第268話
胸から剣を生やし、半身が消し飛んだ魔王を抱えながら放心したように空を見上げる魔神は、コルトに気が付くとゆっくりと顔を向けた。
「随分殺したね、満足した?」
我ながら悪役のようなセリフだと思いつつも、言わずにはいられない。
魔神はジッとコルトを見た後に、腕の中の魔王をゆっくりと降ろすと剣に手を当てた。
「知らない素材だわ、受け止められなかった」
「共族が自分達で作ったものだ、データをくれないから僕も作れない」
「……そう」
「なんでここまでやったんだよ」
「………」
「答えろよ」
問い詰めるように語気荒く言ってみたが、魔神は答えない。
代わりに無言で魔王の体に手を当てると、その体を再生し始める。
それを見たコルトは思わずその手を掴んで捻り上げた。
「何してんだよ」
「何って、治すのよ…」
「はぁ!?散々殺しておいて、お気に入りだけは生かすってか!?」
「………」
コルトを見ているようで見ていない、焦点があっていない虚ろな目だった。
舌打ちが出た。
長い間肉体を持っていたせいか、その影響を強く受けているらしい。
管理者としての立場を忘れてしまう程に……。
コルトは拳を固く握りしめた。
管理者として許せない。
今まで散々種族を抹消してきたのに、ここにきて個人を選ぶなど、生命に対する冒涜だ。
世界の秩序を乱す行為だ。
この世界を壊すつもりなのか、そんなことはさせない、許さない。
世界の半分を管理するモノとして、世界の半分で生きている者達を知るモノとして、決して許さない。
体の内から湧き出した激情のままに、コルトは魔神を殴り飛ばした。
嘘のようにゴロゴロと転がる魔神を追いかけて、追いつくとコルトはまた殴った。
殴って、殴って、また殴って、殴り疲れるまで殴った。
それでも湧いた怒りは収まらない。
呼吸が乱れるのも構わず、陶器のような肌に青あざが広がっているのも構わず、寧ろそれを広げてやろうと、また拳を振り上げた。
「肉体って便利よね、こうして相手に感情をぶつけられるんだもの」
「!!」
呟くように紡がれたその言葉に、コルトは動きを止めた。
そしてゆっくりと拳を振りほどくと、荒れた呼吸を整える。
感情のままに相手を殴り続けた手が痛い。
己の手のひらを見つめ、そして未だに地面に寝転ぶ魔神を見た。
「個人を見ることの意味くらい分かってるよな」
魔神は笑みを零した。
「えぇ……知ってるわ」
「ならどうして、こんな事をした!自らの手で殺し回って、お気に入りだけは生かすのかよ!」
「………」
再度の問いかけに、魔神は目を固く閉じると、口を引き結んだ。
言いたくないというより、答えが分からないというような表情だ。
ため息が出る。
自分のことも見失ってしまった管理者をどうしたら良いのか分からないが、このまま放置することもできない。
だが幸いにも抵抗するつもりはないようなので、このまま隔離してしまうかと、コルトは手を翳すと、血に濡れた獣毛の生えた手が横から伸びてきて阻止されてしまった。
見覚えのある手、というよりついさっき上空で見た手だ。
今度は何だと見上げると、片腕と耳が欠け全身傷だらけのバスカロンがコルトを見下ろしており、その後ろでは魔王を抱いたカルアジャと、見たことのない魔人が何人か立っていた。
カルアジャ以外はどいつもこいつも満身創痍といった感じで、傷の上に傷を重ねどこかしら欠損している。
周囲を見渡してもこれ以外に立っている人影がないところをみると、これがこの付近で動ける人数なのだろう。
結構な数が空に上っていったはずだが、たったの数人にまで減ってしまうとは、なんとも無惨な話である。
「シャルアリンゼ様と話をさせて欲しい」
「早く終わらせたいんだけど」
「分かってる。だがこの方は俺達の創造主なんだ、話くらいさせてくれたっていいだろ」
そう言って懇願するバスカロンと背後の魔人達を交互に何度か見て、コルトは何故かアンリの顔が浮かんだ。
──ここで断ったらアンリに後で滅茶苦茶怒られるだろうなぁ。
ただでさえ無視してここまで来たのだ。
絶対に怒る、物凄く怒る。
信仰は必要無いし、個人を贔屓するつもりもないけど、それでもやっぱりアンリに嫌われたくない。
コルトは時間掛けるなよと一言言って場所を開けると、魔人達は1人また1人とゆっくりと魔神に近づいて、名前を呼んで次々とその場に膝まづいて深く頭を下げた。
「我々は今も昔もこれからも貴女をお慕いしております。…ですが、もう解放してはいただけないでしょうか?」
「貴女の望みを叶えられず大変申し訳なく思っておりますが、我らはもう疲れてしまった」
「何を考え、何を思いながら我々と接していらしのたかは理解していたつもりです。それでも、もう貴女についていく事はできない」
「強く作っていただき、多くの恩恵を受けました。ですが、そのせいで身内が終わりのない苦を受け続けるのは見るに耐えない」
「今でも母だと思いお慕いしています。ですが、私も子のいる身。貴女様の今のこの所業を私は理解できません」
疲れ切った顔をした魔人達から発せられた明確な拒絶の言葉。
魔神はゆっくりと一人ひとりの顔を見て、それから力無く小首を傾げながらコルトを見た。
「アナタもこうやって拒絶されたの?」
「いやっ、僕はもっと気楽な感じだよ。僕が生まれた国は笑いながら喧嘩売ってきたし。というか、お前んとこの魔族が神になってたんだけど!?」
魔力の源となったのだから、時間の経過で神という扱いになってもおかしくも何ともないが、それはそれとして抗議はしたい。
すると、思い当たりしかないのか、魔神はあの子は今も共族が保有しているのかと聞いてきた。
なので、どこぞの魔族が回収して瀑布に捨て、その瀑布も埋めたから回収不能と言うと少し寂しそうな顔をして”そう”とだけ呟いた。
反応が大きいのは寧ろ後ろの魔人達のほうだ。
当然彼らは魔力の元となった竜人のことを知っているだろうし、その行く末は気になるだろう。
身内の最期にツラい顔を見せたが、魔族が回収不能にしたと聞いてどこか安堵しているような様子も見せた。
「だからアナタは嫌われてるって言っても、平気そうだったのね」
「”自立”が僕の目標だったからね。やり方は最悪だったけど」
やり方は最悪だった。
”情報”としてしか人を見ていなかったせいで、最悪にやり方を間違えた。
その結果、一度彼らに全てを失わせてしまった。
立ち直れたのは彼らが思っているよりもずっと強かったからだ。
彼らの強さを見誤ったからやり方を間違えて、彼らが強かったからこそ立ち直れた。
変に導くよりも彼らに全て任せたほうが、時間はかかっても前には進める。
「戦闘最強を作りたいらしいけど、自力で作るよりも人に任せたら?」
「………はぁ?馬鹿じゃないの、人が自分をどうやって作り変えるのよ。限界があるわ」
「死を排除しない限りそりゃ限界はあるだろ、それは絶対だ。でもあの人数で襲いかかって止められなかったお前を、その剣を持った魔族が止めた。外付けは何も肉体そのものの改造じゃなくたって良いだろ」
道具に頼れと暗に言うと、自嘲するように魔神は笑った。
「アナタが魔族のために共族を働かせることを良しとするとはね」
「そういう風に作ってないからね、もう止められないよ。タダのつもりもないけどね」
「……アナタはそれでいいでしょうね」
視線を落としてそう零した魔神をコルトは意外に思った。
この態度を取るということは一応現状への罪悪感はあるらしい。
散々楽しそうに笑っていたし、聞いても答えなかったので、てっきりこれを良しとして行動しているのだと思っていた。
「はぁ、あんなにあっさり崩壊したから、てっきり今もちょっとつつけばすぐ自壊すると思ったのよ……」
「共族が?」
「それ以外に何がいるっていうのよ。簡単だと思ったのに、あんなにあっさり大量に殺されて、引くに引けないじゃない!」
言葉を失った。
そんなアホな理由だったのは想定外だ。
侮蔑の眼差しを向けると、魔神は胸に突き刺さったままの剣を引き抜いてコルトに投げつけてきた。
「うわっ、危ないな!当たったらどうするんだ!」
「当てないわよ、馬鹿!……ホントにホントにホントに、この世代の魔族は今までで1番良い出来だったのよ!それなのに、ワタシの言葉であんなにあっさり死んじゃって、どう償ったらいいのよ!」
「知らないよ」
「っこの、大馬鹿野郎!アナタのそういうところが嫌いよ!ワタシの言葉で始めたのよ、それならとことんやって彼らが嫌になるようにするしかないじゃない!」
「あー、そういう……」
ちょっと身に覚えがありすぎていたたまれない。
いつだかのコルトも共族の敵となり、神殺しの神話でも作ろうかなとか考えていた。
結局は色々な理由で却下されてしまったが……。
でもそれで魔神の理由のわからない行動にも色々と腑に落ちた。
こいつもわざと嫌われようとしたのだろう。
少しでも未練を残さないように、徹底的に嫌われて憎まれて不要と思われようとした。
だが結果はこれである。
さすがに彼らも限界のようだが、それでも完全に愛想を尽かしているとは言えない。
それならもっと辛辣な態度になるはずだ。
でもそうはならなかった。
それが、少し、ほんの少しだけ羨ましい。
羨ましすぎて反吐が出そうだが、出ないので代わりに舌打ちをした。
「僕と違ってここまでやってもまだ向き合ってくれるんだから、ちゃんとそれに答えたら?」
コルトはやってられないとあからさまに態度に出すと、その場にイスを生成してふんぞり返って座った。
そして手で後ろと向き合えと指し示す。
魔神はコルトをしばらく睨んだあと、ゆっくりと振り返った。




