第35話
ラグゼルに一時帰還してから2週間ほどが経った。
コルトはいくつか出来上がった試作品の斧を他の開発員と共に軍の第1演習場に運んでいた。
今日はそこで実践訓練をするらしく、斧の試用も兼ねているらしい。
演習場に到着し中に入ると、入ってすぐのところでアンリとハウリルに1番隊と4番隊の隊長と一部の人達が集まっていた。
簡易机が置かれており、試作品をそこに並べて欲しいとの事だ。
さっそくコルトと開発員が試作品を手に取るが、これがそれなりに重く軍の人達が変わってくれた。そしてアンリとハウリルも近づいてくる。
2人に久しぶりと挨拶をすると、アンリもハウリルも返してくれた。
ハウリルはいつも通りの柔和な笑顔だったが、アンリは少し緊張しているようだ。
そして目の前ではさっそく試作品を軍の人たちがみていた。
「随分と色々と作ったな」
1番隊隊長が適当に一本手に取るが予想外に重かったらしくてびっくりしている。
試しにうちでも使えないかと、剣のレギュレーションを元に作成したものだ。
鎧の補助でパワー強化されている前提なので重量は80キロを超えている。生身の人間が使うにはかなり無理がある重量設計だ。
隊長2人共が一応上に話は持っていくが、ほぼ採用されることは無いとその場で却下している。開発員も却下されること前提で試しに作ってみただけなので全く気にしていない。戻ったらまた溶かして再利用だろう。
「こちらが回収した残骸のデータから再現したものです」
とアンリの斧を元に作られた斧を指し、さっそく1番隊隊長が手にとっているがやはりあまりしっくり来ないようだ。
ここではほとんどのものが近接戦では剣を使用しており、斧はこれが初めてなためか違和感があるのだろう。
次に受け取った4番隊隊長も難しい顔をしている。
「やっぱりうちで斧は無理だな。今はアンネリッタさえ使えればいいと割り切るか」
そしてアンリが呼ばれさっそく振り回してみろと渡される。
アンリは持つだけなら違和感がないようだ。
そして人のいないところまで移動して振り回しているがなかなか様になっている。
2週間で鍛えられたのか以前見たときよりもさらに体の使い方が上手くなったように見えた。4番隊の人たちもうんうんと頷いている。
「振り回してみてどうだ?」
「以前よりも使いやすい気がする」
「そうでなきゃ困りますよ!素材の品質が一定ではないもので個人に合わせようなんて無茶に決まってますからね!」
「一応私達がみっちり鍛えてあげたのでそれもあると思いますけど」
紫髪の4番隊の女性が抗議の声を上げた。
それを隊長がそれはよく分かってるよと宥めている。
対して開発員のほうはすでに興味が他の試作品の斧に戻っていた。
「そしてこちらが今回の目玉品です!」
「商人みたいな言い方をするのやめろ」
妙にテンションが高くなった開発員がウキウキで出したものは、一見は手斧のようにも見えるが何故か穂先がある。
「なんだそれは、随分と中途半端だな。槍の穂先みたいだが」
「さすがよく気が付きましたね!まさしく穂先です!普段はこのように手斧のように使用出来ますが、こうして追加の付属パーツによって柄を延長することで先端が斧にも似た槍のように使用することも可能なのです!もちろん!従来から懸念されている接続部分の耐久性ですが使用者の魔力もこちらよりも多く、また鎧に回す魔力も必要無いとのことで特殊素材をふんだんに使い魔力滞留時の接合性を大幅にあげると同時に全体の蓄積値も上げ属性付与戦闘の継戦時間を大幅に」
「まて!!それはまた別の機会に聞かせてくれ!!」
突如早口で語り始めた開発員を1番隊隊長が無理やり遮って話を終わらせると、開発員はそれが不満なのか明らかに不機嫌な顔になった。
コルトも一緒に仕事していて普段は冷静な姿ばかりを見ていたため、突然勢いよく喋り始めて少しびっくりしてしまった。
斧がここでは採用される可能性が低いせいか、誰かに使ってもらえる可能性に前のめりになってしまったのかもしれない。
それだけこれが自信作だったのだろう、というよりいつの間に作っていたのだろう。
「お前らすぐそうやって変形や合体を装備品に仕込もうとするのいい加減やめろ。手入れを覚えるこちらの身にもなれ」
「定期的に大掛かりなメンテナンスはこちらでやるのでいいではないですか」
「毎日の細かい手入れがやりにくいって言ってるんだ」
「綺麗に手入れをして、きっちりピッタリとはめ込まれた時の音と感触、最高ではないですか。私はものを組み立てる時のあの綺麗にハマる瞬間が最高に好きです。あぁなぜ物は経年劣化するのでしょう!」
「殿下に聞かせてやれ、きっと喜ぶ」
「私の趣味に殿下の時間を使うのは実に申し訳がないです、遠慮しましょう」
趣味と言い切られ、1番隊の隊長が真顔になった。
ハウリルはくつくつと笑っており、周りの軍人達の反応も隊長に同調するものが3割と、それ以外かで分かれているようだ。
アンリは興味がある側らしく、4番隊隊長や先ほどの紫髪の女性達と一緒に例の斧を手にとってマジマジと見ている。
そして器用に片手でクルクルと回し始めた、なかなかいい感じだ。
もともと木こり斧を使っていただけあって小振りなほうが使いやすいのかもしれない。
それを見て開発員がぜひこちらも!と柄を差し出したが、槍の使い方は分からないとアンリが断ったので、落胆の表情でがっくりと肩を落としている。
「でも槍のリーチって馬鹿にできないわよ。相手の距離があるだけで恐怖心ってかなり減るんだから。それに槍なら私でも教えられるしね」
「手斧で接近戦をやっていたと思ったら、突然相手の手元が伸びるんだ。ほとんどの奴はな、戦闘中にいきなり武器が変わると普通は対応出来ない。殺し合いなんてその一瞬一回だけで十分なんだよ」
「簡単に言いますけど隊長、それが出来るのは隊長達とかの一部の人たちだけですからね!?」
「目標は高いほうがいいだろ。それにアンネリッタは筋は悪くない、そのうちモノに出来るさ」
4番隊の隊長はアンリを高く評価しているらしい。
コルトが開発室に籠もっている間にアンリもかなり頑張ったようだ。
だがそれを聞いて4番隊の面々がぶうぶうと嫉妬で文句を言っているが、使って欲しい開発員は猛烈な勢いでうなずいている。
だが騒いだのはほんの少しの間で紫髪の女性がこれ以上は仕方ないという感じで、アンリに向き直るとやってみたらいいと後押しをした。
それでもまだアンリは迷っている。
「あの2人に追いつきたいんじゃないの?」
アンリが勢いよくコルトに振り返った。
「前に言ってたよね、思い通りにならないのがムカつくって、黙ってみてろって言われてるみたいだって。それってアンリが自分の事を弱いと思ってたからだよね?ならなんで強くなれる機会を逃すの?」
「それは……」
「やっぱりまだ壁の僕たちがいや?」
アンリの体がビクッとなる、図星だったのだろう。
やっぱり短期間で打ち解けるなんて無理だったのだろうか、悲しいけど村でのことを思うと仕方ないと思う。
「ごめんね、ずっと悪いと思ってるよ。だって今の状況は思い通りにならないし、黙って従えって感じだもんね」
言葉にして改めてこの状況はどう見てもアンリは良い気がしないだろう。
でもそれは仕方ないのだ。だってアンリには現状を変える力が無い。誰だってこの状況ではそうなっていただろうが、今この場にいるのはアンリだ。
「僕も色々と考えたんだ。村には寄らずにわかれたほうが良かったんじゃないかとか、でもそれだとココさんが死んじゃう。僕にはアンリとココさんどっちかを選ぶことは出来ないよ。ねぇアンリ、僕は何を選択すれば良かった?」
とても酷いことを言ってると思った。
アンリはとても優しい子だ。
きっとこれなら罪悪感を持ってくれる、学ぶことを選んでくれる、そう思って言った。
そしてやっぱりアンリは願った事を口にしてくれた。
「お前の選択は間違ってないだろ……。だって、じゃないと私はココを殺してたんだ……。………クソッ、分かってるよ子供みたいな事やってるのはさ!」
周りは誰も何も言わなかった。動かず、黙ってアンリを見ていた。
だがそこに大声で割って入る声がした。
「お嬢ちゃん。お前その前にココが生きてることを何を根拠に信じてるんだ?」
その場の全員が演習所の入り口を見ると、以前よりは幾分か落ち着いた赤になった髪を後頭部で綺麗に巻き上げ、ぴっしりとした軍服に身を包んだ女、シュリアが片手を腰にあてて不機嫌そうに立っていた。
シュリアの一言にアンリが殺気立つが、それよりも早く4番隊隊長が口を開き叱責した。
「子供相手に面白くない冗談を言うな。総長の顔に泥を塗ることになるぞ」
するとシュリアは舌打ちをし、態勢を崩すとコルトたちに近づいてきた。
アンリは眉間に皺を寄せてシュリアを睨んでいるが、シュリアのほうはアンリを視界にすら入れない。
その様子を見て4番隊の隊長がアンリの肩に手を置いた。
「安心しな。ルイが総長本人に引き渡したんだ、総長は助けが必要な子供を見捨てるような人間じゃない。ココ達は間違いなく王宮で生きてる」
だが先程のコルトとの会話もあり、アンリの警戒心が強まっているのか、いまいち信用出来ないといった顔だ。このままではまずいのでは無いだろうかと、ラグゼル側ではないハウリルの顔を見ると、そこでさらに乱入者が現れた。




