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神がおちた世界  作者: 兎飼なおと
第12章
244/273

第243話

天蓋モニターに広がるのは一面の空。

外の情景をそのまま映し出したと言っても過言ではないそれ。

コルトは座標やその他の数値に問題無いことを確認すると、シートベルトを外し他の3人にも大丈夫だと伝えると、アンリが早々とベルトを外して、抑えきれないといった感じで機械人形に駆け寄った。

そしてその肩に手を置いて身を乗り出し、前方を見ると少し引いたような声を上げた。


「うっわ、何あれ。あれが瀑布?」


その声にコルトもベルトを外して立ち上がると外を見た。

左右と奥に広がる巨大な漆黒。

光が届かず底が全く見えない深淵。

こちらから流れ込む海水を無限に飲み込み続ける様は、まるで巨大な何かの口のようでもある。

管理者以外は知るよしもないだろうが、宇宙から見れば赤道部分が括れているのがはっきり見える規模のはずだ。


「なんかちょっと怖いな、飲み込まれそう」


足元に広がる巨大な穴に根源的な恐怖を感じるのか、アンリは身震いをすると後ずさるように座席に戻った。


「超えて欲しくなかったから、恐怖を感じるように作ったんだ」

「魔族は平気なようですが?」


ハウリルもまだ慣れていないらしく席から立ち上がるどころか、なるべく上を見るようにしながらそんな疑問を投げかけてきた。

二人共あまり下は見たくないようなので、コルトは空だけが見えるようにモニターを消しつつ、魔族が平気な理由について考察を披露した。


「魔神が決まり事を守る気が無いから、突破のために元々恐怖を感じないように魔族作ったんだと思います」

「そんな事も可能なのですか?」

「おいおい、ここに来て聞き捨てならねぇな。それはつまり、俺等の感情制御が可能って事じゃねぇか」


感情制御をしているなら、ほぼ思考の制御をしているのとイコールだ。

ルーカスにとっては死活問題だろう。

かなりの重大事案のはずだが、コルトはそんな大した事はしてないはずだろと切り捨てた。


「多分、一定値の感情の揺らぎを超えると魔力で強制的に正常値に戻して冷静さを取り戻してるだけだよ。その程度じゃ感情で思考をコントロールなんてできない」

「いまいち理屈が分かりませんね」

「感情も脳の働きによるものなんですよ。強い感情はそれだけ脳が過剰反応してるんです。恐らくその反応が一定値を超えると魔力が強制的に正常値に戻してるんだと思います。抑制しているだけなので、思考の方向性まで弄ってるわけじゃないです」

「あぁ、何となく身に覚えがあるわ」


好奇心で身に覚えを聞いてみると、ラグゼルで酒を飲んだ時に、ドンドン酔っ払っていく周囲を見てルーカスも己の限界に挑戦したらしい。

だが、何回やってもある程度酔っ払ってくると飲んでる最中でもお構い無く酔いが冷めてしまったようだ。

周囲が気持ちよく酔っ払っているのに、自分だけ素面に戻るのが気に食わず、何度も試して酔いが強制的に冷めない量を覚え、その範囲で酒を飲むようになったらしい。

つまり酒の席が終わるまで酔っ払っている状態を保つ術を身に着けた。

そして起きたのが3番隊と飲んでいたときのルーカス女体化全裸事件である。


「聞いて損した気分なんだけど」

「聞いたのはお前だろ」

「後半明らかにいらなかったよね!?」


なんでそんなどうでもいい失敗談を、最後の戦いの前に聞かされなければいけないのか。

嫌がらせのつもりなのか。

そう文句を言うと、案の定ハウリルがまあまあと止めてきた。


「コルトさん落ち着いて。とりあえず原理的には同じなのですか?」

「原理的には同じだと思いますよ!素面に強制的に戻ったのも、血中のアルコール濃度が一定ラインを超えたから魔力が強制的に戻したんだと思いますし」

「お酒と感情は関係が無いと思いましたが、原理は同じなのですね」


少し考えるような仕草をするハウリル。

何か腑に落ちない事でもあるのかと聞くと、亜人の件の時に明らかにルーカスが冷静では無かった事を指摘してきた。

確かに言われてみると、ルーカスはあの時なにがなんでも亜人を排除するべきと言って、周囲に構わず単独行動をした。

ルーカス本人も当時を思い出したらしく、確かにあの時は絶対に亜人を排除せねばならないという思考に染まっていて、今になるとどう考えても冷静ではなかった。

これはどういう理屈だと聞かれて、コルトは自分は魔神じゃないと断りを入れつつ、一応の考えを述べた。


「多分、亜人相手の場合は適応されないように調整してるんだと思う。亜人って多分、数世代前の魔族の使いまわしだし」

「使いまわし!?」

「8万年くらい前の魔族があんな感じだったような気がするんだよね」

「8万年……」

「気がする、ってお前……」

「だって魔神の作るものに僕興味無いし」

「それは知ってる」

「まあまあ、ともかく亜人が前世代の魔族だとして、どうして亜人にはそんな対応を?」

「”人”としては失敗でも、”出来”は気に入ってたんじゃないですか?多分その時はまだ”戦闘用”のお題目が機能してたんだと思います」

「つまり、”戦闘用”として優秀な過去の魔族を使って、今の魔族の戦闘力を図ろうとした?」


そこまでハウリルが言うと、コルトが返答する前にルーカスがもういいと遮った。


「あの亜人。自分は出来損ないじゃないとか言ってたんだよ」

「何ですって、喋ったのですか!?」

「たどたどしい感じだったが、喋ったぜ。それどころか会話が成り立った。自分が過去の魔人だってことを知ってたんだろうな。でも、魔神に消された。そんで代わりに俺等が作られた」


人として作られたはずなのに、出来損ないとして消され、後の世代には魔物として処理される。

亜人が積極的に人を殺そうとするのは、自分は人の出来損ないとして処分されたのに、後の世代は人として生きている事に対する嫉妬だろう。

いやっ、これを嫉妬などと簡単に言って良いものだろうか。

そしてルーカスのほうも、過去に出来損ないとして消された存在に負ける訳にはいかない。

”出来損ない”にも劣る何かになれば、自分たちも魔神に消されてしまう。

そういう本能が魔力の調整力を上回ったのだろう。

あるいは、両者を戦わせるために、亜人に対してだけは魔力の調整力が働かないように作られている。


「あまり気持ちの良い話ではないですね」

「ちっ、どういうつもりで俺等と過去の魔族を戦わせてんのかは知らねぇが、やっぱ魔神にはこれ以上好き勝手させられねぇな」


ルーカスは怒りを浮かべた顔を周囲から逸らし、拳を固く握り込む。

アンリとハウリルはそれを居た堪れない顔をして見たが、コルトは逆に冷ややかな目で見ていた。


──当時の魔族の魂なんて、とっくに溶けて混ざって個なんて消えてる。混ざりあった巨大な泉の中の一滴の水が運悪く亜人として生まれて、肉の記憶を読んでるだけの存在に、よくもまぁそこまで感傷的になれるよね。


運が悪かっただけ。

それだけの話でしかない。


そんな事を考えていると両頬に衝撃が走った。

思考が現実に引き戻され、焦点が目の前に定まってくる。

視界に入ってきたのは不安そうな顔のアンリで、コルトの顔を両手で支えている。


「コルト。お前、表情が完全に無くなってるぞ、なんか変な事考えてただろ」


何を考えてたんだとアンリは問い詰めてきたが、コルトは亜人についてだよとだけ言って、それ以外は躱した。

別に嘘はついていない。

ハウリルとルーカスも眉間に皺を寄せてコルトを見ているが、無視する。

だがルーカスがわざわざ目の前まで移動してきた。


「コルト。亜人が生まれねぇように魔神に言えねぇか?」

「断る。共族領の魔物はダンジョン生成に伴い一律駆逐する。そうなれば共族に亜人の発生は関係なくなって、完全にそっちの問題だ。僕には関係ない」

「魂の出所は魔族も共族も同じなんだろ?共族が亜人になるかもしれねぇぞ」

「原初の魂は大海と同じ、区別はつけられない。そこから植物や動物にもなるのに、亜人だけは区別しろっていうのは傲慢だ」


一滴の水が何になるかは管理者でも制御できないし、本来生物は全て平等である。

虫に生まれたくないから虫を消せというのは道理がない。

道理を無視するとしても、生まれる先を削除して制御するかはコルトの管轄圏内はともかく、魔神の管轄なら完全に越権行為だ。

口出しするつもりもない。


「つまり、お前の中では今の俺等も亜人も同じって事なんだな」

「魔族である、生命である。同じ事だろ。もう一度言うけど、僕には関係ない。魔神に言え」


睨みつけながらそう言うと、ルーカスもコルトを睨むように見下ろしてきた。

だが純粋な怒りのみを持って睨んでいるというより、何かを探るような図るような目つきだ。

やがて何かを決めたのか、口を開いた。


「分かった。共族に関係ねぇなら俺等だけの問題だ。悪かったな」


ルーカスは自分の席に戻っていった。


そして船内に微妙な空気が流れる。

コルトは若干ふくれっ面で宙に生成したホログラムモニターを凝視しているし、ルーカスは足を組んで肘をつきそっぽを向いている。


決戦前だというのに、少々険悪なムードにアンリとハウリルは顔を見合わせた。

ハウリルは無言で首を横に振る。

アンリは落胆を返すと、仕方なく自分が話題を振ろうと周囲を見渡した。

そして丁度良いものを発見する。


「ルーカス、まだその剣持ってたんだな」


アンリはルーカスが床に寝かせている剣を指さした。

ラグゼルでルーカス用に作られた特注の剣。

刀身だけで200キログラムという、およそまともな人間が使うことを想定されていないそれ。

文字通りのルーカス専用の剣だが、本人は剣を振り回すより魔法をぶっ放すほうが慣れているので、最近はめっきり鞘から抜かれる事がなくなっていた。

それなのに相変わらず未だに何かと持ち歩いている。

何でまだ持っているのかと聞くと、ルーカスはそれを手に取り、返そうと思ったら断られたと呟いた。


「俺用に作ったもんを返されても困るってな。友好の証として持っとけって言われたら、返せねぇだろ」

「友好拒否の意を示すことになりますね」

「だろ。それにこいつには亜人戦で世話になったからな」


思わぬところから、険悪ムードの原因を掘り返してしまいアンリは一瞬身構えたが、特に空気に変化は起きなかったので構えを解く。

そしてルーカスは刀身を鞘から抜いて目の前に掲げると、懐かしそうに当時を振り返った。


「魔力も体力もほとんどねぇ、転変しても拳が届かねぇ。そんな状態で亜人の溶解液を受けても解けなかったこいつがあったから、トドメを刺せた。オーティスの奴にも大分助けられたな」

「そういえば転変すると戻れないらしいですが」

「俺は転変状態での戦闘時間が短かったからな。それでもオーティスに止められるまで訳も分かんねぇで死体を何度も斬りつけてた。止められてなかったら、俺も駄目だったろうな」

「なるほど。何となくあなたが共族に友好的であり続ける理由が分かりましたよ」

「理由の1つではあるが、それだけじゃねぇよ」


それだけならここまではしないと言いながら、ルーカスは掲げた剣に映る自分の顔を見つめている。


「でもまぁそうだな。共族と交わって魔族の社会をぶっ壊す決意の証として、最後まで持っとくさ」


固く何かを決意したその表情をコルトはホログラムモニターの反射越しに見ながら、微妙な気持ちになっていた。


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