第61話
落ちてくる太陽。
まさにそうとしか言いようのない巨大な大火球が突如空を割って現れた。
熱く燃え盛り全てを灰燼に帰そうと言わんばかりの非現実的な大きさに、誰もが絶望した。
だがそれは同時に希望でもあった。
「おいおいおいおい、あり得ないだろ!なんなんだよあれは!」
「ルイだ、ルイ以外にないだろ!」
「やっぱ魔族半端ないわ、なんだあれ」
亜人に向けて真っ直ぐに落ちてくるそれに、当然の如く亜人も唸り声をあげながら起き上がり、何やら飛ばして抵抗しているが、最終的にそれを両手で受け止めた。
先行部隊は目の前の信じられない光景に動揺しながらも、まだ残っていたアウレポトラの壁に向かって駆け出す。
魔物達は亜人を守るべくその体を登り始めているため狙撃部隊には見向きもしない。
「邪魔がないのは助かるな」
「でもそれ向こうの狙いが全部ルイって事ですよねって、うわっ、顔面気持ち悪っ!」
「なんであんな中途半端に人間臭いんだよ!?」
「なるほど、ルイが亜人って呼ぶわけだわ」
希望が見えたためか先行部隊の空気が明るくなり、走りながらでも軽口が飛び交った。
そして壁まであと50メートルまで迫る。
「皆さん!魔術で打ち上げますので、なるべく固まってください!」
「おっ、助かるわ!」
ハウリルの魔術によって空高く打ち上げられた先行部隊。
視界が上がったことで亜人周辺の全体像と同時に破壊された街中も視界に入ってくる。
街中は完全に崩壊しており辺り一面が瓦礫で見る影もない。
遠くの教会もなんとか形が分かるだけで、壁は崩れ去り中身が丸見えの状態だった。
生存者は絶望的だろう。
先行部隊の面々は一瞬燃やされ破壊しつくされた無魔地区を思い出したが、頭を振ってそれを打ち消すと亜人に体ごと視線を向けた。
そして着地と同時に駆け出して3人一組となり、それぞれ一定の距離を取って位置につくと、それぞれ狙いを定めた。
「左腕を狙え!」
号令と共に一斉に発射される弾丸。
小さなそれは発砲音の直後に亜人の体に着弾すると、その大きさに見合わぬ巨大な炎を吹き上げた。
実戦で初めて使用する魔術弾の威力に壁の上の9人は驚き、亜人はその巨大な体躯に見合った悲鳴を上げる。
だが表面が焦げただけで中まで到達しているようには見えない。
すると王の悲痛な叫びに呼応したのか、配下の魔物達が動きをとめ反転すると狙撃部隊を止めようと波のように移動し始めた。
「俺達の出番だな。突っ立ってるだけじゃつまんねぇからな」
「狙撃班は同じところを狙って撃ち続けろ、あれさえ落とせば後はどうにでもなる!」
そう言って6人が一列に並び、各々の武器に魔力を込め空を横薙ぎにすると属性を帯びた斬撃が次々に放たれた。
斬撃はブレること無く幾筋もの閃光となって真っ直ぐ飛んでいき魔物の群れに着弾する。
当たった魔物はその場に崩れ屍晒すが、仲間すらも踏み越える魔物にあっという間に見えなくなってしまった。
「うっは、数多すぎて減ってるのかさっぱり分かんねぇ」
「だからって諦めんなよ!」
「今更だろ、退けない戦いは十八番だからな」
変わらず軽口を言い合いながら絶えず攻撃を入れ続ける姿はなかなか頼もしかった。
──この状況でも戦意を失わずにいられるとは素晴らしい。何としてでも兄のために繋がなければ。
ハウリルもならばと杖に魔力を通し魔術を組み上げた。
ここで力を示しておかなければ舐められてしまいかねない。
杖に掘った文字の中から必要なものを選択し魔術を組み上げていく。
──なるべく広範囲で、そして彼らよりも奥のものを。
そして放った魔術は魔物の足元から突如大きな竜巻を発生させ、斬撃よりも遥かに効率的に周囲を切り刻んでいった。
「うおっ、すげぇな!?負けてらんねぇわ!」
「力んで雑になるなよ」
ハウリルの魔術によって魔物との攻防は完全に膠着状態になった。
だがその会あって亜人の腕は燃え盛り焼けただれていく。
そして、
「これで最後だ!」
狙撃用の魔術弾、最後の一発が発射された。
魔術に込められた魔力に上乗せするようにさらに魔力を込めた渾身の一撃。
着弾と同時に今までにないほどの爆炎をあげ、亜人の左腕が燃え落ちた。
そして同時に右腕も切り落とされる。
両腕を失い地に落ちる太陽を止めるものはもうない。
亜人は正面から太陽に飲み込まれようとしていた。
ルーカスは大火球を顔面で受け止め燃えていく亜人を見下ろし、そして壁の上の共族に視線を向けた。
数多の同族を屠ってきた亜人と初めて正面から対峙し、あわや己もこのまま仲間入りするかと思ったところに現れた彼ら。
はっきり言うと足手まといだと思っていた。
彼らから感じる魔力量は微弱だし、身体能力も差がありすぎる。
ラグゼルの鎧も正直誤差だ、殺す気があればどうにでもなる。
でも今亜人を倒せたのは彼らの援護があったからこそだ。
彼らは微弱な魔力ながら彼ら独自の技術で亜人と配下の魔物相手に対抗戦力となった。
彼らは決して下等な存在でも雑魚でもない。
独自技術を持ち魔族に対抗出来る存在である。
それを改めて理解し、刻み込まれた。
なんて礼を言うべきか。
そう考えたその時だった。
突然全身を炎に包まれた亜人が叫び声を上げたかと思うと、急激にその体が縮み始めた。
それに合わせて付近の魔物が亜人に覆いかぶさり、炎が収まっていく。
──何だ、何が起きてる!?
ルーカスは追撃すべく魔力を集めようとする。
だがもうすでに度重なる損傷の修復で限界が近い、攻撃の魔力を集めた代わりと言わんばかりにルーカスは突然浮力を失い落下した。
「!?」
経験したことの無い魔力消費に完全に計算を間違えたルーカスは、慌てて魔力を浮遊に回し直す。
ルーカスが空中で体勢を立て直すと、同時に魔物の山から何かが飛び出し、そして勢いのままぶつかってきた。
そのまま組み合うようにして上昇する。
それは先程の亜人をそのまま人間サイズにしたような姿だった。
いや、巨大化など聞いたことが無かったので、こちらが本来の姿と言うべきかもしれない。
それが口を開いた、そう口を開いたのだ。
「ワレ……ハ…デキソ………ホロボ……!」
「なんで喋んだよ!」
意味が分からない、理解が出来ない。
普通に考えれば亜人が発生してから5日も経ってないはずだ。
そして植物型は喋れない、言語を持っていない。
アウレポトラの共族から学んだなんて事も考えられない。
「オマ……コロ………コロス!!」
「うるせぇ、お前が死ね!」
両手で亜人を掴み、そして浮遊のための魔力を切ると大きく息を吸い込み、魔力を混ぜると火炎として吹き出す。
至近距離のため亜人に直撃したが、腕を伸ばすと代わりにルーカスの顔面を鷲掴み潰さんと言わんばかりに力を込めてきた。
それを今度はルーカスが相手の腕を握りつぶして引きちぎると、腹に蹴りを入れて距離を開けた。
──あっぶねぇ!クソッ、直撃させたのに効いてる気がしねぇ。魔法に回す魔力もねぇし、
威力が出てねぇこのままじゃ勝てねぇ!
それからチラッと地上を見下ろした。
地上では魔物が群れをなして壁上の共族を追いかけていた。
──あっちもやべぇが、こっちもっ!?
「ガハァッ!?」
一瞬視線を離した瞬間、亜人が背中から串刺してくる。
反応が一瞬でも遅れていれば首を切断していただろう己の腹から生えた亜人の腕を、ルーカスは掴むとそれを抜くではなく寧ろさらに深く引き寄せ背後の亜人を密着させる。
「燃えろ!!」
再び己の体ごと亜人を燃やす。
「ギャアアア!!」
亜人が逃れようとルーカスの体を押すが、逃すまいとしっかり握り込みさらに後ろ手で亜人の口内に片手を突っ込み爪と指を口内に食い込ませると下顎も掴んだ。
そのまま引きちぎろうとするが、今度は亜人がルーカスの腕を掴み攻防が始まった。
だがそれもほんの一瞬で、結局お互いに片腕を引きちぎって距離を開ける。
刺さったままの亜人の腕を引き抜いて投げ捨てると、身体が死なせないとばかりに修復を始めた。
引きちぎった腕にも少し魔力を回そうとするが、何故か身体が言うことを効かない。
──クソッ、なんだこれ、なんで俺が操作出来ねぇんだ!
焦っている間に亜人のほうは早々に修復を終えたらしく、問答無用で再び突っ込んでくる。
ルーカスはそれを片腕で受け止めるが、やはりバランスが悪く受け止めきれずにそのまま後方にぶっ飛ばされた。
「ゴフッ!」
そのまま背中から街中の建物の原型がかろうじて残っていたところ激突する。
しばらく呼吸が止まり、ついでに激突の衝撃で建物が崩れてきてそのまま埋まってしまう。
だが、そんなものはお構いなしに再度突っ込んでくる魔力の塊の存在に、ルーカスは無理やり体を動かして瓦礫の山から脱出する。
直後に質量を持った何かが瓦礫の山に突っ込んでいった。
土煙で視界が遮られるが魔力の気配は間違いなく亜人だ。
ルーカスは逃げを選択し、気配を消しながら廃墟となった建物を遮蔽物に亜人から距離を取る。
──ヤバい、ヤバい、ヤバい。魔力がねぇ、体を動かすだけで限界だ。どうする……考えろ、考えろ!
建物に背中を預け呼吸を整えながら周囲の様子を探索する。
亜人の気配が動く様子がない。
雑魚の魔物のほうはラグゼルの兵のほうに気を取られているのか、こちらに来る気配が無い。
魔物と一定間隔を保ちつつ人数が減っている気配もないのでどうやら上手いこと逃げ回っているようだが、それもいつまで保つか分からない。
──俺が…俺がアレを倒さねぇと恐らく全員死ぬ。だがどうする……ここで一度引くなんて出来ねぇ!……クソッ、なんも思いつかねぇが、とりあえず雑魚と離さねぇと。またこっちの肉壁になられたら面倒だ。
悲鳴を上げる体に鞭打って再び戦うべく一歩を踏み出した時だった。
全身が警告を発し、考えるよりも先に大きく跳躍した。
直後、足元から無数の触手が建物を倒壊させながら出てくる。
無限に追いかけてくるかと思われたが、ギリギリのところで高さが足りず捕まらずに済む。
ルーカスはまだ崩されていなかった壁の上に落ちるように着地すると、触手の持ち主であろう亜人を片目の竜眼を開きながら土煙から再び出てくるのを見た。




