第29話
揺さぶられて目を開けると見下ろすシェレスカが視界に入ってきた。
どうやらあのまま寝てしまったらしく、わざわざ起こしに来てくれたようだ。
謝罪をすると気にする必要は無い、それよりも支給品を受け取りに行くぞと言われたので身を起こし部屋を出る。
寮に入ってきたところとは別の出口から外に出ると、寮の陰になっていのたすぐ少し離れたところに寮とは外観の違う大きな建物が目に入ってきた。
どうやらそこが目的地らしく、入ってすぐの受け付けでシェレスカが要件を述べると8番の部屋に行くようにと案内される。
指定された部屋に入ると作業着を着た女が机の上に山のように服を並べているところだった。
「はいはーい、待ってたよー」
「随分多くないか?」
「サイズが分かんないからねー、とりあえず全サイズ持ってきてみましたー。では身体測らせてもらうよー」
来てすぐだというのにアンリは問答無用で全身のサイズを測られるのだった。
身長はもちろん肩幅にスリーサイズに足のサイズ、脚部や腕部の太さまで測られた。
ヘトヘトになりながら正直そこまでする必要があるのか分からないと言うと、
「合わない服って動きに影響あるからねー、なるべくあったものが良いよー。あと健康状態とか調べるのにねー、お嬢ちゃんはあんまり栄養状態良くないねー」
「外は大分土地が汚染で痩せていると報告がある、それが原因じゃないか?」
「なるほどねー。そのうち自然に滅びそだねー」
「おいっ」
それは割と真っ直ぐな悪意だった。
だが当然あると思っていたそれがここまでほとんど感じられず、少々居心地の悪さを感じていたので逆にそれがなぜだか安心出来た。
女のほうは悪びれもせずにサイズを確認しながらせっせと服を揃えていく。
「それじゃーこれが訓練用一式2セット、普段着一式2セット、下着は6セットねー。そこに衝立あるから早速着替えよかー」
「あっあぁ、分かった」
アンリは着ていたものを脱ぐと渡された普段着一式というのもに着替え靴も履き替えた。
全身くまなく確認されただけあって割といい感じのサイズである。ついでに布もしっかりしてほつれがなく、向こうではそこそこのお金を出さないと手に入らないようなものだった。
靴も異様に軽い割にはしっかりと成形してあり歩きやすい。
そうやってしばらく着心地を確かめているとまだ終わらないのかと催促されたので、もう終わったと外に出た。
すると、先程まで山のように積まれていた服の代わりに今度は紙の山、大量の本が積み上げられていた。
その中の1冊を手渡され中身を見てみると、どうやら文字の練習書のようだ。
「んふー、王宮は仕事早いよー。なんと予め文字練習用のあれそれが用意されてましたー。外で教えてないこと勝手に教えていいのかは、そんなこと知ったこっちゃねーよー」
「古代文明も当たり前のように文字文化だからな。当時のものの捜索にあたっては文字が読めたほうが都合が良い」
「そだねー。書くのは出来なくてもいいけどー、読むのはここまでは出来てほしいかなー」
さらに3冊手渡された。
「教師役は見張りのシェレスカに兼任して欲しいってさー」
「聞いてないし、教員資格なんて持ってないぞ!?」
「知ってるよー。でもでもー、子供に教える範囲くらいならなんとかなるよー。はいこれ任命書」
女が作業着のポケットから封筒を出すとシェレスカに押し付けた。
不服げに受け取ったシェレスカは王宮印が押された中身の任命書にため息をつく。
「先に上官を通して欲しかったんだが…」
「そのはずだったよー。3番隊が問題起こしたみたいでー、各隊の隊長達が後処理に駆り出されてるから4番隊隊長さんの代わりに私がついでに渡すことになりましたー」
「あいつら何やらかしたんだ」
「噂だとー、総長と魔人さんが何かやったみたいでー、3番隊はそのきっかけを作ったそうですー。という事で、お嬢ちゃんはこのお姉さんの言うことをよく聞いてたくさんお勉強するようにー」
「よっ、よろしくお願いします」
教えてもらう立場なので早速礼を言ってみたが、シェレスカは総長と魔人、おそらくルーカスが何かやらかしたという事に気が行っているのか生返事しか返ってこなかった。
特に総長がやらかしたというのが衝撃なようだ。
確かに昼間みた感じではお硬い感じがあったので、ふざけるような人には見えなかった。
シェレスカの反応をみるにどうやら実際にそういう人らしい。
女はシェレスカを無視して大きな紙袋をいくつか用意すると、アンリに机の上のものを入れるように渡してきた。
「一応書き練習のための紙と筆記用具も入れといてねー。あとただ読むだけだと飽きちゃうからー、子供向けの絵本も用意したよー。短時間で準備出来て私ってば優秀だねー」
「えほん?」
「絵と簡単な文字が書いてある子供向けの本だよー。絵があるから文字と紐付けて覚えやすいと思うんだよねー」
持ち運びが簡単なように比較的小さいものを選んでくれたらしい。
これが全て読めたからといって、コルトたちと同じレベルかと言ったら全然足りないが、それでも何となく内容の方向性が分かるだけでもかなり良い。
シェレスカが色々教えてくれるそうだが、今度コルトにでも会ったときに色々聞いてみるのもいいかもしれない。
あのお人好しであれば嫌な顔をせずに答えてくれるはずだ。
紙袋に詰め終わるころにはシェレスカがどこからか台車を持ってきたので、支給された衣類と一緒に乗せる。
そして女が先程アンリが着替えていた衝立の向こうに消えると、アンリの脱いだ服を持って出てくる。
「これは預かるねー」
「なんでだよ!?向こうから持ってこれたのはそれだけなんだぞ!?」
「唯一の私物で愛着があるから手放したくないのは分かるけどー、これを元に外で着ていても違和感のないものをこっちの技術で作りたいんだよねー」
「どういうことだ」
「こっちのスーパーテクノロジーで同じ見た目でも燃えにくい切れにくい、そして乾きやすい!ものを作るんだよー。もちろん作り終わったらこれは返すよー」
「すっ、すーぱーてくろのじー?」
「テクノロジーねー」
なんだか良くわからないが返してもらえるならいいが、それまで知らない人間に色々と触られるのは嫌だ、少し気持ち悪い。
「別にこっちだって仕事で命令じゃなきゃこんなことしたくないしー、お互いさまよー」
あからさまな塩対応をされているわけではないが、結構ストレートに嫌いを表明してくる。
嫌がらせをしてくるわけではないので、深く踏み込まなければいいだけなので逆に気が楽だ。
「その辺にしろ、これ以上は上に報告するぞ」
「はいはーい、自重しますー」
「私は気にしてないぞ」
「ダメだ。今は良くても何度も言われれば蓄積もするし、周りの影響を考えると今排除せねばならない。言葉を甘く見るな」
そこまでキツく言われることだろうかと思ったが、雰囲気的にこれ以上突っつかないほうが良さそうに感じる。
アンリは納得がいかないながらも台車に渡されたものを全て詰め終えた。
「他に何か必要なものはあるかねー?体質的に無いと困るものとかー」
「?…別にないが」
「それはよきですねー。じゃっ、私は残り物を片付けるんでー」
用は済んだとばかりにさっさと部屋を追い出しにかかられた。
着ていた服は名残惜しいが、シェレスカにも背中を押されてしまったので仕方なく台車を転がしながら部屋を出る。
寮に戻るとどこからか食欲をそそる匂いがしてきた。
「もうそんな時間か、思ったより時間をかけてしまったな」
早く荷物を置いて食堂に行こうと言われ急ぎ階段に向かうが、こちらだと横の扉までさらに導かれる。
「手持ちで運びづらい物の搬入時のみこちらが使える、特に許可は必要ないから完全に個人の善性頼りだがな」
壁のボタンを押すと扉が静かに開き、現れた狭い空間に乗り込むとまたいくつかボタンを押す。すると再び扉が静かに閉じると、全体が僅かに振動した。同時に妙な浮遊感に襲われる。
慣れない感覚に足が震えてしまったが、その感覚がはすぐに去り再び扉が開くとアンリの部屋がある3階についていた。
再び先導されてアンリの部屋まで戻ってくると、このまま食事に行くからと台車を中に入ってすぐのところに置くように言われ、再び部屋を出ると食堂に向かった。
ストックを割と消化できたので、次回からまた5の倍数日更新に戻します。
溜まり次第まだ3日更新になります。




