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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第12章
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第269話

魔神が魔人達のほうを向いてから10分が過ぎた。

その間お互いに無言で全く進展がない。

魔人は恐らく魔神が喋るまでは動かないだろうし、魔神は魔神で段々とムスッとしてきているし、何をそんなに戸惑っているのか。

このままではまた同じ状況になりそうな、そんな空気感。

この何も進展しなさそうに、コルトはため息をつきそうになるのをグッと堪えた。


だがこのまま何もせずに待ち続けるのも暇である。

暇潰しに今後の参考にならないかと、魔神が使っている肉体性能を観察する事にした。

この体も共族の両親から生まれた肉体として気に入っているが、それはそれとして何か合った時のための予備の肉体を用意するに越したことはない。

そう思って魔神を”見る”と。


──こいつ!?


思わぬモノを見つけてしまった。

とっくに溶けているはずのものを、なんとこいつは大事に懐に抱えていたのだ。


持っていたのは人の魂。

本来なら魂の海に返して、全体に還元されるべきものである。

そうする事で次代の魂が少しずつ強化され、共鳴力や魔力に頼らずとも肉体に宿れる強い魂になっていく。

この世界の生命にとっての大事な循環であるのだが、それをこいつはあろうことか捕獲しているのだ。

個人を見るのもけしからんが、これはそれ以上である。


コルトはイスを蹴倒さん勢いで立ち上がると、空気を読まずに魔神の肩を掴んだ。


「お前!なんで魂持ってんだよ!」


問い詰めるとさすがに決まりが悪いのか、魔神が目を逸らした。

するとどこかの口の軽い誰かのせいで、魂の海について知識がある魔人達の間にも緊張が走った。

魔王も直々に治療を施されたが、肉体などいくらでも再生できる魔人達にとって、魂の確保などそれ以上に個人を見ている。

誰の魂を持っているのかと、それを聞きたくてたまらないと各々の顔にありありと浮かんでいたが、そんな事など関係無いコルトは容赦無くさっさと手放せと詰め寄る。


「お前、さっき個人を見る意味分かってるのか聞いて、分かってるって言ってただろ!?魂の確保なんて、最上級に最悪じゃないか!」


管理者が確保したくなるほどの魂が海に帰らないのは、コルトにとっても明白に不利益がある。

重ねて離せと問い詰めると、魔神は唇を噛んだ。


「でも、この子は……」

「お前にとってその魂がどんな価値を持ってるのかは知らないけど、これは世界全体の問題なんだぞ、分かってっ…オブッ」


そこまで言いかけたところで、魔神が振り払った手による裏拳が綺麗に顔面にヒットし、それまでの威勢はどこにいったのか、やっぱりコルトは地面に転がった。

なんでこう、この体はこんなにも体力、腕力勝負となると弱いのか。

やはり専用に予備の体を作ろうと再度地面を舐める屈辱を味わいながら決意していると、魔神が仁王立ちしてコルトを見下ろした。


「世界全体のためっていうなら、この子は世界のためになるはずの子だったのよ!……っ…それなのに……」


魔神の真っ黒な両の瞳から液体が流れ落ちた。

人から離れた色彩を持つ体を使っていても、目から落ちる液体は人と変わらず透明だった。

コルトは口元についた泥を拭いながら立ち上がると、”だからどうした”と返す。


「そいつがどんなに役立つだろうと、死んだらそこで終わりって決めただろ」


次は無い、と魔神を見下ろしながら冷徹に言うと、再度唇を噛んで睨み上げてきた。

だが、このコルトの言葉で魔人達も”可能性”に気付いたようだ。

期待が目にチラチラと浮かび始めている。


「生命の価値を崩す死者蘇生は認めない」


だがコルトはその希望を打ち砕くようにバッサリと切った。

出来るできないの話なら、魂さえあれば元の肉体の完全再現は無理でも、近しい肉体の再現と記憶に連続性を持った蘇生はできる。

だが、それは両管理者の合意があって初めて可能だ。

そのくらい制限をかける理由は何度も語った。


だが、出来る可能性があるのなら行動する奴が出てくるのが人である。

案の定、魔人の1人が自分との交換ではどうかと名乗り出てきた。


──これが出るから嫌なんだよ!


命には命の対価を…。

誰もが考えることだ。


だがそれは同時に命の価値に上下を付ける、人の基準で…だ。


始まりはどんなに崇高であろうと、当たり前になれば必ず人は見失う。

死んだ価値ある人物を蘇らせるために、価値の無い人間を生贄に捧げる。

もっと突き詰めると、”それ専用”の人間が生み出される。

そういうよくある話。


一度でも蘇生を許せば、必ず次が出て、そしていつか常態化する。


馬鹿ではないだろうか。


「生命は必ず強弱が生まれるんだぞ、生まれた命が誰かの代わりになったら、それこそ強者のために弱者の命を燃料にする奴が出てくるだろ!僕はそんなの絶対に認めないぞ」


魔族がどんな価値観の上で成り立っていようと関係無い。

誰かの命を対価にすることは絶対に認められない。

コルトは頑として譲るつもりはなかった。


魔人達もいかに他所の神であろうと、頑ななコルトに何か意見を言うつもりはないらしい。

名乗り出た魔人はがっくりと肩を落とした。


だが、それでも諦めない奴が1人。

魔人が仄暗い思いを目に浮かべながら、コルトを見上げている。


「対価が人でなければ良いのでしょう?」

「人だろうとなんだろうと、そもそもたった1人を生き返らせるのは個人を極端に見すぎてる。どっちみち断る」


これで話は終わりだと、コルトは服についた泥を払ってイスに座り直そうとした。

その時だ。

魔人達が一斉に焦ったような、悲壮感に溢れた声で魔神の名を呼んだ。

今度は何だと思いながらイスに座って正面を向くと、目に飛び込んできたのは、地に膝と額を擦り付けた、所謂土下座した魔神の姿だった。

そりゃ魔人達も焦るだろう。

自分達の神が他所の神に服従するようなポーズを取っているのだ。


さすがにこれにはコルトも困惑した。

管理者の立場はみんな対等だ。

誰かに従属することは絶対にないし、他人に口出しすることも許されない。

だから他人の忠告を聞かないということにも繋がってくるのだが……。

それはともかく、今コルトの目の前で確かに魔神は平身低頭で懇願している。


「自分が何を言ってるのか、ワタシだって管理者だもの、分かっているわ。でも、この子だけはお願いしたいの。アナタの提示した条件を全て飲むわ、1000万年アナタの言うことにも絶対に従う。だからお願いします、この子の蘇生を許可して下さい」


コルトに頭を下げてまで蘇生を願い出ている姿に反吐が出た。


「お前、その後どうなるか分かってるんだろうな」


本来ならできない蘇生を、神が同格の別の神に頭を下げてまで願い出た。

生き返らされたほうはどうなるか。

否、周りがどう思い、どう見るか。


「碌なことにならないよ」


神からの”特別”がどうなるかなんて、問題の火種以外に語ることなんてない。

それが魔族の中だけで完結するなら、ほら見たことかと笑いながら悲劇を鑑賞しただろう。

だが共族が魔族と交流することに口を出さないと決めてしまった。

確実に魔族の問題の火の粉が共族にも降りかかる。

というか、1番の問題は寿命差だ。

同じくらいの寿命なら、そいつが死ぬまでは警告を全体に共有させて、備えさせればいいが、残念ながら魔神は魔族の寿命を雑に十倍に伸ばした。

蘇生対象の年齢は知らないが、1番若く見積もって200歳なら500年強、あの獅子頭を最年長と考えた見た目からでも最低100年以上はそいつが寿命で死ぬまでかかる。

その頃には”今”の空気を知っている共族は一人も生き残っていない。


そんな時に”神に特別に蘇生された人”が世に出てきたらどうなるか。


──それも僕が”許可”を出したって事実付きだぞ!考えただけで悍ましいわ!!!


想像だけで怒りが限界突破しそうだ。


「ワタシだってそんな事は分かってるわ。でもこの子はこれからの魔族には必要なの、自らの意志でワタシに立ち向かってきた”最初の子”なのよ!これからワタシに頼らず人を率いてくのに相応しいわ!何より、初めて表裏性質を同時に表出させたの!この子を呼び水に、人はさらに強くなれる!」


その言葉でコルトは誰を蘇生させたいのか察した。

ルーカスはまだ生きているので魔神が魂を持っているはずがない、それと同時に…。


──ルーカスってもうコレにとっては割とどうでもいい存在なんだな。


魔神に最初に攻撃したというなら、コルトと一緒に行動していたルーカスだと思うのだが、魔神は死人が”初めて”に該当しているという認識のようだ。

名前について訂正してきたから、魔族である、というのは確かなようだが、魔族だがもう自分の管轄ではない、とでも思っているのだろう。

魔術を刻んで中立存在になったからだろうが、同じく体に魔術を刻んだらしいあのクソ兎との違いは、管理者であるコルトが刻んだか否かだろうか。


そんな”創造神”の眼中から外れてしまった奴はともかくとして、問題なのは魔神が蘇らせようとしている魂のほうだ。


──なるほど、蘇らせたいのはあのクソ兎か。


コルトは特に何の感慨も無いので、あの兎などどうでも良いのだが、共族と交流があったのなら使い道がある。

ラグゼルの軍人達にイイように使われていたので使役するノウハウはあるし、それに対して不平は漏らしながらも反発することなく律儀に対応していた。

今回も魔神からの依頼であれば受けるだろう、なにせ己を蘇らせるためにコルトに頭を下げたのだ。


魔族の肉体の耐久性が優れているのはルーカスで検証済みだが、アンリの後ろ盾になってもらわなくてはならないので、扱き使うことができない。

だが、まだまだ生身を派遣して調べたいところは残っている。


代わりくらいは務まるだろう。

ざっと100年も使役労働させれば共族達が変な幻想を抱くこともなくなるはずだ。


それに、散々馬鹿にしてきた魔神が自分に頭を下げて、さらにそこまでして蘇らせた存在がその配下のもっと馬鹿にしている存在のために奴隷のように働かされるのだ。

溜飲が下がる。

高笑いしたい気分だ。


コルトは左右の口角が上がっていくのを止められなかった。


「アナタ一体何を考えているの……」


明らかに様子の変わったコルトに、魔神が訝しげに見てくるが、それさえコルトは面白かった。

この後のことを言ったら魔神の表情はどう変わるのか。

諦めるならそれでいい、本来コルトはそちらを通したい。

でも、そうでないなら……。


コルトは意地の悪い表情を浮かべながら口を開いた。


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