表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第4章
71/273

第71話

「揺れてない地面、最高だ」


まだ若干顔が青いアンリがコルトの隣で呟いた。

確かにずっと船酔いに苦しんでいたアンリからしてみたら地面ってだけで最高なのかもしれないが、てっきり街に到着すると思っていたコルトとしては最悪である。

街が無いただの砂浜。

どうみてもここで一休みといった状況ではない。

間違いなくこれから夜空の下を進む。


「先に言うとコルトさんは絶対に文句を言うでしょう」


船の見送りを終えたハウリルが余計な事を言いながら2人を呼びに来た。

確かにその通りだ、その通り過ぎて反論出来ないことに文句を言いたい。


「街に降りれば足が付きます。今はなるべく見つかりたくないのです、諦めてください」


理屈は分かる、納得できるかは別として。


「一応夜間ですし、アンリさんをこのまま馬車に乗せるのはまずそうなのでしばらくは徒歩です。さぁ行きますよ」


こうして夜間の移動が始まった。

軍人夫婦は東にいた時とは打って変わってピリピリしており、フードを被って暗視ゴーグルを片目につけ、コートの下も対人戦闘用の武装を着込んでいる。

さらに背負っていた荷物も馬車の中に置いて、後ろ腰に銃を、横に剣を佩き、先頭と最後尾の馬車の上に陣取ると周囲を警戒していた。

コルトたちは真ん中辺りでコルトとハウリルが左側を、アンリが右側といった陣形で周囲を警戒しているが、正直やりすぎではないかと思う。

なんせ砂浜を出てからかなりたち一応街道らしき道には出たが、辺りは馬車とコルト達の足音しか聞こえないような静けさだ。

これなら音ですぐ気付くのではないだろうか。

そしてあまりにも静か過ぎて耐えられなくなったコルトが小さな声でハウリルに問いかけた。


「日が昇るのにあとどのくらいか分かりますか?」

「そうですね、数十分といったところでしょうか」


船旅で感覚が狂ってるかもしれないのであまり信用しないでくださいねと言いつつ、ハウリルのこういう読みは大体いつも当たっている。

なので今回もあと少しで明るくなってくるだろうと、ほっと一息ついた時だった。

後方のリビーが大声で「右!」と叫ぶとそのまま右の林に向かって駆け出した。

馬車列は急停車し、決めていた通りにアーク商会員達が中心に集まる。

その時だ。

コルトの視界の隅で閃光が煌いた。

振り返ると火球がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。


「あぁぁあっち!」


左の林を指差すと、ハウリルが杖を構えた。

だが火球に向かって魔術を使うのかと思ったら地面に向けて魔術を走らせ、代わりに3メートルでぶつかるというところで横からアーリンが火球を叩き斬る。


「左3人、右3人。2人ずつこっちで持つ」

「分かりました。アンリさん、そちら1人行きます!足元に注意を、敵は魔術を使います。魔法はフェイクです!」

「おっしゃ!」


その掛け声と共にアンリは地を蹴り、アーリンはすでに姿が無かった。

そしていないと認識すると同時に剣戟の音が辺りに響き渡る。


「コルトさん、地面に固定と書いて魔術をかけ続けてください。足元から直接攻撃されるのを防げます」

「…分かりました!」

「頼みましたよ、あなたがかれらを守ってください」


そういってハウリルが林の中に入ろうとした時だった。

顔を布で覆った人物が逃げてきたアーク商会員に斬りかかってきた。

ハウリルはそれを杖で防ぐと、魔法で相手を吹き飛ばす。

だが受け身が上手く後方の木の幹に難なく垂直に相手は着地した。

ハウリルは怯まず辺りの被害などお構いなしに魔法を連発する。

だが一度目で見切ってきたのか相手には一切当たらず、それどころか余裕の態度さえ見せた。


──また戦うのか!また殺し合うのか!


止めてくれと見たくないと心が叫ぶ。

でも魔術を刻む手は止まらなかった。

心とは逆に体が止めるなと動き続ける。

誰にも死んで欲しくない、殺し合って欲しくない。

心でそれを願っても、体がそれを否定する。

どちらかしか守れないのだと。


──この戦いを止める力が欲しい。


地面に魔術を刻みながら、叶うはずのないそれを願い続けた。






襲撃者に肉薄し近距離戦に持ち込んだハウリルはこの後をどうするか考えていた。

元々異端審問官に狙われる事を考えてラグゼルで無理を言って対人での接近戦について色々と見てもらっていたのだ。

早々に襲われるとは思っていなかったが、散々嬲られボコボコにされただけあって相手の動きにはついていけている。


──ですがさすがに隙きがありませんね、やはりここは足止めでしょうか。


ラグゼルが推薦してきたあの2人であれば恐らく問題ないだろう。

若手ですらハウリルでは勝ち越せなかった。

どうみてもベテランな上に国の今後を左右するかもしれない重大な任務を、あの上から与えられる人材がハウリルが見切れる程度の相手を倒せないわけがない。

不安なのはアンリのほうだが、アンリも防御や回避に重点を置いた訓練を受けさせたと聞いている。

ならあの勝ち気な少女であれば持ちこたえてくれるはずだ。

ハウリルは足止めに徹することを決めた。

そうと決まれば余裕が出てくる。

勝つ必要がないのだ。

ただ相手を逃さなければいい。

そうして拮抗状態を作ると、段々と相手が焦り始めた。

ハウリルは剣ではなく杖での近接戦、あまり取り回しのいい武器ではない。

有利なのは襲撃者側のはずなのに、魔術の発動を的確に打ち消され、剣撃もうまい具合に流される。

さらに空も白み始め、明らかに時間が掛かっていることを示しており、それがさらに襲撃者を焦らせた。


──雑になってきましたね。


慣れてきたのもあるが明らかに相手の攻撃に力が入り始め、雑になってきた事を感じる。


「異端審問官とお見受けしますが、お聞きしていたよりも随分とお上手ですね」


とりあえず安直に煽ってみた。

だが相手に変化はない。

なのでさらに煽る。


「6人掛かりでこの体たらくでは、どうやらあなたの主はこの程度の人材しか用意できない愚か者のようですね」


すると、前半で動揺を、後半では怒りを滲ませた。

主を馬鹿にされて感情を表に出すようでは、暗殺者としてド三流もいいとこである。

魔術の準備をしつつハウリルはさらに続けた。


「知っていますか?東では昨今の教会の状況についに壁との融和を決めました。あのフードを被った人物、邪神の狂信集団である壁の悪魔ですよ」


それを言った瞬間だった。

襲撃者が目を見開き、動きを止めてアーリン達がいるほうを見た。

ハウリルにはそれで十分だった。

魔術を発動し、襲撃者を中心として上からの風圧で押し潰す。

さらに重ねて風の刃を襲撃者に向けて放って切り刻み、動けない相手を風で打ち上げると、空中で身動きの取れない相手を再度風圧で地面に叩きつけた。

不自然な体勢のまま受け身も取れずに、潰され鈍い音と共に襲撃者が全く動かなくなる。

念のためにとどめに首もはねておく。


「終わったみたいだな」


声に振り返ると息絶えた襲撃者2人を引きずるアーリンが立っていた。

服の乱れすらなく平然と立っているので、やはり想像通りの腕のようだ。

アーリンは引きずってきた死体を、ハウリルが首をはねた死体の横に並べ顔を覆っていた布を外した。


「見覚えは?」

「ありません。それよりもあちらの加勢にいかなくて良いのですか?」

「あっちも終わってる、俺らより早いくらいだよ」

「それは良かった」


終わってるなら何も心配はいらない。

ハウリルは死体を漁り始めた。

だが出てくるものは階級を示す刻印章だけだ。

ハウリルが倒した相手は一番下の階級だった、アーリンのほうは中程度だ。


「主を特定出来る何かがあればと思いましたが階級章しか無さそうです」

「暗殺者がそんなもの持ち歩いてるわけないだろ」

「わたし程度でも殺せる相手ならあるいはと思ったのですが」


さすがにそこまでは甘くなかったらしい。


「それにしても予想はしていましたがいい腕ですね」

「思ったより相手が素人だったからな」

「これを素人と言いますか」

「言い方が悪かった。魔力探知機が無いと探れないくらいには隠密には長けてたが、正面からの殺し合いは素人だ。殺され慣れてない」

「あなたも殺されたことはないでしょう?」

「殺意を向けられる事に慣れてないって話だ」

「なるほど」


無防備な相手を狙うことには長けていても、殺意を持って向かってくる相手は苦手だったのだろう。


「それで言うならリビーに当たったほうが可哀想だ、あいつは4番隊だからな」

「女性が多い部隊とは聞いていますが」

「女が多いから残虐性を逆に突き詰めてんだよ。あそこの隊長が通ったあとの死体は原型が無い」

「…それはまた……どうしてそんな戦いを?」

「結局魔力があっても同程度の量じゃ力で男に勝てなかったからだよ。だから相手の精神を殺すほうに特化し始めたのが始まりだ」

「気の良さそうなかたが多いと思っていましたが、見た目では分かりませんね」


アンリがなついているラディーという女性も4番隊だったなとハウリルは思い出す。


「ですがそんな戦い方を続けていては、味方からも反感を買うのでは?」

「当然ある。でも楽しんでやってるわけじゃないからな。いかに効率的に敵を殺して、味方の犠牲を出さないかを自分たちなりに突き詰めた結果があれだ。誰かのために戦いたいって思うのを止める権利は俺には無いし、戦って欲しくないって願ってもやめようって思ってもらえるほどの力が俺にはない」


だからせめて共に戦うのだ。

背中を預けてもいいと思ってもらえるように。


「リビーがやめるその時まで、俺は歩き続けるよ」


そう言い切り、リビーには言うなよと笑うアーリンをハウリルは眩しいと思った。


──いつか兄も願いを誰かに向けられるときが来るでしょうか


いつも誰かに願い請われるばかりで、一度も自分の願いを口にしたことがない兄。

両親に捨て置かれた自分を育ててくれた兄には、いつか自分のために生きて欲しいと願ってやまない。


「他に何か気になることはあるか?」

「ありません。これ以上は何もでないでしょう」

「分かった。死体はどうする」

「このままここに放置すれば、あとは魔物が処理してくれます」


それまでに他の人間に見つからないことを祈るだけだ。

2人はその場に死体を放置すると商隊の元に戻った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ