第244話
それから程なくして、機械人形がもうすぐ中間地点を超えると知らせてきた。
コルトは座標を見てそれが事実である事を確かめると即座に指示を出す。
「絶対に計器から目を離すなよ。少しでも動作がおかしくなったらすぐに操縦をマニュアルに切り替えろ」
【了解】
魔族領に入ればコルトの力を行使できる範囲が極端に狭く、そして制限される。
そんな時に襲われたら一溜まりもない。
いつになく鋭い声で指示を飛ばし、尋常では無い様子のコルトに3人も警戒して身構えた。
「落ちたりしないよな?」
アンリが機体の直下に広がる暗黒を見ながらそんな事を言う。
「落とさせないよ、絶対に」
晴天と暗黒の境目、地平線を睨みながらコルトが言うと、同時に機械人形が侵入するまでのカウントダウンを開始した。
全員身構えて、固唾を呑んでその時を待つ。
そして…。
【中間地点突破、各種異常無し】
【機体制御正常、通常航行継続】
とりあえず侵入直後に何かを仕掛けられるという事は無かった。
目視で見える範囲にも変わったものは見えない。
それでも警戒を解かないように指示を出しながら、コルトは席に戻る。
「とっ、とりあえず大丈夫そうか?」
「分からない。でも、こっちの侵入には気付いてるって思ったほうが良いと思う」
「それは確かでしょうか」
「僕も共族領に魔族が侵入すれば気付くよ」
「コルトさんが気付くなら、魔神も気付きそうですね」
そして魔族領に侵入してから1時間が経った。
不気味なくらい何事も起きないので、アンリはそろそろ限界というか飽きだしている。
機械人形も自分たちが引き続き警戒しているし、決戦前に長時間の緊張状態は良くないとして、休憩するようにと言ってきた。
するとアンリは全力で座席でだらけ始めた。
いつ襲われるかとずっと緊張状態だったので疲れてしまったらしい。
無理もないだろう。
そんなアンリを横目にまだ余裕のあるハウリルが改めて現地に着いてからの確認をしてきた。
「まっすぐ魔王城に向かうんですよね」
「はい。その後は向こうの出方を伺います」
同時にコルトは腕輪を差し出した。
至ってシンプルなシルバーの腕輪だ。
アンリとハウリルはそれを受け取ると、しげしげと眺めてこれは何かと聞いてくる。
「転移装置です。腕輪を装着した状態で転移を念じると、この機体の中に飛ばされます。現地での緊急脱出ですね」
「ルーカスには無いのですか?」
「いらねぇよ」
コルトが無いと言う前にルーカスのほうから断りが出てきた。
「魔神には隠居してもらわなきゃいけねぇのに、魔族の俺が逃げる訳にはいかねぇだろ」
「あなたがいいならいいですが」
「おう、余計なお世話だ」
ルーカスがそう言うと、二人は納得して腕輪を装着した。
すると、タイミングを見計らったかのように機械人形が口を挟んできた。
【そもそも降機不可能な場合はどうしますか?】
着陸前に戦闘が発生した場合はどうするのか。
コルトはそうなったら問答無用と答えた。
「魔王城にありったけの弾薬をブチ込んで全部壊せ。魔神を引きずり出す」
「一応俺の実家なんだが!?」
ノリノリで実家の破壊宣言をされて、ルーカスがちょっぴり怒り混じりで抗議をしてきたが、先に襲ってきたほうが悪いと言い返した。
「魔王城の1つくらい、魔神を止める事と比べたら安いだろ」
「クッソ腹立つが、反論できねぇ」
感情がどうあれ、頭では必要経費になったらと考えたら大分安いのを分かっているので、ルーカスは歯を剥き出しにしながら苦い顔をした。
それよりも、元々こちらは2000年前に色々壊されたのである。
なら魔王城くらい壊しても良いのではないか。
なんなら襲ってこなくても一発くらいブチ込んでも良いのではないか。
そんな不穏な事を考えていると、他2人がジッとこちらを見ている事に気が付いた。
「えっ、えっと…どうしたの?」
誤魔化すように笑顔を返す。
すると見慣れたニコニコ顔でハウリルがしっかりと釘を指してきた。
「コルトさん。余計な事を考えてはいけませんよ」
何を考えているのかお見通しだぞとでも言いたいようだ。
さらに機械人形もその指示には従えませんと、何も言っていないのに言ってきた。
【今までの言動や思考パターンから予測できます。理由の無い魔王城の破壊は了承できかねます】
しかも正確に思考を読み取られた。
「馬鹿な話はともかく、そこから先はどうするのです?」
「僕単独で魔神を探しに行きます。その間、アンリとハウリルさんにはここに残って機械人形を手伝ってください。人型を取ってる分、物理的に操作に限界があるので、攻撃を担当してくれるだけでも負担が減ります」
「囮って事だな。攻撃って何するんだ?」
「的あてだよ。狙って撃つだけ」
撃つものの火力がどれくらいなのかはコルトは敢えて言わない。
一発目を戸惑われては困る。
そして一発撃ってしまえば、この二人なら必要なら撃てるようになる。
そんな確信があった。
「あとこれ、通信端末です」
情報は何よりも大切なので、端末はルーカスの分も用意してある。
3人はそれを片耳に装着した。
戦闘で爆音が響いていても、ノイズキャンセリングと骨伝導でクリアな通信が可能な優れものだ。
とりあえずコルトから提供できるものはこのくらいだ。
あとはスムーズに事が運ぶ事を祈るしか無い。
【降下後、弊機はどこで待機していればいいですか?】
「上空だよ。迎えの合図は、こっちから通信入れるか、瀑布の埋め立てで発生した地震が終わったらで」
【了解】
他にも何か確認する事はあるかと聞くと、誰も何も無いようだ。
「なら到着まであと少し、今は少しでも体を休めておこう」
「任せろ!」
気合を入れたアンリの言葉を合図に一時解散しようとすると、ルーカスが拳を突き出してきた。
何度か見たことのあるこいつではない誰かがやっていた光景。
何の冗談だと顔を見ると、至って大真面目で本気の顔が映った。
「コルト。ラグゼルじゃ仲間と何かをする時は円陣組んだり、拳を突き合わせるんだろ。円陣はここじゃ狭ぇからな」
大真面目に言われて、コルトはルーカスの顔と拳を交互に見る。
仲間同士での意識統一に高揚。
分かってやっているのだろうか。
分かってやっているのだろう。
コルトは無言で拳を突き出した。
するとアンリも笑いながら同じように拳を突き出し、ハウリルも苦笑しながら同じように拳を突き出した。
「コルト、なんか言えよ」
「はぁ!?お前が始めたんだろ」
「俺は”お願い”する立場だからな」
「ちっ、調子良いやつだな」
舌打ちして文句を言ってやるが、こいつに宣誓されてもそれはそれで腹が立つ。
コルトは呼吸を整えた。
「必ず魔神に辿り着いて全てに決着をつける、そして必ず皆で生きて帰る!」
「おうよ!」
「おうっ!」
「必ず成し遂げてみせましょう」
船内にそれぞれの声が響いた。
陸地が見えてきたのはそれから2時間後。
引き続き計器に異常が出なかったので、さらに速度を上げて飛行した。
「あの島の形は…、もっと西に寄ってくれ。魔王城は隣の大陸だ」
「結構ズレましたね」
「そうでもねぇよ。あの島は一番近い島だからな」
「付近に魔力反応は?」
【まだレーダー圏内にはありません】
「安心しろ。代わりに俺が見てる」
そういうルーカスの目はすでに竜眼になっている。
竜眼についてコルトはほとんど何も知らないので何とも言えないが、分厚い特殊素材装甲でも問題なく見えるのか少々疑問だ。
しばらくすると魔王城があるという大陸が見えてきた。
「壁じゃん!」
アンリの第一声だ。
その言葉の通り、沿岸部分が全て切り立った崖のようになっており、浜と呼べる部分が全く見当たらない。
大地を切り取って海に浮かべていると言われたほうが納得できる様相だった。
「あそこです。前回わたしはあの辺りから侵入しました」
ハウリルが指差す先、そこに機体のカメラを向けて拡大表示する。
すると、小さな洞穴の入口のようなものが辛うじて視認出来た。
「あんなところにあんなもんがあったのかよ!」
「250年も生きてて知らなかったの!?節穴か?」
「うっせぇなぁ、崖観察の趣味は持ってねぇんだよ。今はそんな事どうでもいいだろ、空から行くんだからよ」
「それもそうですね」
【進路はこのままでいいですか?】
「問題ねぇ、すぐ見えてくる」
その言葉の通りに魔王城はすぐに見えてきた。
周囲よりもさらに高い場所にある、一際大きな巨大な城。
周辺の住居というにはあまりにもお粗末な小屋が乱立している中で、どうみても異文明が作ったとしか言えないような天を衝くような立派な城が見えてきた。
──作ったの魔神だな。周辺と違いすぎる。
人目で魔神の仕業である事を見抜き、やっぱり壊しても良いのでは?と思っていると、ルーカスが警戒する声音を上げた。
「何だ?城の前に集まってやがる」
「誰が?」
「お袋…議会の奴らに城で働いてる連中……。親父が見当たらねぇ」
「……何かが起きてそうですね、接近速度を緩められますか?あまり警戒されたくありません」
「コルト、俺を外に出せ。様子を見たい」
「分かった」
コルトは一瞬でルーカスを機体の上部に転送させた。
天蓋モニターに下から見上げるような形でルーカスが出現し、いきなり外に放り出されたので一瞬よろけるところが映るが、すぐに立て直すとあっという間に飛び立った。
『議会の奴が一人近づいてきた』
「通信機の一番下のボタン押して、周辺の音を拾えるようになる」
『分かった』
するとすぐにコルト達の通信機に周囲のノイズが入ってくる。
しばらくして。
『ルイカルド。戻ったか』
『あぁ、後ろに共神もいる。だがその前に、これはどういう状況だ』
『……数刻前、突然我々は城を強制転移で追い出された。ライゼルトの姿が見当たらないので、中に残っていると思われる』
『はぁ!?何で親父だけ、お袋は?城には入れねぇのか?』
『分からん、一緒に追い出されたカルアジャも皆目検討もつかんらしい。何人か入ろうと接近したが、どこから接近しても強制的に正面階段下の位置に戻される』
『どう考えても魔神じゃねぇか』
『我々も同じ結論だ。外からシャルアリンゼ様に呼びかけているが、一切お応えがない』
『分かった。コルト、どうすればいい』
通信機越しに判断しろと言われる。
数刻前に突然、という事はコルト達の侵入に合わせて強制的退去が行われたと予想できる。
にも関わらず、コルト達には一切の干渉が無い。
「誘われてるね。僕たちを招く舞台を用意した、って考えていいだろうね」
「……”たち”といいますが、コルトさん”だけ”の可能性もありますよ」
「…その時は僕が無理やり連れ込みますよ」
そしてコルト達は議会の魔族の誘導で、魔王城のすぐ目の前に降り立った。




