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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第2章
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第42話

その夜アンリ達女性陣4人はファラン家の客間を一部屋与えられ、そこで休憩をしていた。

今は4人が優に寝られるキングサイズのベッドの上でアンリとココは、今日買った物を広げている。主に衣服や小物だ、ココのほうは自分の子供用の服も買っている。

ローリーとライラも片付けが終わり、今は備え付けのソファに座って2人ともゆったりとしている。


「本当に夢みたいな一日だったわ」

「こんなに楽しいところがあるとは思わなかった」

「早く買った服をあの子に着せたいわ、早く戻りたい」


子供服を持って顔を綻ばせるココは本当に嬉しそうだった。

だが、すぐに暗い顔になってしまう。


「どうしたの、ココ」

「……色々考えてしまうの。こっちの人にとってはこれも当たり前に手に入るものよ、でも向こうじゃ……私たちじゃ絶対に手に入らない。存在だって知らなかったわ」


これだけではない。頬が落ちるような食事も、胸焼けするような甘ったるいお菓子も、向こうでは絶対に手に入らない。

きっとコルト達が来なければ、あのままココを殺して、今日もアンリは畑仕事をしながらラグゼルに特に意味のない恨みだけを募らせて、そのままただの村人その1として生涯を終わらせていたはずだ。

それが何の因果だろうか、アンリとココは今、絶対に来ることはないと思っていた壁の中にいる。


「ねぇアンリ、アンリも一緒にこっちにいられないの?また別れるなんて寂しい。もう村には帰れないのに、貴女もまたいなくなるなんて耐えられない!」


涙を流して泣き始めるココ。

アンリがどうしようかと一瞬迷った時だった。


「それは認められません」


その声に振り返ると、立ち上がったローリーが表情の抜け落ちた顔でこちらを見ていた。


「ココ1人だけでもリスクが高いのに、こちらの教育を受けていない人間を2人もなんて無理です」

「そんな!なんでダメなの!村では大人と同じ仕事をしていたのよ!」

「そういう問題ではないです。あなた達はこちらの人間が当たり前としている常識を知らなさすぎる。それに、こちらでは一定の年齢になれば全員同じ場所で教育を受けます。つまり、同年代であれば顔か名前のどちらかは知っているという人間が大勢存在するのです。それが存在しないあなた達は怪しまれる。必ず探る人間が出てくる、それが王宮の不信に繋がっては困るのです」

「ごめんねー。君たちを引き離すのが酷い話だってのはそうなんだけど、こっちも慈善事業じゃないんだよね。2人のうちどちらかは必ず外に行ってもらわないと困るの。上の人達はその辺シビアだから、君たちが役に立たないって思ったら子供残して処分くらいはすると思う。ごめんね、それに対して私たちは何もしてあげられない」


それを聞いてココは泣きじゃくりながら布団に突っ伏した。

せっかく会えたのにまた別れなくてはいけない、それが出来ないなら死ぬしかない。まだ20にも満たないココにはつらい現実だった。

アンリは一度目を伏せ、そしてココの肩に手を置いた。


「聞いてココ、私もまたココとは離れたくない。でもさ、本当なら会うことすら出来なかったはずなんだよ」


何度だって思う。本当なら自分はココを確実に殺していた。

そしてきっとこれは自分たちだけじゃない。

無魔の子を産んだからって理由だけで殺された人、家族を殺した人、きっと今までにいっぱいいたはずだ。


「今日ココと一緒に劇をみたりたくさん買い物して思ったんだ。外でもこんな生活が出来たらって……」


無魔も魔力持ちもみんな関係なく幸せそうだった。

誰も明日の食事を気にしたりとか、次いつ行商人がくるか不安になったりとか、そんな事は一度も考えたことがなさそうな笑顔だった。


「どうしてこんな事になっちゃったんだろ、って。理由が分かったら余計にさムカつくんだよ。なんで私たちがこんな理不尽に合わなきゃいけないんだろって。だってさ、もしかしたらこっちと同じ生活を向こうでも出来たかもしれないんだよ!?」


村ではあり得ない豊かな生活だ。

嫉妬した。

こちらの人間の何も不幸を知らなさそうな笑顔に嫉妬した。

そして自分たちがこんな目にあっている理由も同時に知っていた。

怒りが湧いた。

だからこそ。


「私はもう一度外に出る。外に出て何で私達がこんな目にあってるのか神って奴に問いただしてやる」


今まではただ流されて成り行きでここまで来た。

でももうこれからは違う。

ここまで来たのが例え誰かに利用されたからだとしても、ここから先は自分の意志だ。

神って奴になんで魔族が攻めてきたのか問いただして、魔族もぶっ飛ばす。

そして今までずっと嘘をついてきた教会もぶっ飛ばす。

それがいつ終わるか分からないけれど、必ずやってやる。


「全部終わったらさ、一緒に村に帰ろう。帰れないなんて絶対ない、私が帰れるようにする。それまで待ってて欲しい、ココが安全なら私は安心して戦えるから」


ここは突っ伏したまま何も答えない。

ただ嗚咽が漏れるだけだ。


「私たちは結局どこまでいっても余所者なんだよ」


余所者、その言葉にココがピクッと反応した。

きっとアンリと同じ顔を思い浮かべているはずだ。


「こいつらも言っただろ、私たちがこっちの奴らが当たり前に知ってる事を知らない。それって多分一生埋まらない溝だと思うんだよ、コルトの奴も結構よく分かんないとこあるし」


コルトは他2人に比べれば歳も近いしゆるい感じがあるのでまだ接しやすいとは思っているのだが、それでも時々何を考えているのか分からないときがある。

警戒心もなさすぎるところとか、詐欺とかにあうんじゃないかと心配になるが、こっちの平和そうな雰囲気をみると少し納得した。

同時に自分には無理だと思った。

あんなに無邪気に笑うことなんて絶対に出来ない。

だからこそ自分たちの居場所、故郷に帰るために自分は戦わなくちゃいけない。

勝ち取らなくてはいけない。


「上の人に言っといてよ、私は絶対にやり遂げる。それまで絶対にココを守れよ」


アンリはベッドから降りると、ローリーとライラに向かってそう宣言した。

2人も居住まいを正すとそれに頷いた。


「もちろん約束するよ。信用、信頼は何よりも大事だからね。君がこちらのために働いてる間はココちゃんの安全は保証するよ。その代わり、君も途中で死んだりしないでよ?さすがに上には逆らえないから」

「はぁ!?死ぬわけないだろ!絶対にココと2人で帰るんだからな!」


その言葉にアンリの後ろでもぞもぞと音がする。


「絶対よ、絶対に帰ってきてよ」


アンリは力強く頷いた。






それから数時間、夜も更け寝静まり屋敷内を静寂が包んだ頃。

廊下に敷き詰められた毛足の長い絨毯を踏みしめて歩く影があった。

手持ちの電灯の僅かな明かりを頼りに廊下を進むその影は、やがて1つの扉の前で止まると躊躇すること無くゆっくりと押して中に滑り込んだ。

室内はカーテンが完全に締め切られ、中央に置かれた魔石灯がイスに座る人影を映していた。


「上手くいきましたか?」


人影ののうちの1つ、エクレール・ファランが口を開いた。


「はい、アンネリッタは自分の意志で戦うと宣言致しました」

「そりゃ良かった、1番の不安はそこだったからな」


返答をしたのは別の人影、エクレールの隣に足を組んで座っているルーカスだ。


「悪い男ね。子供を死地に自分の意志で行かせるように誘導するなんて」

「そうでもしねぇとあいつら殺すだろ?他人に殺されるよか、自分の力で生き残れるかもしれねぇほうがマシだろ」

「ふふふ、そうね。ここは日常を忘れるための夢の地。外を歩く人達はみんな笑顔だけれど、他の地域はまだまだ傷痕が深いわ。きっとあの子達の正体を知ればみんな処刑を望むでしょうね、同時に私たち貴族と王族にもその矛先が向く。立て直している最中なのにそんな事が起きればそれこそ内部から崩壊しかねない。なら最初に災厄の目は摘んでおいた良いわ」


だからお互いを枷にしておとなしくさせておく必要がある。

大輪の華が咲くようにとても優雅にエクレールは微笑んだ。


「お前らなら2人くらいずっと王宮で匿いながら働かせるくらい出来んじゃねぇの?」

「あんな学も常識も無い人間2人を無償で養うなんて嫌よ。それにずっと王宮に閉じ込めるなんて無理でしょ、あの子達とても気が強そう」

「……否定出来ねぇな」


もっと弱ければここに辿り着く前に潰れていただろう。


「でも、先ずはイリーゼ様に良い報告が出来そうで良かったわ。敵とはいえやっぱり子供を殺すのは心が痛いもの」


エクレールだってこの国の人の子の親である、国益のためとはいえ子供を殺すのはやはり心が痛む。


「敵っていやぁお前、俺の神化に反対したらしいな」


ふと思い出したようにルーカスが問いかけた。

神と競合するとかいう理由で反対したとジルベールは言っていたはずだ。


「あぁそれね、簡単よ。うちで何人もアイドルをプロデュースしてるでしょ、あれって凄く雑に言うと偶像崇拝の崇拝先を作る事に近いのよ。要するに心の拠り所なんだけど、それを作る事で私達は商売をしているの。だからそれとは別の拠り所を作られると困るのよね」

「はっ、つまりはお前らがコントロールしてるもんを別のやつに取られんのが嫌なわけか」

「あらやだ、それは誤解よ。神は存在が強すぎて一強になっちゃうのが嫌なのよ。1つのものが絶対になるのは危険よ、人間はどうしたって知らないモノには恐怖を覚えるもの。その結果生まれるのは自分とは違うものを拒絶からの排除、戦いが始まるわ。夢と希望を愛する私達とは根本的に相容れない、戦いなんて嫌よ」


だから何人も様々なアイドルをプロデュースし、それとは別に自分たちでのセルフプロデュースも禁止していないし、芸能事務所の立ち上げの推進もしている。

観劇も多様な内容のものを分け隔てなく流し、積極的に新しいものを取り入れている。

だからなるべく誰かの受け皿になれるようにしている、取りこぼさないように。

これらを踏まえて他にも”魔族は絶対的な敵である”という価値観に囚われないようにするためだ、それはすでに長年の歴史が行っている。

それに仮にルーカスが突然敵対するような事があっても、国防はダーティンと王宮が考える事である。

ファランは専門外のため知ったことではない。

そういう風に国を運営すると大昔に決めた。


「そうか……」


それを聞いてルーカスは立ち上がった。


「お前らとは将来平和的に取引が出来るといいな」

「貴方の口から商売の話が出るとは思わなかったわ。貴方も何かあったの?」

「まぁそうだな……」


アンリやココとは受け取り方こそ違ったが、自分のところと比べてしまうのは同じだ。

自分の故郷もここと同じようにならないだろうか、みんなもっと笑って生活出来ないだろうか。


「こっちの楽しいもんが向こうにもあれば良いと思ったんだよ」

「きっと満足できるものを提供するわ。うふふ、土地を武力で侵略された私達が、今度は文化で貴方達を侵略するのは面白そうね」


さっきどの口で戦いは嫌だと言ったのか。

だがそれはそれで悪くないかもしれないとも同時に思う。

享楽的な堕落は困るが、武力以外での何か新しい力があれば低階層のどうやっても上に上がれない魔人達にも活力が生まれるかもしれない。


「なら、その時を楽しみに俺も精一杯頑張るさ」


クスクスと笑うエクレールに背中越しに手を振り、静寂に包まれた屋敷の闇の中へルーカスは消えていった。


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