第253話
魔王城上空から離れて海上に向けて飛行中、コルトは周囲の状況を観察した。
魔神の宣言に逆らうでもなく、魔族達は多くの飛行型の魔物を集めては対岸に向けて飛び立っている。
コルトはそれを唇を噛みながら見送るしかない。
そして程なくして多数の魔族に襲われている飛行機が見えてきた。
戦闘機のドッグファイトのような戦いを行っているが、相手はそれ以上の機動力を持った魔人、正直劣勢だ。
だが不可解な事に、何人かの魔人が飛行機の盾となって応戦しているのが見えた。
『またラヴァか、あと知らない奴だ。どういう事だ?』
「”また”というのは?」
『魔王城に俺も乗り込む時に助けられた』
「ふむ」
「助けてくれるんなら味方だろ、理由なんてなんだっていいじゃん」
「それもそうですね。ルーカス」
『分ぁかってるよ』
ルーカスはそう言うと急加速してその混戦の中に突撃した。
1秒で超音速に達したルーカスは数秒でコルト達を飛行機の上に到達させる。
その最中に軌道上の魔族がソニックブームで何人か落ちていったが、些末な事だろう。
そして機体上部に着陸すると、ルーカスはその場に倒れ込んだ。
「おっ、おい!?大丈夫か!?」
「ガッ…グギァ……グァ……」
「何言ってるかさっぱり分かりませんね」
「なか、中入ろう!」
焦るアンリの声にコルトが全員を飛行機の中に転移させようとすると、タイミングを合わせたように目の前にラヴァーニャが降りてきた。
条件反射のような速度でアンリが武器を構えるが、ラヴァーニャはそれを一瞥しただけで鼻を鳴らし、呼吸の荒いルーカスを見下ろすと眉間に皺を寄せる。
こちらに何かをする気はないようなのでアンリが少し武器を引くと、不遜な態度で状況を説明しろと聞いてきた。
「説明って見りゃ分かるだろ。説得に失敗して開戦だよ!」
「そんな事は分かっている!シャルアリンゼ様はどうした、今どこにいらっしゃる!」
「知らないよ!僕の能力が制限されてて、碌な事ができないんだよ」
「ちっ…。ならそこの純血にまだ自我はあるのか?」
顎でルーカスを指し示したラヴァーニャにすかさずアンリがあるよ!と乱暴に返す。
すると息も絶え絶えのルーカスも応えるように何とか右腕に力を入れて上体を持ち上げると、同じく言い返した。
ラヴァーニャの顔色が見る見ると変わっていく。
目を見開き、驚きの表情を返した。
「そこまで姿が変わっていて、まだ自我があるのか!?」
『あぁ、何とかな。思考だけはクリアだぜ。ただ体に力がもう入らねぇ…』
そう言って腕の力が抜け再び突っ伏すルーカス。
ラヴァーニャはさらに険しい表情をした。
「ルーカスにまだ自我があることが不思議ですか?」
「当然だ。普通そこまで変わっていればとっくの昔に精神が肉体強度に耐えきれず崩壊し、ただの魔物に成り果てている。そうなれば殺すしかない」
「なるほど。なのであなたは自我の無いルーカスを殺しにきたと?」
「馬鹿か貴様!そうなれば無差別に周囲に襲いかかる。それが無いから確認しに来たのだ!魔族が共神の支配下に落ちたなど絶対にあってはならないからな!」
「いらないけど!?」
「何だと共神!これほどの力を持った魔族がいらないとは、節穴か!」
「いやっ、どっちだよおま、…うおっ!?」
アンリが冷静にツッコミを返そうとすると、機体が大きく左右に揺れた。
そのすぐ後に横を火球が通り過ぎていったので、どうやら回避行動だったらしい。
忘れてはいけないが、ここは襲われている機体の上だ。
咄嗟にハウリルがコルトとアンリを魔術で支え、ラヴァーニャがルーカスの角を掴んでいなければ3人仲良く落ちていた。
今更ながら心臓が皮膚を突き破りそうな程に激しく鼓動する。
「ラヴァ!俺達だけじゃ保たない!まだなのか!?」
冷や汗を流しながら呼吸を整えていると、一人の魔族が寄ってきた。
どことなく顔がラヴァーニャに似ている、たくさんいる兄弟のうちの一人だろう。
ラヴァーニャはそれに応えるように機体の周囲に景色が見えなくなるほどの大量の雷球を発生させると、一斉に周囲に撃ち出した。
いつぞやに雨のように降らされたこともあったが、味方になると多少は心強い。
すぐに上がった悲鳴を聞きながら、コルトはまあまあだなという評価を下した。
そんな事をされているとは露知らず、ラヴァーニャはふわふわの毛とウサ耳を持った草食獣のくせに口元から肉食獣の牙を覗かせながら、コルトを見て問うた。
「共神、一度確認をしたい。貴様はまだシャルアリンゼ様を止める事を諦めていないのか?」
必ずここで今答えろと圧を乗せて見下ろしてくる。
コルトも負けじと真っ直ぐに睨み返す。
「諦めてない。絶対に魔神は止める。僕達の勝手で人を戦いに巻き込むのはこれで最後にしたい」
絶対に視線を逸らさないぞという気迫を持ってラヴァーニャと睨み合うこと数秒。
時が止まったのではないかと思える数秒だったが、ラヴァーニャの良いだろうという言葉と共に時が動き出した。
「手を貸してやる。良い加減僕達も老害共の勝手に辟易していたところだ」
どこまでも不遜な態度だったが、言葉は真実のようだ。
その証拠に、その言葉の後に”これ以上生まれる前から運命を決定づけられたくない”と小さく呟くのが聞こえた。
「そこの動けない純血の代わりに露払いくらいはしてやる」
「間違って機体に当てたら兄弟ごと燃やしてやるからな!」
言うだけ言い返すとコルトはラヴァーニャの反応を待たずに転移した。
機内に戻ると中の構造を何も考えずに転移したので、コルトは強かに座面に尻を打ち付ける。
悲しい気持ちで痛みを堪えていると、機械人形の1機が帰還の挨拶とともにすぐに椅子に座れと大きな発声をしてくる。
同時に機体が大きく揺れた。
また攻撃を避けるために大きく機体を揺らしたようだが、ラヴァーニャは何をやっているのか。
憤りながらコルトはそそくさと椅子に座ると、珍しく機械人形に謝った。
「ごめん、説得失敗した」
【確認済みです】
文字通りの機械的な反応が返ってきた。
コルトも慣れたもので特に反応を返さず、次に要求を出す。
「それでなんだけど、このまま魔神に突入してくれない?この機体の中のほうが生身で外にいるより出来ること多いからさ」
【承認できません】
「分かった。……って、はぁ!?」
まさか却下されるとは思わず、二度見してしまった。
「なんでだよ!!」
【やってもらいたい事があります】
「この状況で!?」
【この状況だからこそです】
激しく揺れる機体の中、ギリギリと唇を噛んでいると、何とか後部の救護室にルーカスを運び込んだアンリとハウリルが戻ってきた。
「どうしたんです?」
【共神に仕事を頼もうとしていました。貴方達にも頼みたい事があります】
「おやっ、聞かせてください」
コルトを気にせず、さくさく話を進めるハウリルに機械人形を承知を返す。
再度機体が大きく揺れて、慌ててアンリとハウリルも座席についた。
【共神には瀑布の埋め立てを行っていただきたいです】
「いやいや、なんで!?」
【迎撃のためです。南部では共族の連合部隊が展開中です】
絶句した。
そうとしか言えない程に絶句した。
だがアンリはやっぱりと零し、ハウリルも間に合って良かったですと言っている。
つまり何の準備もしていないと思っていたのはコルトだけだった。
「ちょっとどういう事!?」
【成功だけを考えて作戦を練るのは愚図です】
しかも愚図と機械に罵られるおまけが付いた。
慌てて二人をみると、そっと視線を逸らされた。
「アンリもハウリルさんも知ってたの!?」
「なんかやってるなぁとは思ってたんだけど、その……黙ってろってラディに言われて…」
「あっ、ラディさん回復したんだね。ってそうじゃなくて!」
「わたしは元々向こうに残るつもりでしたからね、知ってました」
「なんで教えてくれなかったんです!?」
「知っていたら態度に出ていたでしょう?」
「えぇ…」
みんなに隠されていた。
その事実に落ち込むと、アンリがルーカスも知らないはずだから!とフォローになってないフォローを入れてきた。
魔族も知らないと言われても全く嬉しくない。
【前線を上げるために瀑布を埋めてください。戦艦も新造やラグゼルの大型船を改造して30隻用意できました】
「30!?どうやってそんなに用意したの!?」
【プレート経由でセントラルから人や金属を大量に運び入れました。建造には弊ネットワークの機体を使うことで最高効率を生み出しています】
開いた口が塞がらなかった。
いつの間にか勝手にプレートを道路代わりに使われていたうえに、船まで作っていたとは思わなかった。
しかもそれが全くコルトの耳に入っていない。
思わず頭を抱えてうめき声をあげてしまったが、そこにさらに追い打ちをかけるようなことを機械人形が宣った。
【共神が人間の動きに興味なくて助かりました】
危うく心が折れそうになるところだった。
だが……。
──決めたのは彼ら、そして防げなかったのは僕。
何度こんな思いをしただろうか。
何度彼らに己の失敗の尻拭いをさせるのか。
奥歯を噛んで悔しい思いを押し殺した。
そして深呼吸をして、振り絞るように声を出す。
「ねぇ、僕ってやっぱり信用されてなかった?」
二人の顔を見るのが怖くて、真っ直ぐ前を向いて二人を視界に入れないようにして機械人形に問いかけた。
答えを聞くのが怖い。
でも、これは聞かなければいけないと思ったのだ。
【争いは片一方の意思だけで起こる事を彼らは分かっていただけです】
答えになっているような、なっていないような回答だ。
でもコルトはそれだけで十分だった。
彼らは自分達で考えて、神に頼らず行動した。
それでもう良いではないか。
「分かった。埋めるよ」
了承だけを返した。
「ねぇねぇ、じゃあその間私達は何したらいい!?」
【火器管制と索敵をお願いします。弊ネットワークに戦闘時の操舵データが無く、敵味方入り乱れており処理が追いつきません】
「狙って撃つやつだな!」
【そうです】
「善処しますが、あまり期待しないでください」
「僕が戻るまで落とされなければ大丈夫です」
「簡単にいいますね。なるべく早く戻っていただきたいのですが、どうやって瀑布を埋めるつもりですか?力が制限されているのですよね?」
コルトは頷きを返しつつ、しっかりがっちりと体を座席に固定していく。
「意識だけ向こうに戻します。その間体が空っぽになるので、こっちの状況も分からなくなりますが…」
「よく分かりませんが、どのくらいで戻られますか?」
「うっ、すいません。分からないです、急ぎすぎても地上が大変な事になりますし…」
モゴモゴしていると機械人形のほうから時間指定が来た。
【3時間で戻ってください。それ以上は魔族領から離脱します】
「ぐっ、3時間か…分かった。頑張る」
一度離脱すればまた侵入するのは面倒だ。
コルトはゆっくりと目を閉じて呼吸を整える。
入眠するのに近い。
そして遠くなっていく意識の中、機械人形の音が滑り込む。
【ご武運を】
──それ、僕が言うのが適切だと思うなぁ。
そう思いながら、コルトは意識を肉体から剥がした。




