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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第4章
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第70話

あれから色々考えてみたが答えは出なかった。

アンリは言われた通り、あの事には一切触れず態度も変わらない。

ただコルトだけが1人どうしようと思い悩み、無為に時間だけが過ぎていった。

そして現在、船に乗るべく港町に向かう馬車の中である。


「おっ!なんか匂いが変わったな!」


漂ってきた潮風の匂いに、やっと船に乗れるな!とアンリは嬉しそうだ。

前回は結局クルト達やリキュリール、クーゼル達に出会い壁へトンボ返りしてしまった。

今度こそは西の大陸に渡りたいところだ。

そのためコルトは余計な事をしないようにと馬車から出るなと言われてしまっている。

別にコルトだって好きで進行を邪魔しているわけではないのだが、その辺りの信頼がなかった。

街についてからはハウリルとルブランが揃って船の確保に動いた。

この辺りでも西の状況がきな臭い事になっているのが伝わっているらしく、目立つ大型の船を出すのをかなり渋られたようだが、最終的にハウリルが大金を出して無理やり言うことをきかせたらしい。

ルブランが商人としては全く参考にならなかったと零していた。

そして一行は無事に東大陸から出港することが出来た。


「うっぷっ……うえっ……。私、ちょっと無理…」


初めての船旅に酔ったアンリが顔を青くさせながら、フラフラと船の端のほうに歩いていった。

そして海に向かって顔を出し盛大に吐いているその背中をリビーがさすっている。


「初めはわたしも大分きつかったのですが、コルトさんは平気そうですね」


ハウリルも平気そうにしているが、若干顔色が悪い。

速度と進路制御のために船に風の魔術を使っているので、そちらにも魔力を途切れさせないように意識を割かなければならず、余計につらいのだろう。

幸い、雲は無いのでしばらく天気はいいはずである。

コルトも何か手伝えないかと聞いてみたが、魔術式の大本がハウリルの杖であるため他者の介入が出来ない。

船に術式を刻むわけにもいかず、出来る事がなかった。

これがラグゼル製の船であれば動力に魔力エンジンを使っているので魔力供給に役立てただろうが、生憎こちらの船は帆船のため動力は風力のみである。


「船は初めてではないので」

「なるほど。そういえば、王宮で北回りの海上ルートの話が出ていましたね。ラグゼルでは船にはよく乗るのですか?」

「人によりますね。趣味や仕事でよく乗ってる人はいますけど、僕はあんまり興味がなかったので、学校行事で乗った数回だけです」

「数回だけ、ですか…。船旅を趣味にできることも呆れます。こちらでは商人や漁師でもなければ、船に乗るなんてありえません」


相変わらずこちらの常識ではあり得ないほど豊かですねと、呆れたようにハウリルが零した。

船旅とハウリルは言ったが、せいぜい北端の港から南東部の自然保護区手前までの3日程度の旅程だし、陸地がずっと見えた状態である。

このように大陸を渡り全く陸地が見えない旅と比べたら、旅とは言えないと思う。

陸地が見えない沖合に行くのは海流発電のメンテナンスといった国家事業や、沖合や遠洋漁業くらいだ。

一般人はまず無理である。

なのでコルトも最初は陸地が見えない、海も空も真っ青な海上を楽しんでいた。

だがさすがに5日目になる頃には飽きがきていた。

なんせ船上で何もやることがないのだ。


「暇だなぁ」


南からの出発になったので、海流から逆らう事になり余計に時間も掛かっている。

アンリはずっと体調が悪く部屋に籠もっているし、ハウリルは魔術制御、ルブラン達は向こうについてからのルート確認などのやり取りをしている。

という事で1人残されたコルトは暇だった。

欄干に体を預けてずっと海を眺めるしかない。

時折海鳥の群れが海面に急降下をして狩りをしているが、だからどうしたと思ってしまうくらいには気鬱だった。

イルカやクジラが海上に出てくるくらいのインパクトが欲しい。


「…暇だ……」


もう一度呟いた。

こう何もする事がないと気が滅入ってしまう。

何か気が紛れることでも起こらないかなと思ったときだった。


「コルトくん」


自分を呼ぶ声に振り返ると、釣り竿を持ったアーリンが立っていた。

隣ではリビーが腕を組んで呆れた顔をしている。


「それどうしたんですか?あと、話し合いは」


アーリン達はずっとルブランと共にルート確認をしていたはずである。


「さすがに終わったよ。5日もあれば大体の地形情報とルートは覚えられる」

「それでこの人荷物にこっそり釣具を紛れ込ませてたのよ」

「ラグゼル近海以外での釣りなんてこの機会以外にないだろ?」

「だからって本当に持ってくるなんて」


呆れるリビーに娯楽は必要だろ?とアーリンはウキウキだ。

そしてコルトにやるか?と釣り竿を差し出してきた。

断る理由が無い。


「でも大丈夫なんですか?釣り竿ってラグゼル製ですよね。この船の乗組員の人は僕達のこと知らないんじゃ…」

「だからあたしがいるのよ」


リビーが釣りをしている間、誰かが近づいてきたときに足止めや追い払いといった監視役を引き受けてくれるらしい。


「じゃあ誰か来ないか見てるから、塩焼き期待してるわね」

「任せろ!」


という事で、誰か来るか日没まで釣りをする事になった。


「やっぱり船上特権の刺し身が食べてみたいが」

「僕は嫌ですよ。この辺りの生態系なんて知りませんし、寄生虫とかいたらどうするんですか」

「だよなー」


さすがにこんなところで寄生虫によって体調を崩したとなったら、怒られるどころの騒ぎではない。最悪死ぬ可能性もある。

ついでに魚の種類によっては毒を持っているものがいる。

この船の乗組員なら魚の毒の有無が分かるだろうがこの場に呼ぶには見られては困るものがある。

とりあえず2人とも魚介の知識はないので、自己判断での刺し身は死だろう。

とはいえ、先ずは魚を釣らない事には話にならない。

釣り竿は一本、先ずはアーリンが見本に投げ、それからコルトがやってみる。

そして釣り糸を垂らしてから数時間がたった。


「ボウズだな」

「ボウズですね」


釣り竿は何度か動いたが、糸が切れたり岩礁に引っかかったりと、釣果はゼロだ。


「何が悪いんでしょうか?」

「船が動いてるのがやっぱりダメなのかもしれないな」

「関係あるんですか?」

「分からん。だが普通は停船するな」


2人は同時に溜め息をついた。


「悪いな、こんな結果で」

「気は紛れたので大丈夫です。あのまま海を眺めているよりずっと楽しかった」


結果は仕方がないにしても、何もない船上でそれなりに楽しい時間を過ごせた。

魚が釣れないか一喜一憂している時間は確かに楽しかった。

そして2人で釣具を片付けていると、終わったのを察したリビーが声をかけてきた。


「お疲れさま、残念だったね」

「見張っててもらったのに悪いな」

「いいのよ、元々釣れるとは思ってなかったし」

「そりゃないだろ」


がっくりと肩を落とすアーリンにリビーが優しく笑いかけている。


「海上戦の技術、こっちには無いんでしょ?なら東が安定すればゆっくり釣りをする機会が出来るわよ」

「先は遠そうだけどな」


俺その頃生きてるかなーとアーリンが呟いた。

見た目からの判断だが、2人とも40代は超えていそうではある。

だがラグゼルの平均寿命を考えれば十分機会はあるだろう。

こちらの安定に何十年もかかるとは思えない。


──やっぱり僕は何を言われようと共族のみんなには仲良くいて欲しい。くだらない理由で楽しいことが出来ないのは納得がいかない。


「お三方、終わりましたか?」


片付け終わった頃、ハウリルがやってきた。


「夕食の準備が出来たそうです」

「あら、今日はちょっと早いわね」

「現在地と運行速度から、今日の夜中辺りに到着予定とのことで、もろもろを繰り上げて行動することになりました」

「了解した。なら俺達は早めに休ませてもらおう、降りたらまたしばらく休めないからな」

「そのようにお願いいたします」

「あのっ、アンリは大丈夫ですか?」


確かまだ船酔いでダウンしているはずだ。


「お二人が持っていた薬のお陰か、大分良くなったようです。まだつらそうですが、吐き戻すことはなくなりました」


かなりゲロゲロと吐いたグロッキー状態で食事すらまともに取れていなかったので少し心配だったのだ。


「良かった」


船に乗ることが分かっていたので、気を利かせた軍人夫婦の2人が予め常備薬として用意していたらしい。

コルトは船酔いしないので薬のことなど全く頭に無かった。

そして夕食と荷造りを終わらせ寝静まった深夜、星明かりしかない時間にコルトはそっと起こされた。

船はこのまますぐ東に戻るらしく急かされながら船から降りると、そこは街ではなく砂浜だった。


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