第66話
問題が起きたのはその日の夜だった。
夜もふけり、コルト達3人はそれぞれ男女に分けられた天幕の中で就寝していた時だ。
突然轟音が響き地が揺れた。
そして辺りが騒がしくなり、コルトとハウリルが何事かと明かりをつけた時だ。
「襲撃だ!無くすと困るものだけ持って逃げろ!」
天幕に軍人が入ってくるなり言い捨てると、そのままどこかに行ってしまった。
アーリンはすでに装備を整え近場でオロオロしていたアーク商会の面々に喝を入れて天幕か出し、ハウリルのほうはコルトの腕を取ってそれに続いて外に出た。
「コルト!ハウリル!」
別の天幕で寝ていたアンリがリビーと共に武器を手に駆け寄ってきた。
「アンリさんたちも、ご無事なようで」
「そっちもな!」
「一体何に襲われてるの!?」
コルトが疑問にした時だった。
南のほうから巨大な水柱が上がるのがみえ、さらにまた地面が揺れた。
それを見たハウリルが険しい顔をしながら、ほぼ間違いなく教会の襲撃ですねと呟いた。
コルトは愕然とした。
──なんで、そんな同じ共族同士なのに。なんで殺し合いをするんだよ!
魔族という共通の敵がいるにも関わらず、呑気にその崩壊のw跡地で殺し合いをしている事に腹が立った。
「あぁわしらはどうすれば!」
「言われた通りに荷物をまとめて馬車へ、こうなったらわたしたちはこのまま」
出発をしてしまいましょう。とハウリルが声を上げた時だった。
怒鳴り声を上げるクーゼルが、オーティス他複数に引きずられるようにして拠点に来た。
「お前らふざけんなよ!」
「悪いがそんな余裕はないし、お前を死なせるわけにはいかない」
「そうじゃねぇ!やり方ってもんがあんだろーが!」
あまりの剣幕にコルト達は呆然としてしまったが、表情だけはいつもよりも硬いがハウリルがいつも通りな感じでどうしたのか話しかけた。
「こいつらここの拠点毎ヤツらをふっ飛ばす気だ!」
「なんだって!?」
思わず驚きの声をあげた。
どうやってというよりも、ここにはたくさんの人や物があるというのに、一体何を考えているのだろうか。
ハウリルは効率的ですね、と感心している。
「だから逃げろって言ってるだろ、それに民間人やアイツら全員ふっ飛ばす気はないし」
「そういう問題じゃねぇ」
「はー、あのなー俺らだって一度は話し合いに持ち込もうとはしたんだぜ。それを問答無用で開戦したのはあっちだろ、こうなったらこっちがいなくなるか、あっちの戦意がなくなるまでは止まらねぇよ。これでも穏当なほうだろ、総長がやる気なら問いかけだってしないよ」
「街をぶっ壊されたのに、まだ壊すのか!」
「もうここまで来たら誤差だろ。戦闘を無理矢理にでも止めるほうが優先だ」
当たり前だろ?となんの疑問にも思っていない顔だ。
それは周りの軍人達も同じだった。
「ここに住んでる奴らのことを何だと思ってるんだ」
「なんとも思ってないよ、友好的な相手でもないしな。悪いがもう聞かないでくれ。このままだと俺は立場上言っちゃいけないことを言いそうになる」
それがなんなのかコルトには検討がつかなかった。
だがクーゼルは諦められないのか、拳を握りしめてなおも食い下がる。
「……お前らはそうやって弱者を見捨てるのか?……悪魔って言われてるそのまんまじゃねーか」
クーゼルのその言葉にオーティスは足を止めた。
「……何も知らない癖に勝手な事をほざくな。こっちはお前らの勝手な妄想でつい最近数千人殺されてんだよ。殿下の決定がなければさっさと帰りたいくらなんだ」
真っ直ぐ前に顔を向けたままのオーティス。
クーゼルが何のことだという顔をすると、ハウリルがそういえば言ってませんでしたね、と宣った。
「どこぞの馬鹿な枢機卿は少数の手勢を率いて壁の向こうの侵入に成功したらしいのですよ。そこで平和に暮らしていただけの人々を、枢機卿の魔力で手当たり次第に殺し回ったそうです。そんなことより、彼らは本来教会から壁の向こうの人々を守るための存在なので、こちらのまだ教会信仰の厚いものを守れというのはお門違い。心情的にはかなり苦しいものがあると思いますよ。クーゼルさんとは立場が違います」
だから彼らは本来ここの住人をここまで手厚く守る義理などないと言い切るハウリル。
それを聞いてコルトはあり得ないと反発心が生まれた。
そんな事を気にしていてはいつまで経っても歩み寄れない。
戦いが終わらない。
それでは前に進めない。
だがコルトが何か口を開く前に時間の無駄だからさっさと行こう、と軍人達はクーゼルを運んでいった。
クーゼルは唇を噛んで悔しそうな顔をしている。
ハウリルもわたしたちも急ぎましょうと声をかけると、アーリンとリビーがアーク商会を先導して荷物をまとめさせ、アンリも我に返ったのか、引き換えして自分の荷物を手早くまとめ始めた。
皆が逃げる準備をしている中、それでもコルトは諦めたくなかった。
ラグゼルの軍人達に人を殺して欲しくなかったし、教会の人達にも死んで欲しくなかった。
きっと皆はまた始まったとでも思うだろう。
でもこの状況を認めたくなかった。
だが嫌なことは重なるもので、コルトがなんとかしようとただ思っているだけのその時だ。
拠点の端の方、具体的にはアウレポトラの住人達がいるところに歓声が上がった。
同時に黒煙がもうもうと立ち上り始めた。
「ラディー!」
それを見て一番最初に駆け出したのはアンリだ。
ほぼ同時にアーリンも動き、リビーはそれを一瞥するとアーク商会を急かし始める。
コルトも遅れてアンリに続いた。
現場につくと怒り狂うアンリが後ろから羽交い締めにされており、その前ではオーティスが剣と銃を抜いて住民を威嚇している。
その後ろではラディー達が血を流して倒れており、手当をされていた。
そして住人たちのほうにも倒れ込んで怯えている者や、血を流して倒れている者が出ている。
「放せよ!!ぶっ殺してやる!」
「こいつら殺しやがったぞ、ウルドを殺したぞ!!」
「お前らが最初に攻撃してきたんだろうが!」
「悪魔どもめ、ここで処分してやる!」
「もう我慢の限界よ!このまま黙ってこんな獣と区別つかないような奴らがいいようにするなんて無理!隊長!!」
──なんなんだ、これは…。
一触即発な雰囲気だった。
一部の住民達がいつ手を上げるか分からない状況に、ラグゼル側も倒れている者以外は全員冷たい目をして片手を空けている。
オーティスが手を上げて部下を静止させているが、それまでの鬱憤も溜まっているためいつ爆発するか分からない。
──どうして…なんで…、なんでこんな事に……。
そして住人が魔法を打とうと腕を上げ、それに反応したラグゼルが銃を構えた。
だがそれよりも早く突風が吹き上げ、住民側が吹き飛んだ。
突然の事にラグゼル側が動きを止め辺りを警戒すると、
「おやめなさい、こんなことをして何になると言うのです」
ハウリルが杖を構えて憂いを帯びた顔しながらやってきた。
「うるせぇ!ウルドが殺されたんだ!お前もこいつらの仲間だな!?一緒に殺してやる」
──今…この人は何と言っただろうか?……殺された?
「先に手を上げたのはあなたたちでは?」
「悪魔を殺して何が悪い!」
「お話になりませんね」
ハウリルが言い終わるや否や、住人の一部が一斉にハウリルに向かって襲いかかった。
ハウリルもそれを見て再度の魔術の発動に入ったが、それよりも早くオーティスが横からまとめて殴りつけ、倒れた全員の腹を思いっきり蹴り飛ばす。
鍛えられた人間の脚力に立てるものはいなかった。
「悪いがもう俺らはお前らの面倒を見てやれん。こっちが怪我してまでお前らを庇護してやる理由がない、後は勝手にしろ。だがこっちに向かってくる奴は全員殺す。もうお前らは敵だからな」
怯えていた住人達の間に動揺が走った。
だがそんな様子を気にもとめずにオーティスは踵を返して撤収命令を出すと、現在の指揮官であるアシュバートに撤収の終了と味方はいないと連絡しろと言い放った。
それに素早く答える軍人達。
負傷者の応急処置はすでに終えており、移送に移っている。
アンリが歯を剥き出しにしてまだ何かを喚きながら引きずられていく。
コルトもハウリルに行きますよと腕を取られたが、根が生えたように足が動かなかった。
──なんで…、どうして……。
それだけが頭の中を回っていた。
悲鳴が上がったのはその時だった。
反射的にそちらに顔を向けると、血のついた瓦礫を振りかぶった女性がいた。
「お前達が余計な事をするから見捨てられたんだ!お前達さえいなければ!!」
「おいっ、落ち着け!」
女性の足元には先程蹴り飛ばされた人間が頭から血を流して倒れている。
「この阿婆擦れババアが!お前も悪魔に堕ちたか!」
「うるさい!悪魔のほうがマシだ!お前らは私とあの子を魔物の囮にしただろ!それで殺されかけた私らを助けてくれたのはあっちの悪魔だ!傷を見てくれたのも、温かい食べ物をくれたのも声をかけてくれたのも彼らのほうだ!悪魔だと、お前らのほうがよっぽど人でなしじゃないか!それをお前らのせいで」
そういって女性は振りかぶった瓦礫を再度足元の人に落とした。
だがぶつかる前に何かがあたり、瓦礫が砕け散った。
「おやめなさい。そう思うのならなおさらあなたは手を汚すべきではない」
杖を構えたハウリルが厳しい声でたしなめた。
「次に狙われるのがあなたとその子になりますよ、せっかく助けてもらった命を投げ出すのですか?」
それを聞いて女性は後ろを振り返った。
女性の子供と思われる小さな子が涙目になりながら立っている。
それを見て女性は駆け寄り抱きしめると泣き出した。
だがそれを見て殴られた側は納得しない。
この場の雰囲気はもう何かで止まれるような状況ではない。
ひたすら暴力だけが渦巻いている。
どちらの陣営だろうか、南の鬨の声も近づいてきた。
「やめなさい!」
ハウリルが鋭い声を上げた。
女が腕に風をまとわせて母親に振りかぶっていた。
──いつまでこんな事を続けるんだよ、バカジャナイノカ
コルトはその瞬間、時間が遅くなったようにそれを見ていた。




