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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第12章
268/273

第267話

兎が限界なのは明らかだ。

本人の経験曰く、これで死にはしないと言うがそれでもこれ以上怪我を重ねればそうも言っていられなくなる。


ふっ飛ばされて多少は戦場の中心から遠のいたとはいえ、ここも安全とは言えない。

なので一度機体に戻ることで一致し、体の小さなアンリの代わりにハウリルが兎を受け持とうとしたときだった。


音もなく静かにコルト達に影が差した。

顔を上げると悲しそうな顔をした魔王が立っており、その手にはルーカスが持っていた筈の剣が握られている。


アンリとハウリルが素早く戦闘態勢を整えるが、魔王は戦うつもりはないと手をあげた。

そしてハウリルの手の中の兎を見ると、静かに目を伏せた。


「やはり、駄目だったか」

「こいつはまだ死んでない!」

「そやつの事ではない、弟のほうだ。将来を担える若者だった、できれば我が子と共に魔族を率いて欲しかったが……」


本当に惜しそうな顔をしているが、コルトに言わせれば何様のつもりだとしか言いようがない。

こいつの行動の結果でもあるのだ。

そう指摘すると、魔王は眉根に皺を寄せてそうだなと呟いた。

そして背を向けて戦場の中心を見据えると、コルトに話掛けてきた。


「神は死者を蘇らせることはできるのか?」


思わずぶん殴ってやろうかと手が出そうになったが、地面が泥濘んでいて足を踏み出せない。

悔しいので代わりに侮蔑の目を向けた。

その気配を読み取ったのかは分からないが、魔王は謝罪を口にすると剣を掲げた。


「この機構は何のためのものだ」


柄の根元にある機械仕掛けの機構。

表面のオリハルコンの刀身を外し、中のミスリルの刀身を表に出すためのものだ。

それをそのまま伝えると、魔王は少し考えて機構を作動させた。

すると説明通りに表面の剣の重量8割を担っていた刀身が外れ、内側の青白く光る刀身が現れる。

茶色と灰色しかない場所で、その青白い光は闇の中の一筋の希望の光かと勘違いするような、思わず見とれてしまうような輝きを放っていた。

魔王はその刀身に指を滑らせると、恍惚としたように言葉を紡いだ。


「素晴らしい、生きてきた中でこれほど輝かしいものは見たことがない。これが共族が”神に頼らず”自らの想像力のみで生み出した輝石の輝きか」


神に頼らずを若干強調したような言い方に少しムッとしたが、共族が自分達だけで生み出した誇らしいモノであることに違いはない。

情報が統制され、コルトもその詳細を知らないのでライブラリに存在せず、管理者の権限をもってしても作れない、人が人のために作り出した輝石である。


「このようなモノを専用として我が子は受け取ったのか。くっくっくっ、あぁ素晴らしいな」


魔王はその刀身を舐めるように一頻り眺めた後、表面を氷と風で覆って輝石の輝きを隠し、暗い決意をその目に宿して柄を握りしめると歩き出した。

何をするつもりなのか大体見当はついたが、それでも前科がある。

コルトは警告を込めてその背に言葉を投げた。


「次裏切ったら覚えてろよ」


一瞬歩みを止めた魔王は、くっくっと笑うと再び歩き始めた。


「次などない」


今度こそ魔王は戦場の中心に向けて歩き出した。

攻撃が尋常ではないほどに激しくなったのは、その直後だ。

元々そんなに中心地から離れられていた訳では無いが、コルト達が逃げる時間など全く考慮していないとしか思えないような雨あられのように魔法弾が降り注ぎ、瀕死でいつの間にか気絶した兎も抱えてとなるとここで籠城するしかなくなってしまった。

着弾の衝撃波を受けて走りながら通路と障壁を生成しつづける器用さは、残念ながらコルトにはないのである。


「ひいいいいいい!!!」


コルトが作ったドーム状の透明な障壁は魔法弾の攻撃は完璧に防げても、着弾時の地面の揺れまではどうしても抑えられない。

ただでさえ最悪の足場なのに、近場に落ちると体が飛び跳ねるように浮き上がるので、コルトは自らの障壁に頭をぶつけないようにするだけで精一杯だった。

そんな状態でも兎の飛び出た骨だけでも元の位置に戻そうとしているアンリとハウリルは、さすがとしか言いようがない。

コルトは2人にぶつからないように自分の体を座標に固定して、着弾通達係に徹するしかなかった。

状況が変わったのはそれからすぐだ。

魔法弾を目で追うのが早々に辛くなってきた頃、突如頭上を影が差した。

アンリとハウリルも同時に気付いて3人で一斉に見上げた瞬間、これまでに無いほどの浮遊感と同時に視界が覆われた。


「えっ、なに。何が起きたの!?」

「なんか落ちてきたぞ」

「コルトさん、明かりを、明かりをください」

「あああ明かり、明かり!」


慌てて懐中電灯を作ると、ハウリルが引ったくるようにコルトの手から取ると、すぐに頭上を照らした。

見えたのは真っ黒な鱗。


「これは…竜?」


ドームを完全に覆い隠すようにして巨大な竜の死体がコルト達の頭上に横たわっていた。

撃墜されて運悪くコルト達の上に落ちてきたらしい。


「えっ、これどうやって外に出るの!?コルトが壁消したら私ら潰されない!?」

「わたしが魔術で一部を持ち上げるので、その隙に外に…えっ!?」


どうしよう、と慌てふためいたのが嘘のようだ。

直前の困りごとの頭上の竜の体が剥がれて吹き飛んだと思ったら、辺り一面を全てが薙ぎ払われていた。

理解が追いつかない、何が起きたのか分からない。

怒声と共に襟首を引っ張られ、風圧でドームの壁に押し付けられ、足元の泥がみるみる削られて行くのを見て、ようやく何かとんでもない衝撃波に襲われているのだと理解した。

これほどのエネルギーだ、魔神がやっているとしか思えない。

だとするならあの魔王がやり遂げたのだろうか。

そんなことを呑気に考えていると、掴まれていた襟首を強く揺さぶられて現実に引き戻された。

ハッとして横を見ると、キツそうな顔をしたハウリルがしきりに足元を閉じろと叫んでいる。

さらにその肩越しに見えるコルトを掴んでいるのとは反対の手に握りしめたハウリルの杖、それの魔術式が絶えず光っていた。

それでようやくコルトはハウリルの要求を理解した。


「すいません!」


ドームから落ちてこの衝撃波に飲まれないように、ハウリルはありったけの魔力を使って4人の体を壁に押し付ける事で支えていたのだ。

共族の魔力では長くは保たない。

コルトは急いでドームの下側を閉じると、ハウリルは安心したように全身の力を抜き、4人は下に落下した。


「ハウリルさん、大丈夫ですか!?」

「大丈夫ですが、もうわたしの魔術には期待しないで下さい。魔力がもうほとんど残っていないので…」


ハウリルは肩で呼吸をし、しばらく休むと完全に横になった。

目を閉じて呼吸を整えているハウリルに申し訳ない気持ちになりつつ、アンリのほうはどうかと確認すると、アンリは兎の怪我が悪化していないか真剣な目で確認している。

悪くはなっていなかったようで、ハウリル同様に兎を寝かせていた。


「一体何が起きたんだよ」


もう色々限界なのだろう、アンリは涙声で全身を震わせている。

コルトは思わずごめんと謝った。

当然のように、何でお前が謝るんだ、と返してくるアンリに、コルトは眉根を寄せて笑みを返すしか無い。

そして衝撃波が収まると、酷い有り様だった。

例のクレーターを広げるように辺り一面を消し飛ばして平らに均され、1番外側がコルト達の遥か後方にまで移動している。

そして上空からは生きている個体から、完全に死んでいる個体、もはや魔人なのか魔物なのかすら分からない肉片やらがボトボトと落ちてきた。

死の雨とも呼ぶべき光景に、アンリも思わず目を覆っている。

本当に酷い光景だった。


──被造物に自らの手でここまでするなんてね。


散々コルトを煽るような事を言って、そのために今の魔族を消さないと誓約したのに、この有り様は何なのだろうか。

管理者権限で一括削除でないなら問題ないという思考だろうか。

それにしたってここまでする理由が分からない。


──……でも。


ある意味求めていた状況にはなった。

魔王は宣言通りに次を作らなかった。

コルトはドームに触れると、自分だけ外に出られるように設定し直した。

そして頭上に傘のように障壁を張って、落ちてくるものから身を守ると、クレーターの中心に向けて歩き出した。

後ろから名前を呼ぶ声がする。

だが無視をした。

さすがにもうこれ以上は危険なモノに近づけられない。

そうしてうめき声が充満する中を進み続け、コルトはついにクレーターの中心、青白い剣に胸を貫かれた魔神の元にたどり着いた。


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