第79話
試験当日。
コルトはハウリルと共にアンリを応援するために、受験者たちの集合場所まで同行していた。
他の受験者たちの他に推薦人の司教もいるが、なぜか中級以上の討伐員もちらほらと数人いた。
理由を聞いてみると、試験期間は日暮れまでで、それ以上は失敗扱い。
魔物を放置するわけにもいかないので、残党狩り要員として中級討伐員も駆り出されているらしい。
コルトはざっと他の受験者たちを見渡す。
みんなどう見ても成人済みの男性ばかりで、どの人も鍛えられた体にどこかしら傷を持ちみるからに強そうだ。
この中でと小柄で最年少で唯一の女の子であるアンリはかなり目立った。
さらに推薦人が教会の中でも色々と噂されるハウリルというのが、協会関係者の間でも注目される理由になっていた。
「視線がウザい」
「我慢してください、どうにもできません。さらに残念なお知らせとして、彼らと協力して討伐をしてもらうことになります」
「うげっ、マジかよ」
「中級以上は他の者との連携も求められますので、場を乱すような人はいらないんですよ」
めんどくさっ!とアンリが文句を零しげんなりしているが、コルトにもこの状況に対して気の利いた言葉が浮かばなかった。
そして時間になると、何の説明もないまま出発すると号令がかかり、アンリは最後尾から集団についていった。
それを手を振りながら見送る。
「……試験について何も説明がなかったんですけど?」
「ありません。実はこれ、裏でわたしたち推薦人の素行も見られているので」
「どういう事ですか?」
「きちんと秘匿情報を隠せているかと、それ以外の情報伝達が出来ているかを見られています」
「意味あるんですか?」
「さぁ?慣例なのでやってるだけですし」
「……アンリ、大丈夫かなぁ」
「大丈夫でしょう。アンリさんはそこらの下手な討伐員よりは修羅場をくぐってると思いますよ」
このあとコルト達は一応この場で待機になっている。
裏から不正が出来ないように、推薦人達は試験官の監視下だ。
監視下とは言え時間があるので、コルトはアンリの母親についてハウリルに調べられないか聞いてみることにした。
「勝手に調べるのはどうかなって思ったんですけど、どうしても気になって……」
「そうですね。あまり他人の事情に踏み込むのはどうかと思いますが……。それでアンリさんにケチつけられたら困りますしねぇ。反論材料くらいは欲しいですね」
「アンリを疑うんですか?」
「人に言えない事情ということは、こちらで何か問題を起こしたか巻き込まれたかが考えられます。もし起した側であれば、何もしてなくてもアンリさんが娘であるとバレたときに何かイチャモンをつけられるのではないかと思うのです」
「……アンリが生まれる前のことなのに?」
「他人を責めることに快感を覚える人間って本人が無自覚だろうと結構いるんですよ。責められる側が預かり知らぬことでもね。それに、隙きあらばわたしを攻めようとする人間の多さを侮ってはいけませんよ」
なぜか誇らしげだが、誇れることではないと思うと半目になってしまう。
だがとりあえずアンリの母親については調べてくれるようだ。
「あと気が付いていないのが不思議ですが、あなたも同様に注目されていますよ」
「えっ!?」
驚いて周囲を見ると、何人か慌てて視線を反らす人が目に入った。
ハウリルが連れてきたという条件ならコルトも当然当てはまる。
「今更なので謝りませんが、一人にならないように気を付けてください。さすがに守れませんから」
「……なんとかしようとは思わないんですか?」
「なんとかしたいと思ったときには力がなく、なんとか出来そうになったときにはもうどうでも良くなってたんです。まさかわたしが他人と行動をともにするとは思わなかったもので」
「お兄さんに相談はしなかったんですか?」
「わたしが8のときに両親が事故死しまして、それから全ての面倒を兄がみてくれたんです。ただでさえその力で色々と期待されて忙しかった兄に、周りから嫌がらせを受けてるからどうにかしてくれなんて言えませんよ」
両親は元々自分に興味がなかった、ただ給餌のように食事が用意されるだけだった。
そして他に頼れる人がいなかった。
だからそのまま何も出来ず、気が付いたら色々とどうでも良くなっていた。
表面だけ愛想を振りまいておけば、それでギリギリ兄に迷惑を掛けない程度の社会性だけは保てた。
「あなたたちに迷惑を掛けているので、あまり良くないことだとは思ってはいるんです。でもどうしたらいいか分からないですし、どうせすぐまたここを出ると思うとね」
「それってただの問題の先延ばしじゃないですか?」
ハウリルは曖昧に笑った。
「そうですね。でもわたしはそう遠くはないと思っています」
すでに東に布石は打たれ、動き始めている。
あれは確実に混乱を呼び起こす。
そしてそのまま全てが壊れるときが来るはずだ。
少なくとも今のこの教会秩序は確実に壊れる。
「わたしはその時が楽しみなんです」
未来への希望に満ちたような顔だが、同時にそれは他者の破滅を望む顔だった。
アンリはイライラしていた。
最年少の異性という理由で、他の下級討伐員が下卑た目で話しかけてくるのだ。
それがいちいちどうでもいい内容で心底ウザかった。
女の子でさらにそんなに少ない魔力量で討伐員やってるのは凄いね、だの。
あのハウリルにどうやって取り入った、だの。
隣の男とはどういう関係だ、だの。
アンリが無視しているので、段々と下のほうへとエスカレートしていっている。
──アイツら気楽だったんだな、こんなので知りたくなかった。
1名肉体の性別が可変だが、よくよく考えれば普段は男3人に女は自分だけという状況で、性別関連で何か言われたことがなかった。
ココに子供が生まれたし、それでいいやって思っていたアンリにはそれが良い感じで居心地が良かった。
男扱いはされないが、完全に女扱いなわけでもなく一応泊まる部屋だけ配慮される程度だ。
むしろコルトのほうが女の子をしているのではないかと思っている。
──完全に思考が逸れたわ、試験中なのに……。
アンリはため息をつくと、逸れた思考を目の前の問題に戻した。
魔物を特定するなとは言われたが、協力をしろとも言われている。
多少は何かしらの行動を見せたほうがいいだろう。
アンリは相変わらず続けられているウザ絡みを引き続き無視しながら周囲を見渡した。
すると、少し離れた位置でもアンリに注意を向けずに周囲を見渡している青い髪の男が目に入った。
「何か痕跡でもあったか?」
近づいて話しかけると、男は驚いたのか少し瞠目して静かに首を振った。
「無い。羽根の1枚でも落ちてないかと思ったが、見つけられない。お前は?」
「東出身で鳥の魔物はよく分からないんだ」
「そうかっ」
「へぇ、君東出身?なおさら俺が色々教えてやるよ」
完全に無視しているが懲りない男が背後から話に割って入ってきた。
目の前の青い髪の男がいい加減にしろと言うが、背後の男は悪態をつくだけだ。
──殴りてぇ。
「暴力は止めとけ。途中失格になるぞ」
「……忠告どうも」
アンリの胡乱な目つきに気付いた男が一言入れてきた。
「お前らもこれ以上は妨害行為にやる気なしで失格になるぞ」
「ああ゛!?俺らのどこが妨害になってるってんだよ」
「相手にされてない時点で邪魔だって言われてるようなもんだろ」
「女の子一人で寂しくないように話しかけてやってんだろうが!」
「いらねぇし、頼んでねぇよ」
思わず反論してしまった。
魔物退治に寂しいもクソもない。
アンリは舌打ちをすると立ち上がり、魔物がいるという場所にさっさと向かうことにした。
こっちに連れてこられた魔物の対処法は大体聞いている、よほどの大型でもなければ恐らく大丈夫だ。
誰かが聞けば油断するなと怒られそうだが、前提としてこれは下級の昇格試験でもある。
そこまでヤバい魔物が出るとは思えない。
そうやって一人ずんずん進んでいくアンリを、絡んでいた男は薄汚い小娘がと悪態をついて睨んでいた。




