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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第12章
266/273

第265話

激戦区で戦っていた竜や魔族の何体かが撃墜されバラバラと落ちていくのが見えるようになったのは、コルト達がいる場所の天候も荒れ始めてからしばらくしてだった。

魔王はそれを物悲しげな目で眺めている。

そして不安な声を上げるものがもう1人。

コルトの横に座っているアンリも、豪雨で見えづらい中、目を凝らして戦況をハラハラと見守っている。


「ラヴァーニャの奴、大丈夫か!?あん中絶対混ざった瞬間殺されるのは分かってるけど、見てるだけってのもさ、なんかっ、こう!」


イスから立ち上がったアンリはもどかしそうに雨に濡れないギリギリまで移動すると、兎もその横に立って、弟は大丈夫と両拳を胸の前で作りながら空を見上げ始めた。






いつまでこの戦いは続くのか。

竜の背の上でずぶ濡れになりながら呼吸を整え、ラヴァーニャは閃光飛び交うその中心を見つめた。


乱入してきた竜も半分の魔力の気配が消え、援軍にきた同胞も魔力が霧散する気配は感じないがほとんどが地に落ちた。

今残っているのは見慣れた顔がほとんどだ。


どうしたらいい、どうすればいい。

勝てる見込みどころか、終わりすら見えない。


でも絶対にここで止めるわけにはいかない。

必ず今の社会を崩すと誓ったのだ。


目に力を込めて立ち上がると、竜が話し掛けてきた。


『策はあるのか?』


人の言葉を喋れる事に驚いたが、何食わぬ顔をして策など意味はないと返す。

一番の若輩だろうと曲がりなりにも議会に所属して魔神と直接会話をしていたのだ。

そして実際に戦ってみて、その力を直に受けた。

魔族を作った神の事だけはあり、力の差は歴然だ。

だが……。


「策はないが、やりようはある」


力と能力に圧倒的な差があって大して攻撃は通らないが、肉体の耐久面は自分達と然程変わらない。

これが実際に戦ってみてのラヴァーニャの所感だった。

そして。


「シャルアリンゼ様は僕達を殺せない、どこまでもお優しい方だ」


竜は鼻を鳴らしてせせら笑った。

確かに人は誰も殺されていないが、竜は容赦なく撃墜されているので仕方ない反応だろう。

だが今は同情している余裕はない。

寧ろ誰も殺されていない事を利用すべきだ。


「シャルアリンゼ様は僕達と、そして貴方達の攻撃によって消耗している。数が減ったので対応出来ているが、目に見えて反応と判断力が落ちている」

『……どうするつもりだ』

「捉えてそのまま離さず、諸共地面にぶつける」

『ふむ、それで死ぬような存在とは思えんが…。お前は死ぬぞ?』

「分かっている!」


残りの魔力では損傷次第では再生しきれないだろう、だがそれでもやらねばならない。

自分が生まれてしまったせいでそれまで順風満帆とは言えずともそれなりに平穏に暮らせていた兄弟達の人生が狂ってしまったのだ。

己に責任は無いと言われても、心は納得できない。

兄は取り戻せずとも、せめて今も無理をしている姉の人生だけは取り戻したい。

そう思いながら議会に入って魔王になるチャンスを伺っていたが、まさかそれを飛び越えて魔族社会の根幹そのものを破壊するチャンスが目の前にあるのだ。

姉だけでなく、もっと多くのものを取り戻し、失わなくて済む未来があるかもしれない。


「それでも必ずシャルアリンゼ様には引いていただかなくてはならない」


その未来を己の手で見ることが叶わないのは悔しいが、共神の手の内にいるはずのあの純血の竜人は自分と同じ未来を思い描いている。

次を任せられる存在がいるからこそ、自らの命を掛けられる。

そのためにあのいけ好かない共族に頭を下げてまで己の肉体に魔術を刻んだ。


「僕はただ兄さんと姉さんが幸せに暮らせるならそれでいい!」


ラヴァーニャがそう叫ぶと、全身の筋肉がさらに隆起し始め、全身の体毛に隠れ気味だった爪も伸び始める。

それどころか兎には似つかわしくない牙まで巨大に伸び瞳孔も縦に割れ、まるで兎をベースに猫が混じったキメラのような姿に変貌する。

そして竜の背から飛び降りると、一直線に魔神に向かっていった。


先ほどよりも収まってきた嵐の中。

一直線に自分に向かってくる存在に当然魔神はすぐに気が付き、感情の死んだ目と視線があった。

だが、目が合ったと思った瞬間にその目に光が宿った。


「素晴らしいわ、ラヴァーニャ。普段は表層に出てこない裏形質をそこまで表に出せるようになったのね!」


歓喜に打ち震えた声をあげ、今まさに己に攻撃しようとしている者を迎え入れようと両手を広げた魔神。

本当に嬉しそうなその顔にラヴァーニャは感情の制御ができなくなった。

種族の母である大切な存在と、血の繋がった大切な兄弟が両天秤に乗せられて水平を保っている。

どちらかしか選べない、選ばれなかったほうは舞台から降ろされる。

ラヴァーニャは滅茶苦茶に叫びながら振りかざした拳に力を入れると、そっと転変した体が柔らかい何かに抱きしめられた。

視線を下げると豊かな獣毛に顔を寄せるシャルアリンゼが己の体を抱きしめている。


「どうしたの、怖い顔をして。アナタはワタシが作った人の中で唯一目標を達成した子よ、もっと誇っていいわ」


ニッコリと朗らかな笑顔に伸びてきた手が頭を撫で、全身が歓喜で打ち震え喉が鳴った。

己が唯一神の目標を達成できたと褒められたのだ。

これで喜べないなら神の子ではない。

ラヴァーニャは感極まって思わず神を抱きしめ返していた。


雨が降る中、腕の中に感じる温もり。

昔、よくこうして姉が抱きしめてくれたことを思い起こさせる。

兄弟の中で1番魔力が低くて鈍臭い癖に、ラヴァーニャが弟という理由だけでいつも守ってくれた姉。

兎の耳以外はほとんど共族と変わらない見た目の姉は、魔力が多く全身を兎の毛で覆われた自分を抱きしめては可愛いを連呼していた。

獣の姿は強い魔族の証だったが、姉にとっては見た目以外はどうでも良かったらしい。

その姉がいつからか兄として無理をし始めて、何十年がたっただろうか。

今も弱い癖に他の兄弟と同じように戦場についてきて、案の定真っ先に脱落した。


腕の中の獣毛も鱗もないその肌が、どうしてもあの時の滑らかな肌と重なる。


「シャルアリンゼ様」

「なあに?」

「申し訳ありません」

「……良いのよ」


とても穏やかで優しい声だった。

柔らかく包み込むような声に余計なことを考えそうになって振り払うかのようにラヴァーニャは腕の力を込めて、しっかりシャルアリンゼを捉えると地上に向けて一気に加速した。


「ふふふ、何をするつもり」

「申し訳ありません」

「謝ってばかりじゃ分からないわ」

「僕は家族を見捨てられない」

「そうでしょうね、それは良いことだわ。でもね、ワタシには反することよ」

「分かっています」


シャルアリンゼの目標を考えれば姉は落第だ。

存在価値はないと言っていい。

でも神がなんと言おうと、姉は”自分”にとって大切な家族なのだ。


「僕は僕の家族のために貴女を否定する!」

「そう、悪い子ね。お仕置きが必要かしら」


シャルアリンゼが抜け出そうと力を込め、抵抗するようにラヴァーニャも腕だけでなく足も体に絡ませて抑え込む。

だがやはり力では敵わず、腕の筋繊維がミシミシと音を立てて引き裂かれ始めた。

魔力を四肢に集めて修復をするが、腕から血が滲み始めた。

地上まで数千メートル。

いつもならあっという間のはずのその距離がとても長く感じた。

地上に魔神をぶつけられるまで保てばいいのだ。

殺せはしなくても限界まで消耗させられるはずだ。

そうすれば自分達の後ろから他の魔族達が追いかけて来ているので、あとは彼らが何とかするだろう。


──頼む!保ってくれ!


雄叫びを上げながら願うと、突如黒い影が落ちる2人を覆うと同時に、巨大な爪が2人を鷲掴んだ。


『手を貸してやる』


声の主は先程の竜だ。

竜がラヴァーニャと魔神の2人を掴んで離れないようにガッチリホールドすると、さらに地上に向けて押し込み始める。

上位魔人と魔物の最強種による拘束は、さすがに消耗した魔神では脱出に手間取っているようで焦り始めた。


「魔物の分際で!」


魔神が先程とはうって変わってドスの利いた低い声を上げると、周囲に例の槍を展開する。

だがそれを見透かしていたかのように、竜の左右に別の竜が現れると己の体を横からそれぞれ槍と竜にぶつけると強制的に軌道を変えさせた。

巨体を持った生物の強引なやり方と加速する落下速度に、鱗を持たない2人の体が裂け始める。


「やめなさい!魔物如きが、こんなやり方で人を殺しても良いと思っているの!?」

『貴様が諦めろ!』

「何を!!やめなさい、やめないよ、やめろって言ってるでしょ!!」


悲鳴のような声が大空に響き渡る。

地上まで残り100メートルをきった。


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