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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第3章
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第47話

エータスではルーカスの懸念通り不穏な空気が漂っていた。

町中は身なりの汚いものでごった返しており、あちこちで喧嘩や揉め事が起き、子供が泣きわめいていた。

住人と思われる人達はそれを遠巻きにして嫌そうな顔を向けていた。

完全に無秩序で混沌とした状況だった。

ルブラン達も眉根を潜めて嫌な顔をしている。


「ちっ、これじゃ商品に何されるか分かったもんじゃない」

「商会長、一度外に出たほうが良いかもしれません」

「そうだな。おまえさんらはどうする?」

「わたしはこのまま情報収集しようと思っています」


一人で大丈夫というので、なら先に3人は宿を探しに行くことになり、そこでルブランとも分かれた。

そしてハウリルが先ずは港の責任者に会ってきますと歩を進めた時だ、声を掛けるものが現れた。

祭服を着た男と、その後ろには武装した男が腕を組んでこちらを見ている。


「ハウリル!お前こんなところで何してるんだ。またフラウネール枢機卿の極秘任務か?」

「お久しぶりです、ロバス司教。極秘とはまた大業な。わたしはただ兄の目が届かない場所に赴いて、兄の目の代わりをしているだけですよ」

「枢機卿個人の命なら極秘と変わらないだろ」


そんなことはないですよといつもの笑顔でしれっと返している。


「それよりもこれはどういう状況ですか?」

「西からの避難民だ。年々食べ物が減っているのは知っているだろう?ここにいるのは教会の施しを受けられない者たちだ」

「どういうことです。減っているとはいえまだ余裕があったはずです、教会にも蓄えがあったはずでは?」

「そうだ!だが教会は突然条件を付けてきたんだ!」


噂を知らないフリをして話を進めるハウリルに、ロバスは苦虫を噛み潰したような顔で大声を上げた。

急に大声を出されコルトは少しビビってしまう。


「上の連中は討伐員になれないものは危険な遺跡の発掘に従事しろと言ってきたんだ、そのせいですでに何人も死んでる!」

「遺跡とはなんです?」

「知らないのか!?北の山の遺跡だ。聖戦でこちらに来るのに使われた道というのが崩れて埋まっているらしい、その発掘調査だ。上手くいけば再び北の地を手に入れ、この状況を打破出来ると上は踏んでるらしい」


確か以前ハウリルは北の山の麓は禁足地になっていると言っていたはずだ。

そして山は標高も高ければ幅もかなりの長さがあると聞いている。

すでにあるものの発掘とはいえ、人力でやるのはかなりの無茶だ。


「ここにいるのはその労役から逃れてきた者たちだ。中には強制連行される寸前の者もいる」


許せん!と憤るロバスに呼応するように後ろの男も力強く頷いている。

そちらは誰かとハウリルが問うと、男は西の元上級討伐員なのだという。


「俺らは南で異端審問官に連れ去られそうな奴らを保護してたんだよ。それが見つかって討伐員の資格が剥奪されて、さらに追われる事になったんだ」


すでに教会は表と裏の両方で人狩りを始めているらしい。

幸いなことに他にも何人か協力してくれる討伐員がおり、逃れる過程でロバス率いる遺跡の逃亡者とも合流し、力を合わせて何とかここまでやってきたらしい。

だが何とか東大陸に渡れたは良いものの手持ちのお金が無くなり、日々の食事もままならない。

いい加減限界がきている。

喧嘩や揉め事が増えているのもその証左だろう。


「ハウリル、お前の兄のほうからどうにか出来ないか?」

「どうと言われましても、うちが弱小派閥なのはご存知でしょう?現状ではほぼほぼ名前だけの状態です。こちらから救済するにもあっという間に潰されてしまいますよ」

「はっ!邪神に染められた無魔のガキを救済する余裕はあんのに、真面目に神を信仰してる俺らを助ける余裕はないってか」


ロバスのその言葉にハウリルの表情が歪んだ。


「何も知らないくせによくそんな物言いが出来ますね、なんの罪もない子供を親の罪で殺すことを神は本当に求めたのですか?」

「我らの神が与えし力を捨てて、我々共族を見捨てた神に縋るようなクソどもを生かしておくほうが罪だろう!生まれた事が悪なのだ!!」


コルトはそれを聞いて愕然としてしまった。

そこまでして教会は無魔を、共鳴力を無かったことにしたいのか。

そんなに創造神が憎いのか。

コルトは思わず反論しようと口を開きかけるが、その前にハウリルが動いた。

今まで見たことがないくらい怒りを滲ませロバスの胸ぐらを掴んでいる。

だが元討伐員の男がその喉元に剣を突きつけたため、それ以上は何も出来なかった。


「はっ!いつも冷静なお前がそこまで怒るとはな。まさか貴様ら兄弟揃って背信を企んでるじゃないか?」

「兄はいつだって弱き民が生きられる道を探していますよ」

「その弱いものが邪神のガキってか?まさか後ろのガキ共もそのために集めたんじゃないだろうな」


ロバスがせせら笑い手を上げると討伐員の男が動いた。

同時にアンリもハウリルを助けるべく斧を抜くが、それよりも先に討伐員の男が視界から消え去った。

思わず最悪の結果を想像したが、そうではなかった。

討伐員は頭を踏まれた状態で地に伏していた。


「おいおい、早速殺し合いか?」


討伐員の頭を踏みつけ、奪った剣を片手で弄びながら全く緊張感の感じられない声を上げたのはルーカスだ。

討伐員はもがいているが、問答無用でゴリゴリと踏みつけるばかりか、剣の切っ先で股間をつついている。

何故か関係ないコルトも股間がもぞもぞしてくる。

ロバスのほうは信頼していた討伐員、それも元上級があっさりと無力化されてあからさまに狼狽えていた。


「クソ司教、珍しいじゃねぇかお前が考えなしに行動すんのはよ。どうした?」

「………」


ルーカスに声を掛けられ、ハウリルは我に返ったのかいつもの笑顔になり、狼狽えるロバスから手を話すと一歩下がった。

それをみたルーカスは鼻を鳴らすと、ロバスに顔を向けた。

心底不快そうな顔だった。


「邪神のガキだかなんだかほざくがな、お前ら今やってんのは壁の奴らがやったことと何が違うんだ?ついでに、こんなに罪のねぇ奴らが苦しんでんのに、おめぇらの神はなんで助けてくれねぇんだろうなぁ」


言われてみればそうだ。

彼らが悪魔と呼ぶコルトたちラグゼルの住人は、戦えないものや教会から逃げてきたもの達が始まりだ。

やってる事は同じなのに、なんでそんなに酷く言われないといけないのか。

それに教会の神はともかく、創造神のほうはこんな状況でも何故助けてくれないのか。


「神はすでに我らを見捨てたというのか!」

「知らねぇよ、興味ねぇし」


心底どうでもいいという顔でルーカスは討伐員を踏むことをやめると、蹴り飛ばして表を向けさせた。

討伐員は素早く起き上がると、ロバスを守るようにルーカスの間に割って入る。


「ハウリル。お前の連れは随分と口も態度も悪いようだな」

「それ以外の欠点はありませんので」


バチバチと火花を散らす司教2人に対して、ルーカスのほうは投げやりな感じで奪った剣を投げ返すと、コルト達に向き直り時間の無駄だからさっさと宿取るぞと歩き始めた。

ハウリルもそれを見て行きましょうと踵を返し、アンリも斧をしまった。

その時だった。

港に併設された市場から悲鳴が上がった。

思わずそちらに顔を向けると、同時に魚を抱えた顔面を血で汚した子供が市場から出てくるところだった。

その後ろには市場の商人か、男が怒りの形相で追いかけている。

コルトは思わず後ろからの待てという静止も聞かずに条件反射でそちらに駆け出すと子供に殴りかかる男との間に割って入る。

だがその拳がコルトに降り掛かってくることは無かった。

直前でルーカスが己の手のひらで拳を止めていたのだ。


「コルト!自分の身を守れねぇ奴が他人を助けんじゃねぇ!」


ルーカスは周囲の目も気にせず怒鳴り散らし、まさに鬼の形相といった表情だった。

その間に商人は子供から魚を取り返すと、傷がついて売り物にならなくなってしまった魚にがっくりと項垂れている。

すかさずそれに子供が飛びついたが、それで奪えるほど商人は油断をしていなかった。

代わりに今度は子供をしっかり殴り返している。

それを見てコルトは慌てて抱き起こした。


「ちっ、てめぇらのせいで外の客が逃げて商売上がったりだ!その上商品まで傷つけやがって。おめぇらもそのガキの仲間か?」

「おいおい目ついてんのか?こんなに身なりがキレイなのにそりゃねぇだろ」


そう言って大げさに両手を広げアピールするルーカスを上から下までジロジロと観察した商人はやがて納得したらしい。

一つ頷くと勘違いして悪いなと謝り、それにルーカスも次は間違えるなよとその場を収めた。

そこにロバスと討伐員、その後ろからアンリとハウリルも遅れてやってくる

コルトから子供を受け取ると傷の様子を見始めた。


「おい、てめぇら商人を台無しにした金はちゃんとは払うんだろうな?」

「もう手持ちがほとんどない、俺がしばらく働くからそれで許してくれないだろうか」

「舐めたこと抜かしてんじゃねぇ、ダメに決まってんだろーが!てめぇらのせいでどんだけ損害が出てると思ってんだ、こっちが生活出来ねぇだろうが!!」


商人は絶対に許さないという気迫でロバス達に迫っている。

ならコルトたちが払えないだろうかと、鞄に手を伸ばすとハウリルにそっと止められてしまった。

そして無言で首を横に振られる。

なんでだ、どうしてダメなんだ。

今目の前で苦しんでいる人がいるのにどうして助けちゃダメなんだ。


「中途半端な施しが一番ダメなパターンです。一度助けるなら最後まで面倒をみる覚悟と用意が無ければやってはいけません、人は中途半端で打ち切られた施しを裏切りとして一番恨みます、知らない存在には怒れませんから。今のあなたにそれが出来ますか?」

「弱者の救済なんて強者の特権だぞ、お前は違うだろ」


それは考えたこともない視点の言葉だった。

そして指摘されたものをコルトは持っていなかった。

でもそれはあんまりにもあんまりな話だ。


「………誰かを助けるのに資格って必要なものですか、目の前で苦しんでる人を助けちゃダメなんですか!?」

「双方一時的なものであるという同意があれば構いませんよ。でも今回はそういう訳にはいかないでしょう」

「それにお前、目的見失うなよ。俺らの仕事は教会からあぶれた奴らの救済でも、教会の尻拭いでもねぇだろ」


そうだ、自分たちがやろうとしているのはもっと根本的な、こんなの状況になってしまった事への対処のはずだ。それが叶わないとしても、せめて何か前に進むための方法を探す事だったはずだ。

それは分かっている。

でもだからといって目の前でお腹を空かせた小さな子をこのまま見捨てるなんて事も出来ない。

そんなコルトたちの様子を見て、討伐員の男は小馬鹿にしたように口を開いた。


「ふん、やはり貴様らは我々を助ける気はないという事だな。しょせんは大司教傘下の連中ということか、自分たちさえ良ければいいらしい」

「そういうお前らはいつまで人に縋り付くつもりだ?こんな人数いんなら空いてる土地で新しい村でも興したほうが確実だろ?他人の親切で寄生茸根性でも身につけたか?そういう魔物いるよな、他者に取り付いてそのまま養分として吸い上げるキノコ型の魔物がさ」

「貴様!!」


討伐員とルーカスの売り言葉に買い言葉で再び一触即発状態になる。

ハウリルもさすがに口が過ぎると窘めているが、怒られている当の本人はどこ吹く風だ。

そんな大人たちの不穏な様子に庇われていた子供がごめんなさいと泣き出した。

悪いのは分かっていた、でもどうしてもお腹が空いて耐えられなかった。

コルトはどうしていいか分からなかった。

すると、ルーカスがコルトの鞄から素早く金銭が入った袋を奪うと、商人にいくらか押し付けた。

そして手に持ってる魚を寄越せと強ばる。

その勢いに押され思わずといった感じでルーカスに魚を手渡すと、素早く受け取ったそれをルーカスは炎でこんがりと焼き上げてしまった。

周囲に魚の焼けるいい匂いが立ち込み始める。

そしてそれをあろうことか子供の目の前に落としたのである。


「あぁ手が滑って落としたな、こりゃもう食えねぇ。お前らさっさと宿行ってまともな飯食うぞ」


そして踵を返してそのまま市場とは反対方向に歩き出した。

まさかの行動にその場の者たちは唖然としたが、一番最初に我に返った子供が魚に飛びつくとそのまま走り出してどこかに行ってしまった。

ハウリルもわたしたちも行きましょうと今度こそ宿を取るべく歩きだし、アンリも逃さないとばかりにコルトの腕を掴むとハウリルの後を追いかけた。


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