第245話
「ルイ!!」
コルト達が機体から降りると、丁度目の前で赤い竜の女が泣きながらルーカスに抱きついているところだった。
「お袋、やめろ!」
ルーカスは引っ剥がそうとするが、女の腕力はかなり強いらしく苦戦している。
「ルイ、ルイ!ライが、ライがいないの!!」
「分かった、分かったから!」
泣きじゃくるほぼ全裸の女とそれをなんとか引き剥がそうと悪戦苦闘するルーカス。
コルトはそれを無視して横を通り過ぎると、魔王城の入口の階段前に立った。
周囲から様々な視線を向けられているのを感じるが、それらを全て無視する。
──なるほど、途中から空間が捻れて戻ってきてる。どうみても魔神の仕業だ。
干渉するのは容易いが、何に抵触するかなと考えていると、アンリとハウリルが駆け寄ってきた。
「コルト、どんな感じだ?」
「魔神だね。途中から空間が捻れてる」
「なんとかできそうですか?その……あまり長居をしたくないものでして……」
ハウリルは素早く周囲に視線を走らせた。
周囲にいる魔族の視線は決して友好的ではないので、確かに長居はしたくない。
というか、色物全裸集団の中にいつまでもいたくないのが本音だろう。
──全く、何でアレはこいつらに服着せてないんだよ。というか、まともな文明文化を発展させるつもりないだろ。なんだあの掘っ立て小屋。ほぼ野宿だろ。
ぶつぶつ心の中で悪態をつきつつ、さっさと終わらせようと魔王城に手を伸ばす。
その間、アンリは周囲を物珍しそうに見渡していた
「アンリさん、あまりジロジロ見ては失礼ですよ」
「見てんのお互い様だし、良くない?」
「……あなた、あまり他人の裸に反応しませんよね」
「だって魔族って私らと違って鱗とか毛がいっぱい生えてたりで面白いじゃん」
「そういう事を言ってるのではないのですが……」
久しく見ていない本気の困惑顔をするハウリル。
その肩にカルアジャを引っ剥がしてきたらしいルーカスが手を置いた。
「おいっ、様子は、どうだ」
若干息を切らしている。
決戦前に何を余計な体力を使っているのだろうか。
「今解析が終わったよ。魔族だけが入れないようにしてあるみたい」
「魔族だけ…というと、ルーカスも入れないのですか?」
「大丈夫じゃない?魔術刻んだし。とりあえず入ってみればいいよ」
「入ってみればってお前、お前らだけ中に入れて俺が取り残されたらどうすんだよ」
「なら先に入って戻るか試してみればいいじゃん」
「それもそうだな」
面倒くさくて適当な事を行ったが、ルーカスは入れるという確信があった。
ルーカスが近付いた時に、空間の捻れが緩和するように少し動いたからだ。
そして一歩踏み出そうとするルーカス。
だがそれを背後の声が呼び止めた。
「ルイ!お前も行くのか」
振り返ると呼び止めたのはいつだかの獅子頭だ。
後ろに見知った顔と知らない顔も控えている。
「当たり前だろ」
「……何のためにだ。お前か?魔族か?」
自分たちに利があるのか。
言外にそう滲ませて問い詰めてくる。
ルーカスはしばらくその顔を見つめ、そしてため息をつくと手のひらを獅子頭に向けた。
その瞬間。
頭1つ分もある火球が高速で獅子頭の足元に打ち込まれた。
一気に燃え広がる爆炎と周囲の地面を抉る衝撃波。
一瞬で周囲に緊張が走り、議会所属ではない魔族たちがジリジリと下がっていく。
「俺は俺の望む未来のためにここまで来た。お前らがお前らの望む未来のために動いてたようにな」
「お前は我々の計画の一部だ」
「お前らが俺に望んだ仕事は完遂した。これ以上は別料金だ」
「くだらん戯言だ。強者としての務めを果たせ」
「そのつもりだ。親父を殺して、俺が頂点につく。強い奴が支配する、魔人として正しいあり方だろ」
するとカルアジャが泣き叫ぶような声を上げた。
「馬鹿な事を考えるのはやめなさい!ライを、あの人を殺して何になるの!貴方の性格では父親殺しは一生の傷になるわ!」
そんな事は分かっているからルーカスはそれに答えない。
幼少期の記憶と変わらぬ両親、己の性格ではどうあがいても情を捨てきれない。
それでもやると決めたのだ。
自分の望む未来のために、今の魔神と魔王は邪魔になる。
ルーカスは無言で己の同胞に背を向けると、魔王城に向かって歩き出した。
それを見て獅子頭は吠える。
「なら仕方ねえ。共神は通しても、お前は駄目だ」
その瞬間、体勢を下げて勢いよく踏み込み、一瞬でルーカスに掴みかかった。
「うわぁっ!?」
突然目の前で始まった魔族同士の戦い。
コルトはその光景を網膜に捉える前に、アンリによって地面に引き倒された。
ルーカスのほうは当然反応済みで、左腕は相手の右手に掴まれているが、右手で相手の左腕を掴み返している。
「お前らの都合通りに動いてやったんだ!終わったら好きにしたっていいだろ!」
「そのために魔族社会を、秩序を壊す事が許されるとでも思ってんのか!?」
「寝言ほざいてんじゃねぇ。今までずっといた魔神っつぅ根幹を排除するってのに、今までの社会秩序がそのまま続くと思ってるほうがおかしいだろうがよ!」
「貴様が上に立つと、変えなくていいところまで変わんだよ!共族との共存などありえん!」
「それなら今まで通りずっとここに引きこもってりゃいいだろ。俺は俺で勝手に他所でやるからよ!仕事の報酬だ、大陸の1つくらいは貰ってくぜ」
「ならん!」
お互いに一切譲らず、今にもこのまま大火力が吹き荒れるのではないかという雰囲気だ。
だがそれが起きないのは、単にコルトがすぐ傍にいるからだろう。
ここでコルトの肉体が傷付けば、これまでの全てが水の泡になってしまう。
なのでお互いに掴み合って相手の動きを止めるだけで、それ以上は動けない。
とはいえ、魔族同士の喧嘩なんてコルトにはどうでもいい。
コルトはアンリと共に立ち上がると、アンリの手を引いて階段に向かおうとするが、アンリはルーカスを置いていくのかと動こうとしない。
「僕たちの目的は魔神に会うことで、魔族の内輪もめに付き合う事じゃないよ」
「でも、ルーカスも4人で一緒にって言っただろ!」
アンリのその言葉に、ルーカスが怒鳴った。
「早くいけ!お前らがいたら反撃できねぇんだよ!」
「共神がいなければ勝てるとでも思ってんのか」
「思ってっから言ってんだよ」
そう言うと、ルーカスの姿がメキメキと変わっていった。
頭部の角が巨大化し、口が裂け、牙がさらに巨大化し鱗の甲殻の1つ1つが巨大になっていく。
転変だ。
悲鳴が上がった。
カルアジャが発狂し、周囲に押さえつけられている。
「貴様!」
「うるせぇ!」
「ルーカス!」
姿の変わっていくルーカスを見てアンリも叫ぶが、コルトはそんなアンリの手を引っ張って階段に向かった。
「僕たちがここに残るほど転変時間が長くなる」
「でもっ!」
「アンリさん、今は行きますよ」
ハウリルもアンリの背中を押した。
そして無理やり階段を登りきると、背後で爆炎が上がる。
コルト達はそれを背に受けながら、魔王城の入口をくぐった。
階段上でコルト達の姿が完全に消えると、ルーカスは目の前の獅子頭に意識を集中した。
周囲の城仕えの魔族はとっくに逃げ出し、議会所属の魔族もカルアジャを押さえ込んだりで、こちらにまだ参戦するつもりがないらしいが何人かはすでに周囲を取り囲み始めている。
転変もしているのでさっさと決着をつけるに越したことはない。
そもそもルーカスは後ろに飛び込めさえすればそれでいいのだ。
ここで無理に戦う必要は全く無い。
──ここで消耗はしたくねぇが仕方ねぇ。
ルーカスは腹の中に魔力を溜め込むと、一気に口から火炎として吐き出すと同時に自らの両腕を切断して獅子頭、ゴーデールから離れようとする。
だが構えていた周囲の魔族たちが直後にゴーデールごと風魔法でルーカスの胴体を切断した。
──クソっ、めんどくせぇ!
すぐさまルーカスは自らの腕を両腕を再生し、上半身は落下しながらもまた立っている自らの下半身を片手で掴んで引き寄せる。
そしてもう片方の手で腰の剣を引き抜くと地面に突き刺し、そこを支点にして下半身だけ魔王城の方に放り投げた。
投げた下半身は戻ってこず、そのまま階段上で消え失せる。
問題なく渡れたらしい。
それなら魔力の消費はかなり多くなるが、あとは上半身を爆散させて下半身から再生させれば逃亡できる。
ゴーデールもルーカスがやろうとしている事に気が付いたらしい。
ルーカスの魔力を乱そうと、手を伸ばしてきた。
──間に合え!
急いで爆散のために魔力を集める。
だがその瞬間、同じく胴体を切断されたゴーデールが吹き飛び、ルーカスの上半身が別の誰かに掴まれて魔力が乱された。
無情にも集めた魔力が体内で散っていき、爆散できなくなる。
誰がやったのか、それを確認しようと掴んできた手の先を見ようとすると、剣を奪われて魔王城に向けて投げつけられた。
訳が分からないまま、今度は自らの体に遠心力がかかる。
「うおっ!?」
そしてそのまま魔王城に向けて投げられた。
そのまま下半身の傍に落着すると、急いでくっつけながら何が起きたのかと階下を見ると、先ほどまでルーカスがいたはずの場所にラヴァーニャが立っていた。
魔力の消費が抑えられたのは幸いだが、ラヴァーニャの意図が全く読めない。
だがここに留まる理由もない。
ルーカスは階下のラヴァーニャを一瞥すると、剣を拾って魔王城の中へ掛けた。




