第34話
現在1つのテーブルを囲うようにして4人が座りお茶会という名の女子会が開かれていた。
ココを挟むように侍女2人が座り、ココの反対側にルーカスが座っている。
ちなみにルーカスが偽名であることは先程ココに説明した。侍女2人は偽名のルーカスは知らないが本名のルイカルドは知っているので、呼び名が違う事ココが疑問に思ったからだ。
最初は偽名などいらんだろと思ったが、砦でアシュバートとの会話を聞かれている可能性があるという事で渋々名乗っていた。今は偽名があって良かったと思っている。
クソ生意気なコルトとクソ司教には何となく本名で呼ばれると腹が立つ気がしている。
「魔人ってめちゃくちゃ寿命長いらしいんですよ、10倍くらい違うんでしたっけ?」
「そうだな。条件で大分変わるが、短いやつでも300年くれぇ生きるし、なげぇ奴は1000年生きた奴もいる。大体平均で700年くらいか?」
「えっ…じゃあ、ルイさんって、本当はずっと年上?」
「あんま細かい数字は覚えてねぇけど、230は超えてるはずだぞ」
「230!?えっ…嘘でしょ!?」
「精神年齢が全然老成してないからそんな感じしないんですよねー」
「寿命に合わせて精神の成熟も10分の1に落ちてるんでしょうか」
「お前ら……」
こちらが何もしないと思って言いたい放題であるが、たったの20年で大人になってしまう共族のほうに同情する。
そのたったの20年で残りの50年近くを生きるだけの力をつけなければいけないというのは、大変な重労働だろう。しかも20年とは言っても実際に学び始めるのはここの基準でも7才だ。
実質10年ちょっとで残りの人生が決まるとは、全くもって難儀な種族だと思う。
おまけに肉体も脆弱である。
正直可哀想だ。
魔人に生まれていれば優秀で有能な人材としてもと長く活躍出来るというのに、非常に勿体ない。
だが目の前の者たちはあまり気にしていないようだ。
「1番納得がいかないのはそんなに長いこと生きてるのにシミ1つないのはどういうことなの!?」
寿命が短いことよりも見た目のほうが気になるらしい。
なんでそんなに気になるのか分からないが、どうやら性別が生まれる前から固定されているせいでそれだけで生殖のために選ぶ相手が半分になる。
おまけに種族としても個体が弱いために、なるべく強い個体を選びたいし選ばれたいから少しでも確率を上げるために余計に見た目を気にするような生態なんだろう。
特に女体のほうは男体よりもさらに弱いため、主張するためにはどうしても見た目のほうに振り切れなければいけない傾向が強いようだ。
というような事を前に言ったら、イリーゼにそんな単純な話ではないとまた長く説教されそうになったため、さっさと逃亡した事を思い出した。
だが肌荒れなどとは一切無縁なのが羨ましい、とタオルを噛んでいる赤毛の侍女を見ると、やっぱりそういう生態なのでは?と思わなくもない。
──自分じゃ分からねぇ事ってあるしな
「くぅ、私達が毎日日焼けを気にしたり化粧水や乳液やで手入れしているのに、見てよこのキメの細かさ!!シミ1つ無いわ!」
「青いから目立ちにくい事を考慮しても綺麗ですよね、羨ましいです」
「んな事言われても種族が違えば体質も違うだろ?それにイリーゼ見てみろよ、リンデルトより働いてんのに肌綺麗だぞ」
イリーゼは王太子妃としてかなり色々と忙しく毎日仕事を熟しているが、あまり他人の頓着しないルーカスでさえいつみても美しいと思えるレベルを維持している。
自分を魅せることが仕事でもある連中が娯楽区にいるが、それと比べても全く見劣りしないのは感嘆する。やっぱり素地が違うのだろう、個体差は馬鹿にならない。
「イリーゼ様は物凄く努力していらっしゃいます!そもそも元々ソルシエのご令嬢ですので、専属の美容品の研究開発部をお持ちですよ。イリーゼ様がお使いになってる化粧品は全てイリーゼ様に合わせて作っているものですし」
「なんで王でもねぇのに個人でそんな組織持ってんだよ」
「ご出身がソルシエ家だからですよ。検体提供や治験をソルシエ家は自らの身体を使って行うので、健康管理のための一環として専属の部門をお持ちなだけですよ。王家に嫁いでからはさすがに検体も治験もやってませんけど、御身が大切であることにお変わりないので引き続き専属を維持しているだけです」
「それに出来上がったものについては情報開示されます。舞台に立つ者達の中にはいち早く同じものを入手するために、専属で人を雇っているくらいです」
「……あいつらはなんか違くないか?」
この国で1番の娯楽と言えば先ず最初に上がるのが観劇などのステージ上で行われる興行だろう。歌や楽器演奏を主体としたものもあれば、それらを合わせた歌劇などは非常に人気が高い。
千両役者ともなればチケットは連日争奪戦となり、ひと目見ようと客が押し寄せるため移動にも専属の護衛がつくほどだ。
ルーカスは一時期非常に嵌っており、特に歌劇についてはアシュバートが持つ貴族席を借りて連日通っていた。
己の魅力でもって観客を引きつけるという、単純暴力だけが他者惹きつける価値観の魔族にはないものが非常に物珍しかった。初めてみたそれに、体の内側から湧き上がる興奮を感じたのだ。
それを何度も味わいたくて様々な演目や役者の歌劇を観まくった。
そもそも最初に興味を持ったのはシュリアが勧めてきたからだ。
ここに来たなら一度は観ておかないと勿体ないと劇場の入り口に連れてこられた。
その時までは確かに全く興味が無かったのだが、突然物凄い歓声が上がったのだ。
そちらに目を向けると建物の一部が屋外ステージのようになっており、そこに立つ着飾った役者がよく通る声で歌い出した。
一瞬で惹きつけられた。
手足の指の先まで洗練され美しさのみを追求したしなやかな動き、澄み渡り包み込むような歌声、人とは思えないほどバランスの整った造形美。
力を感じた。
物理的なものではない。だが確かにそこに存在する力を感じたのだ。
「なんつぅか、なんだろうな。あいつらはこう作ったものなんだろうが、そうじゃない。生まれ持ったものが違うだろ。ありゃ努力でどうこうなるもんなのか?」
「生来の素質は必ずあるとは思いますが、それだけであそこに立てる者はいません」
「まぁそうだよなぁ……」
ルーカスとしてはあれを努力で身につけたと言われるより、最初からそういう者として生まれてきたと言われたほうがまだ現実味があった。
「おいっ、ココ。あれだけは一回は観といたほうがいいぞ。あれを観ねぇのは勿体ねぇ、人生損してるぞ。なんなら俺がリンデルトにでも頼んでやる、どうせあいつも貴族席を遊ばせてんだろ」
「えっえぇ!?リンデルトさ…さまって、ここの偉い人じゃ!?悪いですよ!恐れ多いですよ!」
「気にすることか?」
「「気にしてください!」」
「ルイさんはもう少し気にされても良いかと」
異口同音に言われてしまった。
リンデルト本人は気にしなさそうだし、そもそもまだ王ではないのでいいだろうと思う。が、よくよく考えたらすでに王の補佐としてかなり実務を熟している。
それに壁の中と外で価値観が違う3人が同じ事をいうのだから、共族は王の血族というものを存外に大事にするのかもしれない。
一応今は自分も共族社会で生活をしているので合わせるのはやぶさかではない。
「……分かったよ、今度から気をつける」
「誓ってくださいよー。あまり交流の無い貴族の方の中にはそういう態度に過敏な方もいらっしゃいますので」
だがココに観劇を見せるのはなかなか良いのではという話になった。
劇場内で騒がない分別さえつけば特に必要な技能も無い。
それからどんな脚本の劇が先ず良いかで小説が原作物の話になり、ならいくつか図書館で借りてくるという話に飛び、さらに本を読む時に食べるお菓子の話から、行政区に出来たカフェの話に移った。
ポンポン話題が飛び過ぎである。
最後のほうは適当な生返事だけで手をつけられていない茶菓子を胃に入れる事だけに従事していた有様だ。
ココのほうはその頃には大分打ち解けていたのか、笑顔を見せながら色々と聞いていた。
この部屋に来た時よりは顔色が良さそうだ。
そしてルーカスが皿を綺麗にしたころ、夕方の鐘が鳴った。王宮内の終業の鐘だ。
近衛兵を除いて王宮に出仕している文官達が帰路につきはじめる、そしてそれらの上司であるリンデルトやイリーゼ達も特に問題が無ければ仕事が終わるだろう。
「大変!もうこんな時間!ついつい話し込んじゃいました」
「でもココの顔色が大分良くなったみたいですね」
茶髪の侍女がココの顔を見て満足そうにしている。
「実はイリーゼ様からルイさんの訪問があると直前に聞いて少し心配だったのですが、寧ろ感謝しなくてはなりませんね」
「いやっ、ずっとココと喋ってたのお前らだろ」
「話題のきっかけは作ってもらいましたので!正直どうしたらいいか少し悩んでたんですよ、外のことなんて知らないから何で傷つけちゃうか分かりませんでしたし。でもこれからは女同士で色々話せそうです」
「そりゃ良かったよ」
卓上をテキパキと侍女2人が片付けている間にルーカスはココがベッドに戻るのを手伝った。精神が衰弱すると合わせて肉体も弱るらしく、今は顔色が良いとはいえまだまだ体力は戻っていない。悪いとは言えないだけいいだろう。
ココを無事にベッドの住人に戻し、リンデルトのところからパクッてきた皿の事を思い出すと赤毛の侍女にこちらで戻しておきますと扉まで誘導された。
そして外へと一歩踏み出したところでルーカスはふと足を止める。
どうしました?と赤毛の侍女が聞いてきたので、少しいいかと外に出てもらい扉を閉める。
辺りに人の気配が無い事を確認すると口を開いた。
「実はな、ココを殺そうとした奴が色々あってこっちに来てる」
「………」
「今は色々知ったからココが全く悪くねぇのは分かってるんだが、戻ったばっかの時にココに会えないか?って聞いてな、シュリアの姐さんが断った。自己満足だろって言われて会えないのは納得してるみたいだが、コルトのやつが前にお前ら共族は簡単には割り切れねぇっていうからよ」
「何故それを私に?」
「ココ本人から望めばさすがに姐さんだって強くは言えねぇだろ?でも俺はまだお前らの感情がよく分からん、だからお前らの判断でココに伝えてくれ」
「………それは構いませんが、その人もずっとこちらに?」
「いやっ、また近々俺たちと外に出る。だからあんま猶予がねぇ、だが少なくとも1ヶ月はいるはずだ」
「……分かりました。でもなんで…、ココちゃんのためですか?」
「ココのためじゃねぇ。現状アイツが戦う理由がねぇのがマズイ。理由がねぇ奴は結構あっさり死ぬ。そうなっても俺はどうでもいいがコルトの奴が絶対に煩いからな、アイツの性格考えるとその後の活動に絶対支障が出る。それは避けたい」
「つまり、ココちゃんをその人の戦う理由にするためです?」
「そうだ。未だに自称友人名乗ってやがるからな、会えさえすれば何かしら理由にはなんだろ」
「ココちゃんが嫌がったら?」
「本人に拒否されんのと、他人が勝手に拒否してんのとじゃ違うだろ。それで捨て鉢になろうが中途半端な状態よりゃいい、ダメなのがこっちからも分かるからな」
「……イリーゼ様にお伝えしてもいいですか?さすがに私一人では……」
「構わねぇよ、俺からだって言っといてくれ」
それだけ言うとルーカスは踵を返した。




