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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第4章
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第85話

「東はこのままだと独立しそうですね」


フラウネールの執務室に集められたコルト達は、ルーカスが持ってきた東の情報を聞いていた。

そして帰って早々に東の情勢について報告を聞いたハウリルは、一通り聞き終わったところで嬉しいような困ったような複雑な顔をしている。

フラウネールも困ったように首を傾げて苦笑いをしていた。

ルーカスも丸一月寝ていた間に色々事が進みすぎていて驚いたらしい。

まとめると、アウレポトラは降伏、街の復興支援と引き換えにラグゼルの軍の拠点の設営を街の中に新設する事と、各種情報の提供を約束。

さらにクーゼル達の避難民もアウレポトラに移住するものと、クルト達の開拓民とで別れてすでに活動が開始。

そして各地で小競り合いが発生し始めており、教会支配下の秩序は崩壊状態。


「アウレポトラはどのくらい真実を語ったんだ?」

「教会の崇める神が俺ら魔人って話と、ラグゼルの正体。教会支配の正当性のために嘘をついてたのを認めたってのは聞いた」

「知ってるものがいたとは。あそこのトップはガラド教区長だったと記憶していますが」

「あの男か、なら知ってるだろうな。確か色々知らなくて良いことを知ったために監視付きで左遷されてアウレポトラの教区長に就任したと記憶している」

「おやまぁ……、話したって事はその監視はどうなったんでしょうか?まさか当時の教会もこうなるとは思っていなかったでしょうね」

「そうだな。教会の支配が崩れたのは何よりだ。問題なのは、向こうの状況がこちらに伝わらないことと、送った無魔の子供たちの安否だな」


そうだ。

送った彼らはどうなったのか。

港が機能していないのであれば、最悪向こうに上陸できない可能性がある。

ルーカスがなんの話しだと言うのでハウリルが説明すると、腕を組んで少し考えたあとにそれっぽい気配は見てないなと口にした。


「ルブランさんも一緒なのですが、それも分かりませんか?」

「悪ぃが上空高ぇとこ飛んできたから地面の事は分かんねぇ」


ざっくりとした方角だけは分かっていたので、こちらの大陸に来てからは適当に飛んで距離を稼いでから地上に降りるという方法で来たらしい。

ルンデンダックの西にいたのは、その距離を稼ぎすぎてルンデンダックを通り過ぎていたとの事だ。

思ったよりも南側にあったため、北を飛んでいたルーカスは気配を逃してしまったらしい。

なのでルブランには会っていないということで、フラウネールが残念そうだ。


「さすがに今から引き返して探すなんてしねぇぞ」

「ダメか」

「ダメだ、俺の仕事の範囲外だ」

「ルブランさんについてはどうですか?あのかたはラグゼルと直接取り引きしているでしょう?」

「だから範囲外だっつってんだろ。あいつらとは仕事の契約をしてるが、俺は別にあそこの所属じゃねぇ。あのおっさんと取引を決めたのはあいつらで俺じゃねぇ。向こうが専属で護衛つけてんなら、俺は手は出さねぇよ」

「なら今から俺と仕事の取引をしないか?」

「断る。あいつらとの仕事以上に優先するもんがお前にあるとは思えねぇな」


素気ない態度で断るルーカス。

必要な情報の共有は済ませたため、これ以上粘るなら出ていくぞと言い始め、さすがにフラウネールも引き際を心得ているようでそれ以上は要求しなかった。

屋敷から人を出すようだ。

コルト的には無魔の子供にルーカスを近づけたくなかったため、彼らの事は心配だったがこれはこれで良かった。


「なるほど、魔族のほうが教会の腐った奴らよりよっぽど真面目で理性的じゃないか。先に味方にしたかった」

「俺は向こうが先で正解だったな」


それにフラウネールは困ったように笑った。


「小さな話はこのくらいにしよう。今後の東はどうなると考える?壁は東を制圧するだけの力があるか?」

「力はあります。王の討伐でご一緒しましたが10人足らずで巨大な王の片腕を破壊し、魔物の群れにも時間稼ぎができていました。あちらが本気になれば、王も最小の犠牲で1日で討伐が完了すると思われます。東の制圧はやる気はないと思いますが」

「やる気はねぇだろうけど、やられっぱなしもねぇよ。王太子妃の気の強さは魔人でもそうはいねぇ、やられたら潰せくらいは言うぞ。いざとなにゃ自分で前線に出る覚悟もあるっぽいのがこえぇ」

「イリーゼ様がそれを言ったところで権限はないでしょう?そのあたりはわきまえた女性に見えましたが」

「あれは元々そういう発言を期待されて王太子妃やってんだよ、イリーゼが言えばそれに同調するヤツも絶対出てくる。あとはリンデルトが周りの意見を尊重して体でやれって言うだけだ。元々穏健派のイメージを損なわず強硬手段を取るためにイリーゼを王太子妃にしたって話だからな」

「ソルシエが王家を乗っ取ったように見えるがそれはいいのか?」


イリーゼの考えが優先されるなら、当然出る疑問だ。

だがコルトはそれを即座に否定する。


「それは大丈夫だと思います」


コルトはイリーゼが王太子妃になった時の事を思い返す。


「イリーゼ様が王太子妃になったときに、ソルシエの当主が議会での発言権とかを今の半分にするって宣言したんですよ。自分のところの娘が王太子妃になる代わりに、家自体の力を弱めて権力バランスを取ったって言われてました」

「よくそんな選択が取れたな。普通はそれにかこつけてより強い権力を手にしようとするだろ」

「それをやるとその…反逆として粛清されちゃうので……」

「あぁ、ソルシエは結局外の者だからか」

「それは今はもうあまり関係ないです、なんていうかラグゼルの貴族の家名って分野ごとの役職名なんです。実際70年くらい前にメリディーヌ家が一回粛清されてて、全部中身入れ替えられてますし」


その場の全員がもう一回言えという顔になった。

なのでもう一度、王家が怒って医療を司る家を70年前に名前だけ残して粛清したという話をする。

ハウリルはまさかと驚いた顔をした。


「仮にも医療ですよ、そんな大事なところを粛清?何を考えてるんです、よくそれで王家の支持が落ちませんね」

「あーそういや前にジルベールが粛清云々言ってたな。それでダーティンに強く出られねぇって言ってたが、それか?」


なんでルーカスがそこまで把握してるのかという不快と疑問はあるが、そうだと肯定する。

歴史に興味がないコルトだが、この件については虐殺の件で周りが嫌というほど思い返していたので自然と覚えてしまった。

元々北西の一部無魔地区にも軍が展開していたのだが、当時のメリディーヌ家が俗に言うダーティン崩しという軍縮を行った結果、軍がそこにいられなくなってしまったのだ。

今もそこに軍が駐留していれば、あそこまでの被害は出ていなかったと言われている。

王家は当時の第2王子をダーティンに婿入りさせるなどして遠回しに再三警告はしていたが、それでも止まらず世論の後押しで軍が撤退する事態になってしまった。

結局最終的に王家が証拠を揃えてメリディーヌに国家反逆罪を適用させ、6歳以下の子供以外を全て粛清することになってしまった。

普段は温厚で冗談も通じる、言論統制もなく批判をされても笑って流してきた王家の本気だった。

やりすぎという声も当然あったが、当時の貴族全てが王家を支持。

警邏なども基本的にはダーティン傘下のため、箝口令を敷いて監視すればあとは時がどうとでも解決してくれる。

メリディーヌも病理研究所の所長が新たな当主に据えられ、中身も総取っ替えで変わりなく運営されている。

国民も生活が変わらなければ簡単に忘れるもので、50年も経てば完全に過去の出来事だ。

そして3年前の大虐殺。

王家がもっと早く動いていればという声はあるものの、平時の王家の役割や第2王子を婿養子にしたということからかねがね妥当で、暴走したメリディーヌが全面的に悪いという意見が多い。


「ん?なんかおかしくないか?簡単に潰せるなら粛清せざるをえないところまでなんで王家は放置してたんだ、怠慢じゃないか?」


粛清に対する反対の声を封殺出来るだけの力がありながら、それをギリギリを超えても使わない理由が分からないとフラウネールが訝しむ。

それでコルトは平時のラグゼルの説明をしていない事に気が付いた。

今の国体は非常時体制のため、王家に全権が返された状態だ。

3年前までは王家は各貴族に各地域分野の政治について一切の権利を貸与した状態であり、基本的に政治には口を出さない。

各貴族や住民投票で選ばれた一部の議員で行う議会に議長として出席するか、または裏から各貴族の監視をするのみだ。


「あぁそれでリンデルトのやつ、愚痴ばっか吐いてたのか」


だから何故ルーカスがラグゼルの中枢の事を知っているのか。

ハウリルも愚痴の内容に興味があるらしく、面白そうに内容を問いただしている。


「やり慣れねぇのに、予兆もなく突然全権戻ってきてツライ、サボりたいってずっと愚痴ってたぞ」

「いつも飄々としてましたが、やっぱり裏では愚痴を言うんですね」

「寧ろ愚痴ばっかだぞアイツ」

「おやっ、ずいぶん気安い仲のようですね。あなたはアシュバートさんのほうが近いと思っていましたが、実は殿下のほうが仲が良かったりしますか?」

「………」


それにはルーカスは答えなかった。

視線を逸らし聞くなと顔が言っているが、部外者が中枢に食い込んでいる理由をぜひともキリキリ吐いて欲しい。

コルトはルーカスをハウリルと挟む位置に移動すると、アンリも面白がってさらに包囲をするように動いた。

それでルーカスも観念したようだ、両手を即座に上げる。


「大した事じゃねぇよ、毎日仕事で参ってそうだったから娯楽区で自作アイドルTシャツを作るキットを買ってやったんだが、その、なんだ……リンデルトは喜んでたんだがな…印刷された本人が気に食わなかったらしくてな、2人で正座で説教された仲だ」


それを聞いてコルト以外の3人は頭に疑問符が浮かんでいたが、コルトは大体を察してしまった。

自作のアイドルTシャツとはいうが、要は好きな写真をTシャツにプリントできるキットのことだろう。

殿下に正座させて説教させられる人物といえば王様か王妃様、あとはイリーゼ様くらいなので、その3人の中ならおそらくイリーゼ様だろう。

確かにあの性格なら自分の顔が大判プリントされたTシャツを殿下が着ていたら激怒するのは想像しやすい。

というか、なんでルーカスはそんなものを買って殿下に渡そうと思ったのか、冷たい目でみてしまう。


「何をあなたが買ったのかはよく分かりませんが、コルトさんの顔を見る限り碌なものは買ってなさそうですね。この話はこれで終わりにしましょう。それで、ラグゼルが東を制圧するか否かの話でいいでしょうか?」

「それでいい。話を聞く限りは、こちらから仕掛けたら必ずやるってことでいいか?」

「彼らはもう逃げ場がありませんからね、東の教会戦力はもう削れているでしょうし、動きがあれば先に制圧するくらいは考えるかもしれません」

「港が機能していないのが幸いだな。こちらに情報が来ないなら、欲に眩んだ他の枢機卿がくだらん事を考えないだろう。時間の問題だとは思うが、その間にこちらで向こうの教会残党の主導権を握っておきたいな。シュルツ、人員を選別しておけ」

「あとはその虐殺の影響でそれが出来るだけの体力があるかですが」


コルトはしばらくうーんと考えた。

当初問題になった食料問題は、国が備蓄していたためあと1年は持つはずだ。

汚染問題もシュリアが現れたため、当初よりもかなり早く復興が進む予想が出ている。

実際南部の魔力持ちが住む地域では、ほぼ以前と変わらない生活に戻りつつある。

見通しが立ってないのは食料問題からくる出生制限くらいだ。

だがそれらはあくまで国内のみを視野に入れて計算されたもので、外の事は全く考えていない。

改めて外でも活動をするなら、コルトには全く分からなかった。


「ごめんなさい、僕には分からないです」

「謝る事はない。ある意味弱点のような情報を君が知らなくてもおかしくはない。そうなるとどのくらいの戦力を持っているかも君は知らないな」

「はい、どんな武器を使ってるかは知ってますけど……それ以外はあまり」

「そのどんな武器かというのも、全部ではないだろうね」

「寧ろその辺りはルーカスのほうが知ってたりしませんか?」

「知るわけねぇだろ」

「コルトくんよりは武力のトップとの個人的な付き合いが長そうに見えますが」

「たかが2年程度で全部晒すほど馬鹿じゃねぇだろ。それよりこの後どうすんだよ」


自分が合流したのだから、もうこの街にいる必要はないだろと言いたいらしい。

魔族は気楽でいい。

共族社会が大きな転換期に入ろうとしているのに、そんなもんは知らんと言わんばかりだ。

だがアンリも理由は違うがそれに同調した。


「私も早く出たい。ここの奴ら、私ら見てあからさまに嫌な目を向けてくんだよ」


魔力が少ないため街中で侮蔑の目を向けられたり、ヒソヒソと噂されるのが嫌らしい。

コルトは建物ばかり見ていたので全く気付かなかった。


「それにまた誘拐されたくないし、誘拐してんのも私らみたいに教会も向こうに行こうとしてるからだろ?なら急いだほうがいいんじゃないか」

「そうですね。道が繋がっているのは確かなので、もし埋まっているのが手前だけだった場合、あっという間に開通してしまうかもしれません」


なら急いだほうがいいという空気が流れた。

その時だ。

ルーカスが扉のほうを険しい顔で注視して何か来たなと呟くと、しばらくして廊下を駆けこちらに近づく足音とそれを止める声が聞こえてきた。

そしてみなの視線がそちらに向かうと同時に執務室の扉が勢いよく開いた。


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