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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第1章
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第8話

村は大騒ぎだった。

司祭さま、それか助祭さまでも来てくれたら嬉しいくらいに思っていたところに、まさかの司教、それも聞けば総本山所属と言うではないか。

そんな人物がなんで東の端にいるんだと思ったら、2年前の戦いの慰霊と、以降のこちらの生活がちゃんと成り立っているかの確認に来たらしい。

そろそろ日が沈むというのに、村人は感激して大急ぎで宴の準備を始めている。

ノーランなんかは大泣きしてココがずっと宥めていた。

さらに空き家も1件村人が大急ぎで整えている。

はじめはコルトたちが良ければ一緒でいいと言っていたが、当然お断りだし、村人たちも反対したので急遽もう一件片付けることになったのだ。

何か手伝えないかと聞いてみたが、勝手を知らないよそ者は邪魔になるだけだとやんわり言われてしまったので、今はこうして自分達の借家の前で座って村人たちを観察している。


「周りが忙しそうにしてるのに、自分達だけ何もしないで見てるのってなんか気が引けるね」

「そうか?邪魔になるだけだし気にすることねぇだろ」

「それはそうなんだけど、気分の問題だよ」


しばらくぼぉっとかがり火を眺めていると、騒ぎの中心人物であるハウリルが近寄って来た。


「なんだか騒がしいことになってしまい、申し訳ないです。お二人はいつまでこの村に?」

「ココさんの出産まではいるつもりです。そのあとは西に行こうかなって」

「おやっ、南には行かないのですか?」

「南ですか?」

「そうです。南であれば魔物が多いのでもっと稼げるでしょう?」

「うーん…」

「こっち側に出る魔物なんて西に比べたら雑魚だろ。稼ぐなら西だろ」

「西南が一番勢力が強いことをご存じでしたか」

「……まぁな」


それは初めて聞いた。

南側であれば満遍なく魔物がいるのかと思ったら東西で変わるのか。


「なるほど、では方向が一緒ですね。ご一緒しましょう」

「なんでだよ」


思わずハウリルに同意しかけたが、それよりも早くルーカスが口をひらいた。

ここは全てルーカスに任せたほうがいいだろう、コルトの場合どんなうっかりをするか分からない。


「珍しいですね、というより初めてです。わたしと方向が一緒と分かると大体みなさん共に来たがると言うのに。まさかこちらからの提案を断られるとは思いませんでした」

「それは悪かったな。だが、俺らには俺らのペースってものがある。他人に崩されたくない」

「そういう理由ですか」

「それより、あんたは狼について聞きたくてここまで来たんだろ」

「わたしとしたことがうっかりしていました。そうです、魔狼の巣穴をどうやって一日で見つけたのですか?」

「…勘だ」

「自分で話を振っておいてそれは無いでしょう」


思わずそうだそうだと言ってしまいそうになった。

そんなことを言えばあとで絶対怒られる。


「間違ってねぇよ。もともとあの嬢ちゃんが場所は見つけてたんだ。んで、俺らは巣穴に一番近い街道から森に入った。親を殺したあと嬢ちゃんとは別れたが、大体の方向さえ分かってりゃ楽な仕事だ。だから勘だ」

「なるほど、詳細はアンリさんに聞いたほうが良さそうですね」

「そうだ。俺から言えることはこれ以上はねぇよ」


ルーカスは話は終わりだとシッシッと手を払っている。

だがハウリルのほうは動く気が無いどころかにこにこと隣に座ってきた。

地べたに座ったら服が汚れると思うのだが、その前にささやかな風が吹いた。

すこし驚くとハウリルが地面に小さな風の渦が出来ているのを見せてくれた。

風のクッションといったところか。

馬車の揺れも心配だったが、村についたときにケツが!と嘆くルーカスに対して涼しい顔をしていた理由に納得がいった。

体からの放出しか出来ないはずの魔法を随分と高度に使いこなしているらしい。

ルーカスもちょっと驚いている。


「魔術は見たことありませんか?」

「マジュツ?魔法とは違うんですか?」

「発動原理が違います。修得に時間が掛かるのと扱いが難しいので、基本的に司教以上または上級討伐員以外には教えていません。修得出来れば己を基点に放出する魔法とは違い、発動地点を選べたりします」


こちら側には便利なものがあるようだ。

隣から興味を抱いている気配が伝わるが、頼んでも教えてはもらえないだろう。

それからしばらく3人は無言で村人を眺めていた。

慌ただしくあちこちから怒声に近い声が響いている、終わるのにはまだまだ時間が掛かりそうだ。


「あなたたちは……壁の悪魔についてどう思っているのですか?」

「質問が唐突だな」

「そうでもないです。ここより先は悪魔との紛争地域です。教会が集めた兵以外は立ち入らないように管理されています。なのでわざわざこんなところに来たからには、悪魔に何か特別な思いがあるのではと思ったのです」


特別も何も自分達はそこから来た人間だ。

コルトは居心地が悪くなったので、下を向きルーカスに全てを任せる事にした。

思った通り、対応してくれるようだ。


「俺らがよそから来たことに確信があるみてぇじゃねぇか」

「この辺りの強い方たちは軒並み2年前に徴兵されたと聞いています。あなたほどの者がそれから漏れるとは思えません。であれば、最近よそから来たと考えるのが自然でしょう」

「それもそうだな」

「それに私は教会の者ですから、みなの安全を守らなくてなりません」

「俺らが悪魔関係者か疑ってるって事か。安心しろ、変なことは考えてねぇよ」

「無いのにわざわざここまで?」

「自分で見てねぇものに憎悪を抱けって言われても無理だ。だから確かめにきたんだよ。憎悪を抱くに相応しい相手かどうかをな」

「面白い考え方ですね。結果はどうでしたか?」

「見てねぇから分かんねぇな」


淀みなくルーカスは答えているが、心臓がバクバクする。

聞こえてないか不安で仕方が無かった。


「最近は小康状態ですからね。それで、コルトさんはどうですか?」

「ひゃっ、ひゃい!?ぼっ、ぼっ、僕ですか!?」


まさか振られるとは思っていなかった。

完全に不意打ちだったので噛みっ噛みである、怪しさ満点だ。

間違いなくあとで怒られる。


「えぇと、僕はその……」


悪魔と呼ばれた両親や友人の顔を思い出す。

両親は生まれてからずっと一人息子のコルトを大事にしてくれたし、学校に入ってからもちょくちょく帰っては色々とご馳走を作って出迎えてくれた。

壁の外に行くと決めたとき、とても怒られていっぱい泣かれてしまった。

それでも外に出る時にずっとずっと見えなくなる最後まで見送ってくれた。

友人たちには何も言わずに出てきてしまったが、流行りものについて議論してそのままケンカしたり、一緒に勉強して将来を語ったり、時には一緒に抜け出して劇場を観に行って怒られたりした。


──僕の両親も友人も悪魔なんかじゃない、悪魔なんていない。


「僕も、悪魔はみていないので分かりません」

「……分かりました」


悪魔なんかじゃない。

彼らは人間だ、同じ人間だ。

中にいたころは自分達がなんて呼ばれているか知らなかった。

でも、化け物と悪魔と呼ばれていることを知ってしまった。

この状況を変えたい、変えなきゃいけない。

だから自分はこの仕事を全うしなくて。

そして帰りたい、また彼らの顔を見たい。笑ってる顔が見たい。


「……大丈夫ですか?」


固まってしまったコルトを心配したハウリルが話しかけてきた。

だが頭がいっぱいでそれどころではない。


「あーー、ここ数日あんまり寝れてないんだ。ベッドが硬くてな、お前も覚悟しろよ」

「それはいけません、寝不足は万病の元です。ご忠告にも感謝致します」


ほらっ、入るぞと腕を掴んで引っ張り上げられ、そのまま借家の中に押し込まれた。

イスの上に無理やり座らされ、しばらくすると目の前に白湯が置かれる。

ルーカスもイスに座ると、コルトに向き合った。


「何考えてるか知らねぇが、怪しまれるようなことはするなって言ってるだろ」

「……分かってる。でも、みんなの事を思い出したんだ」

「ラグゼルのやつらか?」

「うん……。悪魔って呼ばれてることを思ったらさ、なんかこう……胸が熱くなった」

「自分の親兄弟や友人を悪く言われて怒らねぇやつはいねぇよ、心配すんな」

「うん…うん……。分かってる、でも僕、悪魔って呼ばれることが嫌だなって思ったんだ」

「アンリに言われたときには思わなかったのか」

「それは…その、アンリの剣幕に気圧されちゃって……。でも改めて冷静に考えたら嫌だなって思ったんだ、だから止めさせるためにも教会をなんとかしなくちゃって」

「仕事にやる気が出たのは良い事だ」


ルーカスは立ち上がるとまた外に出るようだ。

だが扉に手をかけようとして振り返る。


「お前はもう寝ろ。司教さまとやらの歓迎会には俺が適当な理由付けといてやるよ」


了承の意を示すとルーカスは出ていった。

静かな空間に一人残ったコルトはコップを手に取り、温かさを感じ取る。

どうして…、という言葉がずっと頭の中をグルグルしている。

捨てられなかっただけだ。

元から持っていたものを捨てられなかっただけで、それだけの理由でご先祖さまたちは生きることを否定され、逃げて逃げてやっとの思いで東の地までやってきた。

元はみんな一緒に暮らしていたのに、たった1つの考え方の違いだけで、それだけで殺し合うことになってしまった。

今それを共有出来るのが、それを引き起こした原因の魔族の男一人という事実が、その男に頼らないとどうしようもないという事実が、悔しくて、寂しかった。


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