第39話
3日が経過した頃、王宮から連絡がきた。
ココに会うための準備が整ったとの事だ。
そのため、翌日早朝からコルトとアンリの2人は王宮に隠されるように護送された。
今は控室で迎えの侍女が来るのを待っているところだ。
待っている間に口が寂しくないようにとお茶菓子が出されたが、斜め前の3人がけのソファに座るアンリはガチガチに緊張しているらしく、固まった状態で小刻みに震えそれどころではないようだ。
さすがに今の状態で自分だけお茶菓子をいただくわけにもいかず、非情に勿体ないがコルトも手を付けられずにいた。
出来れば時間ギリギリに呼んで欲しかったし、早く誰か来てくれないだろうか。
その願いが通じたのかは分からないが、まもなく扉が叩かれた。
アンリが飛び跳ねるように立ち上がり、コルト姿勢を正して立つが、入ってきた人物を見て思わずビクッと震えてしまった。
イリーゼ、皇太子妃が入ってきたからだ。
「畏まらなくても良くてよ。この場は非公式、あるはずのない場。あなた達は今日王宮には来ていないし、わたくしにも会ったことはない。良いですわね?」
「はい!!」
「良い返事ですわ。申し遅れましたが、わたくしはイリーゼ。この国の皇太子妃ですわ」
「ぞっ、存じております!学園区高等部魔力研究科のコルトです!」
「うぇあ!?えぇ…あっ、えと……」
「来訪者のアンネリッタと聞いてますわ、間違いはなくて?」
「そっ、そうだでっです」
「慌てなくてもよろしくてよ。それで、すぐにでもご案内したいのですが、その前に少し話を聞いて下さる?」
「大丈夫ですけど、イリーゼ様が案内してくださるんですか!?」
「わたくしもたまには息抜きがしたいのですわ」
そう言ってイリーゼはコルトの正面の空いているソファに座り、控えていた侍女達がその後ろに立った。
「シュリアが大人気なかったそうですわね」
座ってすぐにイリーゼがそう口火を切った。
それに対して幾分か落ち着いたものの、なんて返答したら良いか分からず2人は無言を返す。
無礼に当たると思ったがイリーゼは気にしていないようだ。
「国防にも関わりますので仕方ないと言えばそれまでですが、仕事をお願いする以上は貴女にも知る権利があります」
「えぇっと、薄っすら聞いてはいる…います。その……教会の偉い人達が攻め込んで、それで1人生き残ったって」
「要素だけ抜き取ればそうですわね、でも中身はもっと凄惨ですの」
あの日、シュリアは外で両親や近隣住民達といつもの畑仕事をしていた。
今年も豊作で新しい加工食品を何にするかなど、みんな笑顔で話していた。
その矢先だ。
突然地表が燃え上がり、畑ごと住民達が燃やされた。
それだけでは終わらず次々に同じ事が起こり住んでいる家も、共有の倉庫も何もかもが燃えていった。
そして流れ込んでくる死への恐怖、悲鳴、慟哭。
ただ呻くだけの両親と隣人から流れてくる助けて欲しい痛い死にたくないという懇願。
シュリアは狂乱状態で逃げ出した。
そしてわけも分からずただ本能的に自宅に戻るが、そこも燃え始めていた。
中にはたまたま体調を崩していた妹がいるはずである。
シュリアは我を取り戻して家の中に入ると、妹が咳き込みながら床を這っていた。
なんとか抱き起こし無事を確認すると、妹も姉が無事に戻ってきた事を喜んだ。
だが直後に家に巨大な火炎球がぶち当たり、2人はそのまま燃える家の倒壊に巻き込まれてしまった。
犯人は教会の者5名。
「亡くなった方は合計で3673人。シュリアは受信感度が異常に高いので、全ての悲鳴をその身に受けましたの」
そういうわけで外からきたアンリに当たりが強かったのだ。
ざっくりとシュリアの事情はこんなところである。
「その割には元気にみえるけど」
「言い方は悪いですが、砦の殺戮で気が済んだようです。貴女のご両親と婚約者が亡くなったという砦での殺戮、あれはシュリアが1人でやったものです」
「………!」
「前後の詳細は省きますが、怒りに任せて暴走し砦にいた者の魔力を吸い取ってその場にいたものを手当たり次第に殴り殺したと聞いています。ルイがその場にいたのも殺戮に拍車をかけたみたいですわね」
弱っていたとはいえ腐っても魔族である。
共族十数人合わせてもまだルーカスのほうが魔力が多い。
それがたまたますぐ近くにいた。
暴走したシュリアは瞬時に大量の魔力を吸い取り、その結果、鉄さえ素手で紙のように破り捨てられる力を得てしまった。
そうなってはその場に止められる者はいなかった。
石造りの砦を素手でぶち破り、立ち上がる者がいなくなるまで嵐が止まることはなかった。
「殺し回ってる最中は楽しかったそうですわ、でも終わってから感じたのは虚無。実行犯はすでに死んでいますし、関係ないものを壁外というだけでどれだけ殺したところで、得られるものもなく何の解決にもなりません」
「………なんだよ、じゃあ私には無駄だからあの女を赦せって言うのか!?」
「そんな事は一言も言っておりませんが、シュリアの事は諦めていただきたいですわね」
アンリは立ち上がり唇を噛み締め、拳を握った。
コルトはどうしていいか分からない。
殺し合いなんてしてほしくはないけど、やり返したいという気持ちは分からないでもない。
「わたくしはシュリアを諦めろというだけで、別に復讐自体は否定致しませんわ」
努めて冷静で表情1つ変えないイリーゼはさらに続けた。
「ただ向けるべき矛先は間違えないで欲しいですわ。こちらは教会に対する正当防衛です。そちらも教会の嘘によって戦わされたのであれば、共通の敵は教会では無くて?このまま何もしなければ教会はこちらをいつまでも攻めてくるでしょうし、その度に貴女達は適当な理由で攻め込まされ、そしてわたくし達に殺されるのです。それであればわたくし達と手を組み、教会を打倒するのが1番の復讐になると思いますの」
「……それは…」
「短絡的に目の前の実行犯を消すだけでは弱者の復讐は成立しませんわ。それよりも今は諸悪の根源がはっきりしているのです。もし貴女に未来を思う心があるのであれば、是非わたくし達と手を組みましょう。言いたいのはこれだけですわ」
そういってイリーゼは雑談は終わりとばかりに立ち上がると、ココの部屋に案内すると先導し始めた。
アンリは眉間に皺を寄せ何かを考えるような顔をイリーゼに向けていたが、侍女に先を促されると無言で歩き出す。
王宮の奥なんて次いつ来れるかなんて分からないが、隣を歩くアンリの様子が気になって周りを観察する余裕なんてなかった。
一歩一歩近づくごとにアンリはどんどん緊張が高まっていくようで、動きが固くなっていく。
ココの部屋がやたら遠く感じた。
「こちらがココのいる部屋ですわ」
どれだけ長く感じても、終わりは必ず来るもので、イリーゼはある部屋の前で止まった。
扉の前には女性の近衛騎士と同じく鎧を着た犬が一匹が警護についている。
隣でアンリが震え始めた。
久しぶりに会う大切だからこそ裏切られたと激高して殺しかけた友人。
それが完全な誤解だと今は分かっていても、あの瞬間は消せない。
怒っているだろうか、当然だろう。
恨んでいるだろうか、そうに決まっている。
なんて謝ればいいだろうか、それで済む話ではない。
時が止まってくれればいいのにと願うが、叶うはずもなく。
イリーゼの命で近衛騎士が扉を開いた。
アンリは両拳を固く握りしめ、ゆっくりと開かれる扉の向こうを見据えた。
徐々に見えてくる室内。
陽光が差し込む部屋の中央、ココは猫脚のイスに座っていた。
そしてその隣には
「なんでお前もいるんだよ!!」
直前までの緊張など一気にどこかに吹っ飛んでしまったアンリが思わず叫んだ。
何故かルーカスも同じデザインのイスにふんぞり返って座っていたのだ。
コルトも唖然としてしまった。
さも当然のように座り片手を挙げて挨拶をしてくるが、心臓に毛でも生えているのだろうか。
いやっ、それ以前に頭がおかしいのかもしれない。
2人揃って立ち尽くしていると、ココがいたずらが上手くいったと言わんばかりにクスクスと笑い始めた。
「久しぶり、アンリ。絶対緊張してると思ってルーカスさんに同席してもらったの、驚いた?」
「……えっ、おっ驚いたっていうか………。えと…その……」
しどろもどろになるアンリ。
それを見てココはゆっくりと立ち上がると、アンリに近づいた。
アンリはビクッとなって反射的に後ろに下がろうとしたが、すぐ後ろはいつの間にか閉められていた扉に阻まれてしまう。
そして…
「…会いたかった………」
ココはギュッとアンリを抱きしめた。
「もう…ずっと不安だったの。嫌われたって…思って、…違うって教えてもらっても……でも、でも!」
「…私も会いたかった。それで…信じてあげられなくてごめん……、本当にごめんなさい。ずっと、ずっと一緒にいたのに!」
「いいの…いいの……。だってずっとそうだって、言われて…教えられて……」
「…でも、でも…ごめん……なさい…ごめんなさい!」
2人は泣きながらお互いを抱きしめた。
コルトはそんな2人を少し離れたところから黙ってみている。
──やっぱり恨んでるとか嫌ってるとかそんなことないじゃないか。
あんな事があってもお互いを信じていられたんだ。
ならきっとラグゼルと教会だってまた手をとりあえずはずだ。
きっと前のようにみんなで仲良くくらせるはずだ。
コルトは希望が見えて 少し嬉しくなった。




