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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第12章
267/273

第266話

空の戦場から何かが落ちてきたと思ったら、それはあっという間に派手な土煙を上げて墜落した。

シルエットから恐らく竜だろうが、それなりに知能を持った生物が理由もなく地面に自らぶつかりに行くとは思えない。


──まさか魔人じゃなくて魔物にやられたのか。


バスカロンが対神の戦力になると判断したので、あり得ない話ではないが、なんとも無様な話だ。

冷めた感情で状況を考えつつ、戦場が地上に移るならまた防御壁を作らないといけないなと腰を上げようとした、その時だった。

耳をつんざくような悲鳴が響いた。

うるさいなと両耳を押さえながら視線を向けると、兎が半狂乱になって飛び出し、両手で耳を押さえたアンリがそれを追いかけていくところだった。


「あっ、ちょっと、待って、アンリ!!!」


降り止まぬ土砂降りの泥濘んだ土の上を起用に駆け抜けて、あっという間に2人の姿は見えなくなった。

慌ててコルトも追いかけようとすると肩に手を置かれて引き止められ、どうして止めるのかと睨むように振り返ると、沈痛な面持ちでハウリルは別の方向、魔王を見ている。

そして重々しく口を開いた。


「……ラヴァーニャはどうなりましたか?」

「言うまでもないだろう」


こちらに一切視線を寄越さず、またこちらからも表情は見えない。

その態度で答えを言っているようなものだ。

ハウリルは静かに目を閉じ黙祷を捧げたあとに、コルトを見ずにそのまま引っ張り始めた。

それに小さくため息を返しつつ、ハウリルの補助で一回跳んだ後、着地地点に足場を作り2人は雨の中足場を頼りに走った。


「あれは!?」

「他の魔族達も降りてきてる!アンリが危ない!」

「はい、急ぎまっ…いえっ、アンリさんは大丈夫なようです」


その言葉の通り、前方からアンリが掛けてきた。


「良かった、無事だった。アンリ、頼むから魔族領で単独行動は」

「頼む、早く来て助けてくれ!あいつが!!」


コルトの心配をよそにアンリは二人を急かして引っ張り始めた。


「早くしないとあいつまで殺される!知ってる奴が殺されるのは見たくないんだよ!私じゃ弱すぎて助けられない!」


泣きそうな声で訴えるアンリに、でも魔族だよという言葉を飲み込むとコルトは足を早めた。

そして到着した先で見たのは凄惨なものだった。

先ず最初に視界に入ったのは巨大なクレーター。

その中では中心から広がるように鱗のある細切れの肉片が広がり、クレーターの中心では両腕を失った兎が魔神に首を掴まれて吊るされていた。

そして無表情の魔神の足元に散らばるのは、見たことのある色の獣毛が付着した肉片。

残った一番大きなパーツである兎の耳が、それが誰のものであるかを明確に示している。


「議会の魔族は肉片状態からでも再生できると聞いていましたが…」


苦々しい顔でハウリルが呟いた。

それが出来ないなら魔力が尽きたか、それとも…。

コルトは兎の首をギリギリと締め上げている魔神を見ようとすると、”見る”前に空からいくつも魔法弾が降ってきた。

他の魔族のご到着だ。

雨のような魔法弾とともに先ず現れたのはバスカロン。

バスカロンは捕まっている兎に構わず魔法をいくつも撃ち出すと、魔神は即座に兎を投げ捨てて応戦する。

この場が一瞬で戦場になった。


「ひぃいいいい、いっ、一旦離れよう!」


魔族の戦いなどに巻き込まれてはたまったものではないと、コルトは慌てて反転したが、何故か後ろからついてくる気配がない。

振り返るとそこにいるはずのアンリがいなかった。

驚いて周囲を見渡すと、なんと投げ捨てられた兎を回収しに魔法飛び交う戦場を走っており、ハウリルはそれを補助しているようだ。


「ちょっと!早く逃げなきゃなのに、何してるんです!?」

「アンリさんは見捨てないと思いましたので」

「止めてくださいよ!」

「無理ですよ、いつも止められなかったでしょう」


アンリさんは決断実行が早いと笑うが、笑っている場合ではないだろう。

だが、そんなコルトの心配をよそにアンリは泥濘んだ土の上を器用掛けて抜けて兎を回収すると、魔法が降り注ぐ中無事に戻ってきた。

早速コルトは怒ろうとしたが、分かってましたと言わんばかりにアンリが先手を取る。


「助けてもらったのに、見捨てるなんてできない!」


顔面から流れ出る液体と、投げ捨てられて全身に浴びた泥でグチャグチャになった兎を、服が汚れることも構わず背負い直してアンリは力強く宣言した。


「コルトがずっと魔族を嫌ってるのは知ってるけど、助けてくれた奴まで見捨てるのは違うだろ。……それに、ラヴァーニャが死んだのは私が弱かったからじゃん。私があの時魔神に勝ててたらラヴァーニャも他の魔族も死なずに済んだじゃん」

「それは……」


アンリのせいじゃないと言おうとして、コルトは口を噤んだ。

そんな慰めの言葉を言ったってアンリは納得しないだろうし、そもそもコルトが魔神に何もできなかったのが悪い。

でもアンリはコルトを責めずに自分の弱さを責めた。


「ずっとルーカスと一緒にいたのに、魔族を作った奴を甘くみてた。私じゃ魔族に勝てないんだから、変な意地張らずに壁の奴らに頼んでジュウとか作ってもらえば良かった。そしたらさ、こんな……こんなっ………うっ、うぐっ…」


コルトに背を向けて見られないように、必死に嗚咽が漏れるのを我慢するアンリ。

いつも明るくて頼れる背中が、己の弱さに小さく震えていた。

そして戦場から離れるように一歩一歩踏み出すと、その背中で泣いている兎がドロドロの己の肩で涙を拭いながら声を振り絞ってアンリは悪くないと零し始める。


「うっ、ひっく、魔神のごとは魔族が解決しなぎゃいけないことだったし、ひっく、だからあの子も自分の意志で戦っだの。だからきっとどうなるか分かっでだと思う。だがら泣かないで、家族以外にもこんなに思っでる子がいでくれて、うっ、ひっく……うっうぅ……うわあああああああ」


だが結局兎は最後はもう耐えられないと言わんばかりに大声で慟哭しはじめ、それにつられるようにアンリも泣き始めた。

アンリにとって初めての直接的な喪失だった。


特別好いていたわけではない。

一緒にいたいと思っていたわけではない。

友達と呼べるわけでも、仲間と呼べるわけでもない。

ただ目的への道中で重なるところがあったから一時的に一緒に行動していただけの仲。


それでも心が押しつぶされそうになるくらいには共に時間を共有した。

相手の僅かな一面しか知らないとしても、お互いに警戒が解けなかったとしても、それでも情が湧くのに十分な体験を共有してしまった。


両親の時とも、ココの時とも違う、明確に眼前に突きつけられた知人の”死”。


世界の半分を見て己のどうしようもない小ささを知って、悔しさで泣きながら一歩一歩戦場から離れる少女に、コルトはなんて声を掛けたら良いのか分からなかった。


──僕は……、何も感じない………。


目の前で起きた”人の死”に悲しんでいる少女がいて、その死んだ”人間”と自分も同じ時間を共有していたはずなのに、心は何も感じない。

凄惨な光景を見たはずなのに、心はどこまでも凪いでいた。

管理者としてその反応はどこまでも正しい。

個人を認識せず、全ての命に上下をつけず、命の価値の平等を保証する管理者としては正しい。


──正しい…のは分かってる……。でも……。


結局それは、自分が”人ならざるモノ”である証拠に過ぎない。


そう思った時、心が痛むのを感じた。

人の死ではなく、己が人ではない事に心が傷ついた。


心が傷ついたことを自覚したのも嫌だった。


──自分勝手過ぎる。


自覚してしまった己の醜い心と向き合いたくなくて、コルトは頭を振ると同じく戦場から離れようと歩を進めた。

その時だ。

危ないと警告を叫ぶ声と共にコルトにハウリルが覆いかぶさり、同時に2人の前方に魔法弾が着弾した。

鼓膜が破れるのではないかと思うほどの着弾音とその衝撃波は凄まじく、ハウリルが魔術で風の壁を作っても容赦なく壁ごと押し潰して2人を吹き飛ばした。

地面が泥濘んでいることだけが幸いだ。

2人はゴロゴロと転がって泥だらけになりながらも、何とか自力で立ち上がった。


「コルトさん、大丈夫…ですか?」

「だっ、大丈夫です。ありがとうございます。…ぐっ…はぁはぁ……それより、アンリ…アンリは!?」


アンリ達はコルト達の前を行っていた。

そして魔法弾が着弾したのは……。

コルトは痛む全身に鞭打ってアンリを探して泥の中を必死に呼びかけた。

すると、微かに呼ぶ声が聞こえてくる。

それを頼りに泥に足を取られながらも進んでいくと、泥の中で汚い何かを抱えながら必死にコルトを呼ぶアンリの姿が浮かび上がった。


「アンリ!無事!」

「私は大丈夫、でも!」


腕の中の汚い何か。

それは当然あの兎だ。

呼吸はあるようだが、その背中からは骨が飛び出していた。


「私を庇ったんだよ!こんなにボロボロなのにさ!なんでだよ!」


ボロボロ泣きながら何でだを繰り返すアンリに、兎は小さく呟いた。


「だって……幼い子を守るのは、年長者の…役目だよ」

「でもお前もうボロボロじゃん!腕だって無いんだぞ!」

「…私は…これでも魔族だから……平気」

「そんな訳ないじゃん!ずっとルーカスと一緒にいたんだぞ、魔族が凄く回復力持ってて再生していくのを何度も見た!でも、お前の体全然治ろうとしないじゃん!」


もうやめてくれというアンリに、兎は口元を引きつらせた。

笑おうとしてもその力すら無いのだろう。

アンリは兎を抱きしめるとコルトを見上げた。


「コルト、頼む!なんか、なんかないか!助けられるような、薬とかさ!」


死なせたくないとアンリが懇願するが、共族ですら死に瀕しているときに助けたことはないのに、それを飛び越えて魔族の個人を助けるのは共族の管理者として不公平ではないか。

例えそれが共族からのお願いだとしても、その願いはアンリ個人の願いだ。

共族全体がこの兎の救命を願うとは思えない。

静かに首を横に振るコルトに、アンリの顔は見る見る絶望に染まった。

その顔を見るのは苦しかったが、それでも立場上コルトにはできない。

結局コルトはどんなに苦しくても一線は超えられないのだ。

すると、兎のほうが気にしないでとアンリを慰めた。


「コルト…さまは……共族の…神。魔族の私を…助ける…のは、おかしい…よ」

「……でも」

「本当に、大丈夫……昔は、こんなの、しょっちゅうだったから」

「えっ……」


死にかけるような大怪我が当たり前だったと言われて驚くアンリを見て、兎は薄く笑い声をもらした。

そしてコルトのほうに少しだけ目を向ける。


「私も共族に生まれたかったな。ラーニャには会えないけど、でも迷惑も掛けなかったもん」

「………」

「やっぱりいらないですか?」

「どちらに生まれるかは完全に運だ、僕達に制御できるものじゃない。でも、共族として生まれたら歓迎するよ」


そういうと兎はニッコリと笑った。



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