第82話
「男女で歩いてるからってカップルとは限らないだろ!?」
ファルゴと別れてからしばし、アンリは激怒しながら言った。
本当はテンション的に絶叫したいのだろうが、街中なのでそれも出来ない。
「そんなに怒らないでよ、外からそう見えたんならしょうがないじゃないか」
「お前だってその気のないヤツとどうこう言われたら嫌だろ!?」
それにコルトはうーんと唸った。
肯定し難い。
基本的に人が嫌いという事はないが、恋愛やら性愛やらがよく分からない。
学校で男女二人きりになった事が無いかと言われたらあると答えるが、如何せんコルトがそういった類に突き抜けた無反応なせいで最近はそういうからかいすら言われなくなってしまった。
なので相手によっては嫌がるのは経験としては分かるが、コルト自信には実感が無かった。
コルトのそのなんとも微妙な反応に、アンリは半目になってからお前はそういう奴だったなとため息を付いた。
「やめやめ、この話やめ!……次はどこいくか決めようぜ」
「うーん、どうしようか。商業区にはいないと思うんだよね」
これだけ人のいる場所でさっぱり話を聞かないとなれば、ここにはいないのではないかとコルトは思った。
アンリは逆に人が多いから情報が拾いきれてないんじゃないかという考えのようだ。
だがコルトは人混みに目を向けてこの中から探すの?と視線で問うと、アンリも無いな…とつぶやいた。
なのでとりあえず、商業区と討伐員の区画のギリギリの辺で聞き込みをしてみようという事になった。
中心の塔と城壁を見て方向を確認しながら進んでいくと、討伐員の区画に近づくほどに人が少なくなっていく。
コルトは少し不安になってきた。
アンリも武器に手をやって少し警戒している。
なのでそろそろいいだろうと適当に近くにあった露天に聞き込みをする事にした。
「なぁ、おっちゃん、ちょっといいか?」
お世辞にもあまり質が良いとは言えない魔物の毛皮を売っている露天商にアンリが声をかけ
、コルトはその後ろに立って周囲の様子を見る。
露天商は2人に目をやると、客では無さそうな気配を感じたのか、露骨に嫌悪を表した。
アンリは無言で小銭を取り出して露天商に差し出す。
すると露天商が話を聞いてくれる雰囲気になった。
「人を探してるんだ、赤髪の背の高い男を知らないか?大男って感じじゃなくて、普通にちょっと鍛えた若い兄ちゃんって感じのやつなんだけど」
露天商はおっ?と何かを知っている素振りを見せた。
アンリはさらに外見について詳細を話していく。
──ここはアンリに任せて良さそう。なら僕はあっちの人にも聞いてみようかな。
コルトは少し離れた別の露天商に声をかけるべく、足を踏み出した。
そして5歩程歩いたときだ。
突然すぐ横の扉が開き、手が伸びてきた。
──えっ?
気が付いたときには口を塞がれ薄暗い家の中に引きずり込まれている。
──なになになになに!?どうなったの、何が起きた!?
突然の事に何が起きたのか分からないが、間違いなく良くない状況だ。
コルトは魔力を全身に巡らせて体を強化したが、どうやら相手は複数人のようで、コルト程度の魔力と肉体では勝てなかった。
そして叫ぶ間もなく猿轡と後ろ手に手足を縛られ、抵抗できない状態にされると、入ってきた扉とは逆にある裏口からどこかに運ばれた。
一方アンリは露天商から当たりっぽい男の情報を聞いて気分が上がっていた。
なんでも一週間くらい前から見慣れない背の高い男がいるらしい。
特に暴力的なわけでも何かするわけでもないが、威圧感のある雰囲気なので声をかけるものはいない。
アンリがどの辺りにいるかと聞くと、特に決まった場所は無いが討伐員の区画での目撃情報が多いらしい。
大体座り込んで頭を抱えている事が多いという話もある。
──ハウリルの予想が当たったか?
紛れて探せないと予想をしていたが、座り込むほどとは重症だ。
早く合流したほうがいいだろう。
アンリは露天商に追加の小銭を渡すと、今の情報をコルトに伝えるべく振り返った。
だが、そこには誰もいなかった。
コルトは自分が誘拐された事を理解したが、何も出来ず薄暗い地下室に寝転んでいた。
周囲には同じ様に誘拐されたと思われる人達が、沈んだ様子で同じように寝転んだり座ったりしている。
──どうしよう、やっちゃった。アンリから離れるんじゃなかった。
今更後悔したところで意味がないのだが、今はただ懺悔の気持ちでいっぱいだった。
猿轡は外されたようだが、まだ手足は縛られたままだ。
どうにかして手足の縄をほどいて脱出できないかと魔法を手足で発動させてみたが、ただ自分が痛いだけで縄はびくともしなかった。
「やめな、アラクネの糸で、できた縄だ、そのていどで焼けない、むだに体力をつかうだけだ」
声のほうに顔を向けると、壁にもたれ掛かりやつれ始めた女が虚ろな目をこちらに向けていた。
「あなたは…」
「わたし?それより、じぶんのことをしんぱいしな…よ」
女は大分状態がよろしくないらしい。
顔面蒼白で息も絶え絶えという感じでなんとか喋っている。
──どうしよう、どうしよう!他の人達も大分弱ってる、このままだとみんな死んじゃう!
この人達の様子を見るに、昨日今日で捕らえられたという感じではない。
みな痩せ始めており、まともに動ける者がいない。
ここに入れられて数日は経っているように見える
コルトは身を捩って周囲を見渡した。
こういった地下室には通風孔があるものだが、残念ながらこの部屋にそんなものは無かった。
──安全のために通風孔くらい作っといて欲しいな。
仕方なく芋虫のようにしてこの部屋唯一の扉まで行くと、外の音が聞こえないか耳を押し当てた。
木製の扉で思ったよりも薄いらしい、外の音が十分に聞き取れた。
(……つら……までここに置いとく気だ?死体片付けるこっちの身にもなれよ)
──死体!?
いきなり死体という単語が出てきて同様するが、どうやら見張りとして最低2人は扉の前にいるらしい。
さらに詳しく聞くべく耳をそばだてる。
(何人かもう限界だろ)
(取引で揉めてるって話だ、まだ時間はかかるだろ)
それから2人は少し何か愚痴をこぼして会話が途切れるが、しばらくすると上のほうから掛けてくる足音が聞こえてきた。
扉から少し離れるか考えていると、耳をつけなくても聞こえる大声とその内容に心臓が跳ね上がる。
(おいっ!さっきとらえたガキ、フラウネール枢機卿の身分証持ってやがったぞ!)
(ウソつけ。あんな魔力の薄いガキが持ってるわけねぇだろ、偽造じゃねぇか?)
(嘘じゃねぇよ、本当なんだって!俺もフラウネール枢機卿の紋が入ってるのをしっかり見た、あんなレア物、偽造するほうが馬鹿だろ)
(じゃあどうすんだよ!もう捕らえちまったぞ、ここで逃したらチクられて俺らが捕まるぞ)
(クソッ!なんでもっとよく確認しなかった!)
(ふざけんじゃねぇ、あのガキって決めた時にお前も文句はなかっただろ!)
完全に仲間割れを始めていた。
そしてガサッという音で後ろを振り向くと、捕まっている人達の視線がコルトに集まっていた。
あれだけの大声だ。
当然この部屋にいる全員が聞いており、外の誘拐犯が言う条件に当てはまる者と言えばコルトしかいない。
彼らの問いかけるような視線に、ウッとなりながらもコルトはアハハと困ったような曖昧な笑みを浮かべた。
すると俄に彼らは色めきだつ。
上手く取り入れば自分も助かるかもしれない。
そんな希望を彼らは抱いた。
だが困るのはコルトだ。
そんなものを抱かれたところでコルトには何も出来ない。
アンリが突然いなくなった自分を探さないって事はないと思いたいが、アンリがここを見つけられるとは思えない。
本当に何も残せずに誘拐されてしまったのだ。
だが外からその希望を打ち砕くような声が響いてきた。
(クソックソックソッ、俺は知らねぇ!さっさと取引を進めろ、何も知らなかった事にして売り払っちまえ!身分証も焼き捨てちまえは問題ねぇ!)
(ちっ、ならあのガキちょっと痛めつけておけ。綺麗なままだと時間の誤魔化しができねぇ)
(なら俺にやらせろ、いつまでもこんな薄暗いところで見張りなんてさせられて鬱憤が溜まってんだ)
(顔は避けろ、あと動けなくなるまでやるなよ。商品価値がなくなる)
コルトは短い悲鳴を上げた。
離れる間もなく勢いよく開いた扉に顔面を打ち付けられ床に倒れ込む。
そして倒れた顔の目の前に男の靴が現れ、恐る恐る顔を上げると小汚い男が黄色い歯を剥き出しにして拳をパキパキと鳴らしながら立っていた。
──せめて数日で治る程度にしてほしいなぁ。
そんな事を考えながら、コルトはしばらく殴られ蹴られ続けた。
 




