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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第12章
261/273

第260話

魔神を視界に捉えた。

距離にしておよそ100メートル。

そのまま突っ込むつもりだったが、二人は揃って魔神の様子がおかしい事に気が付いた。

空中に項垂れた状態で浮き、全く動かない。


『なんだ、どういう状態だ?』


周囲をゆっくりと旋回しながらルーカスが疑問を口にするが、コルトにもさっぱり見当がつかない。


「さすがに僕を無視するとは思えないけど…」


どうしようかと考えて、コルトは片腕を掲げると円錐状の長い物体を生成した。

即席の槍だ。

それを魔神に向かってぶん投げた。


『おいっ!』

「当てないってば!」


さすがにそのくらいの理性はある。

槍も宣言通り、魔神の目の前を通り過ぎ、しばらくいったところで光る流砂となってそのまま溶けて消えていく。

だがやっぱり魔神は動かなかった。

なのでもう一回。

と今度は2本槍を生成してぶん投げようとした、その時だ。

魔神の首がグルンと動いてコルト達を視界に捉えた。

真っ白な顔に浮かぶ真っ黒な眼球。

あまりにも人間離れした不気味な姿に、コルトは思わず槍を魔神に向けてぶん投げた。

己に向かって真っ直ぐに飛んでいく鋭利な槍。

それを真っ黒な瞳がしばらく見つめていたと思った時だ。


「やっぱり、魔族の中でワタシに向かって来るのはアナタだけね、ルイカルド」


コルトの横から声がした。


「えっ?」


ゆっくりと恐る恐る隣を見ると、そこにいたのはルーカスの背中に両手をついて身をかがめ、その耳に囁く魔神。


「ぐぎゃがああぁっっがあぁぁぁぁ!?」

「わああああああああああああああ!?」


二人は同時に叫んだ。

ルーカスは魔神を振りほどこうと滅茶苦茶に暴れまわった。

コルトも乗っている事などすっかり忘れたような暴れっぷりだ。

案の定コルトは振り落とされたが、すぐに床とクッションを生成して近場に着地する。

そして上を見ると、まだルーカスは暴れ続けている。

魔神のほうは真っ白な顔面に2点の黒と真っ赤な三日月を貼り付け、変わらぬ態勢で背中に張り付いている。


「ルーカス!」


コルトは即座に壁を作ると名前を叫んだ。

ルーカスもそれに気付いて、己の背中を壁に叩きつけんと急降下する。

だがぶつかる直前で魔神は転移し、ルーカスだけが壁にぶつかった。


「大丈夫か!?」


慌てて床とクッションを生成してずり落ちたルーカスを受け止めて走り寄ると、ルーカスは肩で息をしながらコルトの肩を借りながら何とか起き上がった。


「つらい?そうでしょうね、竜の因子を持っているとはいえ、そこまで姿が変われば負担は大きいわ」


頭上から降ってきた魔神の声にそちらを仰ぎ見れば、先程とは打って変わって無表情の魔神がこちらを空中から見下ろしていた。

そしてしばらくこちらをジッと見た後に、わずかに視線をコルトに向けてくる。


「ねぇ、どこまで魂が強化されているか、アナタは見た?」

「ルーカスのか?見るわけないだろ、魔族を僕の領域に入れるつもりはない」

「ルイカルドって言ってるでしょ!?脳足りんね」


しつこくコルトが本名を呼ばないので魔神は怒鳴ってきた。

だがすぐに激昂を収めて落ち着くと、そんな事はどうでもいいと言わんばかりに再び無表情に戻った。


「未だに自我を保ってるから、度重なる転変で魂の強度がかなり上がっているんじゃないかと思ったの。でも違うわね。確かに他の子よりは格段に強度は上がっているけれど、それでも足りない」

「何が言いたい」

「アナタ、その子の身体に何をしたの?」

「はぁ?何で僕がルーカスに何かしなきゃいけないんだよ」

「真面目に答えなさいよ!今の魂の強度じゃ理論的に耐えられないの!なのに未だに自我を保ってるならアナタが何かしたに決まってるじゃない!ワタシの子に何をしたのよ!」


何をしたと問い詰められてもコルトには身に覚えがないし、分からない事をいつまでも詰められるのは面倒くさい。

露骨に嫌な顔をして魔神を見返していると、”魔術だな”と隣がポツリと呟いた。

それを聞いて、コルトもやっと王宮でやった事を思い出し、あーという顔をする。


「そういえば、お前がルーカスを王宮で暴走させたから、魔術で名前刻んだっけ」

「魔術?」


魔術が何なのか魔神には一瞬何だったのか分からなかったようだが、すぐに贋作の小細工ねと合点がいったようだ。

だがそれが逆鱗に触れてしまったらしい。


「中立化するだけならアナタのとこの力を流せばいいだけじゃない!なんでそんな事したのよ!刻んだ名前もどうせそのゴミみたいな名前なんでしょ!」

「あの時は体がただの魔力持った共族だったから、魔術を刻むしか無かったんだよ!それよりもお前!あんな王宮のど真ん中で暴走させやがって!死人が出てたらどうするんだよ!」

「贋作なんていくらでも死なせておけばいいじゃない!」

「っざっけんな!魔族が殺すだけでも許せないのに、原因がお前とか贖罪に何をしたって絶対に赦さないぞ!」


そうやって二人で言い合っていたせいで、二人共気付かなかった。

話題の中心にいるはずなのに、話には入れない魔族。

その魔族が無言で魔神を睨んでいる事に気が付かなかった。

コルトは肩が急に軽くなった事を不思議に思って反応が遅れ、アレ?と思った時にはルーカスが魔神を殴り飛ばしていた。

魔神のほうも怒りでコルトに意識が向きすぎていたのだろう。

突然目の前にルーカスが現れても反応できず、もろに顔面に拳を受けていた。


白い鮮血が宙を舞った。


神の体は形が人型のだけで、その中に流れるものも人のものではなかった。

それをコルトは呆気に取られてボケッと眺めていると、ルーカスは魔神の陶器のような首を掴んでもう一発殴った。

実に容赦が無い。

そしてそのままルーカスは何かを吠え立てるが、人語になっていないのでさっぱり分からない。

魔神も頬と口元から白い血を滴らせながら、何を言ってるか分からないと苦笑いしている。

それでルーカスも少し冷静になったようで、今度は二人にも分かるように魔力で振動を起こす方法で怒鳴ってきた。


『俺の大事なもんをゴミとか言うんじゃねぇ!』


そう言いながらもう一度拳を振り上げた。

だがさすがに魔神も今度は片手で受け止め、悲しそうな顔をした。


「アナタのアイデンティティは魔族なのに、どうしてそんな悪い影響を受けちゃったのよ。やっぱり、純血を作るって聞いた時に反対すれば良かったかしら」

『あ゙ぁ!?何言ってんだ』

「あら、ワタシは最初からアナタ達が何をしようとしてたのかなんて知ってたから、貴方が生み出された本当の理由を知ってるわ。贋作なんて矮小な物に影響されるとは思ってなかったけど、どうやら計算間違いをしていたわね」

『てめぇ!』

「ルイカルド。魔族内で仲間外れにされたから弱小存在の中に入ったのでしょうけど、滑稽だからやめなさい」


鈴の鳴るような声で紡がれた怒りしか沸かない言葉。

それがコルトの耳に届くと同時に、目の前で巨大な爆炎が上がった。

予兆など全く無い爆発に湧いた怒りの振り下ろし先を見失っていると、ドサッと横に何かが落ちてくる。

反射的に横を向くと、コルトが作ったのと似たような槍で腹を貫かれたルーカスが横たわっていた。

なんとか起きようとしているが、体を支えるほどの力が残っていないのか、手をついただけで体が持ち上がらない。


「殺しはしないわよ。あぁでも、アナタはワタシの子達が嫌いだから殺しちゃっても構わないかしらね」


再度鈴の鳴るような声が上から降ってきた。

先ほどと変わらぬ位置で悠然とこちらを見下ろしている魔神。

コルトは無表情をそちらに向けると、魔神は口角を上げて大量の槍を生成していた。


「ふふふっ、ここでアナタの肉体を壊せば、アナタの目論見は潰える。アナタ、贋作共に怯えられてるんでしょ?だから地上に残って監視なんて案をガラクタ共は出したのよ」


コルトには信用が無い。

だが絶対的な力がある。

そんな存在に見えないところにいられては、何かされても後手に回ってしまう。

だからできれば見えるところにいて欲しい。


──そんな事は分かってる。


自分が嫌われてて、必要とされていない事も分かってる。


──それでいい。


彼らは自分たちの力で前に進むと決めた。

神の手から独り立ちすると決めてくれた。


管理者が剪定する時間は終わり、世界はようやくここから始まる。


「あっははははは!恐怖の存在が手の届かないところから自分達を監視してるなんて、ガラクタ共はどんな顔をするかしら」


両手を広げ己に酔っているかのような恍惚とした表情を浮かべる魔神。


「人のやり方なんて馬鹿な事を言ってないで、瀑布を埋める時にアナタはワタシを抑えとくべきだったのよ!」


そして一斉に槍が射出された。

自分たち目掛けて迫ってくるそれらをコルトは無言で壁を生成して受け止める。

壁が壊れる気配は無いが、同時に槍が収まる気配もない。

ここからどうしようか。

打って出る方法は無いかと相変わらず無表情で考えていると。

力なく横たわっている存在が語りかけてきた。


『なぁ、コルト…』

「何、今考え事してるんだけど」

『俺達魔族はゴミか?』

「………」

『神にどう足掻いても勝てねぇ、気分次第で消される俺達は、お前ら神にとって何なんだ?』

「………」

『隣にいる違う種族の奴を好きになったらいけねぇのに、どうして俺達をそう作らなかった』


コルトは下を向いた。

答えられない、答えなんて無い。

ただ模倣先の生態をそのまま模倣しただけ。

生命が己の生に何を思うのかなんてどうでも良かった。


──どうでも良かった、はずなんだよね。


世界さえ始まってくれれば、生命の意思なんてどうでも良かった。

どうでもいいのに制限した。

でもきっとどうでも良くなかったのだろう。

他の管理者と共同作業をしたせいで、無意識にプライドを刺激されたのか、自分が作ったものが、他の管理者が作ったものを好きになるのが許せなかった。


「傲慢だったからだよ」


自分が作った”一番”が、劣ったものを好きになるはずがない。

そういうものが根底にあった。

なら、本当はどうするべきだったのか。


「人の思考を縛れるのはその人本人だけ。僕は人をそういうモノだと思ってる、だからそう作った」

『………』


コルトはゆっくりとルーカスの顔の前に移動して、視線が合うようにしゃがんだ。


「僕が作った人を、共族を好きになってくれて、ありがとう」


よもやそんな事を言われるとは全く思っていなかったと驚愕で見開かれた目を確認することもなく、コルトは瞬時にルーカスを壁で覆って箱を作る。

そして軽く触れて真下の床を消すと、重力に逆らう事無く地上に落下していった。

神謹製の箱だ、安全に地面に着地するだろう。

それを無表情で見送りながら、ゆっくりと振り返った。


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