第256話
再び地上に戻ってきた。
いつもなら意識の次に五感と順序立てて同期させていくが、時間が惜しくて今回はそれらを全て同時に行った。
そのせいで一気に周囲からの情報が押し寄せ、脳がパニックを起こす。
「はっ!!あっ、えっおっ、うぉわぁ!?」
悪夢を見た直後の寝起きに似た感覚に現実が一瞬分からなくなるが、強制的に引き戻すかのようにタイミングよく機体が大きく揺れ、コルトは体を大きく揺さぶられる。
しっかりと固定していたので座席からすっ飛んでいくことは無かったが、背もたれに頭部を強かに打ち付けた。
痛みに頭を押さえていると、声に気付いたアンリと機械人形が帰還の挨拶をしてくれた。
その声に答えながら横を向くと、アンリが宙に浮くスコープを覗きながら発射管のスイッチを操作している。
どうやらずっと機体を守るために頑張ってくれていたらしい。
そしてその後ろはというと、何故かうさ耳の男が座って同じように発射管とスイッチを操作していた。
「誰だよ!?ハウリルさんは!?」
【ハウリルは機体の揺れに酔って後部で休憩中。代わりはラヴァーニャの兄。魔力が切れそうというので、こちらで回収しハウリルの代わりに座らせました】
コルトが思わず叫ぶと、間髪入れずに機械人形が説明を入れてきた。
するとウサ耳の男も兄弟の中では魔力がかなり少ないほうらしく、このまま魔力切れで墜落死するか、魔族の群れの中を襲われる覚悟で離脱するかという状況だったと口を挟んでくる。
それでいつまで経っても魔神のところに向かう気配の無い機体に丁度痺れを切らしていたラヴァーニャが、事情を聞くついでに回収しろと言ってきたようだ。
こちらもハウリルがダウンしかけていたので、人員交代として丁度良いという理由で受け入れたらしい。
勝手に部外者を入れるなと言いたかったが、この状況では武器を遊ばせておくほうがまずい。
真面目にこちらの味方をしているうちは目を瞑ることにした。
【男の詳細はもう良いでしょう。共神、状況は?】
「埋めたよ!北も南も中央も全部埋めた!なんか魔神もきたから思ったよりも安定して早く埋まったんだよ」
「シャルアリンゼ様が!?」
【全て埋まったということは、瀑布は存在しないということですね?】
「無いよ。だから僕に黙って作った艦隊も燃料があるならこっちに来れる、途中で沈没しなければね。というか、砲台まであんなに大量に作ってるとは思わなかったんだけど!!資材と時間どうやって出したんだよ」
【砲台と弾はセントラルにあったものを移設しました】
「あれ全部!?数百あったけど!?」
【全部です】
絶句した。
元一番共神に近しい立場でその考えを深く知っていたはずの者達が、どう考えても同じ共族を殺すために大量の兵器を作って保有していた。
正直頭の痛い話だが、そのお陰で今回対応が出来ている。
コルトは奥歯を噛んで煮える胃を堪えながら全てを飲み下して前を向いた。
そして深呼吸をするとはっきりと口にする。
「北はこのまま皆に任せて、僕たちは魔神を討つ!」
「おうっ!」
【承知しました】
そしてすぐさま機械人形に魔神の位置は分かっているのかと聞いてきたので、機体と同期すると解析を走らせた。
この機体の中までは流石に能力を制限されていない。
機体を中心に地上の生き物とは異なる精神エネルギーを探すとすぐに見つかった。
変わらず魔王城の上空に鎮座しているようで、反応も全く揺らぐ様子を見せない。
それを機体の索敵モニターに表示させ、ついでに反応を逃さないように機能も追加する。
機械人形もすぐに反応して機体を旋回させた。
【目標確認、移動を開始します。急加速にご注意下さい】
「待って。そんな無駄な事するな、ワープする」
【では、操作権限は全てそちらに?】
「当然だろ。アンリ、それとうさぎ。攻撃一回中断して」
「分かった」
「承知したが、何をするつもりだ」
うさぎの疑問をコルトは無視すると、ワープシークエンスに入った。
算出した魔神の座標から少し離れた位置にポイントを指定すると、ついでに消費した機体の弾薬を生成し、魔神の座標を先行入力する。
ワープした瞬間に全弾打ち込んでやる腹づもりだ。
これで仕留められるとは到底思えないが、これくらいやらないと仕返しとして虫の居所が収まらない。
「よしっ、飛ぶよ」
「おっ、おう!いつでもいいぞ」
「聞いていた通り、共神は本当に魔族の話を聞かないな」
嫌味を聞き流し、コルトはワープを開始した。
その瞬間。
一瞬で周囲の景色が変わる。
周囲にいた魔族は全員消え、飛び交っていた魔法弾の嵐も嘘のように静かになった。
代わりに。
「全弾発射!死ねぇ、魔神!」
「コルト!?」
【頭壊れましたか!?】
機体から針山のように大量のミサイルや機銃が魔神がいるはずの座標に一斉に発射された。
雨もかくやという量が一気に一点に向かって降り注ぎ、その数秒後に辺りが巨大な爆煙に包まれた。
「はぁっはっはっは!どうだ!僕だって、能力さえ戻れば一夜で半球くらいは焼け野原にできるぞ!」
「コルト1!?」
「シャッ、シャルアリンゼ様!?」
高笑いするコルトにドン引きのアンリ。
そしてその横をうさぎが走りすぎ、外の爆炎を見ながら悲壮な声を上げた。
そんな二人をよそに、コルトは目の前の光景に満足していた。
散々好き勝手やられたのだ。
このくらいの派手な花火の1つくらいはあげておきたい。
だが、そう思って良い気になっていると爆炎の中から煙を上げながら接近する棒状のものが1つ。
その棒を正面に捉えて円になったと思った瞬間、機体に着弾して大きく揺れた。
「うわぁああああ!!」
【着弾を確認。外装に損傷】
「なんで迎撃しないの!?」
【先程全弾撃ち尽くされました】
「僕じゃん!!」
【早く補充してください】
無機質な音声で余計に冷たく感じられる機械人形の要求を受けながら、半泣きで弾の補充と損傷箇所の修復をした。
そうこうしていると辺りを覆うように広がっていた灰色の煙が、突如ある一点を中心にして渦を巻き始めた。
そうして出来上がっていく巨大竜巻は収まることを知らないかのように、どんどん周囲を飲み込んで巨大化していき、コルト達が乗っている船までもを飲み込もうとする。
「うわああああ」
【機体出力限界値、このままでは飲み込まれます】
「魔神ってこんなこともできるのかよ!」
カチンときた。
そういう意味で言ったわけではないのは分かっているが、まるでコルトにはできないとでも言うかのような言葉。
「ぼっ、僕だって出来るよ。……この機体の周辺くらいなら」
ついムッとなって反論した。
能力制限のせいで最後の部分は少々尻すぼみしてしまったが、口で言ったからにはやるしかない。
周りの意見など全く聞かず、早速意識を機体に同期させて己の体の一部とした。
機体を己の身体としたことで広がった能力の有効範囲に合わせて周囲に逆巻く風を起こし、吹き荒れる風を相殺していく。
そしてそのまま相手を逆に飲み込まんとする勢いでどんどん風の強さを上げていき、ついには相手と同じ大きさにまでなった。
それをみながらコルトは段々気が大きくなっていく。
──環境コントロールなら、やっぱり僕のほうが一日の長がある!
魔族を間近でみるために数万年前に地上に降りた魔神とは違い、文字通り寝ながらでも休まず今までずっと環境コントロールをやってきた北の管理者にとっては造作もない。
【喰らえ!】
コルトは同期させた機体の出力をあげると、吹き荒れる風と共に相手の竜巻に突っ込んだ。




