事だろうか。

なぜそんな見捨てるような事をするのか、また捕まったらどうするのだろうか。


「慈善事業ではないのです。たまたまあなたのついでに助けただけの予定外の方たちを養う余裕はありません」

「そんな……」

「助けたければ現状を変えたほうが早いです。そのためにわたしたちは行動しているのをお忘れですか?」


コルトは頷いた。

山を超えて神に会えば、魔族をどうにかできるし、この不毛な共族同士の諍いも止められるかもしれない。


「コルトさんはもう少し休んだほうがよさそうですね。ついわたしの魔力基準で接していましたが、かなり酷く乱暴されたと助けた彼らから聞きました。気が利かず申し訳ないです」

「いえっ、もう今は大丈夫なので」

「そういって後々影響が出ては困ります、休んでください」


そしてハウリルが使用人を呼ぶと、コルトは強制的に部屋に戻された。






「お前、アイツを体よく追い出しただろ」


コルトが出て行ってからしばらく、ルーカスがそう問いかけるとハウリルは無言で肯定を示した。


「確認したいことがありましたので」

「あいつ抜きでか?」

「はい。誘拐犯は全員殺したと聞きました。その時のコルトさんの反応について知りたいのです」

「あぁ?んなもんキレて反抗してきた以外にねぇよ。それがどうした」

「……アンリさんもお一人殺ったそうですね」

「かなり頭にきてたから、駆け下りた勢いもあってそのまま…その……」


改めて思い出したのか、アンリが腕をさすり始めた。


「コルトさんはそれを知っていますか?」

「どうだろ、特に反応無かったし。でもアイツの視界的に私の後ろに死体が転がってたのは見てると思うし、上に連れていく時に死体の横通ったからなぁ。上で私が死体片付けてる時にルーカスがやったのかって聞いてきたけど、その死体には無反応だったから、やっぱり私がやったって思ってるのかな?」

「なるほど。やはりコルトさんはルーカスの時だけ怒りを表に出すようですね」

「今更だろ」


姿は似せていても魔族という明確な違いがある。

それに対してコルトは前から過剰に反応しているような感じがあるのは、アンリもルーカスも気付いていたしもう今さら何言ってもしょうがないという感じだ。

寧ろ何故今更そんな事をハウリルが確認するのかが分からない。


「コルトさんはわたしの兄に対して拒否感…でしょうか、あまり良い印象を持っていないようなのです。無意識なのかは分かりませんが、明らかに他の人とは態度が違います。ルーカスよりは当たりは強くはないようですが」

「珍しいな。あいつ割と誰にでも人当たりがいいじゃん」

「そうなのです。兄はそれを壁出身だからと思ったようですが、違うとあなたたちでも分かるでしょう?」


コルトは基本的に一人を除いて誰に対しても友好的な態度を取っている。

年齢性別所属を問わずだ。

いままでそれに例外は存在しなかった。

だがここにきてフラウネールという例外が出てきた。


「わたしはそれが、コルトさんが兄を魔族の括りで見ているのではないかと思って、気が気ではないのです」


ハウリルはそれが怖かった。

自分の兄を人では無いと言われているような気がして怖かったのだ。

自分の知らない何か別のもので遠い存在なのではないか、兄弟として近い存在だと思っていたが、それが自分の勘違いではないかと思ってしまったのだ。

バカバカしいのは分かってる、たかが子供一人の態度がいつもと違うだけだ。

だが一度思ってしまった不安を拭い去ることが出来なかった。

だから、保証が欲しかった。

兄が確実に共族であるという保証が。

ルーカスはそれを聞いて腕を組んで吐き捨てた。


「アレが俺と同じ魔人じゃないかって?寝てんのかお前」


ルーカスに言わせればアレのどこが魔人に見えるのかさっぱり分からない。


「あの程度の魔力量で魔人とかふざけんじゃねぇよ、あんなの底辺の魔人でも3倍はあるぞ。そもそも魔力の影響が体に出てる時点でどうみても共族だろうが」


全属性持っていようが、それが肉体に色として影響が出ている時点で間違いなく共族だ。

魔族であれば魔力の影響で自分の意志に反して肉体が変化することはない。


「コルトの態度がちょっとおかしいからって、あれを魔人とか二度と言うなよ。どう見てもなり損ない未満だろ」

「なり損ないとは失礼ですね」


暴言には苦言をもらしたが、ここまではっきり否定された事は嬉しかった。

何か別の存在ではない。


「あなたにはっきり否定されてよかった」

「そうかよ。もういいか?これ以上くだらねぇ話なら俺は寝るぞ」

「あぁ、いえまだあります。コルトさんについて一応共有しておきますが、彼は共族同士の殺し合いには悲哀は感じてもそこまで強い怒りは感じていないようなのです」


具体的にはアウレポトラでの住民同士で起こった殺し合い寸前の事だ。

あのときコルトははっきりと怒りの感情を出さなかった。

少なくともハウリルからはそう見えなかった。


「だからなんだ。殺すのはお前かアンリに任せて、俺は寸止めしろってか?」

「なるべくならです。無駄に揉め事をおこして、今後に響いてっ」

「断る」


ハウリルの言葉を遮るようにルーカスが拒否を示した。


「俺も昨日知ったんだけどな、お前らは首が胴体と別れただけで本当に死ぬらしいな」

「当たり前でしょう」

「俺らはそのくらいじゃ死なねぇ」

「……はっ?」

「下位の魔人でも手足が切れたり、心臓が潰れたくらいじゃ死なねぇし、首がちょっと飛んでも急いでくっつけりゃなんとかなる」


だから分からない。

共族がどのくらいで死ぬのか分からない。

首が飛べば確実に死ぬという、手足が切れても人によっては死ぬという。

火傷も範囲によっては助からない、腹に穴が空いても助からない。

1か月飲まず食わずも不可能、その前に死ぬ。

ルーカスにしてみれば、あまりにもか弱く繊細な存在だ。


「俺はお前らの”大丈夫”が分からねぇ、無傷以外がどのくらいまでがかすり傷に含まれるのか分からねぇ。俺はこれでもお前らの事は仲間だと思ってんだ」


仲間だと思っているからこそ、それが分からないのが怖い。

どのくらいまでが大丈夫なのか判断がつかないから、出来れば無傷でいて欲しい。


「コルトのくだらねぇ個人的な感情でお前らが危険に晒される選択肢を取れってのはできねぇ相談だ、俺はお前らが怪我するくらいなら相手を迷わず殺す」


それでいくらコルトに責められようが、全員が生きてるならそれでいい。

自分が受け流せばいいだけの話だ。

それを聞いたアンリは憮然とした表情をする。


「それって要するに私らが弱いって言いたいんだろ?」

「お前ら基準でも強くはねぇだろ」

「なら強くなる。お前が私を仲間って言ったのと同じで、私もお前を仲間だって思ってる。仲間一人にだけ我慢させるような事を私はしたくない」


違う種族でも仲間だから傷ついて欲しくないのはアンリも一緒だ。

体の傷はいくらでも治ると言っても、心が傷つけば体も壊れる。

アンリはそれを知っている。

心が傷ついたココがそうだった。

あんなに元気だったのに久々にあった姿は以前よりも元気がなく辛そうだった。

同じ様に感情を持った魔族がそうならないとは限らない、疲れれば弱ることも知っている。

心が傷ついた魔族が体を壊さない保証がどこにあるのか。


「どんだけ強くなっても魔族のお前からしたら対して変わらないかもしれないけど、でもここにいる間はお前が不安にならないくらいに強くなる!」

「……俺は共族の………いやっ、いい。群れを率いるのにも強い個体が必要だからな」

「なんだよ、最後まで言えよ!気になるだろ!」

「別になんでもねぇよ、俺の勘違いだ。それより、強くなりてぇなら先ずは俺から一本でも取ってみろよ」

「おぉいいぜ!私もついに中級になったからな、お前と同格だからな!庭に出ろよ、今日こそ膝をつかせてやる!」

「ぬかせ」

「おふたかた、庭を破壊しないでくださいね」

「分かってるって!武器取ってくる!」


アンリが部屋を出ていくと、ルーカスも楽しそうに出ていった。


「……眩しいですね」


誰かが誰かを思い、その誰かもまた誰かを思う。

純粋な相手への思慕。

夢物語だと思っていたもの。

多分あの2人は大丈夫で、そして自分もまた大丈夫だ。


「……コルトさんは」


コルトのあの他者への別け隔てのない思いはなんなのだろうか。

他者を思っているようで思っていない行動の割に、自らの利益を全く考えていない利他的行動。

人がいいのは確かだと思うが、ハウリルにはコルトの行動原理がいまいちよく分からなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ