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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第4章
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第73話

礼拝のための門から中に入ると、離れないようにと言ってハウリルは道をそれてまた別の門に近づいていく。

そして門まで一定の距離になったとき足を止めた。


「フラウネール枢機卿補佐のハウリルです。帰還のために門の通行許可をお願いいたします」


すると横の詰め所から冷たい顔をした祭服を着た男が2人出てきた。

そしてハウリルを上から下へとジロジロと眺め、さらにその後ろのコルトとアンリを汚いものでも見るかのような目で観察してきた。

コルトはそれに萎縮してしまったが、アンリのほうは腕を組んで逆に男2人を睨んでいる。

なかなか度胸がある。


「後ろの薄汚いのはなんだ」

「わたしの従者です。あまり兄について賛同をいただけないので、有望な若者を自ら見繕ってきたのです」


何か問題でも?と冷たい物言いのハウリルは一歩も引かない。


「身元の分からないネズミを中に入れるわけにはいかない」

「わたし名義の従者が中に入れないと、それを決める権限があなたたちにあるとでも?越権行為で上に報告しますよ」


それを聞いてさすがに分が悪いと思ったのか、男2人は舌打ちをして門を開けた。

ハウリルは男2人に見向きもせずに足早に進み、アンリも当然のようにそれに続いたのでコルトも慌てて後を追いかける。

門を入ってすぐはたくさんの集合住宅が立ち並ぶ道だった。

そこを無言で通り抜け、さらに奥へ進んでいくとアーチ状のゲートがあり、そこをくぐると今度は明らかに豪邸といった屋敷が並ぶ場所についた。

そこは今までと違いは違い、街路樹が植えられ道も屋敷も何もかもが綺麗に手入れをされている空間だ。

すれ違う人々もどこか品があるように感じるが、コルトたちの姿をみると門番と同じく汚いものを見る目を向け、そしてハウリルに気がつくと慌てて取り繕っている。

3人は変わらず無言のままさらに進んでいき、人影がなくなったところでプハッとアンリが息を吐いた。


「息が詰まるかと思った。というか、門の連中もムカついたけど、ここの奴らもなんなんだよ、どいつもこいつもふざけてんのか。」

「門番については相手がわたしだったので恐らく何かの噂を聞いて勘違いしたのでしょうね。気にすることはありません、もう会うこともありませんので」


それはもうあの門は通らないということだろうか、それとも別の意味なのか分からない。

後者のような気がしている。


「越権って言ってましたけど、彼らの言う通り僕達ってかなり身元が怪しいと思うんですけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。なにせあんなのが門番出来るくらいには教会はもう腐りに腐って腐臭しかしないので、金を握らせればいくらでも身分を偽れます」


いい笑顔だが言ってることは最悪だ。

それにコルト的には態度はともかく、間違ったことをあの2人が言っているとは思えない。

怪しい人物を通さないのは門番の大切な職務だと思う。

身分証明を求められたら今のコルト達には何も出せないのだ。


「他の枢機卿たちもやってるんですよ、身元不明者を通すなんてことはね。そこで兄の補佐のわたしだけダメとなったら、なら他の枢機卿はといくらでも突くことが出来ます」

「でもお前の兄貴って弱小派閥なんだろ?」

「弱小でも将来教皇内定ですからね、なるべく機嫌を損ねたくないと思われているんです」


それを笠にやりたい放題はさすがにあれだが、少し利用するくらいなら許容だろう。


「そんなことよりは門番という門の先の顔ともいうべき一番見られる存在が品の無い態度を取っているほうが、わたしには問題だと思いますけどね」


あんなのの先に碌なものがあると思いますか?と問いかけるハウリルに、アンリは無いなと即答し、コルトもちょっと不安かなと思った。

だがその言い方ではこの場所が碌なところではないと言っているようなものだ。


「碌な場所ではないですよ。綺麗なのは見た目だけ、上に這い上がるためには何でもやる人間が多くいる場所です」


そういうハウリルだが、ここは生まれた場所ではないのだろうか。

故郷であり、家である。

そんな場所をそんな風にいうのは、寂しいのではないだろうか。

だがコルトのその疑問にハウリルは無言を貫き通した。

アンリはこんな性格だし色々あったんだろ、と大分あれなことを言っている。

声を抑えていないので本人には丸聞こえのはずだが、ハウリルは気にしていないようだ。

寧ろ、


「変に気を使われたり隠れて悪意を向けられるより、正面から悪態をついてくれるほうがずっといいです」


そのほうが自分を見てくれている気がしてくる。

小さく零されたそれを、コルトはどういう意味なのか分からなかった。


──誰かが見ていなくても、ハウリルさんはハウリルさんだと思うけど、違うのかな。


うーんと考えていると、立ち止まったハウリルにぶつかりそうになった。

なんだろうと顔を上げると、一際大きな屋敷が目の前にあった。


「ここが兄の屋敷です」


さぁどうぞ中へというのでお邪魔しますと小さく囁いて玄関に向かった。

そして扉を開けると中はとても静かだった。


「ハウリルです、ただいま戻りました!シュルツはいらっしゃいませんか?」


ハウリルが大声で呼びかけると、奥からドタドタと騒がしい物音が近づいてくる。

そして壮年の細身の男を先頭に様々な年齢の男女がわらわらと奥から出てきた。


「ハウリルさま、あぁよくぞご無事で!連絡が途絶えたときはそれはもうどうなることかと思い、毎日フラウネールさまと無事のご帰還をお祈りしておりました」

「ご心配をおかけいたしました。色々あり連絡を取ることができなかったのです、わたしの不徳の致すところです」

「いえいえ!いつもお一人でフラウネールさまのためにあちこちに出向いていらっしゃるのです、あなたに落ち度などありましょうか!」

「ありがとうございます。それで後ろの2人、と後に追加でもう1人が来る予定なのですが、部屋を用意していただけないでしょうか。ここまで長旅だったので、疲れていると思うのです」

「もちろんですとも!ハウリルさまがお連れしたお客様です。丁重におもてなしいたしましょう。すぐに準備いたしますので、少々お待ち下さい」


壮年の男はそういってテキパキと後ろに控えていた者たちに指示を出し始めた。

みなそれぞれに頷いて他方に散っていく。


「兄はいつ頃帰宅しますか?」

「ご夕食までにはお戻りになる予定です」

「分かりました。コルトさん、アンリさん。こちらは執事のシュルツです」


どうもと会釈して挨拶をすると、シュルツと呼ばれた男も腰を深くおって名乗った。

アンリは一応本名がアンネリッタであることを注釈している。

シュルツは嬉しそうにうんうんと頷くと客間で待っているようにと案内をしてくれた。

ラグゼルの王宮で見たものと比べると質と作りが多少劣るが、それでも十分作りのよい家具が並んでいる。

アンリがじっと見つめ、ほとんど魔物素材だなと呟いた。

コルトとアンリがそうやって部屋の中を散策している間、ハウリルはシュルツに何かを言った。

するとそれを聞いたシュルツは驚くと、コルトに一瞬顔を向けてから慌てて部屋を出ていった。


「僕が何か?」

「……前に兄が無魔の研究をしていると言いましたよね」


確かあの夫婦の身元をどうするかという話が出たときだ。

あの話が本当ならこの屋敷には今数人の無魔の子供がいるはずである。


「リキュリールさんが言っていたことを覚えていますか?無魔による牧場が跡形もなく燃えてしまった話です」

「はい、それが何……あっ!」


無魔は通常魔力が含まれるものは一切口に出来ない。

大人なら少量であれば耐えられる場合もあるが、大抵の場合は衰弱死してしまう。

母親がいるなら乳児期はどうにかなるが、離乳し始めてからは食べられるものが無い。

在来動物が消え魔力持ちによる農業が主であり、無魔の存在が悪になる教会支配下のこちらでは生きられないだろう。

だがこの屋敷には無魔の子供がいるという。

食べられるものがあるということだ、それが例の牧場で生産されたものだとしたら。

それがなくなったらどうなるか。


「備蓄はまだ小麦が3ヶ月分はあるそうですが、理由は知らないようですが魔力無しの食料が手に入らなくなったそうです。このままでは彼らは生きられません」

「そんな……でも、そうか!ラグゼルに戻れば!」

「はい。明日アーク商会がいらした時に、子供だけでも受け入れてもらえないかあなたからもお願いして欲しいのです」


断る理由はない。

むしろここは助けるために絶対に味方をしなくてはいけない。

幼い子どもを守るためにも、なんとしてでも連れてってもらわなくてはならない。

ハウリルにはもちろん協力すると力強く言い切った。


「ありがとうございます。では兄が戻った夕食後、少しお時間をいただけますか?明日について色々と相談をしたいのです」

「もちろんです!」


幼い命を繋ぐためにも、絶対に引けないと固く心に決意した。


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