第38話
アンリは結局4番隊の人達が入り口まで連れてきてくれた。
探そうとしたところ軍の人に危ないからと入り口まで戻されてしまったのだ。
一応この事態の原因の一旦を担っている自覚はあるので手伝いたいと言ったのだが、コルトの技能を把握していないから的確な支持が出来ないと、遠回しに邪魔だと言われてしまった。
「アンリ、怪我はない!?」
「大丈夫だ……。ふっ飛ばされたけど、激突する前に庇われたんだ」
「庇われたって、シュリアさんに!?」
「うん……」
戦っている最中に突然背後で爆発が起き、そのあとすぐ伝わってきた衝撃波でふっ飛ばされ、自分で切り倒した木に押し潰されると思ったが、その前にシュリアが覆いかぶさって庇ってくれたようだ。
付近から音がなくなったところで顔を上げると、倒木に囲まれ完全に埋もれていたらしい。
それをなんてことないように積もった木々をシュリアがどかして外に出ると、土煙で周りは見えないわ天井は無くなってるわでびっくりしたらしい。
「その前もなんか凄い音してたし、何が起きたんだよ」
「えぇっと…」
コルトは炎の壁が出来ていたことと、自分がそこに魔法を撃ち込んだら爆発したことを説明した。
「なんでそんな事になるんだよ!てゆーか、司教さ…ハウリルは大丈夫なのか!?」
「多分大丈夫だと思う……医療班の人達が運んでいったから」
「運ばれた!?心配だろそれ……」
「ここの医者の人たちは凄い人ばっかだから大丈夫だよ」
こちらのことをよく知らないせいか、いまいち納得のいかない顔をしているが、そのとき4番隊の人達がやってきた。
そして何故か鎧を脱ぎ物凄く不機嫌な顔をしたシュリアが羽交い締めにされていた
「イエーイ!アンちゃん決着つけようぜい」
「決着!?」
「そうそう、あのまま戦ってたらアンちゃんが勝つかシュリアが勝つか、割と分からない感じだったんだよね。それで次にいつシュリアが空くか分からないし、こんな状況だけど時間があるうちにやっちまおうぜ!」
「えっ、でも片付けとかは大丈夫なんですか?それにシュリアさんはもう鎧脱いでるみたいですし」
「設備科の現場検証が入るのよ、それが終わるまでは大丈夫」
「鎧はメンテナンスに回収されたので無しです!なので、2人には思いっきり殴り合ってもらいます!」
いい笑顔だが言ってる事がめちゃくちゃである。
「というか、勝てば王宮にいる子と会わせるんでしょ?じゃないと模擬戦やるなんてシュリアから言わないよね」
「ちょっと!?なんでそれ言っちゃうんだよ!!」
「頑張る子の味方だからですねー」
羽交い締めにされているシュリアがじたばたと暴れるが、ラディーも4番隊の面々も軽く流している。
「勝てばココに会えるのか?」
やいのやいのと大人が騒がしい面々の中、アンリが静かに、だが力強く問いかけた。
それにピタッと動きを止めたのは騒がしかった大人達だ。
しばらく誰も動かなかったが、ラディーがシュリアをつつくと諦めたようにシュリアが口を開いた。
「どっかのバカがお前がこっちに来てることを告げ口したんだよ」
正確には見張りの侍女を通したらしいが、ココと侍女がいつの間にか仲を深めていたらしく、様子を伺われている事に気付いたココが聞くと、割とあっさり教えてしまったらしい。
それでも最初は迷っていたらしいのだが、侍女達に勇気づけられ会いたいと自分の意志で口にした。
そうなると自分の意志で決めた事には寛容なイリーゼがココの味方に回る。
イリーゼが許可するならシュリアとしてもそこまで反対する気はないのだが、気持ちの問題としてケリを付けて起きたかった。
そのための模擬戦でもあったのだが、思わぬ中断を受けてしまった。
鎧も回収されてしまいさてどうしようかと思っていると、4番隊の面々に捕まり問答無用で連れてこられたのが現在だ。
不機嫌なのは情けない状態を見られたからである。
「なんだ!なら良いじゃない!このままお互い素手で決着つけちゃおうよ。アンちゃんもそれでいいよね?」
「お願いします!今ここで決まるなら決めたい!」
「おっ、いいねー。じゃあ早速始めよう!」
「その前に本当に殴り合いでいいのかよ!?」
「えっ!?だってしょうがないじゃん?フェアにやろうと思ったら他に無いし、ここは脳筋らしくいこうぜ!」
そう言うとラディーはスタスタとどこかに歩き始めた。
軍人が脳筋で良いのかな?などの疑問はあるが、誰もそれに対して突っ込まないので深く考えてはいけないのだろう。
きっとこういう時は何かフィーリングが大事なのだ。
先導するラディーに連れてこられたのは演習所のすぐ横にある備品管理倉庫だ。
待っててと言いラディーが中に入りしばらくすると、その手に防具を持って出てきた。
一応安全には気を使ってくれるらしい。
アンリとシュリアは手にグローブをはめられ、頭にも厚手の防具をつけられ、そして。
「さぁて、じゃあ始めようか!相手が参ったと言うまで思いっきりやろう!」
と、それっぽい場所に移動するでもなく、倉庫前でラディーが開始宣言をした。
するとシュリアが狼狽えた。
「だって防具またここまで返すのめんどくさいし、場所借りる申請出してる時間もないし、だから細かいこと気にせず始めちゃってよ!いけー!やれー!」
完全に他人事だった。
幸い演習所のすぐ側とは言え、今はそれどころではないので野次馬がおらず、見ているのがこの場の人間だけなのが救いだろうか。
アンリのほうはすでに勝つことで頭がいっぱいらしく全く気にしていない、それを見てシュリアのほうも諦めたのか切り替えたらしい。アンリを警戒しながら一定の距離を取った。
そして一瞬の静寂、2人は同時に地を蹴った。
それは技術も何もない本当にただの喧嘩のような殴り合いだった。
一応お互い戦いに身を置くものとして相手の拳をギリギリで避けたりなどなどはしているが、ただ真っ直ぐ拳を突き出したりガードもしていなかったりと素人丸出しだった。
それを4番隊の面々は気楽なもので各人好き勝手に応援を飛ばしている。
コルトにはどちらが優勢なのかはさっぱり分からないが、それをハラハラしながら見守っていた。
そして10分もたった頃だった。
それまではお互いかなり息を切らしながらもまだ闘志が消えずによく分からない事を言い合いながら殴り合っていたが、お互いに進展がないことについにアンリが痺れを切らした。
口撃は完全に子供の喧嘩レベルにまで落ち、そして周囲にもダメージを与え始めていた。
「おばさん、いい加減しつこいんだけど!!」
「誰がおばさんだ、クソガキ!アタシはまだ24だよ!!」
「24とかおばさんじゃん!」
「………」
観戦者はそれ以上の年齢が多いというのに酷い暴言である、コルトは少し胃が痛くなってきた。
シュリアのほうはアンリの悪口に口元を引くつかせている。
そしてコルトは突然魔力が全身から吸われる感覚がした、吸い取られる方向にはシュリアがいる。
周りの4番隊もシュリアにやめるように呼び掛けるが、完全に頭に血が登っているのか聞く耳を持たない。
そしてアンリも魔力を吸われているのを感じたのか、さらに激高しグローブを脱ぎ捨てるとシュリアに上から飛びかかった。
だが胸ぐらを掴もうとするその前にシュリアのグローブをはめた両手で阻まれてしまう。
それでも諦めないアンリは上から攻めた有利をそのままに、シュリアの両拳を掴んで逆に勢いのまま後ろに引き、胸部に向かって膝蹴りを叩き込んだ。
体重を乗せた胸部への攻撃にさすがのシュリアも背後に倒れ込む。
そのままアンリが馬乗りになると左手で頭を押さえつけ、右手を強く握り込み思いっきり殴った。
コルトは思わず目を瞑ってしまった。
なんかもう見ていられなかった。
「もう止めてください!見てられません!」
「そうねー、でもこういうのって外野が変に止めるとしこりを残したりするじゃない。私はあれ止めに入るのいやだわ」
「とはいえやっぱりこれ以上はね」
「そんなに心配しなくてもすぐ終わるわよ、アンちゃんも体力的にそろそろ限界のはずだし」
その言葉の通り、上から殴るアンリはもう大分ヘロヘロで力も全く入っておらず、それをなんとかガードするシュリアのほうも受け止めるというよりは払いのけるというような力のない感じだ。
そして間もなくして殴るのをやめる拳を下ろすと、そのまま後ろに倒れ大の字になった。
それを見たシュリアのほうも両手を広げて同じく大の字だ。
コルトは慌ててアンリに駆け寄った。
大丈夫かと声を掛けるとアンリは息を切らしながら結果だけを聞いてきた。
「そりゃもうアンちゃんの勝ちでしょ、マウントとってボッコボコにしたんだから。ねぇ?」
シュリアに手を貸して助け起こしながらラディーが問いかけると、苦々しいといった顔をしながらも頷いた。
「これ以上はやめときなさいよ、見境がないって判断されたら処分されるのはアンタよ。誰がそれをやるのかも分かってるでしょ?」
「……分かってる。もう踏ん切りがついた」
何のことだか分からない顔をしていると、こっちの話よと流されてしまった。
そして立ち上がったシュリアがアンリに手を差し伸べる。
アンリはそれを戸惑いながらも手に取ると、グイッと引っ張りあげられ立たされた。
「いいだろう、ココに会わせてやる」
「ホントか!?」
シュリアは頷くと防具を脱ぎ捨てラディーに押し付けた。
そして片付けを手伝うというと、踵を返して演習場に戻っていった。
「さてさて、なんとかなって良かった良かった!」
「気楽なものね。とりあえずアンちゃん医務室行こうか」
大丈夫とアンリは強がったが、先の演習場でのこともあるのでダメだと言われ、半ば強制的に連行されていった。
コルトもどうしようかと考え、片付けを手伝うために演習場へと足を向けたが、その前に駆け寄ってきた研究員に捕まった。
「コルトくん、やっと見つけた!怪我は大丈夫かい?無いようならさっそく研究室に戻って調整に入りたいんだけど、大丈夫かな!?」
怪我の心配はされているが、どうみても無いことを期待されている目だ。
コルトが頷くと研究員はぱぁっと明るい顔になった。




