第237話
ハウリルが起きたのはそれから3日後。
報告を直接聞けたのは、それからさらに5日後だ。
起きたその日、会議終了後に突撃してきたフラウネールにコルト達は見事に追い出され、そのままルンデンダックに貸し出している部屋に連れていかれてしまったからだ。
アンリが抗議しに行ったが、コルトの共犯だとして門前払いを食らったと憤慨していた。
そして会議で最低限が決まり、各自領地に戻る段階になってハウリルがルンデンダックへの帰還を拒んだため、ようやくコルト達の元に姿を現したという訳だ。
「そのままフラウネールについてルンデンダックに帰るのかと思った」
「さすがにコルトさんと何も話さないまま帰るのはどうかと思いまして」
戻ってきたハウリルを見て大急ぎて開いたささやかな食事会。
食事が運ばれてくるまでの間に、アンリはハウリルに嫌味を言い、ハウリルは苦笑しながらそれを受け流していた。
「それでどうだった、魔族領。すっごい疲れてたみたいだけど、何があったんだよ」
「何かあったかと言えばありませんが、強いて言うなら共族とは全く異なる様式の種族であることを痛感しました」
魔王城内では明らかに歓迎されていないのは火を見るより明らかだし、人目で分かったルーカスの両親にもかなり威圧されたようだ。
さらに彼らの生活習慣として食事もあまり取らないため、まる2日水も食べる物も出なかった。
普通に生命の危機なのだが、そこは魔力持ち。
ギリギリ動ける状態だったので、なんとか話の通じる魔族を捕まえて水をもらったようだ。
その間、ハウリルを頼んだはずのラヴァーニャはどうしていたのかと聞くと、その後も5日ほど姿を表さず、やっと現れたと思えば若干やつれており、さすがに責める気持ちがなくなったらしい。
「さすがに魔族に夢を見すぎていたと痛感いたしました。たしかに魔族は肉体は強いかもしれませんが、その心はわたしたち共族とあまり代わりありません」
「ルーカスは普通に話通じるけど、ラヴァーニャとかネフィリスとかは性格悪いもんな」
「そういう話じゃねぇと思うが……」
うまく違いを説明できず、ルーカスは口籠った。
そんなルーカスを放ってコルトは敵情視察的な気分で、他に何かないか聞いてみると、やはり環境をコントロールしていないので自然のままの景色が広がっていたようだ。
共族領も自然豊かと言えば豊かだが、完全にコントロールされた共神謹製の”庭”だと言われたら否定できない。
「風景はなかなか良かったですよ。魔王城から出られなかったので、そこから見える範囲ですが、西の遠くに白い山があり頂上は雲に隠れて見えませんでした」
「山が白いの!?いいなぁ。私も早く魔族領行ってみたい」
「これが終わったらいくらでも連れ回してやるよ」
「絶対だぞ!」
そんな2人の約束が、コルトはちょっと面白くなかった。
なのでさっさと話題を変えるべく、真面目な話を切り出した。
「それより魔神はどうだった?」
するとハウリルは静かに首を横に振った。
「それが一切現れませんでした。わたしには興味がないようです」
「ん?」
それはおかしいのではないか。
コルトは首を捻った。
一応ハウリルは魔王とは言わずとも、それに準ずる存在を共族領に連れていくために、コルト直々の特使として派遣された存在だ。
それなのに一切姿を表さないのはおかしいように思う。
普通ならコルトによる魔族の評価の一環とでも考えて表に出てきても良いはずだ。
「どういうつもりだろう」
「分かんねぇ。親父達はもう帰っちまったんだよな?」
「帰ったと言うか、みんなと一緒に各々担当の共族領に散ってるよ。魔王は確かセントラル担当だったはず」
「すいません。兄を押し切ってでも報告にくるべきでした」
「あの様子じゃ無理だろ、それにもう済んだことだ。俺が親父に確認してくるか?」
「魔王が魔神の思惑を正確に知ってるとは思えない。魔神の役割に解釈違い起こしてたし」
「無いよりはマシじゃねぇか」
「聞きたいなら行ってきなよ。僕は止めないよ」
「癪に障る言い方だな」
そんな会話をしていると、ハウリルがクックッと笑いながら久しぶりの空気ですねと笑った。
「わたしがいない間にルーカスとコルトさんが大喧嘩していないか少々心配だったのですが、いらぬ心配だったようですね」
「俺よりもアンリのほうに気が向いてたからな」
「おやっ、それは…」
「僕がハウリルさんを危険だと分かってて魔族領に向かわせちゃったから、ちょっと気まずかったんだよ」
「……そのような理由で……。でもその様子ではわだかまりは消えたようですね」
「コルトが疲れてぶっ倒れたからな。それで機械人形に言って強制的に休ませて、ちゃんと話した」
「それは良かったです」
運ばれてきた食事を口にしながら、ハウリルは朗らかに笑った。
「それより、これからどうしよう。補強計画については追い出されちゃったし、やること無いんだよね」
「魔神との居城をどうするかも、ぶっ倒れる前に粗方終わらせたんだっけか?」
「うん。色々考えたけど、地表を新規で作るよりも、いっそ開き直って自立移動できる遊泳島にしようかなって。そうしたら都合が悪くなった時に逃げられるし」
「そんなことが…。でも面白いですね、移動し続ければ手出ししにくくなります」
「でしょ。機械人形の本拠も移す予定だし、駐留する人を入れ替える時だけどこかに寄港するって感じにするのも良いと思うんだよ」
「普段はどこにいるのか分からず、ある時にだけ人の前に姿を表す。ふふふ、なかなか神っぽいのではないでしょうか」
「期待して会ったら、出てくるのがコレだからな。外面だけでも神を取り繕うって訳だ」
「僕に威厳が無い理由の半分くらいは、皆が言いたい放題に言うからだと思うんだけど…」
上に立つ存在というのは、その者だけの力で上に立てるわけではない。
持ち上げる存在、支える存在がいなければ上に立てない。
そして、それを見て人々は持ち上げられている存在を認識でき、そこで初めて上に立てる。
別の方法として人を踏み台にすれば、同じように上に立っている存在と認識されるだろうが、人々から見える光景はかなり変わる。
世界にとって有益なのは前者だ。
コルトはできれば前者の方法で社会を構築して欲しいと思っている。
「力は確かなので良いではないですか、それより話を戻しましょう。コルトさんが暇って話ですよね?わたしはそれで良いと思いますけど」
「なんで!?なんかサボってるみたいで嫌なんですよ」
「これからのあなたは何もしないことが仕事になるんですから、その練習だと思えばいいのです」
「………」
ぐうの音も出なかった。
「なんにもしない、かぁ……。それなら寝るしかないって思うけど、でもそれでまた寝て起きたら……って考えて怖いんだよ」
「起きたら全部壊れてたってのがコルトの認識だっけか」
「うん。だから長期的な睡眠はしないつもりだけど、それならそれで何もしないってのもね」
「そもそも魔神の監視があんのに、寝たらダメだろ」
「それもそうだった」
アレのお喋りに今度は真面目に付き合わないといけないのかと考えたら憂鬱になる。
「それなら今度は気晴らしが欲しくなるかも。大変なんだよ、魔神と会話するの」
「なんとなく分かるが、気晴らしってもなぁ」
「何も思い付かないよな。というか、コルトは何してる時が楽しいんだよ」
「楽しい時?そうだなぁ」
管理者としてのシステムだからかは分からないが、やっぱり何かを作っている時が一番楽しい。
「結果が分からない物を作るのって楽しいんだよね」
「なるほど。ですが、うーん」
ハウリルは無害な物を作ることは問題ないと思うが、神が作ったというのは色々と問題があるのでは無いかと心配しているようだ。
作ったものは外に出さない、すぐに消すというのを徹底すれば大丈夫なような気がするが、それはそれで虚無である。
すると給仕担当の機械人形が提案があると口を挟んできた。
やっぱりというかなんというか、会話の内容を共有していたらしい。
それで今の内容を聞いていたメインフレームがアイディアを出してきたらしい。
「何も出ないよりかはいいか。聞いてやるよ」
【人口増加が見込まれるとは言え、相対的に前程共鳴力を素材生成に回せるとは思えません。なので、神から供給してもらう事は可能ですか?もちろん、条件はつけたほうが良いでしょう】
「あぁその問題ね」
元々共鳴力の物体生成能力は得られたはずの化石資源が工程をスキップした結果、時間が足りず出来上がらなかった分を補うために付けた能力だ。
魔族領の地下資源がどうなっているかは分からないが、何度か生命を消している上に経過した時間は同じなので期待できない。
──これから一気に需要が増えるけど、無魔の人数が足りない。
魔力持ちや魔族でも資源を得る方法が無ければ、それこそ資源を求めて争いが発生するだろう。
政治で解決してくれって言いたいところだが、原因は必要な工程を飛ばしたコルト達だ。
無制限に供給するつもりは無いが、確かに何かしらの条件で神側から素材を供給してもいいかもしれない。
一番分かりやすいのは成果報酬だろう。
「何かしらの条件を出して、それが達成できたら資源を渡す。確かにこれなら共鳴力だけに負担を強いないよね」
魔族にも仕事をさせられるかもしれない。
コルトはハウリルにこのくらいなら良いですよね?と言うと、ハウリルは苦笑しながら仕方ないですねと答えた。




