第251話
「うぐえっ……」
十代前半の少女の体から繰り出されたとは思えない一撃。
コルトはあっさりと掴んでいた手を話し、無様に後方に蹴り飛ばされた。
「コルト!」
すかさずアンリが受け止めてくれなければ、そのまま背後の見えない壁に激突していただろう。
一応肉体に修復機能をつけているとはいえ、痛い思いはしたくない。
「大丈夫か!?」
「うっ…ぐぅ……アンリ、ありがと」
「コルトは下がってろ、こうなったら私がやる!」
アンリが素早く手斧に棒を連結させ、ハルバード状にして構えを取ると、駆け寄ってきたハウリルも杖を構えてその隣に並んだ。
二人共コルトを守るように立っているが、本当ならコルトが二人を守る立場だ。
痛む体に鞭打ってコルトは立ち上がって二人の前に立つと、箱庭を消してそれがあった中心に腕組みをして斜に構えている魔王の前に対峙した。
「事実を言ったら蹴ってくるとか、理性が無さ過ぎる」
「贋作自ら文明を壊してるアナタに言われたくないわ。最初から無いワタシと、無に戻ったアナタとどこが違うの!」
「あぁそうだね、僕達は何も残せなかった。だからもう表舞台から退いたほうがいいって言ってるんだ!」
「それでなんでアナタのやり方に合わせないといけないの!?」
「それが一番穏便で人のためになるだろ!」
「そんなの、…そんなのアナタがやりたいだけでしょ!」
そう叫ぶと共に部屋が振動し、コルトは危うくバランスを崩しそうになるのを何とか耐えた。
魔王の考えが読めない、何がやりたいのか分からない。
現状を良くないと思っているのは確かだろうが、改善したいのかこのままで良いと思っているのかが、さっぱり分からない。
だからコルトも叫んだ。
ならこのままの状態で魔族を放置し続けるのか、共族はもう魔族の存在を知って共存に踏み切っているところもあるし、魔族も共存を望んでいる存在がいる。
その現実がある限り、今の秩序は必ず崩される。
魔神の排除は絶対となる。
遅いか早いかの違いでしか無い。
それならせめて、管理者同士で落とし所を見つけられる今、何とかしたい。
「なら君は、どうしたいんだ!」
「アナタの決めたやり方はお断りね。ワタシの魔族を何だと思っているの」
「ルーカスはずっといたし、魔王も呼んだ場だけど!?」
「ルイカルドよ!カルアジャがつけた名前があるのに、贋作なんかがつけた名前で呼ばないで!」
「あぁもう分かったよ。ならそのルイカルドもいた場所で決めたって言っただろ」
「ルイカルドはアナタが中立化したから、魔族の総意とは認めないわ!」
「魔王もいたって言ってるよね!?話聞けよ!」
反論にもなっていないような反論で言い返す魔神のせいで話が全く進まない。
魔神だってコルトの案が良いのは分かっているはずなのに、どうして受け入れないのか。
「ならどうすればお前は納得するんだよ!」
やけくそ気味に叫ぶと、魔神は薄っすらと笑った。
「決まってるでしょ。アナタ、最初はどういう名目でここまで来るつもりだったのよ」
「はぁ?」
間抜けな声が出てしまったが、隣にいたハウリルは真っ先に気付いたようで息をつまらせて顔を青くし、絞り出すように”戦争”と呟いた。
背中を汗が伝う。
そうだ。
最初はそういう名目だった。
でもコルトが耐えきれないからと魔王もいる場で却下された。
だからもう関係ないはず。
そう思っていると、魔神は面白そうにさらに口角を上げた。
「魔族と贋作を共存させるために、贋作の力を認めさせる必要があるからアナタが、あのアナタがよ、戦争なんて経費に対して実利の低いやり方を認めた!こんな面白いことは無いでしょ!」
「でもそのやり方はダメだからって却下されたんだよ!」
「贋作が死んでワタシの魔族が生きているのが嫌っていう、馬鹿みたいな理由でしょ?ワタシにはなんのデメリットも無いわ。そこでアナタが癇癪を起こしてくれれば、一か八かでこのワタシがこの星全てを掌握できる」
「お前から共同作業で半分ずつって話を持ち込んできたのに、全部奪うつもり!?そんなの認めるわけないだろ!」
「アナタが決めたやり方で、アナタが自爆した後に遺産を貰うだけじゃない。ワタシのどこが悪いのよ」
「僕の自爆はどうでも良いけど、それで生き残った共族をお前が殺すだろ!」
「当たり前でしょ。全部ワタシのモノになるんだから、贋作なんてさっさと削除して世界を魔族のモノにすっ」
勝ち誇った表情で宣う魔神が言い終わる前に、コルトの横を一陣の風が通り過ぎた。
「ふざけんな!」
ハウリルすら反応できない速度で一足飛びに魔神に急接近したアンリが、ハルバードを思いっきり振り上げて力任せに振り下ろした。
同じ武器を使い続け、その武器に最適化された肉体をさらに魔力で強化した渾身の一撃。
そのはずだった。
相手が悪かったとしか言いようが無い。
10代前半の少女にしか見えないソレは、それを難なく片手の指で掴んで受け止めると、驚愕するアンリを見もせずにそのまま振り回してアンリごと投げ捨てた。
「アンリ!」
咄嗟にエアバッグを作ろうと腕を伸ばすが、能力を2メートル制限されて出せない。
隣でハウリルも杖を構えて魔術を発動させようとしたが、やはり発動範囲を制限されているらしく2メートル先に小さな渦巻きが一瞬現れただけで消え失せた。
コルトはそんな自分の状況に絶望したが、当のアンリのほうは空中で身を翻すと何とか無事に綺麗に着地してダメージを最小限に抑えている。
さすがの身のこなしにほっとしつつ、慌ててハウリルと共にアンリに駆け寄った。
「大丈夫!?」
「だいっじょぶ!クッソォ、そりゃ魔族の親玉だもんな、ルーカスができるならアイツもできるか」
「いくらなんでも無謀過ぎます。だからコルトさんから離れないように言ったんです」
「それだと何のためにコルトについて来たか分かんないじゃん!」
「コルトさんが判断するまで、待てなかったんですか?」
「はぁ?何言ってんだよ、アイツはもう戦う気満々だろ!?」
アンリが魔神を睨みつけると、睨まれたほうはようやくアンリに視線を合わせた。
「学ナシのくせに、状況判断は悪くないわね」
嘲笑うように言って魔神は両手を広げると、ゆっくりと宙に浮かび始めた。
さらに恍惚の表情を浮かべて高笑いを始める。
「あっはっははは、ワタシは力を至上とし力で支配する魔族を作った”魔族の”神よ。ワタシにアナタの方法をやらせたいなら、ワタシのやり方でワタシを従わせなさい」
言い終わると同時に、南半球が貼り付けられた天球にヒビが入り、音を立てながら砕け散った。
その下から現れたのは、元の世界、魔王城の遥か上空。
それを視認した瞬間、見えない床も消え失せた。
「うわあああああああああ」
突然の足元の消失にコルトは無様な悲鳴を上げながら落下する。
だがその手を当たり前のようにアンリが掴み、さらにその手をハウリルが掴んで魔術を行使した。
下から吹き上げる風が3人を包み込んで落下の速度が遅くなると、コルトもやっと余裕が出てきて何とか3人が立てる足場を作り上げる。
そこに着地するとコルトは拡声器を瞬時に作って怒鳴り散らした。
「危ないじゃないか!」
すると魔神はゆっくりと降りてきてコルト達の少し上あたりで止まった。
その顔はどうみても馬鹿にしているし、その表情通りに馬鹿にしてくる。
「神のくせにそんな情けない声を上げて恥ずかしくないの?全世界にアナタの声を届けてあげましょうか。えぇそれが良いわ、きっと贋作共も自分達の神がこんなに情けないと思えばきっと死にたくなるもの」
「はああああああ!?」
抗議の声を上げるが、ここは魔神の領地。
宣言後から容赦なくその声が世界に響き渡った。
音は振動。
世界の半分に響き渡るほどの音であれば、当然残りの半分にも伝わる。
コルトは北半球にも伝播する振動を感知し、怒りと羞恥で真っ赤になった。
「性格悪すぎるんだよ!そもそも共族は僕がどんなでも生きる事を諦めたりしない!」
「アナタがいなくなれば贋作なんて皆殺しなのに?なら無様なアナタを応援するしかないじゃない。あっはははは、贋作共は何を思うのかしら」
「何度も言わせるな。僕がどんなに無様で情けなくても、彼らは生きることを諦めたりしない。僕はそれを信じてる」
強い思いを込めて宣言すると、魔神は少しだけ面白くなさそうな顔をし、ため息をつく。
「はぁ、ならさっさと決着をつけましょう、戦争でね」
そして再度両手を広げて大きく息を吸った。
「ワタシの愛しい子供達、アナタ達につけられたワタシの名前はシャルアリンゼ。アナタ達の神として北の共神との戦争開戦を宣言するわ。海を渡り殺しなさい。アナタ達の生を侮辱する神が作った贋作共を殺し、アナタ達の強さを見せつけなさい。…そして、アナタ達はワタシの作った魔族として存続に値すると示しなさい!」
世界に向けた宣言。
世界の半分を支配する神からの神勅。
大地が震え上がった。
そうとしか思えない怒号が大地から沸き立ち、遥か上空にいるコルトの腹を打つ。
始まってしまった。
本当なら回避できたはずの戦いが、人が経験しなくていい戦いが神の身勝手で始まってしまった。
コルトはただ無言でそれを下した神を見据えると、固く拳を握りしめた。
 




