第83話
コルトは全身の痛みで意識が浮上した。
小一時間程殴られ蹴られ続けたコルトは、途中で意識を失ってしまったのだ。
ようやく意識が戻るくらいには回復したが、これならもう少し寝ていたいとも思ってしまう。
顔以外がとにかく痛かった。
──全身痛いけど、動かして中が痛いって事はないから骨は平気かなぁ?
ここに連れてこられてからどのくらい経っただろうか。
窓がないので時間の推測が出来ない。
こんな状況でもお腹は空くらしく、それを考えると夜半を回っているかもしれない。
──アンリは大丈夫かな、ちゃんと帰ったかな。悪いことしちゃったなぁ。
もしまだ帰っていないのであれば心配だ。
アンリまで帰らなかったらハウリルも心配する。
きっと屋敷中で騒ぎになる。
──ここの人達も限界が近そうだし、彼らの言い方的に多分すでに死んじゃった人が出てる。……早くなんとかしないと。
コルトは全身の痛みに耐えながらも、なんとか起き上がろうとするが、そこまでの体力が残って無かった。
上半身を起こすだけで体力の限界だ、起き上がってはすぐに倒れ込んでしまった。
動いた事で周りもコルトが起きたことに気が付いたらしい。
「よく…悲鳴もあげずに……耐えたじゃないか」
「あなたたちに比べたら……」
「……さすがに…暴力はされて…ない……。それより……」
フラウネール枢機卿の身分証を持っていたのは本当なのかと聞かれた。
本当だと答え、今は屋敷でお世話になってる事も伝えるとにわかに色めきだった。
そこまで親しい人物なら間違いなく捜索が行われ、自分たちも一緒に助かるのではないかという希望だ。
問題は自分を見つける事が出来るかどうかだ。
こんな場所では助けも呼べない。
──チャンスがあるとすれば、彼らが僕を移動させる時だ。その時になったら……。
彼らを攻撃する。
それを考えた瞬間、コルトは背中がゾクッと冷えるのを感じた。
初めて自らの意志で他人を攻撃すると考えた。
踏み越えてはいけない一線を踏み越えた気分だ。
だがそれをしなければここにいる人達を助ける事が出来ない。
──やらなきゃ、僕がやらなきゃこの人達が死んじゃう。それは嫌だ。
やりたくない。
本当はやりたくない。
都合よくアンリやハウリルが助けに来てくれないかと思っている。
でもここで自分がやらなければ彼らが死ぬ可能性は高い。
コルトは心臓が早鐘を打つのを感じながら、その時が来るまで眠りにつくのだった。
どのくらい眠っていただろうか。
コルトは外が騒がしくなった音で目が覚めた。
大分体の痛みが引いており、少し体力も回復したので頑張って起き上がると、周囲の人達も扉のほうを注視しているのが視界に入った。
「おっおいっ!お前らも上に来い!!」
「うるさいぞ、何が起きた!」
「嘘みたいに強いやつがこっちに向かってる!!こっちの攻撃が全く当たらない、お前らも手伝え!」
「ちっ、ここの見張りはどうすんだよ」
「あれに入られたら見張りなんて意味ないぞ!」
見張りの男らは舌打ちすると、ドタドタという音と共に扉の前からいなくなった。
──誰だろう。嘘みたいに強いやつ…、まさかフラウネールさんが!?いやっでも、それだと最初に分かるはず。
だがそれが誰だろうと、見張りがいなくなったのは僥倖だ。
コルトはなんとか立ち上がると、扉に向かって体当たりをした。
声が聞こえる程の薄い扉ですぐ壊せると思ったがそうでも無かったらしい。
薄いだけで作り自体はしっかりしていたようだ。
だから何度も何度も体当たりをした。
その時だ。
外で男の悲鳴と共に何かが転がり落ちてきてぶつかる音がすると、しばらくして聞き慣れた声が帰ってきた。
「コルトいるか!?」
これほど聞きたかった声はない、アンリだ。
「アンリ!ごめん!捕まっちゃった!」
「良かった、無事だったか!待ってろ今助けてやる、10数える、扉から離れろ」
すぐさまカウントが始まり慌てて扉から離れると、終了と同時に扉から斧の刃先が生えて、見事にぶち破られた。
現れたのは当然アンリだ。
後ろの足元では男が血を流して倒れている、死んでいるようだ。
アンリは部屋の中を見渡しながら入ってくると、他に捕まってる人を見て驚いている。
「こんなに捕まってたのか!?」
アンリは急いでコルトに駆け寄ると、縄に手をかけた。
「今解いてやる、ちょっと待ってろ……ってかったいなこれ!?」
「アラクネの糸なんだってこれ」
「アラクネ!?一番硬いやつじゃん!!」
アンリはグギギと苦々しく歯を剥き出しにして怒った。
そんなにアンリに自分よりも先に捕まってた人達を優先してくれないかと言うと、今にも噛み付かんばかりの形相になったが、フゥーフゥーと何度か深呼吸すると。
お前はそういうヤツだな、といい拒否された。
動けるヤツを先に解いて手伝えと言われる。
確かにそれはそうだ。
なので大人しくアンリが解いてくれると待っていると、視界の隅に何かが映った。
剣を振り上げた男だ。
「アンリ、後ろ!」
言うが早いか、アンリは素早く振り向いて剣を受け止める。
「クソガキが……表の男は囮か!」
「あぁそうだよ!アイツが引きつけてる間にって思ったんだけど、そう上手くいかないな」
男は怪我をしているらしく、頭部からは血を流し、服にも血が滲んでいる。
だが押されているのはアンリだった。
下側の不利な体勢。
なによりも魔力の差が歴然なため、力では圧倒的に劣っている。
体勢を維持するので精一杯で、魔法を使う余裕もないようだ。
男はアンリに余裕がない事を見透かすと、口角を上げた。
「はっ!あっさり受け止められて多少はやるのかと思ったが、ビビらせやがって。やっぱり魔力が少ない奴はどうしようもねぇな!」
男は左手を掲げると、掌から風の渦が生まれ始めた。
それはドンドン大きくなり、部屋の中だというのに風が吹き荒れ始める。
──どうしよう、どうしよう!このままだとアンリが!
そして。
「死ねぇ!!」
魔法が放たれコルトがアンリの名前を叫ぼうとしたその瞬間、男が掲げた左手ごと頭部が消え失せた。
同時に放たれたはずの魔法も打ち消され、そして次に男の心臓部から剣が生えるとそのまま乱雑に投げられ、勢いよく壁に打ち付けられる。
深々と壁に刺さった剣。
壁一面が血飛沫で赤く染まる。
さらに男の体が燃え始めた。
そして男の代わりに立っていたのは、日中探していた忌々しい顔だ。
その顔を見てアンリがホッとため息をつく。
「あっぶねぇ!間一髪、助かった!」
「漏らして悪ぃな」
「いやっ、私もコルトを確認したらお前を待てば良かった」
ルーカスが部屋を見渡して人数の多さにめんどくせぇなとこぼし、コルトを縛っている縄のそばにしゃがんだ。
アンリが硬いと手間取ったアラクネの糸に指を当て、そこからあっさりと切断されていく。
コルトは動かず受け入れながらふと視線を動かすと、黒焦げた男の生首が視界に入った。
首を落とし、胴体を突き刺し、さらにご丁寧に燃やしたのだ。
コルトは背筋が凍った。
──魔族が共族を殺した、こんな残酷な方法で念入りに殺した。
再び壁に目をやると、黒焦げた体に剣が突き刺さり、真っ赤に染まった壁にオブジェのようになっている。
コルトは沸々と怒りがこみ上げてきた。
魔族が共族を殺した。
残酷に一切の躊躇もなく、さらに不必要に過剰に体を損壊して殺したのだ。
コルトは縄が解けると怒りに任せてルーカスに掴みかかった。
「お前!!なんで殺したんだ!!」
ルーカスはめんどくさそうにコルトを一瞥すると、アンリに視線をやる。
その態度も気に食わなかった。
「なんで殺したって聞いてるんだよ!こんな残酷なやり方で、他に方法があっただろ!」
さらに詰め寄ると、アンリがコルトの腕を掴んで引き剥がし自分のほうに向かせると、思いっきり平手打ちをした。
「お前何言ってんだ!こいつが来なけりゃお前もここにいるやつもそのまま行方知れずだし、私だってあのまま殺されてたかもしれないんだぞ!」
アンリの正論に我に返り、何も言い返せずうっとなる。
だが相変わらず心が怒っていた。
「……でも、でも首を落とすだけで十分じゃないか、こんなのは過剰だ」
首を落とせば人は死ぬ。
それなのに、心臓をキッチリ潰して燃やす念の入れ用は過剰に思える。
「俺はお前らがどのくらいで死ぬのか知らねぇよ」
その言葉に顔を上げる。
ジッとコルトを見下ろしているが、なんでそんな当たり前のことを聞くのか分からない。
「首を落とせば確実に死ぬんだな」
確認するような声音だった。
「当たり前だろ」
「そうか。……アンリ、そいつを上に連れてけ、俺は残りの奴らを運ぶ」
「分かった。コルト行くぞ」
まだ文句を言いたかったが、アンリに睨まれる。
自力で歩こうとしたがふらついてしまい、肩を貸してくれた。
支えてもらいながら外に出ると、夜空が広がっていた。
地下にいたからか、乾燥した空気が気持ちよかった。
「ご無事でしたか!」
駆け寄ってきたのは昼間会ったアーク商会の人だ。
ここに来る前にアーク商会からハウリルに連絡を入れてもらったらしい。
ハウリルが表立って動くと色々と面倒だとのことで、代わりにアーク商会が様子を見に来たようだ。
「下にまだ捕まってるヤツらが数人いる」
「分かりました。一先ずこちらで一晩は預かりましょう、それ以降については……」
「ハウリルに言ってなるべく早く引き上げてもらうようにする」
アーク商会員はそれを聞いてホッと息を吐いた。
そして出てきた建物の壁に寄り掛かるようにして座らせてもらうと、そこで視界に入ってきたのは人間と思しき死体の山だった。
アンリはそれを嫌そうな顔をしながら、武器を引っ掛けて引きずると一人一人建物の中に放り投げていく。
「この人達全部アイツが殺したの?」
「それ以外に無いだろ。これになんか言うの無しな、お前のどっちの味方か分かんない主張はもう聞きたくない」
「…………味方……」
「味方っていうか、仲間だな。種族は違っても目的が同じ仲間だ。どっから来たやつでもさ、目的が同じなら仲間だって思いたい」
死体を運び終えたアンリは真剣な目でそう言った。
「いい加減言い飽きたしお前もぜんっぜん変わらないから半分諦めてるけど、種族が違うからってだけで、私達に害のある奴の味方すんなよ。これだけは絶対に守れよな」
コルトはそれには答えなかった。
ただ無言で頷くだけだ。
自分だってどうしてみんながそんなに魔族を信用するのか分からない。
目的にはルーカスの存在は現状外せないものとなっている。
それは分かる。
でも裏切らないという保証も無い。
魔族なのだ。
いつ気が変わって自分達を攻撃してくるか分からない。
その時きっと自分たちは為す術もなく殺されるだろう。
そうなってからでは遅いのだ。
──何が目的かは知らないけど、いざって時のために僕だけは絶対に騙されないぞ。
共族の未来を守るためにも、魔族にこれ以上共族社会への介入を許すわけにはいかない。
コルトは地面を見つめ、誰にも見られない決意を新たにしたのだった。




