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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第3章
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第64話

「服着てないからどうしたって聞いたら、溶解液被ったらしい」


缶切りが上手くいかないアンリを見かねて、隣の軍人が手本を見せ始めた。

それを見ながらアンリは話を続ける。


「前にアイツが魔物は高等になるほど思考力も上がるから、学習もするって言ってたぞ。上位種の竜は長年魔人と付き合いがあるから、普通に言葉を理解するって言ってたし。だから一回アイツにやったけど、効かなかったから使わなくなったんじゃないか?」

「……なるほど。確かにルイの再生力を考えたら意味なかったのかもしれないな」

「空も飛べますしね、当てるのが難しかったのかもしれません」


それならなんで溶解液を服がきれいになくなるレベルで食らっているのかという話になるが、その場を誰も見ていないし本人も意識が無い。

だが、うっかり共族に捕らわれて逃げられなくなった前科があるので、今回もなんかやらかしたという事でとりあえずそこで話は収まった。


「にしても、魔族が一人味方にいるだけでここまで被害が抑えられるとはな」

「それはまー本家本元だからな、向こうでも対応策くらいは教えられてたんじゃないか?」

「……色々言いたいことはあるが、とりあえず本人に今回の件について色々聞きたい事があるんだが、お前ら連れてく気だろ」

「そりゃあの状態でここには置いとけないからな。一度こっちで療養させる」

「それに文句は無い、仕方ないと思ってるが。そのままそっちで情報を止められたら困る」


クーゼルが険しい顔をしながらオーティスを睨みつけた。

この場の戦力差ではクーゼル一人で勝てる見込みは全く無い。

だからと言ってはいそうですかと今後も必要な貴重な情報をみすみす逃すわけにもいかない。

それはオーティスとしても十分に理解している。

今のところは友好関係を築く方針なので、必要な情報の共有はちゃんとするつもりだ。


「その辺は明後日もっと偉いやつが来るからその時に色々約束を取り付けてくれ。無茶振りするような人柄じゃないけど、味方は出来ないからそっちで交渉はなんとかしてくれよ」

「偉いやつ…ね」

「まーまー、疑うなって。とりあえず今はこれでも食って明日に備えようぜ」


その場であぐらをかいて食事を始めたオーティス。

もうこれ以上この話題を続けるつもりはないらしい。

クーゼルもそれを見て諦めたのか、気持ちを切り替えて適当な雑談を振っている。

アンリなんかは大人のしかも残念な事に男ばかりの会話に混ざる気が無いのか、3つ目を手にとって蓋を開けている。

食べる云々よりも、蓋を開ける作業という名の貴重な金属に気兼ねなく穴を空けるのが気に入ったらしかった。


「女性のかたたちはどちらに?彼女たちも食事をしたほうがいいと思うのですが」

「生存者の面倒みてるよ、男の俺らじゃ威圧感が強すぎて怯えるんだよ。ったく、助けてやったってのに、食事も彼らと一緒に取るらしい」

「なるほど……。アンリさんも女性たちと一緒のほうがと思ったのですが、都合が悪そうですね」

「私が行きたくなくてこっちにいるから気にすんな。なんかちょっと様子を見に行ったら結構面倒そうだったんだよ」


どう面倒だったのかは、こちらの住人にとって敵という認識である存在に囲まれているストレスに晒されている人間の集団の世話、という点で推して知るべし。

一応アンリもこちらの人間なので気持ちは分からなくもないが、ヒステリックな集団に敢えて入ろうとは思えなかったし、ラディーのげっそりとした顔を遠巻きにみてそそくさと逃げたほどだ。

それなら男の集団に混じってたほうがまだマシという事だろう。

アンリがいいならそれでいいと、ハウリルは空になった手元の缶みた。


──この缶詰とやら。本質は品質を落とさない長期保存だと思っているのですが、それをここで出す意味とはなんでしょう。あそこの拠点であれば常食しても割とすぐに補充が出来る距離のはずですが、向こうでは存在すら匂わせなかった。……アウレポトラの教会関係者や討伐員が一人も見つかっていない事も気になりますし、面倒なことにならないといいのですが……。


ハウリルは明日はその辺りを探ってみようと思いながら、目の前に突き出された蓋の開いた缶詰を笑顔で受け取った。






コルトは本国からの増援であるアシュバートの部隊とともにアウレポトラから逃げて来た人達を送り返すべく、怪我人を乗せた犬馬車やアーク商会の荷馬車の車輪に注意しながら街道を歩いていた。

アシュバート達は物資と追加の鎧装備を少し置いていったあとに、早々に出発してしまった。

日数的にはそろそろ到着していてもおかしくない。


──はぁ、リキュリールさんやクルト達は大丈夫かな?出る前の雰囲気最悪だったからなぁ。何か影響されてないといいんだけど。


オーティスの後続部隊を送り出したあとに到着した5番隊にはあまり目立った怪我人はいなかったが、アウレポトラの住人のほうにそこそこ怪我を負った人達が複数いたのだ。

そして迎え入れてからは大変だった。

安全地帯まできて少し余裕が出たのか、自分たちを助けた人間の正体に気が付いた途端に暴れ始めたのだ。

なんせ残った人間の多くが無魔である、一応染めたり布で隠したりはしていたが、治療中に痛みで暴れた拍子に布を奪われてしまった。

それまでは生まれてすぐに殺すような常識の中で生きてきたのに、いきなり成体、大人を目の前にしてそれはもう発狂寸前だ。

コルトはそのときの事を思い出して溜め息をついた。

当時自分は念の為もっと後方に下がるアーク商会やリキュリール達の準備を手伝っていた。

そこにいきなりの爆発音とそれに続く発砲音、人の悲鳴が響いたのだ。

何事かと慌てて音のほうに行くと、すでにそこは制圧済みだった。

その場の軍人の全員が銃口をアウレポトラの住人にそれぞれ向けられており、さらに何人かは地面に組み伏せられた状態で押さえつけられていた。

怪我人も子供も関係無しだ。


──国のため、そりゃ分かるよ。でもだからって抵抗するなら皆殺しはやりすぎだと思うし………、でもこの人達も同じ共族なのに魔力無いだけで自分を助けようとしてる人をいきなり殺そうとするのもなぁ。


その後は最初に攻撃をした人は治療後に食事とトイレ以外は手足を縛られてたし、それ以外の人達も一箇所に集められて常時必ず監視がついていた。

少しでも抵抗の意思を見せれば攻撃するぞと言われていたのに、何回か発砲音が響き怪我人が増えていたのはもう気にしたら負けだろう。

そこからさらに頭が痛くなるのは、アシュバートの部隊が到着してからだ。

今度はアウレポトラの住人が仲間割れを始めたのだ。

アシュバートの部隊が持ってきた物資は当然ラグゼルで生産されたもので、その中には温かいふわふわの毛布に美味しい食事、清潔な水があり、それが少量でも彼らに提供されたのだ。

そうなるとラグゼルの軍人に媚びを売るものが現れ始めた。

当然そんなものを受け入れる訳がないが、媚を売ったという事実が住人の中で仲間割れを起こすきっかけには十分だった。


──たったの2日でよくもあそこまで険悪になれるって感心するよ、全く。


コルトは何度目かの溜め息をついた。

すると、溜め息を気遣って近くを歩いていた軍人が話しかけてきた。


「どうしたの、さっきから溜め息多いけどそろそろ疲れてきた?ずっと歩きっぱなしだしね」

「あっ、いえっそうではなく……、あーでもそのっ……」


今までずっと考え事をしていたため気付かなかったが、そう言われるとどっと疲れを自覚してしまった。

それを見てずっと歩きっぱなしだしねとうんうんと頷いている。


「慣れない道を歩き続けるのって結構大変だよね、この人達がいるから君を馬車に乗せるわけにもいかないし……。そうだなー、次の中継で犬に乗れるように言ってくるね」

「うっ…すいません。ありがとうございます」


一匹だけ進路の確認のため先行している犬がいるのだ。

いちいち戻らず一定の距離で休憩ついでに合流を待ち、再度先行する事を繰り返している。

その犬の背に乗せてもらえるなら当然かなり楽が出来るはずだ。

そんな訳で、後半は犬に乗せてもらえることになり、特に魔物にも遭遇せずアウレポトラに到着したのはそれから3日後のことだった。


「……聞いてはいたけど、本当に何にもない………」


アウレポトラの北側に広がる更地となったクレーターを前にコルトは呆然と立ち尽くした。

亜人との戦闘で何もかもが消し飛ばされてしまった。

唯一残っているものが亜人の体で出来た巨大でそびえる根なのだから恨めしい。

そして現在消し飛ばしたであろう本人は相変わらず意識が戻らない状態で数日間眠り続けている。


「クーゼルとハウリルが揃って”この程度”で済んでマシって言ってたぞ」

「こんな状況なのに!?」


いつの間にか近くまで来ていたアンリがクレーターを見ながらコルトの隣に立った。


「過去の被害がそれだけ酷かったんだろ」

「………そんな……そうだっ、ねぇ、教会の人達、リンダさん達は!?」

「…その辺は今ハウリルが探ってるけど、一人も見つかってない」

「そんな…嘘だ……どうして……。どうして、なんで!僕達が何をしたっていうんだ。これも全部魔族がっ」

「コルト!ダメだ、それは口に出したらダメだ」


なんでだ。

魔族さえいなければこんな事にはならなかった。

それはみんなが思っているはずなのに、どうしてダメなのか。


「お前の言う魔族ってルーカスも入ってるだろ。アイツが命かけて亜人を止めたのは事実だし、本人が関わってない事なのに同じ括りで加害者って決めつけて責めるのはなんかちょっと違うんじゃないか?その理屈なら私が両親の責任を求めてコルトを殺すのも正しいって話になる」

「……それは、そうだけど」

「別にお前の魔族嫌いをどうこういうつもりはないけど、今は止めとこうぜ。まだまだ一緒にいる予定だしさ。なんか前もこんなこと言った気がするなぁ」


そう言ってアンリは記憶を掘り起こし始めた。

そうだ。

現状自分たちの目的を考えるならルーカスの協力は必要であり、排除するならそれ以上の代案を出さなければいけない。

だが今の自分にそれは無い。


「つっても、しばらくルーカスとは別行動になるけどな」

「そうなの?」

「お前が来るまでに色々大人連中で話し合いがあってさ、ルーカスはどうみてもこのままじゃ無理だっつって一度壁に戻るらしいぞ」

「えぇっと、じゃあ僕達はどうするの?」

「とりあえずハウリルの兄貴に会いに行くところまではいなくてもなんとなるから、アーク商会と一緒にまずはそこまで行こうぜって事になった」

「そっか……商会の人達も家族に会いたいだろうしね」

「そうだな。とりあえずいい加減皆のところに行こうぜ」

「……うん」


コルトは一度クレーター、特に未だに高くそびえる亜人の根を凝視するとアンリについて歩き始めた。


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