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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第12章
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第249話

時はコルト達の背後で扉が閉まるところまで戻る。


扉は閉まりきると同時に消え失せ、退路が消失する。

アンリが隣で生唾を飲み込むのを視界に捉えつつ、コルトは前を見ると行こうと二人に声を掛けた。

前に続くのは見えない壁に覆われて外が丸見えの上に向かって伸びる透き通った長い階段。

終わりの見えない階段にこれを登るのかと、珍しくコルトではなくアンリが愚痴を零した。


だが3人で何段か登った時だった。

突然周囲の風景がものすごい勢いで背後下へと流れていく。


「うっうわぁ!?」


突然のことに認知が歪んで転びそうになるアンリにコルトは手を伸ばし、隣でハウリルも膝をついている。


「何が起きているのです!?」

「高速で座標移動してるだけです。大丈夫、目的地につけば止まります」


コルトのその言葉の通り、階段の先に真っ白な扉が突然現れ、それが目の前まで到達すると同時に周囲の風景の流れも止まった。


「魔神に…招かれましたか?」

「はい」


コルトはアンリとハウリルが体勢を立て直したことを確認すると、そっと扉に触れた。

すると両開きの扉はゆっくりと内側に向かって開いていき、中から光が漏れ出す。

それが収まり扉が完全に開き切ると、コルトは中に足を踏み入れた。


「なっ……」

「これは…」


背後でアンリとハウリルが絶句した。


その部屋は上下左右の天球場に海と陸地が貼り付けられ、その中央には真っ白な白いドーム屋根のガゼボがある。

そしてその中でこれまた真っ白なテーブルと椅子に不気味程白い少女が座っており、コルト達と挟むようにして置かれた巨大な箱庭の中を面白そうに眺めていた。


アンリがあっと声を上げて箱庭を指さす。

つられて見ると、箱庭では高速で動き回る人形が2つ。

でも両方見たことある形をしている。


「ルーカス!」


アンリが名前を呼んで掛けようとするのを、ハウリルが慌てて掴んで止める。


「いけません!今はコルトさんから離れては危ないです」

「でもっ!」

「今は我慢を」


アンリが唇を噛んでコルトを見た。


コルトは答えるようにゆっくりと箱庭に近付いていく。


中を覗くと丁度大量の水のうねりがルーカスに襲いかかっているところだった。


「どちらが勝つと思う?」


ティーカップに茶色の液体を注ぎながら、魔神が質問してきた。

コルトはそれにどちらが勝ってもやることは変わらないと素っ気なく返すと、連れないわねと魔神は少し残念そうにする。

そしてもう1つティーカップを出すと、それにも茶色の液体を入れてコルトに寄越してきた。

ほとんど水面を揺らさず、すーっと滑るように空中を移動してコルトの目の前でピタリと止まり、手に取ると同時にコルトの後ろに魔神が座っているのと同じ椅子が出現する。

だが後ろの二人には無い。


「椅子が足りない」

「何を言っているの。分離するつもり?」

「アンリとハウリルさんの分も出して」


すると魔神はティーカップに口をつけながら拒否を示した。


「何故ワタシが贋作に与えなくてはいけないの」

「僕は魔族のためにテーブルと椅子を人数分用意したぞ」

「それはアナタが呼びつけたからでしょ。呼んでもいない付属品なんて知らないわ」

「勘違いするな、魔族を呼びたくて呼んだわけじゃない!それが双方のためになるから仕方なく受け入れてやったんだよ!」

「…分かったわよ。ほらっ、ありがたく座りなさい」


めんどくさそうに魔神がそういうと、アンリとハウリルの後ろにも椅子が出現する。

二人共コルトに確認するように視線を寄越してきたので、コルトは大丈夫だと頷いた。

そして全員が椅子に座った状態になる。

とりあえずこれならまで体裁は話し合いという見た目だ。

できればこのまま戦わずに終わらせたい。

そうこうしているうちに箱庭の中ではルーカスが剣を抜き、ラグゼルで見たことのある構えを取っている。

あの構えは確か兵役学科の学生がよく使っている構えだ。

一番基本の構えで、そこから型式を叩き込まれるとその学科の学生が食堂で話していた記憶がある。


──いつの間に覚えたんだ。


最近は剣を使うところはめっきり見なくなったが、何度か見たときの記憶だと型など全く無い雑に振り回しているとしか言いようのない戦い方をしていた。

それなのにここに来て型にハマった戦いをするとは、どういう心境の変化だろうか。

まぁルーカスも飛行機の中で剣に助けられたと言っていたので、そこに勝機でも見出したのだろう。

魔族の勝機が共族の技術というところでコルトは少しだけ得意になった。

親子での殺し合いの場でなければもっとスッキリした気分になれただろう。


「同族の親子を殺し合わせるとか、悪趣味だな」


生命体の一般的感覚のみを考えた感想を言うと、魔神はキョトンとした後に朗らかに笑った。


「あははっ、アノ子が自分の子を殺せるわけないじゃない」

「なら完全に余計な行為だろ。無駄な手間を取らせるな」


呆れて物が言えないというコルトに対して、魔神は馬鹿にしたように鼻で笑う。


「アナタのそういうところがダメなの、実利を取りすぎて人の心が分からない」

「君に言われたくないんだけど!?」


管理者なので人の心が分からないのは、それはそうとしか言いようがないので反論できないが、それはそれとしても同じ存在である魔神にだけは言われたくない。

そもそも魔族が反逆を企てたのも、過去の魔族を問答無用で何もかも消去し続けるという人の心を鑑みない行動が原因だ。

もう一度言うが、魔神にだけは言われたくない。

それなのに、魔神はそんなコルトを見てため息をついた。


「はぁ、本当に馬鹿ね。ルイカルドは今までの魔族の社会構造を変えようとしているの。それを変えたいなら魔王であるライゼルトは避けて通れないわ」

「避けて通れないのは分かるけど、暴力での現状変更は禍根を残す。そういうサンプルはお互いにたくさん見ただろ」


何度もライブラリーで見てきた。

数多の世界で何度も繰り返され、その度に未来の流血に繋がった愚行であり、ある世界ではそれが原因で結局世界そのモノが滅んだ。

愚かとしか言えないが、絶対になくならないそれ。

だからコルトは人に暴力の行使を禁止した。

手を染めようとした瞬間に道具を消し、記憶も消し、過去のセントラルを使って居住地を変えさせた。

徹底して人に暴力行為を禁止させた。


でも結局は…。


「アナタのやり方は失敗した。結局、アナタの目が無くなった時に、きっかけがあれば簡単に崩れる偽りでしか無かったわ」


魔神の無情な言葉。

コルトは思わず顔を逸らしてしまった。

反論できないコルトを見て魔神は再度馬鹿にしたように笑うと、再び箱庭に視線を落とした。


「結局生命体って誰かを傷つけたいのが本能なの。ならそれを否定せず、それができる能力を与えたほうが良いと思わない?だから戦いに強い最強の子を作ろうと思ったの」


箱庭を楽しそうに眺めながら、魔神はその真っ黒な目を細めて本当に楽しそうに笑った。


魔神の言っている事は正しいだろう。

それはあらゆる世界の記録と、そしてこの世界の過去が証明している。

でもそれが”全て”かどうか…。


魔神は気付いているだろうか。

自分の言っている事の矛盾に。


コルトは逸らした視線を箱庭に向けた。

箱庭の中では紫電を纏った二人が肉眼では捉えられない速度で縦横無尽に駆け回りぶつかり合っている。

何をしているのかさっぱり見えないが、うねる蛇のような氷の森が二人の動きでドンドン削れていくので、凄まじいパワーがぶつかり合っている事だけは確かだろう。

それを見ながらコルトは魔神に問いかけた。


「さっき君は傷つけたいのが本能って言ったけど、ルーカスがそれを望む個体だとは思えない」


この2年程、亜人戦での離脱以外ではほとんどずっと一緒にいた。

人を殺す事に抵抗は無いし、精神的に負担も感じていないのはコルトが捕まった時の事でよく分かっているが、それでも結局明確に人を殺したのはあの時だけだ。

暴走したときも、満身創痍の中真っ先に侍女の安否を確認した。

それ以外での普段は口調は荒いが、友好的な相手なら年齢性別問わずに気が良かった。

だから認めたくないが、戦闘用に作られた種族の出だろうと他人を傷つける事を好き好むような個体だとは思えない。

それに。


「あいつは平和な交流を望んでた、それが夢だって僕に言った。いくら戦闘に特化させても、諍いよりも平和を望む個体は必ず出てくる。君のやり方はそれらを切り捨てるけど、それはどう考えてるの」


魔神の真っ黒な瞳が僅かに揺れる。

それでコルトは察した。

魔神は全く割り切れていない。

実利のために情を無視できるコルトと違い、魔神は実利を捨ててでも情を取る。

そもそも情を取ったから、他人を傷つけることを良しとしたのだろう。


──つくづく僕達は極端過ぎる。


どちらかしか取らなかったせいで、その中間が存在しない。

いつだったか、共神と魔神を足して割ったら丁度良いと言われて心外だったが、魔神を目の前にして受け入れる気持ちになった。


「本当に誰かを傷つけるのが本能なら、僕はとっくの昔にルーカスを殺してたよ」


そうしなかったのはルーカスが共族社会に馴染んで受け入れられていたから。

他人に言われるまでもなく、無意識では認めていた。


「結局、僕達は極端に走り過ぎて失敗したんだ」


箱庭を眺めながらそう呟いた。


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