第261話
いくら肉体の出どころが人間であろうと、中身は全くの別物である。
人の範疇で決着をつけようとどんなに望んでも、ひとは中身の力を期待している。
──もっとちゃんと戦い方を身につけておくんだったな。
未だ降り止まぬ槍の雨を見据えながら、今更しても遅い後悔をした。
止める気など毛頭ないのか、白い人影は相変わらずこちらを見ながら笑みを浮かべている。
──さて、どうしようか。
人としての戦闘力は自分で言うのもなんだが、まあ酷い。
本来は精神生命体のような存在である事を思い出してからは、どんどん運動神経が鈍くなっていってるような気さえしている。
今なら幼児にすら殴り合いで負ける可能性すらある。
コルトは眉根に皺を寄せた。
そんな己のポンコツ具合はともかくとして、汎ゆる種が勝ち残ってきた本来の戦い方など1つである。
如何に遠くから相手を安全に殺すか。
大体どこの文明も最終的にはそこに行き着く。
神すらそれを選択するし、その証拠が今も目の前にいる。
──話し合いを拒否したのは向こうだしね…。
コルトは戦場のど真ん中でため息をつくと、1つの賭けに出ることにした。
うっかり間違えれば北も南も関係なく、この世界が消える。
その罪で自らも消えることは間違いのない方法だが、同時に魔神もこの世界を失ってしまう。
いくら魔神でもそれは避けたいはず。
──アレはこのまま放置して置きたかったけど。
コルトは目を閉じて深呼吸をすると、意識の接続を半分だけ切った。
意識が混濁した状態に近くなり肉体の動作が緩慢になってしまうが、この体を通すよりは素早くライブラリにアクセスできる。
代わりに半分だけ例の空間に戻った意識のほうは、急いで人に与えるための知識を溜め込んだ部屋とは逆の位置にある空間に移動した。
そこは参考用に集めはしたものの、人に与えたくない情報として別に分けておいたあらゆる情報を収蔵した空間。
不要物を適当に放り投げるだけで中まで入らず、実に1000万年もの間ほぼゴミ箱のような状態になっている場所でもある。
早速検索をかけると、それはすぐに見つかった。
そして中身を確認するのと同時に、肉体のほうにもそれを送信し、受け取った肉体側のコルトはゆっくりとした動きで右手を前に出した。
何かを媚びるように差し出された手のひら、その上に丸くて小さい機械仕掛けの球体を生成した。
一見おもちゃのようにも見えるそれだが、中身はこの世界とは全く関係の無いとある星系が発見した高エネルギー物質にして、そのとある星系を死に追いやった原因でもある。
実物よりは大分小さいので、実際にここで起動してもこの大陸が1つ吹き飛ぶくらいの威力のはずだが、問題はそのあとだ。
簡単に言えば空気を汚染する。
人外の回復再生能力を持った魔族でも寿命くらいは縮められるだろう。
そんな凶悪な文明破壊兵器を目の前の壁を透過し魔神に見せつけるように掲げると、拡声器を生成して大声で叫ぼうとして……。
「ねえ、何を作ったの?」
目の前に陶器のような白い顔が突然ドアップで現れた。
危うく作った爆弾を取り落としそうになり、慌てて手のひらから転がり落ちそうになったそれを両手でしっかりと抱え直す。
そして素早い動きで目の前に転移してきたソレから距離をとった。
魔神もコルトを追いかけるようにプレートの上に舞い降りて、ペタペタとゆっくりと近寄ってくる。
造形は美しいのに、色彩と動作が人間離れしているのでどうにも恐怖を掻き立てられ、コルトは少し震え上がった。
でも、向こうの注意をこちらに向けることには成功している。
コルトはゆっくりと静かに息を吸うと、手の中のモノに視線を落とした。
「何って、君知らないの?」
「見当はつくわ。でもアナタがそれをするって思いたくないの」
呆けてしまった。
散々コルトを消そうとしていたのに、いざコルトの側が自らそれを行おうとしたら、それを拒絶してくる。
理屈が通らない。
本当に意味が分からない。
管理者のくせにどこまでも感情だけで動いている魔神。
改めてそれを感じて、コルトは面白くなった。
面白くって声を上げて笑った。
「あはははは、それついさっきまで僕を壊そうとしてた奴の発言とは思えないよ」
「何がおかしいのよ!だってそれ、ワタシの想像通りならこの世界を壊すものでしょ?贋作を殺して、ついでにアナタも消えるわよ」
「それがどうしたって言うんだよ。僕には共族を救うための打つ手がもう無いんだ。ならこの世界を壊したっていいだろ」
「世界を人質に、ワタシを脅す気ね!」
「そうだよ!でも最初に穏便な方法を蹴ったのは君だろ!いい加減に認めろ!僕達はどっちもこの世界にはもう不要なんだよ!」
「ふざけないで!なら今まで死んでいった子達の無念はどうするって言うのよ」
「そんなの、お前一人で勝手に悔いてろよ!今を生きてる人間には関係無い!」
「贖罪や反省を知らないの?本当に、本当にアナタって傲慢すぎるわ!」
「僕達にはそれすら求められてないって言ってるんだ!謝ったら赦されるなんてとっくに過ぎてるんだよ、僕達に求められてるのは能動的な行動をしない事!ただの都合の良い機構だ」
「そんなのワタシには関係無いわ!ワタシは謝って欲しいなんて、アノ子達には一度も求められてないもの!」
「はぁ!?」
「というか、アノ子達はワタシに消されるのが怖いからアナタに助けを求めたんでしょ!ならもう消さないって管理者の誓約で約束するわよ!」
「…はぇあ!?」
突然の魔神の宣言にコルトは変な声が出た。
確かに魔族の大目標だし、それが元で共族の文明も滅茶苦茶になったので、原因が取り除かれたのは良いことなのだが、今それを言われるのは良くない。
とても良くない。
魔族は魔神に消されないために共族に協力していたのだ。
それが無くなるということは、今までの協力関係の解消にも繋がる。
つまり、彼らに共族を襲うことを躊躇させる理由もなくなる。
コルトは懸念を顔に浮かべながら魔神を見ると、思った通りの表情を浮かべていた。
「あっはははっはっはっはははは!!!ざまぁないわね!最初からアナタとワタシでは条件が違うのよ!アナタが勝てるわけないでしょ?」
勝ったと言わんばかりの顔だった。
「お前、お前、ふざけるな…ふざけるなよ……」
悔しい。
浮かぶのはそれだけだ。
これでは良いように利用されただけではないか。
コルトは手の中の爆弾を握りしめた。
もうこれを起動させるしか無いのだろうか。
そう思ってスイッチを押そうとすると、魔神の口角がグニィと上がった。
「本当にトロいわね」
「えっ?」
言われた瞬間、爆弾を持っている手を掴まれ捻り上げられた。
痛みで思わず開いた手から転がり落ちたそれを目で追うと、見知った鳥の魔族が拾い上げた。
最悪だ。
思っていた懸念がこんなに早くあっさりと現実になるとは思っていなかった。
「返せ!」
「悪いな、もうお前さんらに用はないんだ」
鳥の代わりに答えたのはコルトの腕を捻り上げている犬の魔族。
コルトは全力で抵抗するが、何倍もの図体のデカさを誇るバスカロンに勝てるわけもない。
そのままあっという間に床に押さえつけられてしまい、顔面で床の冷たさを味わっていると、魔神が顔を覗き込むようにしゃがんで蔑むように笑い出した。
金属を擦り合わせたような神経を逆なでする耳障りで不愉快な甲高い声だった。
何がそんなに面白いのか。
魔神とは裏腹にコルトの体温はどんどん冷えていく。
他人の失敗がそんなに楽しいか。
人が死ぬのがそんなに面白いか。
こいつとは相容れない。
心の中がドス黒いモノで埋まっていく。
所詮魔族なんて共族を見下してるだけの連中か。
──好きって言ってくれたじゃないか。
恥知らずの恩知らずの人でなし。
──大事なモノだって言ってくれたじゃないか。
認識してはいけない。
囚われてはいけない。
消えかけの理性が必死に押し留めようとしても、溢れるそれを止められない。
「あら、泣いてるの?そんなに悔しかった?」
白い腕が伸びてきて、壊れ物を扱うかのようにそっとコルトの頬を撫でた。
悔しくて、悔しくて涙が頬を伝っていることすら気付かなかった。
それを他人に指摘された事さえ悔しい、憎い。
でも何も出来ない。
魔神があまりに近すぎて、力も上手く扱えない。
コルトの頬を撫で撫でる魔神は勝利を確信したらしく、高らかに笑い始めた。
 




