第270話
コルトが告げた条件を、魔族は悲壮な顔で、魔神は怒髪天を衝く勢いで怒り出した。
「ふざけないで!アナタはこの子の尊厳をなんだと思ってるのよ!」
「どうでもいい。お前が共族をどうでもいいと思ってるように、僕も魔族はどうでもいい。僕は死者の蘇生なんてしたくないんだよ。それを捻じ曲げろって言ってるんだから、そのくらいの条件があったっていいだろ?お前のその頭1つで解決するほど、僕はルール破りに甘くないぞ。嫌なら別の星で1からやり直しなよ、この世界は死者の蘇生は認めないって言うルールで作ったんだからさ」
魔神はさらに怒りを滲ませた。
別の星で1からなど、1人でやるなら億単位でかかる上に、生命が存在できるまでに星を安定させられるかは、魔神がわざわざコルトに共同作業を持ちかけたところからも推して知るべし。
できないことをやれと言ってるのと同じである。
「”神”が認めた蘇生だぞ。社会への影響が大きすぎる、それを削ぎ落とすための代償としては軽いくらいだと思うけどね」
「……その間の”人”の復興はどうしろって言うのよ」
「後ろに人残ってるじゃん、魔族の寿命なら”たかが”100年くらいあっという間だろ。それにルーカスもいるし。まあルーカスを足掛かりに共族も出張ると思うけどね」
「アナタ……」
ギリギリと歯軋りをしながら魔神はコルトを睨みつけるが、ここで癇癪を起こせばコルトの思う壺であることも分かっているくらいには冷静であるらしい。
「で……、どうするの」
引き続きイスにふんぞり返りながら問いかけると、魔神は頭を抱えた。
後ろの魔族たちもお互いに顔を見合わせている。
聞き耳を立てると、本人がそれを望むのか、恨みを買うのではないか、かつての竜人の繰り返しだ、とネガティブな意見が多いが、魔神が望んでいるのであれば議会所属の魔族として受け入れるべき、なども出ておりそれが否定されるような意見も出ていない。
ここの全員が代わりを務めるという意見も出たが、条件の目的を考えればそれが飲まれることはない。
当然の話だが、死んだ人間が条件付きで蘇りたいのかなど死人にしか分からない。
──蘇生して嫌がったらその場でまた死んでもらう…、はさすがに人の倫理観超えてるしね…。
そんな外道な考えがコルトの脳裏に過ったが、さすがにそれを提案されたら逆にコルトが怒っていたところだ。
命を弄ぶなと言えた口ではないが、それでもあんまりだ。
案の定、魔族は結論を出せなかった。
──結論を出さなかったのは正解だね、人が決めるには過ぎたる問題だ。そもそも魔神の勝手なんだから、責任も全部コイツが背負うものだしね。
背後から視線を逸らすと、再び魔神を見た。
当の本人はまだ頭を抱えて俯いている。
そしてこうしているのも時間の無駄だなと思い始めた頃、魔神が顔を上げた。
しっかりとコルトに焦点を合わせて、決意に満ちた顔をしている。
「決めた?」
「決めたわ」
「で?」
「蘇生をお願いするわ」
その瞬間、コルトは大爆笑した。
大口を開けてお腹を抱えて、膝を叩いて、これでもかと笑った。
「もうお前、管理者から降りたら?」
「……っ」
可笑しくてしょうがない。
こいつは管理者でありながら自分の感情を優先した。
個人をみた。
この瞬間、魔族は不平等が約束される。
元々格差がデカいので今更な話でもあるが。
「でもいいよ。条件を飲んでくれるなら構わない。魔族がどうなろうと僕には関係無いしね」
コルトは一時的に停止させていた”向こう側”の半分の意識を再起動させると、世界の楔がある間に移動させ、そしてこちらの肉体と同期させた。
「そうだ、契約違反のペナルティを決めておかないと。その魂の消滅と、お前の権限の一時凍結でいいか?期間はそうだな、1万年くらいでいいだろ。今の魔族がそれくらいだろ?」
「……いいわ」
魔神はコルトから一切視線を逸らさずに頷いた。
コルトはまた底意地悪くニヤッと口角を上げると契約に移った。
向こうで世界の楔に触れると、こちらの肉体もそれに合わせて何かに触れるように右手が持ち上がった。
「『北の管理者として南の管理者が保管する魂1つの蘇生を許可する。蘇生をもって契約に同意したものとみなし、不履行の場合は該当魂の消滅、及び南の管理者権限1万年の凍結を実行する』」
そう言うと、魔神も掲げられたコルトの手のひらに自分の手を合わせた。
「南の管理者として契約内容、それと許可を確認したわ。全てに同意と……感謝を」
南の管理者がそう告げると、向こうで新たな楔が穿たれた。
これでこの契約は絶対となる。
コルトは立ち上がった。
契約が締結された以上、この戦いは終わりだ。
これ以上攻め込むようなら共族領への駐留ができなくなり、契約不履行として魔神は管理者としての能力を使えなくなる。
そうなればこの星の管理権限が全てコルトに回ってくるので、あとは事務的に処理するだけだ。
「はあ…やっと終わった。この後片付けが山積みだから、僕は帰るよ。蘇生後いつこっちにこさせるかは追って連絡する。僕も魔族が100年駐留すること、共族に告知しないといけないからね」
「分かったわ」
もう用は無いと座っていたイスを消すと、魔神達から背を向けた。
そして一歩踏み出そうとして、ふとっ気になる事があり振り返る。
「蘇生させる体、この状況だと綺麗に消し飛んでるだろ。情報はどうするんだよ、お前は肉体のほうも求めてただろ」
すると魔神は少しだけ得意げな顔になった。
「肉体の情報なんて魔力が全て記録してるわ。じゃないとどうやってこの子達が肉体を再生させてると思ってるのよ」
「……魂だけじゃなく魔力まで保管してたわけ?」
「当たり前でしょ。…アナタ、さすがに魔力までは見えないのね」
「見たくないものを見る趣味は持ってない」
「あっそ」
さっきまでとは打って変わって魔神は鼻を鳴らすとコルトから背を向けて作業に取り掛かり始めた。
コルトも興味が無いので再び背を向けると、今度こそ振り返らずに歩き始めた。
透明なドームが見えてきた。
中ではアンリが怒りの表情でドームの壁を拳で叩いており、その後ろでハウリルも兎を抱きかかえながら困った顔をしている。
コルトは絶対に怒られること間違いなしと口を窄め、覚悟を決めてドームを解除した。
「コルトォ!!!!!」
案の定、背後に黒いオーラを背負ったアンリに両肩を掴まれて怒鳴られた。
「お前!1人で勝手に出ていって、どういうつもりだよ!」
「ごっ、ごめん!でも魔神と対峙するのにさ、ほらっ…ね?」
「お前ええええええええ」
両肩にさらに力が込められ、さらに前後にガクガクと揺すられた。
アンリだって自分が足手まといになることは分かっているのだ。
だがそれで感情が納得するかと言えば、別問題である。
前後に激しく揺られながらコルトは悲鳴をあげると、アンリの後ろから苦笑いしたハウリルが止めに入った。
「アンリさんその辺でお願いします。話が聞けませんので」
ハウリルに止められてアンリはフンッ!と鼻息を鳴らすとコルトを解放した。
若干酔ったコルトである。
それを見て苦笑したハウリルは、その場で崩れ落ちかけたコルトを支えるようにアンリに言うと、遠くで何かをしようとしている魔族たちを見た。
「遠目ですが、あなたに頭を下げていたのは魔神ですよね?何をお願いされたんです?」
「あれね」
コルトは何があったのかざっくりと説明すると、アンリが歓喜の声を上げた。
「ラヴァーニャ生き返るの!?」
「仕方なくね」
若干嫌そうに言ってしまったが、すでにアンリは聞いてないしコルトを見てもいなかった。
ハウリルの腕の中の気絶した兎に良かったなとしきりに話しかけている。
「コルトさんの懸念も分からなくはないですね。共族の中に必ずそれを利用しようと良からぬことを考えるやからは出るでしょうし」
「だよねぇ」
それを考えると頭が痛い。
頭は痛いがもう契約は成立してしまった。
ため息をつくしかない。
「このかたはどうしますか?」
その辺に捨て置けと言いたいが、アンリの目が怖い。
「仕方ないからそいつが起きるまでは上空待機かな。魔神はルーカスにはもう興味無いっぽいから連れ帰っても問題ないだろうけど、そいつはさすがにね」
「わたしもさすがにこの怪我を放置するのは気が引けます」
「おうおう!きっちり治してやろうぜ!」
ルーカスと同じ治療を兎にも施すと信じて疑わないニッコニコの良い笑顔のアンリに苦笑いを返すしかなかった。
仕方ないなと思いつつ、そのくらいはもういいかと諦めた。
やっと全て終わったのだ。
それに比べたら些細なことである。
そう思うと気が楽になり、耐えられなかった。
「やっとこれで終わりだぁ!」
「うわぁっ、びっくりした!?」
そう叫んで服が汚れるのも構わずコルトは大の字に倒れこみ、突然倒れたのでアンリは飛び上がる。
いつの間にか雨は上がっており、雲の切れ間から青空と陽の光が差し込んでいた。
「お疲れ様です。ここまで長かったですね」
「時間的には2年、3年?くらいですけどね。でも溜まってた宿題全部片付けたみたいな清々しさだ」
全てが順調だったとは言えないが、終わらせなくてはいけないことには全て蹴りがついた。
そしてそれは、コルトが人の社会から離れることも意味する。
それがやっと実感として湧いてきた。
嫌だな。
ほんの少しだけ未練がある。
でもそれでいい、それが長年の願いだ。
そしてここまでこれたのも……。
コルトは身を起こすと、居住まいを正してアンリとハウリルをみた。
「アンリ、今までありがとう。ハウリルさんもありがとうございます」
突然今生の別れのようなお礼を言い始めるコルトに、アンリは困惑した。
「どうしたんだよ急に、そんなさ、ちょっとしんみりするだろ。まだまだこれからなんだしさ」
「うん、片付けはまだ残ってる。でも、それが終わったらお別れだよ」
「……どうしてもか?」
「どうしてもね。前にも言ったけど、もう全部終わったからにはこれ以上僕と関わると、アンリに変な価値が生まれちゃう。それはアンリにも人の社会にも良くないものだ、僕はそれを望まない」
「………」
「個人を見ない。これを僕は崩すつもりはないけど、でも、君と会って過ごした時間のお陰で僕は間違いなく変革して、今の人の社会に希望が持てた。僕がどんな奴でも見捨てずについてきてくれたから、僕は最後までやれたよ。ありがとう」
アンリは少し泣きそうな顔になったが、何も言わなかった。
そんなアンリに微笑みつつ、次にハウリルを見た。
「ハウリルさんも、最後まで見届けてくれてありがとうございます」
「いえいえ、約束しましたから。それに、得難い経験をさせていただきました。……あなたと別れるのは、少し寂しい、と思いますが、人々があなたから独立しても、生まれた共族全ての存在を認めているというのは、後世に伝えていこうと思っています」
「えぇ、お願いします。共族に生まれた全てを僕は歓迎します」
「ふふっ、あなたは最後まで魔族を認めませんでしたね」
面白そうにハウリルはクスクス笑ったので、少し口を尖らせた。
「魔族は管轄外なので」
「えぇ、そうですね。魔族はあちらの神がみるでしょう」
ハウリルは再度魔族たちのほうに視線を向けた。
つられてコルトも視線を向けると、遠くで何かが光っている。
どうやら蘇生を開始したらしい。
コルトは立ち上がった、なるべく現場に立ち会ったといえるような距離から離れたい。
そして、もたらしたのは己だが、少ししんみりとしてしまった空気を打ち壊すようにコルトは声を張り上げた。
「よしっ!じゃあ戻りましょう!それでプレートに戻ったら勝利祝いのパーティでもやりましょう」
「ぱーてぃ?」
「祝賀会!みんなで美味しいもの飲んで食べて騒ぐんだよ」
「おぉ、絶対楽しいなそれ、やろうぜ!」
「なら各陣営を招いては?」
「それは別枠でやりましょう、まずは……」
コルトは機体がある方向に向けて歩き出した。
「”4人”だけで騒ごう!」
少しの間があった。
でもすぐに2人は笑顔になると、アンリは駆け寄ってコルトに並んで背中をバシバシと叩き、それから3人は並んで帰路についた。
コルトの長い旅は、ここに幕を閉じる。
次話、エピローグです。




