第55話
「1班は引き続き周辺の哨戒にあたってくれ。2班は村の候補地の検討、3班は物資の確認と4班は引き続き拠点防衛で」
オーティスは隊員達にテキパキと指示を飛ばし、隊員達もそれに答えてキビキビと各々行動に入った。
それを見てクーゼルがホォっとため息を漏らしている。
見た目の年の頃は変わらないのに、上からも下からも信が厚く、それに見合うだけの技量も持ち合わせていることに感心したらしい。
そして一通り指示を飛ばし終えるとコルト達に向き直った。
「悪い、待たせたな。早速だけど、対価として何がいいかの検討からでもいいか?そっちの子供達は2班と一緒に村の候補地を探してくるといい。適当に決めると後で大変だから、大人の言うことを聞くんだぞ」
「それ、私も一緒についてってもいいか?ココと村に戻ったときに、あとで取引するかもしれないし、村興しの参考になるかもしれない」
「いいぞ、知らない大人ばっかだとやっぱり不安だろうしな」
「なら僕もいいですか?ここにいてもやることないので……」
消極的な理由だがここにいても多分コルトは暇なのは間違いない。
オーティスも頷き、アーク商会以外の大人たちはどうするかという話になったところ、リキュリールがちょっといいかい!?と身を乗り出して大声を上げた。
大分鼻息が荒い。
「そろそろ私の好奇心も限界なのだよ!ヒャハハハハ、色々聞きたい!!」
と、ギラギラとした目でルーカスや先ほど通信兵やオーティス達を交互に見ている。
「あーえーっと、お姉さんはどういう人?」
若干引きながらオーティスが聞くと、待ってましたと言わんばかりにリキュリールが両手を広げた。
「ヒャハハハ、よく聞いてくれた!悪魔の研究で教会を破門され、以来追手を逃れて西へ東へ知を求め、巡り巡って念願叶ったリキュリールお姉さんだよ!」
場に沈黙が走った。
みなどういう反応をすればいいのか分からない。
「あー、うん、その、なんだ。教会とは絶対に繋がらないってのは分かった」
「ヒャハハハハ!君達に会えた今!私が教会に戻る理由なんてなんぼもないね!そもそも戻っても殺されるだけだしね!」
ヒャハハハハと楽しそうに笑っているが、言ってる事は結構危ない。
「それでそのあんたが聞きたい事ってなんだ?」
「色々だよ!壁の中にはどのくらい共鳴者の文化が残っているのかとか、ハウリルくん達に何をやらせようとしてるのかとか、魔族についても知りたいね!」
最期はズイッとルーカスに顔を寄せたが、普通に片手で顔面を押し戻されている。
「ハウリルくん達はこの後また西に言っちゃうんだろ?なら今のうちに色々聞いておきたいんだよ!」
「……それって今すぐじゃなきゃダメなのか?夜とか落ち着いてからはダメか?」
「夜、確実にその時間を儲けてくれるかね?」
リキュリールが問いかけると、ルーカスが代わりに口を開いた。
「別に今でも問題ねぇだろ?どうせ俺らも暇だし、夜まで鬱陶しい目線に寄越されんのも嫌だろ。クソ司教はどうする?」
「わたしもそれでお願いします。ここまで来るのに下手な話は出来なかったので、ほとんど何も聞けていないんです。クーゼルさんはどうしますか?」
「俺も話を聞いてもいいだろうか。知っておきたいんだ」
「決まりだろ」
「分かった。ならこのままここを使ってくれ。エーリン、お前もここに残って記録しといてくれ。ついでにそこのお姉さんの質問にも答えといてくれると助かる」
「了解しました」
エーリンと呼ばれた通信兵は記録器具を持ってくると一時退出すると、入れ替わりに入ってきた軍人が準備が出来たと報告を入れた。
村担当の2班の人員らしく移動やらなにやらの準備が整ったらしい。
コルトとアンリは嬉しそうに飛び跳ねるクルトたちと共に2班についていった。
次いで机上の品を片付けたルブラン達アーク商会とオーティスが出ていきしばらくすると、色々抱えたエーリンが戻ってきた。
ついでに人数分の飲み物も持参している。
「ただの水ですがどうぞ」
「おっ、悪ぃな。お前無魔だろ?これ壁から持ってきたやつじゃないか?」
無魔と反応するリキュリールの首根っこをルーカスが素早く捕らえた。
クーゼルが髪が青いと指摘した通りぱっと見は魔力持ちに見えるが、こちらで活動するために染めているようだ。
魔族でもなければ魔力の有無は髪色でしか判別がつかないため、魔法が使えない事さえバレなければ外見は問題ない。
エーリンは鼻息の荒いリキュリールを華麗に無視すると、持ってきたものではないと答えた。
「南部に川があるんです。水域がこちら側の山にあり水質に問題がないため私達でも飲めます」
「飲めない水があるのか?」
「無魔に魔力は毒と一緒です。なので私達はラグゼルから持ってきたものしか口に出来ませんが、さすがに持ち込める量に限りがありますからね。こちらで水だけでも確保出来て良かったです。恐らくですが2班が向かったのもその南の河口付近だと思います」
「ヒャハァ!なるほど、やっぱり食べられないのか。なるほど、フラウネールくんが失敗するわけだ!」
何の話か問うと、
「アンリさんの村で話したと思いますが、兄は邪神からの救済という名目で無魔として生まれた子を密かに引き取って育てているんです。ですが、わたしたちと同じ食事では育たなかったんです」
過去に魔力を獲得するために多くの共鳴者が死んでいったように、こちらの人間が育てた農作物はどうしても魔力が交じる。
大人なら少量は摂取出来るが、如何せん赤子だ。
耐えられるだけの体力が無い。
そのため色々と探っている中で気が付いたのだ。
「教会から支給される食料の中に味が違うものがあったんです。それを与えると問題なく成長することが分かりました」
「ハウリルさん、その話は記録に無いのですが」
「最近の情勢や魔物の生態に地図のお話ばかりでしたので失念しておりました、すいません」
平謝りするハウリルにエーリンは訝しげな目を向けたが、それ以上の言及はしなかった。
それよりももっと重要な事があるからだ。
「その話から推測すると、魔力を含まないように農作物を育てる方法があるように受け取れるのですが、どういう事でしょうか?」
「それについてはリキュリールさんが詳しいのでは?」
「あー、やっぱり話さなくちゃダメかね?」
出来れば忘れたいと宣っているが場の空気が許さなかった。
「分かったよ、話すよ。お察しの通り、味の違う食料の出処はハンスヴァー枢機卿の秘匿牧場さ。あれの中身が尋常じゃなくてね、正直外道の所業だよ」
そしてリキュリールが語った内容は、忘れたいという言に納得しか生まれなかった。
1000年稼働していたそこの牧場はハンスヴァー枢機卿の一門が管理しているが、当然彼らが汗水流しているわけではない。
「家畜化された無魔が働いてるんだよ。彼らが畑を耕し家畜に餌をやってるんだけど、まぁそのなんだ。家畜っていうくらいだ、彼らに意志は無い、人形とほぼ同じだよ。命令のままに畑を耕して、家畜に餌をやって屠殺したりされたりしてるんだよ」
「待て待て待て、屠殺したりされたりってなんだ」
「そのまんまだよ、働けなくなった無魔は家畜の餌として殺されるんだよ」
当然それを行うのも無魔だ。
彼らは親兄弟をそういう概念すら知らずに動けなくなったものを機械的に処分する、例外など存在せずそこで生まれたものは全て同じ終わりだった。
ルーカスとエーリンは嫌悪の表情で押し黙り、クーゼルも目を見開いている。
「魔力持ちのわたしたちが魔力の影響が出ないように育てる方法を独占しているわけではなく、実際に魔力の無い共鳴者に育てさせていたから魔力が含まれない正常な農作物があったという話でいいですか?」
淡々と話を進めるハウリルにリキュリールが頷いた。
「その通りだよ。でももうあそこはもう綺麗さっぱり全焼して、ハンスヴァー枢機卿の一門以外はみんな死んだ。この話はこれでいいだろ?思い出したくないんだよ、ちょっとした好奇心で深く探って後悔してるんだ」
「あなたが燃やしたわけではないんですよね?」
「失敬だよハウリルくん!確かにあの状況じゃ死が救いなんだろうけどね、だからってあの場の大勢を焼き殺そうと思えるほど気は大きくないよ!」
そしてこの話は終わり!とリキュリールが打ち切るが、誰もそれに反対しなかった。
そしてエーリンが今の話の記録を終えると、今度はルーカスのほうに向き直った。
「無魔の力にも興味はあるけど、先に魔族について聞いてもいいかい!?終わったらまたハウリルくん達と行っちゃうんだろ?」
「そうだな、出来ればさっさと出ていきてぇな」
「冷たいこと言うじゃないか!」
「うるせぇ、さっさと話進めろ」
「そうだとも!気を取り直して聞こうじゃないか!君の今の姿は外見は共族と見分けがつかないけど、他の魔族も出来るのかい?」
「あぁ?知らねぇけど出来んじゃねぇの?」
「おやっ、疑問形かい?」
「変える理由がねぇのにやるかよ。向こうで敢えてお前らに似せる奴なんて見たことねぇし、聞いたこともねぇよ」
それがそんなに興味を引くのかと疑問に問うと、仮の話として前置きをした上でとんでもない事を口にした。
「君以外の魔族がこちらで活動してるんじゃないかって思ったんだよ」
「あぁ!?」
「………確かに。なぜその考えに至らなかったんでしょうか」
「いやっ、無理だろ。魔人の老化ってお前らより遅ぇんだぞ、俺だって50年くらい外見ほとんど変わってねぇし。さすがにお前らの寿命じゃ何十年も老けねぇ奴なんてどう考えても怪しいだろ」
「でもだねー、一時的に社会に紛れるくらいなら出来るだろうよ」
「そりゃ出来るかもしんねぇけど、魔人はどいつも共族なんてその辺の羽虫と変わんねぇと思ってんのに紛れるなんて無理だろ。お前ら虫の群れに虫のフリして紛れられんのか?」
「羽虫とはまた酷いじゃないか。さすがに虫のフリは無理だと思うけどねー、けど現に君が共族の中に完全に紛れている以上可能性が無い話じゃないだろ?」
君は正体表すまで気付けたかね?とクーゼルに問いかけると、はっきりとあの場で姿が変わるまでは同じ共族であることに何の疑問もないと答えた。
ハウリルのほうも以前言っていたとおりに、事前知識があったから細かい条件で気付けただけで、姿だけでは判別不可能だろう。
少々人付き合いが悪そうだったとはいえ、会話は普通に成立していたし、普段の行動に何か特異な事があった訳ではない。
それはお互いに正体を知った今でも変わらない。
普通に接している分には、ルーカスは感情表現に至るまで共族と何ら変わりないのだ。
「初めてこっちにきてそれだけ自然に馴染めるなら、他にも人型の魔族がこちらにいるって考えたほうが良いと思うんだよねー」
「……仮にそれが本当であるなら、あなたが偽名を名乗る意味が出てくるかもしれないですね。寧ろラグゼルはそれを見越してあなたに偽名を名乗らせている可能性もあります」
どうですか?とエーリンに問いかけると、階級が下なのでそれについては把握していないが、オーティスであれば教えてくれるかは分からないが知っている可能性があるらしい。
気安い人柄だがあれで軍の実力者であり隊長職につけるだけの信頼が上からある。
今回の壁外調査部隊の隊長に選ばれていることからも、それが十分伺い知れるだろう。
「ヒャハハハ、あくまでこれは予想だけど、でももしずっと前から密かに魔族がこちらを監視していたとしたらワクワクしないかい!?」
「しませんよ」
「冷たいね!でも教会の神は魔族だし、もしかしたら教会の上層部が魔族と繋がってるなんてことがあるかもしれないよ!?そしたらどうするね!ヒャハハハハ、興奮してきた!」
「それは無いと思いますけどね。魔族と上が繋がってるなら、歴代の教皇が捕食される理由が分かりません。直接魔族から何か提供してもらうほうが効率的でしょ、そのほうが魔力維持も増強も効果が高いでしょうし」
「なるほどね、一理あるとは思うよ!でもわざわざ羽虫を強く育てる理由もないし、別の支援をしてるって可能性もあるじゃないか。その辺りはどう思うかね魔族代表君!」
問いかけられてルーカスは口を引き結んで目を閉じた。
仮に魔族が共族を支援しているとしたら、色々考えても必ず魔王が関わっているとしか思えない。
だがそれを実の子供である自分には知らされていない。
あれだけ色々調べても欠片も出てこなかった。
そして思い浮かぶのはアウレポトラで見た攻撃の痕。
どうみても上位、それも議席を得るような力を持った魔族の攻撃痕だ。
記録にも残っていない自分も知らない出撃。
──俺はやっぱり親父の期待に添えるだけの力が無いのか?
今もって浮上しない己の議会入りの話、侮られることは無いが絡まれる事もない。
まるで最初からその話は存在しないかのようだ。
考えたくない。
両親は優しかった、あの目には失望も侮蔑も無かった。
でも自信が無くなってきた。
だから一言、分からない。としか答えられなかった。




