第40話
コルトと大人たちは一度部屋の外に出ていた。
しばらくアンリとココを2人にさせるという配慮だ。
ただ監視の目は必要ということで、普段ココの世話をしているという侍女2人が中に残った。
という事で、現在廊下にはコルト、ルーカス、イリーゼ、と控え室からついてきていた侍女と、扉の前に立っていた近衛騎士がいるわけだが。
「なんでルーカスがいるんだよ」
「うるせぇなぁ、いちゃわりぃかよ」
明らかにめんどくせぇという態度を隠しもせず投げやりな態度に腹が立つ。
いやっ、そうじゃなくても何かと腹が立ってはいるのだが。
剣呑な雰囲気にイリーゼが足を踏み鳴らした。
「あなた達、仲良くしなさいませ!そんな状態では外での長期任務など出来ませんわ!」
「んなこと分かってんだがよ、俺の何が気に食わねぇのかこいつが妙に突っかかってくんだよ。多少はやり返したっていいだろ?」
「身に覚えはありませんの?」
「ねぇよ」
それを聞いてイリーゼはコルトのほうを見た。
「だそうですけど、貴方はルイの何が気に入りませんの?」
「…えぇっと…それは……」
改めて聞かれて返答に困ってしまった。
ルーカスのことは本当に漠然とした嫌悪感があるだけだ。
答えられないコルトにイリーゼが眉をひそめた。
「誰が誰をどう思うかなどにとやかく言うつもりはありませんが、目的を共にするのであれば自己の感情はある程度抑えて下さいませ。良いですわね?」
「………はい、すいません」
イリーゼに普通に叱られてしまった。
──分かってる、分かってるんだけど…。
どうも感情の抑制がきかない、もやもやする。
ルーカスのほうをチラ見すると、口で言うよりは気にしていないようでイリーゼにこの後の予定を聞いている。
その余裕もなんか癪に障るのだ。
しかしイリーゼは話は終わりとばかりにこの後の予定について話始めた。
「当然全て滞りなく済んでおりますわ、ファラン家が融通してくださいましたの。詳細はローリーとライラに聞いてくださいな」
ローリーとライラというのは、ココの世話と監視役でもある無魔と赤髪の侍女の事だ。
そしてファラン家というのは娯楽地区を統括する貴族の家だ。
その名が出るということは、これから娯楽地区にでも行くのだろうか。
「あなた達が外に出るまでにあまり時間がありませんし、せっかくですので今のうちにココさんとアンネリッタさんに何か共通の思い出でも作って頂きましょうという話ですの」
「俺はその護衛も兼ねてんだよ。2人はこっちに不慣れで1人は無魔、お前は腕っぷしもからっきしだろ。いくら警備が巡回しててもそういうのは目を盗んでやるからな、ライラに全部面倒みさせんのは無理だろ」
さらにこの人数を護衛するなら最低2人は欲しいところだが、ルーカスなら無魔のローリー以外の魔力持ちを感知出来る。そのためある程度目を離しても不自然な移動や接触があればすぐに分かる。
そのローリーも仮にも王宮の侍女をやっている大人だ、護身の心得は一応ある。自分の身だけであれば、ある程度はなんとかなる。
「本当はこちらから護衛を出せれば良いのですが、お二人については秘匿事項ですので警備隊にも任せられません。近衛騎士は全員の顔と身元が割れている上に王族、王宮の護衛です、王族でもない者の護衛についているのは不自然です」
「だから1番暇な俺なんだよ、ライラの兄って設定になってる」
不本意ですわ!とイリーゼは鼻を鳴らした。
護衛という名目ならコルトはルーカスの言う通り役立たずなのだが、一応男が2人いたほうがより手を出しにくいだろうというのと、あと3人が遊んでいるのに仲間外れはないだろうという理由である。
ちなみにハウリルにも声は掛かったが本人が断った。
警備隊と近衛騎士が護衛につけないのは分かったが、では軍はどうなのだろうか。軍ならアンリとココについても知っているため問題ないはずだ、という事を聞いてみると。
軍は現在、外の探索のために再編が行われており、そのための準備に全部隊が追われている。外の地図情報が手に入ったため、魔物の肉の確保や再度の侵攻に備えての準備など、王宮がこれを正式に決定したためここ2日あたりで一気に忙しくなっていた。
開発部門のほうは必要な備品の洗い出し期間のためまだやることがなく、部外者なうえに近々外に出るコルトには伝えられていなかった。
という事を全てコルトに全部話すわけにいかないので、ざっくりと外に出る準備で忙しい事だけが伝えられた。
「とはいえ、本日は午後からセントラルパークにてフリーゼルのゲリラライブを仕込んでおります、それを言い訳に警備もいつもの3倍の人数を投入しておりますから、あなた達も人目のあるところであれば何も気にする必要はありませんわ。存分に楽しんでくださいませ」
コルトはあまり興味が無いが、フリーゼルはファラン家がプロデュースしている国内屈指の人気グループである。
融通というのはこの事だろうか。
そしてイリーゼはらしくもなく廊下で立ち話をしてしまったが、いい加減良くないとして手近な部屋で待機しているように言う。
頃合いを見てライラが呼びに来るそうだが、ルーカスは早々に庭でも見てくると激怒するイリーゼをよそに窓から出ていってしまった。
そのイリーゼも仕事があるからとため息をつくと部屋を出ていくと、コルトは侍女と2人にされてしまった。
どうしようかと困っていると、気を利かせた侍女が隣室からいくつか本を持ってきた。ココの字の習熟のために色々用意してあるらしい。
小説ばかりだったが時間を潰すには丁度良いだろう。
遠慮なく手にとって本を開いた。
丁度昼に鐘が鳴った頃、ライラがアンリとココを伴って部屋に来た。
これから移動するとの事だ。
昼ごはんについては現地でとの事で、ライラについていくと何故か外ではなく王宮の奥、それも地下に移動していく。
そして階段をどんどん降りていくと、広い空間、いわゆる駅のプラットホームに出た。
そこは各方面に直線に伸びた線路が敷かれており、魔力炉を用いた2両編成の列車が並んでいた。
娯楽地区には普通に歩くと2日は掛かるので、魔力炉の車でも使うのかと思っていたが、まさか国の地下にこんなものがあるとは思わなかった。
ライラには誰にも言わないようにと念を押され、コルト達3人が頷くと娯楽地区に直結の列車に乗り込む。
そこではすでにローリーとルーカスがイスに座って待っていた。
すでにルーカスの魔力を充填済みで、というよりルーカスの魔力ありきでの今回の使用の決定らしい。娯楽地区まではこれで30分でいけるとのことだ。お弁当が出され食事もここで済ませることになった。
僅かな電灯しかない地下空間での移動だったが、高速で過ぎていく電灯と初めての経験にコルト、アンリ、ココの3人はとても盛り上がった。
そして時刻通りに目的地に到着し、プラットホームで出迎えたのはファラン家当主、エクレール・ファラン。
6人の子を持つ母親でもあり、娯楽地区を統括する長でもある。
イリーゼとはまた違う迫力のある女性だ。
「ようこそ。当家でのおもてなしは出来ませんが、我が領地にて楽しんでくださいませ」
そのエクレールの案内で地上でに出ることになったのだが、アンリとココが目を剥いて固まっていた。
どうしたのかと声を掛けるが、2人とも一点を見つめて動かない。
そんな2人をルーカスが子猫を運ぶように首根っこを掴んで運び始めた。
「お前はもうちょっと女体に興味を持ったらどうだ?」
「はぁ?」
意味が分からない。
「お前ら2人はそもそもが栄養不足で断崖絶壁だからな。でも安心しろ、こっちでもあの女はちょっとデカすぎる」
「断崖」「絶壁!?」
息のあった2人が我に返ったのか驚きの声を上げた。
内陸の村育ちで実際に”それ”が何なのかは2人とも知らなかったようだが、まぁ普通にどういう意味で使われたのかは分かったのだろう。
アンリもココも本来は気が強いほうなので、後ろ足でルーカスの脛を蹴っ飛ばしている。
コルトは密かに応援した。
地上に出るとそこは室内、というよりファラン家の屋敷の中だった。
屋敷とは言っても役所の役割も果たしているためかなりの規模だ、地下への部屋はその役所の区画のかなり奥まった端のほうにあった。
そこからすぐ外に出ると、視認出来る位置に娯楽地区がある。
喧騒もわずかに聞こえ、さらに劇場などの大型の建物や空に上がるバルーンをいくつも視認出来る。
それだけでアンリとココの2人は興奮した様子だった。しきりに2人であれはなんだろうとキャッキャッしている。
コルトも久しぶりなので気持ちが高揚してきた。
その間にエクレールと何かを話していた引率役の3人が戻ってくる。
「まだ騒ぐのは早いよー。これからもっと驚くんだから、体力ここで使ったら勿体ない!」
「まっ、でもあんま気にすんな。エクレールが今日は屋敷に泊めてくれってよ。俺に運搬されんのが嫌じゃなきゃその辺でぶっ倒れてもいいぞ」
それは嫌だとアンリとココは声を揃え、それからライラとローリーの先導で6人は足取りも軽く最初の目的地へと歩き出した。
娯楽地区はたくさんの人で溢れかえっていた。
警備の増員から何かを察したのか、人々はセントラルパークで何かあるに違いないと口々に噂をしている。
そしてアンリとココは初めて見る別世界の光景に呆然と立ち尽くしていた。
「大丈夫?」
どうみてもあまり大丈夫では無さそうだが、コルトにはどうすることも出来ない。
コルトですら初めて来た時はあまりの人の多さに度肝を抜かれたのだ。
「だからもっと驚くって言ったのよ。さっ、公演が始まっちゃうから、こんなところで時間を無駄に出来ないよー」
ライラがそう言って2人の背中を押して歩き始めると、ローリーも合わせて何故かライラの背中を押し始めた。
コルトも4人について行くと、やがてここで1番大きな劇場にたどり着いた。
そして受付前で各々にチケットが配られる。
「チケット失くさないようにね、それがないと中に入れないし再発行も出来ないから。あとここに座席表も書いてあるから確認してね」
言われて手元のチケットを確認する。
どうやら2階席のようだ。
2人の座席を確認すると、どうやらアンリ、ココ、コルトの順に座るようである。
そして残りの3人はそのすぐ後ろだった。
「1階席はさすがに用意出来なかったんだよねー」
「寧ろ2階のほうが目立たなくて良いだろ。人も少ねぇし楽だぞ」
「詳しいですね」
「一時期入り浸ってたからな」
芸術などの文化的なものの類に一切の理解が無さそうなこの男が観劇に入り浸っていたとは驚きである。
アンリとココのほうはチケットをマジマジと見つめ、それから建物や中に入っていく人を観察し、口を開いた。
「えっと、私達はこれから何を?」
「観劇よ!人が演技するお話を観るの!中ではなるべく静かにしててね」
「さすがに今回は1番人気の演目の席は取れませんでしたが、それでも3番人気は取れました。実を言うとわたしも楽しみにしていました、仕事でなかなかチケットが取れませんから」
そういうローリーもいつになく顔をほころばせている。
「観劇……。えぇっとそれってもしかして、この間4人で話してた!」
「そうそれ!」
「ありがとうございます!」
ココは嬉しそうに破顔し、アンリに色々と聞いたことを話して聞かせている。
「おぉい、お前ら。いつまでもそんなとこで話してないで、さっさと中入ろうぜ」
そしていつもより上機嫌そうなルーカスに促され、6人は劇場の中に入っていった。




