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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第12章
258/273

第257話

その日、魔族にとっていつもと何ら変わらぬ日常が来るはずだった。

強者は弱者を使役し、弱者はいかに強者に目をつけられないようにしつつ利用して生き延びるか。

そんな魔族にとって不変の日常が続くのだと思っていた。

それが突如、響き渡る声によって一変した。


北の果てにも何かが住んでいるのは、移動の自由すらない彼らでも何となく聞いたことのある話だった。

だがそれが何であるかはとんと興味が無かったし、考えることなど先ずない。

行ってみたところで帰ってきた者達はなし、知ったところで自分たちの日常が変わるわけではない。

だからどうでもいいことだった。


だがその声によって強制的に意識を向けさせられた。

声だけではない。

頭の中に直接響いたその内容は、世界に響く声と同じくらい魅力的で抗い難いものがあった。


劣等種を殺せ。

自分たちに劣る者達を殲滅し、己が存在を見せつけよ。


普段虐げられている自分たちが、逆の立場になれるのだ。

拒否する理由は無かった。


そうしていつもよりも従順な魔物に乗って北の地に向けて飛び立った。


海を飛んでいる最中、彼らの気持ちはどんどん高揚していた。

これから自分たちは全てを手に入れるのだ、そんな気持ちだった。

途中で空間転移したことすら気付かない程に。


そうして到着した劣等種の領域で、最初に現れたのは群れをなして飛ぶ鋼鉄の人形。

硬そうな見た目だがあの声は言ったのだ、劣等種だと。

何を恐れる事があるのか。

だから何も考えずに突っ込んだ。

遠くから目一杯の魔力弾を打ちながら、飛んでる羽虫に乗ってる魔物ごと突っ込んだ。

羽虫の何匹かはそれで気後れしたのだろう、逃げるように反転していく。

その姿にさらに気分が良くなった。

普段逃げる側なのが、今は追う側なのだ。

これで気持ち良くなかったら嘘だろう。


それが彼らが最後に見た光景だった。

爆炎に包まれた後、焼け焦げた肉片が海に落ちていくのを、後続から追っていた者達はただ見ているだけしかできなかった。


魔力が動く気配はなく、何が起きたのか理解ができない。

絶対に勝てる戦いだと思っていたのに、出鼻を挫かれ彼らは動けなくなってしまった。

そして気付いたときには鋼鉄の人間が一体、乗っている魔物の頭上に悠然と降り立った。

魔力を全く感じない。

彼らからすればあり得ないその存在は、そんな彼らを嘲笑うかのように両腕を広げると一気に魔力を吸い上げ始めた。

抵抗すら許されず、全身の力が抜けていき、ゆっくりと彼らは瞼を閉じた。


1体目は巨大な爆炎で消し炭。

2体目は突然の静止の後、そのまま海中に落下。

3体目は……。

4体目…。


そうやって次々と劣等種に撃墜されていくと、さすがに彼らも話が違うと思い始めた。

しかも少し前から海の様子までおかしい。

環境の厳しい地域にする魔族ですら、恐怖する程に海が荒れ始めた。


死にたくない。

話が違う。


最初に口にしたのは誰だろうか。

心の声を表に出したのは誰だろうか。


一度声に出してしまえばあっという間だ。

恐怖は波となって次々と彼らに襲いかかり、すっかり心が弱った彼らは思った。

あの突然自分たちの神だと名乗った存在に騙されたのではないか?


その瞬間湧き上がったのは、帰りたい。

ただそれだけ。

種族が誕生してこのかた誰も抱いた事の無いこれを、この時彼らは獲得した。






思わず戦う手を止めて、じっくりと眺めてしまう光景だった。

単体で巨大な火球を生成する魔族ですら見たことがない爆炎が上がったと思えば、それを飲み込むように突如生まれた2つの巨大な竜巻。

犬の耳と尻尾を持った魔人は、魔王城の尖塔の先に座ってそれの行く末を眺めていた。


「おっかねえなあ」


神勅により共族を殺せ、滅ぼせと言われても、長年対岸で生活してきたせいか、いまいちやる気が出ない。

なので適当にサボって己の運命を全て流れに任せる事にした矢先のことだ。

上位魔族全員でも不可能な規模の大爆発と、続けざまに発生した山1つ軽く飲む規模の巨大すぎる竜巻。

いよいよ神同士がぶつかりあったのだろう。

北の神はともかく、こっちの神は周辺への被害を考えているのだろうか。


「おっかねえ」


もう一度同じ事を呟いた。

種族を一瞬で滅ぼす神の力は分かっていたつもりだが、目の当たりにした訳では無い。

初めて神の力を見て思ったのは、己の想像力のなんと乏しいこと。


「お主、そんなところでサボっておると、ガムラに殺されるぞ」


ボケッと巨大竜巻が巻き上げた木々を見ながら、どの辺りの森が削られているのか考えていると背後から声がかかった。

不遜な言い方だけで誰か分かる。

ちなみにガムラというのは例の獅子頭である。

議会の3番手にして最年長、好戦的なのでバスカロンはちょっと苦手としている。


「神々の戦いを見てないほうが逆に不敬だろ。お前も一緒に眺めようぜ」

「犬臭い奴と何故我が連れ立たねばならぬ」

「そんな事言うなよ。俺達の神が勝てば、多分この地上はまた綺麗にされる」


ニヤけながらそういうと、ネフィリスは鼻を鳴らした。

だがどこかに飛んでいく気配は無いので、口では拒否するものの、神戦を眺める気はあるらしい。


「お主も多少は頭が回ったか」

「あたぼうよ。人生の半分以上を北で過ごしたって言ってもよ、それより前から議会に入ってるんだぜ。多少は神の行動くらいは読める」


開戦前に北の神とどういうやり取りをしたのかは検討もつかないが、それでも神がどういうつもりで開戦し、その後どうするつもりなのかくらいは長年の経験で分かる。

理由なんて簡単だ。

あの情に篤い神の行動原理は情。

北を思い起こす自分たちをそのままにするよりは、綺麗さっぱり消し去って心機一転やり直したほうが気分が良いだろう。


「全く、笑えてくるぜ。消えたくねえって言ってもよ、さすがに全身で俺達を嫌ってる北の応援はできねえだろ。なら、ここで黙って全てを委ねるしかねえってな」

「いじけているをよくそんな長々と言えるよな」

「ひっでえな。おじさんは繊細なんだぞ」

「爺の言い間違いか?」


相変わらずの減らず口だ。

まだまだ元気なつもりだが、これでも500と数十年を過ぎている。

魔族基準でそろそろ還暦なので、爺とは言わずとも一歩手前と言われたら少し否定しがたい。

バスカロンはため息をついた。


「若い奴らは元気だよな。坊はライの奴を殴り飛ばして、ラヴァもガムラに真正面から喧嘩売っただろ。あの二人今どこで何やってんだ?」

「子兎のほうは兄弟を引き連れて引き続き他の者に喧嘩を売っておる、どうやら神意に従うつもりは毛頭ないようよ。子竜のほうは…」


言葉を一度区切ると、ネフィリスは片一方の巨大竜巻を無言で指さした。

バスカロンは思わず口元が引きつってしまう。


「おいおい、どこまで付き合う気だ」

「あれは魔族全てを変えるつもりだ。終わるまでは止まらんよ」

「一体誰に似たんだかねえ」


竜の系譜だろうという分かりきった答えを前に、再びネフィリスに鼻を鳴らされる。

そうやって完全に観客気分でいると、巨大な竜巻に動きがあった。

北の竜巻が南を飲み込もうと動き出したのだ。

周囲の山々を削りながらもう一方に近づいていく竜巻。

どうなるのか見守っていると、魔神の竜巻が急速に小さくなっていく。


「生身を晒しおったぞ」

「こっから見えんのかよ!?」


バスカロンからは風に巻き上げられた破片と見分けがつかないが、ネフィリスの目からは人型と見分けられているらしい。

関心して鳥の視力凄えと驚いていると、収まったほうに動きがあった。

なんと魔王城周囲にまで響く地鳴りがしたと思っていたら、竜巻のあった場所の地面が持ち上がったのだ。

思わずもっと状況をしっかり見ようと高く飛び上がってしまい、眼前に広がる光景に絶句した。

周辺の大地から抉るように地面が削り取られ、巨大な大地が宙に浮かび上がり、そして残ってできた巨大なクレーターに周囲の海水が大量に流れ込んでいる。

持ち上げられた大地にも当然集落がいくつかあったはずだ。

いくら魔族といえど、下位魔族であればひとたまりもない。


「おいおいおいおい、いくらなんでもそれはないだろ」


さらにバスカロンは嫌なことを連想する。

持ち上げた大地をどうするか。

この状況で考えられる事など1つだろう。


「勘弁してくれ…」


そう呟きながら、飛ばされた大地を目で追うしか無かった。


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