第53話
長い溜息を吐かれ、みながそちらを見ると会話に混ざる気が無さそうなルーカスが、相変わらずめんどくさそうな顔をしながらこちらを見ていた。
「……なんだよ」
「なんだよじゃねぇよ。いつまで時間を無駄にしてるつもりだ、日が暮れちまうぞ」
「ならあなたが決めてくれるんですか?」
「責任を俺に投げんな!てめぇらのケツは自分で持てよ。いいか、決められねぇのはお前ぇらがこれから先どうしたいか、どうするかが決まってねぇからだよ。ただうだうだなんとなくその場のノリで決めんじゃねぇ」
「なっ、何を言う!わしが従業員やその家族の事を考えてだな!」
「あぁお前はまぁ許す、商人だからな。問題は……ハウリル、お前はこの先どうするつもりだ?」
ハウリルに問いかけながらもルーカスは、次に司教と討伐員のほうも見た。
つられてそちらを見ると、彼らはまだ揉めているようだ。
それを見てまたルーカスはしょうがねぇ奴らだなと盛大なため息を吐いた。
そして手を振り上げると生み出した水球を思いっきり彼らの足元に叩きつける。
その瞬間、条件反射としか言えない速度で討伐員が斬りかかるが、ルーカスは涼しい顔で3人分の攻撃を剣一本で受け止めていた。
驚愕の目で受け止める討伐員達。
対して、受け止めたほうは3人分の攻撃でもびくともしない剣のほうに感心している。
「貴様!どういうつもりだ!」
「関心こっちに向いて手っ取り早いだろ?」
どういう思考でそうなるのかは分からないが、気を引くためだけに水球を投げつけたらしい。
「お前ぇらはこの先どうすんだ?」
どこまで逃げるのか。
終わりはあるのか。
隠れ続けるのか。
このまま逃げ続けられると思っているのか。
教会がこのまま見逃す保証はあるのか。
誰も答えられないならここで死ぬのと何も変わらないぞ、と。
「魔族に…魔族に何が分かるっていうんだ!最初から貴様らが攻めて来なければ、我々は今も北の地で暮らしていたはずだ!」
当然の発言に憮然とした表情になったルーカス。
そうだ。
魔族である以上、この場においての発言が全てやぶ蛇であり、何を言ってもお前が悪いと言われるのは当たり前なのだ。
ルーカスだってバカではないので、それは当然分かっているはずである。
「んなこた俺だって分かってんだよ。俺らの先祖がこっちに攻めこなきゃ、お前らはすげぇ技術ですげぇ暮らししてた事ぐらいはな」
だからこそほっとけないのだ、惜しいと思ってしまうのだ。
いつか故郷でみたいと思い描く遠くの憧憬だ。
「壁の向こうがどうなってるか知ってるか?誰も飯にも住む場所にも困らねぇ、病気や怪我だって誰でも医者にかかれんだ。あとすげぇぞ、ただただ楽しむだけの場所があって、大勢の人間がそこじゃ苦しいとかつらいとかそんな事は知らないって顔してんだ。分かるか?」
あそこはまるで知らない世界だ。
老いも若きも弱者も強者も関係なく人として暮らす事が出来る場所だった。
それが例え緻密に管理された作られた表層のものであっても、笑顔が強いられた見せかけであるとはとても思えなかった。
魔族ではありえない。
弱いものは常に強いものの養分として、顔色を伺い従属や隷属をしなければ安全を確保出来ない。
例え強い者として生まれても、常に誰かに顔色を伺われ、そして誰かを蹴落とすために利用された。
そういうものなのだと思った。
でもそれが嫌だった、だから魔王城から抜け出して各地を回っていたこともあった。
「お前ぇらは俺らと違って誰かのために何かをやれる奴らだ、ならここで立ち止まってる場合じゃねぇだろ」
今この瞬間ももしかしたらすぐ後ろにまで脅威が迫っているかもしれない。
そしてずっとこのまま怯え続けて生活するなんてのも限界がある。
さらに他にも懸念する事がある。
自分達が抜けた穴の代わりだ。
元々働かせるつもりで拉致されたのだ。
それが逃げ出したとなれば、当然それを補填するためにまた他から連れてこられる人間が出てもおかしくない。
ロバスは唸りながら唇を噛んだ。
そして振り絞るようにして呼気を吐き出すように呟いた。
「分かっているのだ、これが一時凌ぎで根本的な解決にはならず、俺らが逃げ出せば被害が増えることなどな」
それでも目の前で苦しんでいた彼らを見捨てる事も出来なかった。
だから今まで見ないフリをしてきた。
「ロバス、もう逃げるのはやめよう。どこかで奴らに立ち向かわなきゃ俺たちはずっとこのままだ、もうこれ以上犠牲を出したくない」
「ロバス司教、私も同じ教会の者として思うところがないわけではない。だからと言って今の教会が正しいとも思えない」
「……そうだな」
どうやらロバス達は覚悟を決めたようだった。
「ハウリル、貴様の言っている事が全て真実だとは思わん。だがこのままでは遠からず保たないのも確かだ。だから頼む、助けて欲しい」
「………いいでしょう。上手くいけば壁に恩を売れるかもしれません」
構いませんか?とコルト達にも確認を取るハウリル。
コルトは当然問題ないし、アンリもしょうがないといった感じだ。
ルーカスもいいんじゃねぇの?と特に反対の態度を見せていない。
ロバス達が壁と接触する事を決めると、ルブラン達アーク商会もそれならという感じで応じる考えになったようだ。
それからどうするかという話になった。
先ず避難民全員を一気に移動させるのは無理だ、片道で数週間の距離である。
すでに体力が限界のものもいるため、これ以上の無理はさせられない。
それにこれまで敵と言われていた壁に頼るだから説得は必須だろう。
そのためロバス達司教と討伐員2人は残ることになり、同行するのは元上級討伐員でロバスとも行動していた者、クーゼルのみとなった。
リキュリールと子供達は元々この話の大本でもあるため、当然同行だ。
ちなみにその間の避難民の生活費はアーク商会が立替ることになった、村が回り始めた頃に返すということで話がついたのだ。
なのでなんとしてでも壁の支援を受けて改に村を開拓せねばならない。
一行は再び東へ向けて出発したのだった。
東の壁付近についたのは数週間がたったころだった。
アンリの村を通り過ぎ、そこからしばらく南下したころ、ルーカスが一行を止めた。
「不自然に点在する魔力がある。こっちを包囲するように動いてるから、多分壁の連中だな」
その言葉に緊張感が走り、クーゼルが武器に手を掛けたのでハウリルが止める。
「ど、どっど、どうするのかね!?」
「先にこっちから接触したほうが良いだろ、先手取られるとめんどくせぇ」
「なら僕が行くよ。僕が一番警戒されないはずだ」
コルトが名乗り出ると、ルーカスは腰の剣を外して投げ渡してきた。
いきなりで受け取りそこねたそれを地面から拾うと、口を曲げて微妙な顔をしながらついてこいと言って歩き出す。
だがふと足を止めると振り向いた。
視線の先にはさも当然のようについてこようとするクルト達の姿がある。
「何してんだお前ら」
「オレたちも行くんだぞ!」
腰に手を当てドヤ顔をしているが、これから向かうところは危ない場所である。
とても子供の同行は認められない。
「遊びじゃねぇんだぞ」
「分かってるぞ!オレたちの村を作るために取引に行くんだ!」
「なら大人しく待ってろ」
「やだ!オレたちの村だからオレたちもいくんだぞ!」
と言って、背後からこっそりと捕獲しようとしていたクーゼルとアンリの腕をすり抜けると、コルトとルーカスの足にしがみつこうとしてきた。
案の定どんくさいコルトは見事に両足を取られてしまうが、ルーカスのほうはジャンプしてそのまま宙に浮くことで回避したようだ。
浮いた状態であぐらをかき、見事に捕まっているコルトを見てため息を吐いている。
「連れてってあげればいいではないですか、彼らが子供相手にいきなり襲いかかってくるとは思えません」
「んなこた分かってるが、めんどくせぇだろ」
人の手が全く入っていない森の中だ、しかも昨日雨が降ったため地面が泥濘んでいる。
子供が歩くには少々危ないし、骨が折れるだろう。
だがコルトにしがみついたクルトたちが離れる気配がない。
「俺は責任取んねぇぞ」
「はいはい。治療の交渉はわたしがしますからさっさと行きなさい」
ということで子供同伴になった。
コルトは両手に年齢が低い子の手を握りながら泥濘んだ道を歩いていく。
ルーカスのほうは1人で目的地が分かってるようにさくさくと歩いており、その後ろでクルトもなかなか手慣れた様子でぴったりとついていっている。
聞いてみると元々住んでいたところが雨が多い地域だったらしく、もっと幼い頃から泥濘んだ道を裸足で歩きまわっていたらしい。
そして少し奥まで入ったときだった、ルーカスが足を止めたので何事かと後ろから覗き見ると、銃を構えたこちらにあるような服を着たオーティスが明らかに警戒した険しい顔で立っていた。
軽く手を上げてよぉっとルーカスが挨拶をしているが、オーティスは微動だにしない。
トリガーに指を掛け銃口を真っ直ぐこちらに向けたままだ。
「あっ、あのオーティスさん!その僕達です!コルトです!」
前に出て名乗ると、一瞬で銃口がこちらに向けられそれに恐怖して固まる。
すると、それを見てオーティスが少し警戒を解いたのか銃口が真上に向けられた。
「はぁ……予定じゃとっくに向こうの大陸に渡ってたと思うんだけどな、お前らなんでまた戻ってきたんだよ。それでその子供はなんだ?」
「港までは行ったぞ、そこで問題が出来たんだよ」
「オレたちの村を作るんだぞ!」
えっへん!と胸を張るクルト頭を叩いたルーカスはぽんぽんと叩いた。
それをオーティスはうちは託児所じゃないと微妙な顔で見ている。
「なんかこいつら住処を追われたらしくてな、新しい場所に住むを作るのにお前らの手を借りられないかって思ってな」
「見返りは?」
「こっちで活動すんのに、隠れ蓑の拠点は欲しいだろ?」
「…後ろの連中含めてどこまで知ってる」
「全部だよ全部、俺が魔人な事も知ってる」
「………」
オーティスが頭を抱えた。
そして上に向けて一発撃つと、とりあえず話は聞いてやると呆れ顔で言うのだった。
 




