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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第12章
256/273

第255話

再び白い部屋に戻ってきた、半日ぶりである。


共族達が隠れて迎撃準備をしていると聞いたばかりなので、早速見てみると南部のあらゆる場所に共鳴者、魔力持ち問わず兵と思われる人達が配置されていた。

さらにいたるところに砲台が置かれ、艦隊も綺麗に隊列を組んで並んでいる。

ついでに魔物の数も大分減っている。

おそらくこの作戦のために掃討でも行われたのだろう。

共族の魔力の維持には魔物の肉が絶対に欠かせない。

それでも掃討が行われたというのであれば、彼らはそれだけ確度高く戦争が起こると思っていたということだ。

魔人が攻めてきたところに、魔物まで参戦してきたら大きな被害が出るのは間違いない。

30隻にも及ぶ艦隊に、南部全土の魔物の掃討。

それだけでも彼らがかなり入念な準備をしていたことが伺える。


──彼らのためにも終わらせなければ。


北の管理者として、彼らの神としてこの戦いで絶対に幕引きにしなければならない。

”神”という自分たち管理者に彼らがこれ以上振り回されないように。


管理者は支配領域を抜け出ると、世界維持のための共有領域に移動した。


支配領域と同じように真っ白な空間。

そんな果ての見えない空間に、世界の大地を構成する礎となる楔がいくつも宙に浮かんでいた。

管理者はその中でも一際大きい楔に近づく。

それは2つのものを1つに混ぜ合わせるための楔。

南北を1つにするための、大切な礎。


管理者はその楔にそっと触れ、ゆっくりと楔に自身を同期させていく。

なるべく地上に影響が出ないように、ゆっくり、ゆっくりと……。


そして同期が完了すると、2つの大地の境界線、瀑布に触れ海底を引っ張り始め、同時に北の大穴に繋がる地下水路も後ろから押すようにして埋める。

強制的に吐き出された大量の海水が、北極から津波となって北の大地を襲い始めるのを感じながらも、管理者は作業を止めない。

西大陸の北部に人が住んでおらず、そこにあった文明も全て廃墟になっているのは調査させて分かっている。

今更海水に流されたところで悲しむ者は誰もいない。


そうして慎重に作業を進めていると、意識が別の存在を感知した。

ここに来れる存在というと、他に1つしかない。


【何をしているの】


意識の一部を現れたソレに向ける。

そこにいたのは地上で魔神と呼ばれているもう一人の管理者。

いくら数万年ここに戻っていないとはいえ、さすがに楔に触れれば外からでも分かるらしい。

北の管理者は作業を進めながらも意思を伝えた。


【瀑布を埋める。世界を1つにする】

【何のために?】

【彼らが望んだから】

【アナタも馬鹿なら被造物まで馬鹿なのね】


北の管理者は答えない。

ただ黙って大地を埋める作業を進める。

すると何を思ったのか、南の管理者も嘲りを隠さないまま楔に触れて、魔族側の瀑布を埋め始めた。

奇しくも2個での共同作業になった形だ。

1つでやるよりもずっと大地が安定している。

意外だったのは、先程までとは打って変わって南の管理者が穏やかに事を進めている事だ。

嘲りはあるのに、こちらの作業を妨害しようという気配が一切なく非常に協力的。

肉体という枷が無くなったからだろう。


それならそれで構わないと、北の管理者は真剣にことを進めた。

そして地上時間で2時間が経った頃、南北と中央帯が完全に埋まり、星は括れのない球体となった。

何とか約束の3時間以内に終わった形だ。

感知できる範囲では地上に大きな地形の変化は起きていない。

死人はでていても誤差の範囲だろう、種族の存続に支障はない。


北の管理者は今回の作業を総括すると、楔からの接続を解除して、同じく接続を断った南の管理者を見た。


【何故手伝った】


北の管理者としてはかなり助かった形だが、地上であそこまで馬鹿にしてきたのに今更こちらの手伝いをする理由が分からない。

すると地上と同じように南の管理者はそれを聞いて笑った。


【考えることをやめたの?こちらだって瀑布は無い方が海を渡りやすいもの】

【そうか】

【…相変わらず無感情無関心ね。肉被った時のアレはなんだったのよ。少しはマシになったと思ってたのに、気の所為だったみたい】

【管理者に肉の機能は必要無い】

【そんなんだから人にも嫌われるのよ】


北の管理者はその言葉をスルーしようとしたが、何かが引っかかった。

今までなら確実に気にならなかった事が気になった。

だが、それが何なのか分からない。


そんな北の管理者の気配を察して、南の管理者は驚いた雰囲気を纏わせ、それを素直に伝えてきた。


【驚いた、傷ついたの?アナタにも情緒があったの?…いえっ、そうではないわね】


北の管理者の見たことのない雰囲気に、南の管理者はしばらく北の管理者を観察し始めた。

鬱陶しいと思ったが、自身でも何か分からない者を感じて少しだけ期待を滲ませて結果を待つと、南の管理者は結論が出たと面白そうに伝えてきた。


【ふふふ。何だアナタも肉の影響をしっかり受けてるじゃない】

【機能を持ち込んだ覚えはない】

【鈍感ね。肉で感じたことをしっかりとアナタは持ち込んでるわ。情緒があったんじゃない、芽生えたのよ】


南の管理者はさも愉快といった様子でさらに北の管理者を押した。


【あっははははは、面白いわ。生まれたばかりのシステムのままだったアナタが、たったの20年の肉で活動しただけで情緒を得るなんて面白いわ】


地上ならコロコロと笑っていそうな南の管理者に、北の管理者は少しばかり不快感を感じる。

だがそれすらも面白いと言わんばかりの南の管理者は、さらに意思を伝えてきた。


【面白いものが見れたわ。えぇ、えぇ!贋作共なんてどうでも良かったけど、アナタをこうした生物というなら少し興味が持てるわ】

【そうか。なら殺すな】

【それとこれとは別問題よ。でもそうね、少しは考えてあげる。種族が滅びない最低限の人数くらいは生かしてあげてもいいわ】


それを聞いて北の管理者はお話にならないと、自分の支配域に戻るべく移動し始める。

南の管理者と話しても何も有益な事はない、実に時間の無駄だった。

ここで決着をつけても、人に示せない以上は意味がないし、それならさっさと地上に戻るべきだろう。

だが、その前に北の管理者は移動を中断すると南の管理者に意識を向けた。


【地上で決着をつけよう。人のやり方で世界の管理を今日で終わらせる】

【へぇ、あんなに情けない姿を晒してたのに?】

【”人”が覚悟を見せた】

【犠牲を許容するの?】

【”人”がそれを前に進むために選ぶのなら、もう何も言わない】

【………】


南の管理者から反応が帰ってこなかった。

それならもう用は済んだと北の管理者は意識を南から外し、再度移動を開始する。

すると、その背を追いかけるように意思が飛ばされた。


【ねえ、アナタの言う”人”って、どれ?】


思わず、そうとしか言いようが無い衝撃で北の管理者は移動を止めた。

その理由を考えて……。


いやっ、考える必要は無いだろう。

今の北の管理者は肉体の影響を受けていない。

多少は受けていると先程言われたばかりだが、これにそれは関係無いはず。

なら最初から答えは決まっている。


”人”として作られたなら、誰が作ろうとそれは”人”だ。

別世界の”人”を元にして”人”として作ったならそれは”人”だ。


短い終わりのようなものを感じた。

同時に少しだけ自嘲のようなものも感じる。


己は肉体の影響を受けている。

それを認めると、何かが軽くなるような気がした。


北の管理者は振り返ると、南の管理者をまっすぐに見据えた。

そして先程の質問に答える代わりに、思ったことを伝えた。


【コレら管理者を足して割れば丁度いいと思っている。ならきっと、コレらが作った”人”も一緒なら丁度良くなる。……そうなると良いと、今思った】


南の管理者が動揺するのを感じながら、北の管理者は今度こそ共有領域を出ると地上に意識を降ろした。


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