第68話
「いやいやいやいや、お前。いくらなんでも自然に地面が揺れるわけないだろ。私がこの中で一番学がないけど、それくらいは分かるぞ」
「嘘じゃないよ。本で読んだんだよ、地殻で断層がずれる事で起きるって書いてあったよ」
「チカク?ダンソウ?もっとこうマシな言い訳あるだろ!」
「言い訳じゃないって!地殻は星の表面の」
「待った待った!待つんだコルトくん!」
ムキになって言い返すと軍人夫婦のほうから待ったが掛かった。
「ちょっと待ってくれ。君のその知識は本当に本で読んだのか?」
「そうですよ」
「……どこで読んだんだ?」
「どこでってそりゃ……」
思い出せなかった。
何かを読んで得た知識であることは確かだが、そこがどこなのかが思い出せない。
読んだという事実しかなかった。
王国図書館だろうか。
いやっ、違う。
あそこに入ったことは何度かあるが、大体が学校の課題のための参考書だった。
──おかしい。読んだことは覚えてるのが場所といつ読んだのか思い出せない。あれ?なんでだろう?なんで思い出せないんだろう
混乱してきた。
そして何か忘れてはいけない事を忘れているような気がしてきた。
猛烈な焦りが生まれた。
絶対に忘れてはいけない事を忘れている。
不安が生まれた。
背中を汗がつたう。
血の気が引いていき、呼吸が荒くなる。
暑いのか、寒いのか分からない。
これは絶対に思い出さなくてはいけないことだ。
頭が痛い。
でも関係ない、思い出さなくては。
思い出せ、おもいだせ、オモイダセ。
「コルト!」
焦るようなその声と肩を掴まれた感触にはっとなって顔を上げると、心配そうな顔をしたアンリが覗き込んでいた。
隣ではリビーがコルトの背中をさすってこちらも心配そうにしている。
「大丈夫かお前、すごい顔色悪いぞ」
「えっ、あっうん……。その……ごめんなさい」
どう伝えればいいのか分からなくて、出てきたのは謝罪の言葉だった。
「謝るなよ、悪いことはしてないだろ?聞いちゃまずいことだったか?」
「そんなことは、そんなことはないよ。けど、ごめん。思い出せないんだ…」
今も思い出そうとするが頭の奥がズキズキと痛んだ。
その様子にアーリンが無理をするなと水を差し出してくる。
冷たい水が喉を通る感触にいくらか落ち着くと、ハウリルがさて、と話を戻した。
「コルトさんの言っている事は気になりますが、一先ず置いておきましょう。重要なのは事の真相ではなく、起きた事実に対して彼らがどうするかです。色々言いましたが、わたしの推論は彼らアウレポトラの教会は戦闘を続けないでしょう」
であれば、ラグゼルもおそらくは強硬策には出ないだろう。
アウレポトラは壊滅してしまったが、曲がりなりにもこの東大陸は一番大きな街で教会もそれ相応の影響力がある。
彼らがラグゼルと手を取り合うのであれば、東大陸の教会全体が壁との融和に軌道変更する可能性がある。
そして、それが仮になった場合次に問題になるのが、
「西と東で争いが起こる可能性ですね」
当然の結論だった。
そして当たり前のようにコルトの顔色もまた悪くなる。
本当に嫌なのだ。
見るのも聞くのも共族同士で争うのが本当に嫌だ。
「コルトさん、あなたの心配も分かりますが、まだ争うと決まったわけではありませんので、その点はご留意を」
見透かされたようにハウリルが釘を差してきた。
「報告には上がってたけど、本当にコルトくんは争いが嫌なのね」
「その割にルーカスにはすぐ噛み付くんだよこいつ」
「それはだってアイツが!」
アイツがすぐ誰かに攻撃を!……攻撃を…していただろうか…。
していなかったような気がする。
ただただ魔族であることが気に食わない。
アンリはコルトの様子に呆れた様子で溜め息を吐いた。
「それよりハウリル。このあとどうすんだ?いつまでも野宿するわけにはいかないし、街は近いのか?」
「1日くらい掛かりますが、西に討伐員の拠点の街があります。アーク商会の支店もあるそうなので、そこで一度馬車の点検と物資の補給をしましょう」
「そんな所があんのか!」
「アウレポトラはこちらの大陸最大の討伐拠点ですが、そういった街は各所にあるのです。さすがにあそこ1つで全てはカバー出来ませんから」
「なぁ……もしかして、下級って少ないのか?」
「おやっ、やっとお気づきになりましたね!」
いい笑顔でハウリルは底の見えない魔物相手に下級だけでなんとかなるわけないでしょう?と宣った。
下級討伐員アンリは物凄い形相で歯噛みしているし、軍人夫婦は「なるほど、クソ司教」と納得顔だ。
コルトはちょっと理解が追いついていなかった。
「街専属の討伐員だけで拠点なんて言える街が出来るわけないだろ?よそからの流れの討伐員がいるから拠点って言えるような街になるんだよ。それでよその街にいけるのは中級以上の討伐員だけだ」
「そっか、外からの討伐員が多いってことはそれだけ中級の人がいっぱいいるってことか」
アンリは頷いてそしてハウリルに唸り始めた。
下級であるアンリは対外的には司教であるハウリルがいないとよその街にはいけないのだ。
なんらかの理由で行ったとしても、怒られるし討伐報酬ももらない。
つまりさっさと強くなれという教会側からの暗の訴えだろう。
次の街で昇級出来ないのかと聞いてみると、足跡を残したくないからルンデンダックまで待てと言われてしまった。
「それでは何のために祭服を脱いだか分からないではないですか。あと置いてきたので身分証しかありません、祭服とセットで効力を発揮するものなので」
「置いてきた!?」
「荷物になって嵩張りますし、アウレポトラの混乱時に置いてきました。替えは戻ればありますので」
重いんですよあれ、と全く悪びれずに告げるので周囲の面々は呆気にとられて反応が遅れてしまったが、しばし。
クソ野郎というアンリの絶叫が森の中にこだました。
「アンリさんの実力はもう中級には達していると思うので、ルンデンダックに戻ればすぐに上がれるはずです」
ガタガタと揺れる馬車の中、頬を真っ赤に腫らしたハウリルがやや引きつった笑顔でそういった。
殴った本人は、念願かなったのか割とスッキリした顔をしている。
あのあと思いっきりアンリがぶん殴ったのだ。
だがどう見ても自業自得なので、軽く手当はしたものの誰も同情せず、一行はすぐに出発をした。
コルトもさすがに擁護出来なかった。
そして最後尾の馬車から3人は後方警戒をしているのが現在である。
「中級に上がるには具体的に何をするんですか?」
「一番多いのはそれまでの実績です」
「それ向こうでも通用するのか?西大陸なんて行ったことないぞ」
「しません。アンリさんのこれまでの記録なんてわたしも持っていませんから」
「ダメじゃん!」
「なので、実戦試験になると思います。単独での指定の魔物の討伐か、試験官との戦闘試験かどちらかですね」
戦闘試験といえば、最初にハウリルと会ったのはルーカスの討伐員登録のときだったことを思い出す。
あのときからそれほど経っていないはずなのに、随分と状況が変わってしまった。
「戦闘試験なら試験官はハウリルさんがやるんですか?」
「そりゃいいな!人前で思いっきりぶん殴ってやる」
「こらこら、あまり趣味の悪いことを言うものではありませんし、どっちみちわたしが連れてきたあなたの試験官をわたしがやるわけがないでしょう」
当然の指摘だった。
ハウリルが手を抜くとは思わないが、身内が試験官になるわけがない。
アンリは少し残念そうだ。
「そういやさ、前にいる2人はどういう扱いになるんだ?討伐員登録するのか?」
「さすがにそれは出来ません。あの年齢と実力の人間が今まで名をあげずにポッと出でいきなりアーク商会の護衛なんて怪しすぎます」
「どうすんだよ」
「アーク商会には一度兄の屋敷に出向いていただき、そこで兄こちらから傭兵を紹介したという形にします」
「身元はどうすんだ?」
「それも何とかなります。派閥を利用して屋敷には兄の庇護下の身元の怪しい人間が何人も働いています」
「……いやっ、それ逆にお前の兄貴が大丈夫か?」
アンリの失礼な疑問にふふふと笑って返したハウリルは、取られなければココさんも加わっていたと言い、そこでアンリも合点がいったようだ。
無魔の家族達が救済という名目で集められているのだろう。
問題はそこで何をさせられているかだ。
ただ屋敷の使用人として働いているだけなら何も問題はない。
「隠してもしょうがないですし、ラグゼルにはもう言ってあるのでいいますが、共鳴力でしたっけ?あれがまた使えるようにならないか、という研究を屋敷でしているのです」
理由は様々なものの限界の打破だ。
食料はもちろん金属などの汎用素材もこちらの世界は圧倒的に足りない。
幸いと言っていいのか分からないが、魔物の素材だけは豊富なのでそれを活用する事でなんとかなってはいるが、はやりもっと加工のしやすい金属がどうしても欲しくなる。
なので、無から有を生み出していたという共鳴力の再現の研究を行っている。
「そういう訳で出自の怪しい人間が屋敷にはたくさんいるのでその中からという事にしてしまえば全く問題ありません」
「うん、まぁそれなら大丈夫…なの…か?」
「怪しい人体実験をしているわけではないですよ」
「怖いこというなよ!?」
とそんな会話をしながら、その後も特に魔物に遭遇することもなく怖いくらいに順調に進んでいった。




