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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第3章
52/273

第52話

どのくらいの時間がたっただろうか。

短いような長いような時間だったが、コルトはルーカスの勝手な行動に怒りを感じ、ズンズンと歩くと怒鳴った。


「勝手な事するなよ!」

「勝手ってなんだよ。じゃあお前はあのままなし崩し的に殺し合いに突入しても良かったのか?」

「それは……その………思うけど」

「私もそうだと思うな」


アンリが未だに斧から手を離さず、ロバス達を見据えながら口を挟んだ。

ハウリルも同意するように首を縦に振っている、どうやら全員同じ見解のようだった。

多少強引にでもおさめる必要があった、それは確かだ。

──僕今魔族だからって理由で怒ったかな…


「ぐっぐぬぅ……何故だ……何故貴様は我々を殺さない」


未だに地に伏し、体の痛みを押さえながらロバスは絞り出すような声を上げた。

他の司教と討伐員達も何とか体を起こし、こちらを警戒しながらお互いを助け起こそうとしている。


「なんでお前ぇらと同じとこまで落ちてやんなきゃいけねぇんだよ」

「なに!?」

「わりぃが俺は弱ぇ奴を嬲る趣味は無い」


ロバス達が意味が分からないという顔をした。


「つまんねぇ奴らだな。お前ぇら全員魔術使えんだろ?それに対してこっちはどうだ、ガキに商人に腰抜け、あとよく分かんねぇの。お前ぇらが魔術一発でもぶっぱすりゃ半分は殺せんだろ。俺らを悪と決めつけて糾弾すんのはどうでもいいが、見た目の戦力差はお前らが上だろ」

「魔族が知ったような口を!」

「じゃあ殺し合いでもするか?」

「やめなさい、また不毛な時間にするつもりですか」


呆れた口調でハウリルが諌めると、両手を上げてルーカスがもう口出さねぇよと降参した。


「さて…、では交渉しましょうか」

「交渉だと!?ふざけているのかハウリル!」

「まさか!お互い穏当に済ませたほうが良いと思っての提案ですが」

「悪魔どころか魔族とも繋がっている貴様がなにをっ」

「待てロバス!」


この状況でもやる気を見せているロバスに対して、昨日もいた討伐員の男が止めに入った。


「落ち着け!魔族とまともにやりあっても、全員殺されるだけだぞ!ここまで逃げて来たのにそれを台無しにするつもりか!ここは交渉に応じるべきだ」

「お前こそ何を考えている、魔族が信用出来るわけないだろ!」

「だが少なくとも今は生きられる!」

「遅いか早いかの違いだったらどうする!」

「結果が同じでも今死にたい奴はここにはいないだろ!」


他はどうだ?と男が仲間を見渡すと、元討伐員達は男に同調する素振りを見せているが、もう1人の司教のほうは迷いを見せていた。

男はさらに言葉を重ねる。


「今ここで俺らが死んだら、あいつらや…一緒に逃げてきた奴らはどうなる!もう限界なんだぞ!ここまで来たのに諦めてたまるか」

「それで生きるために捨てろというのか?かの英雄たちが作ったものを、今まで繋いで守って来たものをここで捨てろというのか!?」

「……その繋いだものは俺たちを守ってくれないじゃないか」


それを聞いてロバスは唇を噛み、もう一人の司教も手で顔を覆ってしまった。

コルトはなんだかとても悲しい気持ちになった。

生きるために何かを捨てられる人、死んでも何かを守りたい人。

どっちも正しいと思う、信念が違うだけだ。

でもそれは、時に目的は同じなのに同じ道を通る事を出来なくさせてしまう。

教会の教義を作った当時の人達はみんなを守ろうと必死だったのだろう。

過去の人達が誰かのために戦った記憶があるから、だから今目の前で言い争っている人達も誰かを守ろうと立ち上がれたんだと思う。


「バカですね。頭では分かっているのでしょうが、心がついていかない。教会の中枢に近かった分、それを否定することが過去を全て否定することだと思ってしまうのでしょう」


ハウリルはポツリと呟いた。


「お前さんも同じところにいたんじゃないのか?」

「同じところにいても同じ視点とは限らないでしょう。教会の中にいるようで、ずっと外にいましたから」

「外ね……お前はあんま自分のこと喋んねぇよな。俺らの素性ははっきりしてんのによ」


ルーカスが直球で聞くと面白くない話ですよとハウリルは前置きをした。


「兄の魔力が過去に類を見ないほど量も質も図抜けて生まれたんです。それで一気に注目され教会の要職にもつけた両親は2人目を狙ったんですよ」


だが生まれた子供は教会の中では平均の範疇、至って普通の平々凡々だった。

普通ならそれで何も言われなかっただろう、特別低いわけではなく平均値であれば十分なはずだ。

だが先に生まれたほうが出来すぎた。

そのため膨らんだ両親の理想が反転し、失望も大きかった。

両親からもらったものは名前だけだった。

ハウリルが生きられたのはフラウネールが年齢の割に物分りがよく、その時点ですでに次期教皇の中に名を連ねていたため、顔を覚えられたい人間が積極的に必要なものを用意した。


「わたしには兄しかいませんでした」

「……なんか聞いて悪いな」

「いいえ、もう終わったことですし、残念ながらわたしも大人になってしまったので………。それよりこれからあなたたちはどうしますか?」


ルブランはあー、と言葉を濁した。

そして商会員達を見渡す。


「わし1人じゃ決められん、事がデカすぎる。お前さんらの言う取引先って壁の奴らだろ?」

「西だけで活動する分には避難民が向こうに戻る可能性は低いので問題ないと思いますよ、黙っていればね」

「それはそうなんだろうが、お前さんらの話を聞いてると、このまま向こうで活動し続けるのも危なそうなのがな」


うーんと唸るルブランは話し合ってくると言って商会員を集めだした。

なんかすっかり各々のグループで話し合いの状態になっている。

そうなると次は落ち着いたのか声を掛けてきたのはリキュリールとクルト達だ。

クルト達は顎に手をあてシゲシゲとルーカスを観察しているリキュリールの影に隠れながら、同じようにルーカスのことをコソコソと見ている。


「ヒャハハハ、まさか本当に魔族とは思わなかったなー」


珍獣を見つけたようなリキュリールが不快だったのか、ルーカスは器用に片眉だけ上げてその言葉に反応すると徐々に角と甲殻が引っ込み、徐々に肌の色も共族に近い色に変わっていき、あっという間にいつもの偽装体に戻った。

その様子をクルト達は目を丸くしながら見ていた。


「ヒャハァ!凄いね!そうなると完全に共族と変わらないな!」

「みせもんじゃねぇよ」

「それは分かっているけどね!知的好奇心が疼くんだよ!」


不躾な態度なのは分かってるよ!と言って開き直っている。

そして手をワキワキさせながら、聞きたいことが山ほどあるとも言い出した。

それはそうだろうとは思うが、ハウリルが待ったをかけた。

曰く、商会と避難民どちらか片方でも協力が取り付けられた場合は説明が二度手間になるからだ。

待つことしばし、先に結論を出したのは商会のほうだった。

ルブランが全員を引き連れてやってきた。

何人かは偽装体に戻っているはいるルーカスを恐れているのか、目を合わせようとしていない。


「全員で話し合ったが、結論から言うと決められない、だ」


そうでしょうね、とハウリルは同調する。

曰く、取引で得られるものが分からない。

バレた場合のリスクも高すぎるが、このままでは先が無さそうな感じもある。

とここで結論を出すには決定打が無かった。

ふむ、と考える仕草をすると、ハウリルはコルトを見た。

なんだろうかと身構えると。


「鉄などの金属をご提供いただける可能性はどう思いますか?」


どう思いますかと聞かれてもコルトには答えられない。

国の備蓄の状況をコルトなんかが知っているはずがない。

だが金属という言葉にルブランは反応した。


「金属が取引出来るほどあるのか!?」

「えぇと…はい……あるとは思いますけど、でも僕は国の備蓄なんて知らないし」


その言葉に商人達がにわかにざわついた。

よく分からないという顔をすると、南部では金属が産出しないため貴重なのでほぼ全てを教会が管理しており余程のことで無い限り手に入らない。

なら建物はどうやって建てているのか聞くと、建材は主に石材が使われているとのことだ。

だが同時に険しい顔もしている。

貴重過ぎるからこそ出処を疑われたら終わりだろう。

すると、ハウリルがいっそのこと通貨をもらってはと言い出したが、ラグゼルとこちら側では当然出回っているものが違う。

つまり偽造するという事になるが、ラグゼルでは通貨の偽造は重罪だ。

バレたら問答無用で素材刑にされ戸籍ごと無かったことにされる。


「だっ、ダメですよ!偽造通貨って重罪なんですよ!」

「おやっ、そうなのですか?」

「お金なんていっぱいあったほうがいいだろ?なんでダメなんだ?」

「えぇっと、それは……」


前にざっくりと授業でやったような気がしたが、興味が無かったので聞き流してしまった。

偽造しなければいいという事だけを覚えていれば良いんじゃないかなと思ったのだ。

なので理由を聞かれてもコルトは返答に詰まってしまった。


「とりあえずは、物質的なものであれば望むものが手に入る可能性は高いと思いますよ。あなたたちの持つ西の魔物の素材を彼らが入手するのは厳しいと思いますので」

「ふーむ、なるほど」

「商会長。これは我々だけの品を取り扱える可能性もあるのでは?」

「……それもそうだなんだがな」


イマイチ端切れが悪いルブラン。

他の商会員達も判断がつかないらしく、結論を出したと言いつつ結局何も決まっていない。

ぐずぐずとどうしたものかと止まっていると、呆れたようなあからさまに見せつけるような長いながい溜息がその場の空気に1石投げられた。


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